味覚

プリンぽん

第1話








 里芋の煮物をひとくち食べて、喜一郎は天井を見上げた。


 首を元に戻し、おもむろに自宅の固定電話に手を伸ばす。


 「ヴイィィィィン福島県……地方気象台発表の…………」


 別に、天気が知りたいわけじゃない。


 喜一郎は駅までの道程をとぼとぼと歩かなければならなくなった。






















 携帯電話の普及で、公衆電話は軒並みその姿を消した。今、思い浮かぶのは、……駅まで20分は掛かる。六十を越えるわが身には煩わしい距離。刑事を辞めるとき、その携帯電話を個人の物まで解約したことが今更、悔やまれる。


「もしもしお父さん? なんで公衆電話から?」

 娘への用件がすみ、喜一郎はすこし悩んで更にもう一本、電話を掛けた。


 それも終えると、先ほどからの視線に耐えかね 「おねえさん○○マイルド」

ニコニコしている自分と同世代だろう、タバコ屋の看板娘に声をかける。

 ……2年続いた禁煙は破られた。



(ぷかー)


 家までの帰り道、立て続けに吸ってしまうと流石に自己嫌悪になる。



「あら、お散歩ですか?」

「たまには歩きませんと。あの……煮物、本当に初めてですか? 上出来です」

「よかった。でも適当に作ったので同じものが作れるかどうか」

 今どき珍しい、品の良い黒髪がゆれた。


 引き戸を閉める。喜一郎はまた、我があばら家の天井を見上げた。


 …………煮物が旨すぎる。


 警察を退官後、娘が住む福島に移り住みそろそろ一年になる。 自分と入れ替わるように隣家が空き家となり暫くは売り物件の看板が虚しく雨風にさらされていたが、やがて買い手が見つかった。……買ったのは、若い夫婦だという。


「この度、お隣に越してまいりました不破ふわと申します」

 律儀に挨拶をする女の横で、金髪の若者がそっぽを向いた。隣家には、不破芳男ふわよしお弓絵ゆみえの表札が並んだ。

 暫くは何もなかった。二週間ほど経ってからだろうか? 頻繁に女が我が家をたずねて来るようになった。


「作り過ぎたので」テーブルに残った煮物も、そう言って持ってきたものだ。




 煮物がうまくて、何か問題があるだろうか?


 隣町に住む娘が好物だからと、とある惣菜屋でよく煮物を買ってきてくれる。

 そこはただの惣菜屋ではない。京都嵐山の有名料亭で板長をしていた人物が、余生のたしなみにと開いた店で外見は普通でも、味は別格。それと……同じ味。

 無論むろん、味が問題なのではない。

 問題は、なぜ作ってもいない煮物が余ったか? である。


 普段なら気にも掛けない疑問……自宅の電話が、盗聴されてさえいなければ。



 当初、喜一郎は背筋を凍らせた。警察組織の恐ろしさはそこに居た人間にしか分からない。公安に何らかの疑いでも持たれたか?  

 だがそんな疑念は直ぐに払拭される。

(電波の飛ばしで雑音が入るなど……現役がこんな不細工な仕事はしない)


 誰が? 何の目的で? 頭を覆うような思案にここ数日、悩まされていた。


 で、……煮物が旨かったのである。







 まんじりともしないで朝を迎えた。暫くは昼夜逆転の生活をしようと思う。

(自宅の電話が盗聴されている)その他に何が起きた訳でもないが用心に越したことはない。金髪は身長こそ高いが、体つきは武道をやっていたそれではない。接近戦で負けることはないと思うが、寝込みを襲われてはかなわない。

 昼ごろまでうつらうつらとしていたが、どうも芯まで眠れそうにない。手持ちぶさたにパソコンを立ち上げ、灰皿がないので醤油の小皿に灰を落とす。  

 すぐ様、メッセンジャーチャットのアラームが鳴った。




:スカイフィッシュ: よう! 今の段階で分かったことを話す。


:ヒグラシ: ありがたい。




スカイフィッシュは、警察学校の同期で現在、福島県警、副本部長をしている。昨日の電話で頼んだ用件を早速、調べ上げてくれたようだ。



:スカイフィッシュ: 不破芳男21歳。住所、和歌山県橋本市○×。平凡な公務員夫婦の一人息子だな。趣味はボーイスカウト、ギター。高校を中退後、仕事はしていない。母親は近所に受験生だと言っているが、まあニートと言う奴か。その男は確かに実在する。顔写真を不動産屋に見せて確認も取った。


:ヒグラシ: その男は……とは?


