第7話
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Dear 芳男。
混乱しとるだろうがまず落ち着いて欲しい。今のおまえの状況を説明する。
ある日、おまえは百合子と
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この説明で納得してくれ。疑念を抱くとおまえの命は危ない。
重要な点を三つあげておく。
①福島の家には絶対に帰るな。見つかったら今度こそ逃れられない。
②
③ホテルには泊まるな。ネットカフェも危険だ。基本、野宿しろ。
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もはや広島に来ちゃってるし……でも同じ県内でもここは呉から電車で40分以上離れた広島市内だ。危険だからあえて避けたか? ホテルに泊まれないから女に声を掛けた?……火事場の馬鹿力ですね。で、俺はまだ探偵気取りでいたんだろうか? ……猫一匹、見つけられなかった癖に。
芳男は混乱しながらも、朝の絶望的な状況からは脱していた。だが、さっきから喜一郎に連絡を入れるも向こうからはまったく反応がない。
「じいさん、……このピストルの説明がまだなんですけどぉ~~」
※
そのとき、喜一郎は偶然にも広島市にいた。新幹線に乗車する直前、ホームに平等に吹く風は、喜一郎の白髪を揺らさない。
和歌山県橋本市で労働者
”充電” という概念を、喜一郎は学んでいなかった。
※
黒髪の幼顔も好きだったが、カリビアンブルーに飾られた、ショートカットのキュートな顔も堪らない。なんども犯したが、犯し足りない。そんなことでこいつの魅力は失われはしない。
「どうだ。カプチーノの味は?」
「甘くないのね。それよりパンダの絵ってなんか意味あるの?」
「おいおい、泡が消える前にエッチングするのは大変なんだぞ」
「それより、本当にこれ大丈夫?」
「インテリやくざ舐めるんじゃねーよ。工学部出身だぞ?」
「ふーん」
リーホァはカップにくちづけし、
・どうもおひさしぶり。と言うかここでは初めましてかな?
・来ると思ったよ。元気に飛び跳ねてるみたいじゃないか。
・あなたには関係ないけどね……まあ助けてくれたのは感謝しているわ。
・その割に恩知らずだな。携帯パキッとへし折ってたそうじゃないか。
・あんなダサいのいらないわよw それよりなんの用?
・腹の探りあいはよそうぜ。お互いに手詰まりだからここに来た。違うか?
「食えない男……」
リーホァはカップを突き出し、無言で男におかわりを要求した。
・まさか隣のおじいちゃんが元刑事だったとはね。
・おまえが消えたあと、じじいの家に危ない奴らが押し入った。
・らしいわね。あ り が と(ハート) 箱、埋めてくれて。
・置き手紙を読んだ時は、意味がわからなかったがな。おまえがやったのか?
・機関銃? 私じゃないわよw それよりもその後は?
・やくざからの厳重監視。可哀想に、じじいは今も家に引きこもったままだ。
・ほへ? あれ~スマホ買ったんだ。お金よく工面できたわね?
・俺は陸の孤島から脱出したからな。それより、先からIPアドレスがコロコロ変わってるよな。新しい男でも出来たか? 近頃、不倫は叩かれるぞ!?
・あんたと結婚した覚えはないわよw それにしても、よく抜け出られたわね。「OK! ありがと」 へーそっちは広島か。なんの為にそんなところにいるの?
・余程の奴が隣にいるらしいな。それにまんざら知識がないわけじゃい。おかしいと思ったんだ。なにかしようとする人間がプロバイダに痕跡が残るような下手な真似すっかなって? マクドナルドで100円のコーヒー飲むだけで、リスク回避できるのになっ!」
・質問に答えてないわよ。なんの目的があってそこにいるの?
・
・そもそも、福島に行くことになったのはあんたが誘導したからじゃな……
Fは、話の途中でチャットをログアウトした。頼んでおいたラーメンが届いたからだ。けれど尾道らーめんは見ため脂っこそうで、どうも食欲が
(つまり相手に正体を明かすために、わざと足がつく通信をしたのか?)