:スカイフィッシュ: 戸籍は真っ白。結婚はしていない。両親に置き手紙を残して家出している。二十歳超えて家出ってのもなんだがw なので、妻だという女は誰だかわからない。契約の時、女は現金を持ってきたそうだ。二千八百万。ご丁寧に男の委任状持参で……つまり女は身分証明書を一度も提示していない。金は、親が新居のために用意してくれたと説明したそうだ。


:ヒグラシ: 2800万円を現金で?


:スカイフィッシュ: そんな辺鄙へんぴな場所だろ? 不動産屋も売れてやれやれ。引渡しの時、顔を合わせただけで、その後は知らんということだ。まずはその女の写真を撮ってデータベースに測ってみるか? それか別件をでっちあげて吐かせるか? もしかすれば、お前が逮捕した人間の身内かもしれない。


:ヒグラシ: やめてくれ。確証がない。




 メッセンジャーを閉じ、喜一郎は天井を見上げた。首が痛くなるまで。

 ……尋常ではない。何の目的か? その為に家一軒、買い上げるほどの理由わけ


 刑事生活を振り返って、自分が恨みを全く買ってないとは言い切れない。だが現役を退いた無価値の自分に、その理由を見出すことが出来ない。


 ヒグラシと言うあだ名の由来は、自分の性分にある。

 夕暮れ時、周囲の気温が下がり鳴き出すヒグラシのように、事件の熱が冷めた頃、些細な手がかりを見つけては、また振り出しに戻してしまう。

 仕事にはリズムがある。

 そんな私をこころよく思っていない同僚も少なからず居た。時にはそれが冤罪の証明にもなって、上司にも睨まれた。でも、だからこそ数々の難事件を解決してこれたと自負しているし、罪のない人間を逮捕したことはない、と信じている。

 わからん。わからん。わからん。わからん。わからん。わからん。わからん。


(煮物が旨すぎた)些細なヒントは、金額の大きさで確信に変わった。

 ……何かある。

 あるにはあるが、さてどうすべきか? 現役の警察の力をこれ以上借りるのも気が引ける。

 もう癖になってしまったのだろう。天井の古ぼけた板が、人の顔に見えた。







「あら? こんにちは」

 チャイムを押すと女は驚いた顔をのぞかせた。


「どうも突然。娘がショートケーキを買ってきてくれまして、お裾分けです」

「あら、ありがとうございます。あ、ちょっとお待ちください」

 一旦ドアを閉め、女は直ぐに戻ってきた。


「親戚から結婚祝いに貰ったのですが、二人共、お酒が飲めないので」

「これはどうも。かえって申し訳ない」

「いえいえ。それにしてもお庭、綺麗にお手入れなさってますね」

 女は私の肩越しに、庭を褒める。


「“公務員” の仕事を辞めてから始めたものですから、たいしたことは」

「今度ゆっくり見せてもらってもいいでしょうか?」

「ええ、いつでも」

 礼をして、そのまま自宅に引き返した。

(私の仕事に興味を示さない? 元刑事と知っているからなのか……それとも)


 考えても埒があかない。こちらから探りを入れてみた。身の危険があるから娘には家に来るなと伝えてある。ショートケーキは、自分が買い求めた物だ。




:ヒグラシ: すまない。またひとつ頼まれてほしいことがある。


:スカイフィッシュ: もちろんだ。何でも引き受けるさ。それより刑事を身辺に付けよう。わけがわからないが、何かあってからでは遅い。


:ヒグラシ: その必要はない。俺の柔道の腕は、お前が一番よく知っているはずだ。



 パソコンを閉じ、今日やれることはすべて終わった。女が来たら、わざと家に引き入れてみよう。それで目的を探れるかもしれない。

 名の知れた新潟の銘酒には、きっちりと封がしてある。

 昨夜も寝ていない。戸締まりは万全。まさか、真っ昼間から襲われることもないだろう。


 ……だから、油断した。







 午後6時くらいだろうか? 赤い夕日の角度が、それくらいだ。

 薄目を開けた先に、金髪がふわふわと揺れている。男の両手は私の肩口付近にある。 迂闊だった。華奢な体だとあなどった。このまま喉首を掻き切られれば、それまで。

 何の理由で殺されるのかわからないまま、私は再び目を閉じた。


「じいさん目を開けてくれよ。救急車呼んだほうがいいか? じいさんよぉ」

 金髪が泣きそうな声で私の肩を揺する。私は起き上がった。


「よかったぁ、生きてた。俺のじいちゃんがさ、脳卒中で倒れた時と同じだと思ったよ」

 よく見ると、金髪は泥だらけのスニーカーで我が家に上がりこんでいる。どうやら殺される危険はなさそうだ。


「どうして家の中に?」

「玄関のベル鳴らしても出てこないしさ。庭にまわってみたら、寝ているみたいだったんで声かけたんだ、何度も何度も。でも返事がないから……」

「で、扉を壊して?」

「いや、開いてたから……」

「開いていた?」

「それよりさぁ。弓絵が居なくなったんだよ。俺どうしたらいいんだよぉ」


 こっちは膝立ちになった。こうなれば、いつでも相手を押さえ込める。



「ゆっくり話を聞こうじゃないか。まず……電話に仕掛けた盗聴器の話からな……」







 あれから数日が経った。

 


 

:スカイフィッシュ: 不破芳男の自宅パソコンとプロバイダー履歴から、女の所在が割れた。風俗店従業員の寮の一室からだった。要するに、ソープ嬢だったわけだ。


:ヒグラシ: じゃあ、家を買った資金は。


:スカイフィッシュ: ああ、結構、売れっ子だったらしい。金にガメツイと同僚の評判は最悪だったがなw 小汚い寮の一室でチャットを使い、初心うぶな小僧を引っかけて一緒に暮らし始めたって寸法だ。写真を見れば、確かに童顔だ。25歳には見えない。


:ヒグラシ: 25歳? もう身元が割れたのか?


:スカイフィッシュ: 本名、橘梨花たちばなりか。出身、広島県呉市○☓。

 両親は、雑貨店を今もそこで営業している。周囲の評判ではごく普通の少女であったが、高校一年の時、突然家出。捜索願が出されていたので、今回データベースに引っかかった。

 家出の理由、その後どのような生活をしていたのかは、共に不明。

 ただ、当時の友人への聞込みで気になる事が出てきた。彼女は家出まえ、精神科に通っていたそうだ。呉署の刑事に聞き込みをかけるよう頼んである。






 さて……。

 

 喜一郎はチャットの文字を睨むのを休み、天井を見上げた。



「インターネットの福祉資格者を目指す人間のコミュで知り合って」

「おじさんが海外出張に行っている間、家が自由に使えるからって」

「面白そうだからって彼女が……電柱には自分が登って取り付けて」

 

 金髪の話はらちもなかった。

 ふて腐れた仕草は、他人が苦手なだけのようだ。話してみれば金髪は、普通の青年、いや少年に思えた。ネットで知り合った女に誘導されるまま一緒に暮らし始めた、と言うことらしい。



 自分とは全く接点のない女が、身元を偽ってキャッシュでとなりの家を買い、男をそそのかし、我が家に盗聴器を仕掛けた。そして、おそらくは睡眠薬入りの酒を私に飲ませ、家に侵入をした。

 ……要約すればこうだが、要約すればするほど、雲を掴むような話。


 (物色された形跡はない。物は何も取られてない。元々たいしたものはない)