「すまんが、胡椒取ってくれるか?」
(コトンっ)
「すまんな。しかし尾道らーめんは出来れば尾道で食いたいもんだな」
喜一郎は、旨そうにスープを
「じじい……神出鬼没なのも大概にしろよ。それより、名古屋のソープランドはどうだった。ぷっ、その歳でまだ立つのか? あのさ、安物の石けんの香りは、かなり店に迷惑なんだぜ?」
「流石だな。言い方は下品だが、お見通しってわけか。そんなに匂うか?」
喜一郎はシャツの脇をクンクン「ジョークに決まってんだろうがぁぁ! ……網が掛かってる場所は危険……情報を探れる場所は限られてる」
「……限られてるから、呉にいないでここにいるんだよな? 一体なにを?」
「おっと、前とは状況が違う。俺が協力する義理はないぜ」
「まあそうだな。ただ俺が仕入れた情報を知る分には損はないはずだ。この動画を見てくれ」
「……………………使いこなしてるな」
Fの興ざめは、目の前のラーメンだけではない。それでも一応は、動画に関しては残さず最後まで飲み干すことができた。
「くだらねぇ、俺はいちぬぅ~けた」
Fはだるそうにスマホを返したうえで、改めて自らのスマホを撃ち終えた拳銃のようにカチリッと喜一郎の目の前に置いた。
「別に文句はないよな? 面白そうな祭りだと思ったが俺はもう降りるよ」
半分しか食べていないラーメンを置き去りにFは立ち上がる。
「泊まる場所はあるのか? 今夜だけでも俺の知りあいの
「これっきりだ、じじい。俺はサイコパスよろしく、血塗られた赤い部屋で眠ることにするよ」
言い残し、Fは立ち去った。
喜一郎は、
Fの言う通り。あいつがリーホァの仲間であるならば、あのとき一緒に逃げていたはずだ。サイコパスだろうと二重人格だろうと、この件に関しては無関係。奴の言動と振る舞いは動物で言うところの ”転位行動” に過ぎない。民間人をこれ以上の危険にさらす正当な理由はなく……自分が動いているのは元刑事としての感傷に過ぎない。
自分の都合のために有り体の事実から目を逸らせるのは……強者のエゴ。
(※転位行動とは……動物が攻撃か逃避の選択といった葛藤状況に置かれた時に解発される、全く別の第三の行動のことである)
それに調べても調べてもなにもわからない。与党の国会議員が生活の面倒を見ていた少女が家出した。少女は20年前の殺人事件の生き残りだった。彼女は、ネットで相手を見つけキャッシュで家を買い、 ”なにも掘り返さず” そこを去った。機関銃がぶっ放され、強盗と医者と少女の養父母が惨殺された。国会の派閥クーデターが起こった。尾道らーめんは旨かった。
点と点はつながらず、断じて線にはならない。因果関係はなにひとつ明らかになっていない。
(これでよかったのではないか?)