 (俺はここに引っ越して、まだ一年も経っていない。そもそも、地縁がない)

 (彼女は元刑事の私には興味がなかった。なのに、我が家に侵入をはかった)




:ヒグラシ: すまない。もう一つ調べてほしいことがある。


:スカイフィッシュ: OK~♪







「忙しいのですがねぇ」

 色白の蟷螂かまきりみたいな男は、白衣の襟を直しながら露骨に嫌そうな顔をした。


「ご迷惑をかけて申し訳ない。で、……退行催眠を行ったのですね」

 年配の刑事は柔和な顔を崩さない。


「ええ、私の中に別の私がいるって言うのでね。あぁ、その時のテープがありますよ」

 カマキリ男は、面倒くさげに(ガチャリ)レコーダーの中にそれを入れた。



録音音声  :「没有。无论什么地方都没有」

      :「因此据说当之后让坦白杀的时候了!」

      :「糟糕。已经是早晨」


「なんですか? これ」

 若い刑事が首を傾げる。


「私も驚いたのですがね。実際に彼女が発した声ですよ」

「どう言うことですか?」

「いえ。珍しいが、ない話じゃないのです。まあ思春期の思い込みであったり」

「なんと言っているんですか?」

「さぁ? 退行催眠は治療で使いますが、私は、前世療法を学術的に否定しています。子供の頃見た映画のセリフとかじゃないないでしょうか? 脳ってものは不思議なもので、偏差値の低い学生が突然、英語を喋りだすなんて話は結構あるのですよ」

「だからって……」

 若い刑事は食い下がる。


「もういいでしょう。忙しいのですよ。すみませんが」



 病院の白いコンクリートを背に、二人の刑事が並んだ。


「これで福島県警からの応援は終了。ここからは、俺達の仕事だ」

「え、仕事ってなんですか?」

「馬鹿、わからんか? 親の承諾もなしに退行催眠だと、……あのカマキリ野郎ふざけやがって! 悪戯目的か、変態趣味か。余罪がある。絶対にな! 性犯罪ってのは、歯止めが効かないもんだ。ヤツを徹底的にマークするぞ」



 




 さらに数日が経った。

 酒からはハルシオン系の睡眠導入剤が検出された。

 瓶をふたつ用意して、片方を破壊する。……女は容易ならざる相手であった。



:スカイフィッシュ: 報告が遅れてすまない。手間取った。呉署の報告と推測が見事、繋がったよ。過去のお前さんの事件とは無関係。女には元刑事ってことすら意味はなかった。女の興味があったのは、ご明察どおり……土地だな。警察の凡ミスと言われても仕方がない。ただあの時点でそこまで調べ上げるのは……


:ヒグラシ: 言い訳はいいから、結論を先に言ってくれ。


:スカイフィッシュ: 二十年前、そこで殺人事件があった。中国人貿易商一家殺害事件。当時の新聞に書かれている番地は、まさにあんたの隣の家だ。夫婦、子供二人が殺されている。ただ一人の生き残りを残して、な。


:ヒグラシ: 生き残り……


:スカイフィッシュ: どこかに隠れていたのだろう。5歳の女の子が無傷で惨劇の現場げんじょうに立ち尽くしていたそうだ。丁度、桜の散る季節。開け放たれた戸から血の海に花びらが吹き込み、その中に。捜査資料を読むと……。


:ヒグラシ: 結論を先に言え!


:スカイフィッシュ: わかったよw 事件後、家は取り壊された。桜木も切られたそうだ。ただ元々、形の悪い土地だったんだろうな。一区画だけ、削られた。丁度、桜木があった場所だ。それは今、あんたの家の台所付近になっている。

 事件のショックで記憶をなくしていた女が、退行催眠によって記憶を取り戻した。これで家出の理由は推測できる。彼女の脳は、事件の惨状を記憶していた。

(ない。どこにもない)

(だから、白状させてから殺せと言ったんだ!)

(まずい。もう朝だ)

 これらは、殺害者達の会話だと推測される。……? おいヒグラシ! 聞いてるのか?



 私は(台所)の文字を見て、もう走っていた。もどかしくバールで床板を剥ぎ取る。……ちからはさほど入れないうちに、板は外れた。それはそうだ。既に一回、がされている。

 目的は、これだった。床下の柔らかい土が教えてくれた。

 最近、掘り返されたのであろう、周囲とは色の違う……赤茶けた土が。







(ずずずぅ~~~~~)


「じいさんよぉ。やっぱり日本茶はうめえなぁ」

 金髪の隣人は、見かけによらず年寄りじみたことを言う。

 暫くは、失恋? のショックでふさぎ込んでいたが、


「俺、これからどっすかなぁ~」

「福祉の勉強するんじゃないのか?」

「だりぃよ」

 彼は図らずも、一軒家の所有者となっている。



 事件解決……とは行かなかった。少しずつ概要が分かってきたと言うだけだ。

 女の名は、李 麗華リー・リーホァ。中国のスターの名前から、両親がつけたそうで、事件後、特別養子縁組で日本人の夫婦に引き取られる。橘梨花たちばなりかは、彼女の日本名である。

 家出から、ソープに身を落としネットで外界とコンタクトを取るまで……の数年間は、警察の捜査力をもってしても、一切、わからなかった。


 喜一郎は首が痛むので、天井は見ないようにした。

 驚いたことに、一緒に暮らした一月の間、金髪は女に指一本触れていなかったと言う。

 理解不能。性欲に突き動かされたと言うのなら兎も角、ネットの会話だけで、家出をし、人生の目標を、女と共にしようとしたのだ。今風の見た目と、そのギャップに 「痛っ!」


「おいおい、じいさん。首悪いんだから天井見あげるなって言ってんだろ」

 金髪は目を細めて、立ち上がった。


「俺にもよく分からない。好きなのは、好きだったんだ。でもさぁ、そんな安い女じゃなかった。俺のこと変な奴だと思ってるだろ? 俺は別に、DT(童貞)気取ってる訳じゃねぇよ。俺はやるときゃやる男なんだ。高2のサッカー県予選。決勝でハットトリック決めた事もあるんだぜ」


 玄関じゃなく、中庭の廊下から靴を履いて振り向きもしないで金髪は涙声で、

「でもさぁ。親とも気まずいしさぁ。ま、とりま、よろしく頼まぁ」

 無礼に庭を抜け、自宅にシュゥーと帰って行った。

 自分がされたショックを受け止めるには、少し時間が必要なのだろう。


 (ずずずぅ~~~~~)

 喜一郎はお茶をすすった。彼の入れたお茶は、意外に美味しい。理解は出来なくとも、悪い奴ではなさそうだ。

 



 もう、ひぐらしは鳴かない。刑事としての、自分は引退したのだ。

 二十年の時間ときを経て、一体、何が掘り返されたのか、自分にはわからない。

 誰が、死んだわけじゃない。事情は複雑ではあるが、老人の家の床下がかえされただけ。……これ以上、警察が動くこともない。



 謎は謎のまま残る。残るが、それを知ったところで、……いったい何になる?


 



  もうひぐらしは鳴かない 。





  ……それが事件の始まりだと知らずに、喜一郎は天井を見上げた。














「いかがでしょうか?」

 包帯がゆっくりと解かれていく。


「素晴らしいわ、先生」

「私も驚いています。正直これ程とは……私の手に何かが乗り移ったようだ」

「ご謙遜を。先生の腕は一流ですわ。ずいぶん修練をなさったのでしょうね」

「手術をして果たしてよかったのか……貴方の元の顔は、十分美しかった」

「前にもお話しした通り。私は何年も、童顔で悩んでいたのですもの。もう26歳になるっていうのに、おかしいでしょ? 高校生に間違われたことだってあるの。これからが、これからが私の本当の……」

「人生? ですか?」

「いえ、……戦い、かしらね」

 そう言うと、女は薄く笑い、振り向く。




  上品な、黒髪が、ゆれた。

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