喜一郎は二個のスマートフォンを重ねてポケットに仕舞い。やることもなく店のテレビをぼんやりと眺めた。
ミカリンの不倫騒動の話題が終わり、画面はアンカーニュースに切り替わる。
見慣れた顔がそこに写った。
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福島県で起きた暴行事件において被害者死亡に伴い、容疑者が指名手配されました。不破芳男21歳 職業不詳 身長175㎝ 中肉中背。特徴は金髪……
事件は○月○日、容疑者宅ちかくの自動販売機前でツーリングに来ていた東京都板橋区○×人材派遣会社社長、蔵本圭介さんの頭部を口論の末、落ちていた鉄パイプで殴り、そのまま逃走……
、……ただいま速報が入りました。容疑者を広島県広島市で見かけたとの目撃情報が多数寄せられているそうです。繰り返します。容疑者……
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※
「よかったのか?」
カリビアンブルーの下で、この子がなに考えているのか読み取れない。
「なにが?」
あめ玉に付いてる棒をせわしなくクルクルと回す。それはいらついている証拠だ。
「通報してさ……利用価値はまだあったんじゃないのか?」
俺は、電話の受話器を置くことにも許可を求めている自分を知る。
「異物なのよね、彼は。ストーリーには関係なく紛れ込んじゃった感じがする。ドラクエの世界観に、ドリフが ”また来週~ ” よくわかんないじゃない。切れた感じの癖に ”じじいは今も家に引きこもったままだ” ってなんかよくわかんないけど………………なんかしんないけど、
言いながら、透き通った瞳は資料を読みあさっている。
「多分殺される。佐藤の警察庁警備局か、
俺の股間は下品だけど揺さぶられている。だけど愛している。
「そう言うのよくわからないからいいわ~。警視庁と検察とかどっちも警察でしょ? それよりお尻がジンジン痛いのよ。あとで薬、塗ってよね? ほんとあんたは、やり過ぎ! もう
※
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
朝5時、芳男は赤いカーペットに額をこすりつけて土下座していた。
「信じて貰えないかもしれないけど、俺にもなにがなんだか……知りあいに連絡しようにもスマホ失くしちゃってどうにもならなくて。あの、お姉さんに迷惑かけるつもりはさらっさらないんです。指名手配も何かの、きっと間違いで……」
「だれがそんな名探偵○ナンのオープニングみたいな
「ほんとに……自分でもわけが……警察に行きます。事情はどうあれそれが一番だと思います。知りあいに元警察官がいるからその人ならなんとかしてくれる……ほんま! すんまっせん! おねえさんには絶対迷惑かけないように……」
「ほんまにぃ~?」
「はい、誓います。ただ……あの、もう俺、この先どうなっちゃうか自分でも……(ぐすんっ)……不安で。だから俺、あの、一生のお願いですから、あの……自分の意識がある内に…………なんて言うか……あの……」
祝!
色々な意味で、放心状態の芳男は商店街の中を歩いていた。もう思い残すことはなにもない。
時刻は、朝の5時半。シャッターは、冷たく閉まっている。それでももう掃き掃除が済んだであろう痕跡がそこかしこにある。昼間なら活気のある商店街なのだろう。
(とりあえず駅の交番に行こう。色々ありすぎてなんか疲れた)
足を引きずるように歩く芳男の前に、人影が現れた。
「不破君だね?」
「あ、はい、あの~(警察だな……手間は省けたけど……なんか怖い)」
「おっと、不用意に近づかないでくれ。後ろにも人が居る」
芳男が振り向くと、そこにも体格のいかつい、二人の男が立っていた。
「ゆっくりと荷物をおろしてくれ。それから膝を地面に付けて」
「あの~ぜんぜん抵抗する気はないです。事情を話せばわかって貰えると……」
(バキッ)(バタンッ) 目の前の男が倒れた。
「なにやってんの! はやくこっちに逃げて!」
赤いバットを持ったカープ女子が叫んだ。
「この野郎!」
後ろの男達が殺気立ち、身構える。
「違うんです。抵抗する気は……」
芳男は振り向いた。
バキューーーーーーーーーーーーーーッン
銃声は商店街のアーケードに
すべての時が止まった。
「なにやってんねん! 早く! 今のうちに車まで走って!」
時を動かしたのはカープ女子だった。
「いやいや……ハイっ(ダッシュ)」
二人は車に乗り込み追ってきた男達を後輪のドリフトですっ飛ばし、9年落ちの赤いタントは、そのまま誰も居ない商店街の側道、石畳の道を突っ切った。
「あの……」
「話はあとっ!」
アスファルトの大通りに出て、更にアクセルをふかす。いくつかの道を曲がり、急にタントはスピードを緩めタントトトっと停まった。そして静かにバックする。
「あの……なにを?」
「逃走経路を偽装して監視カメラのない道から林道に入るの! あんた馬鹿?」
「はいっ! 勉強になります」
そのまま、つづら折れの急斜道を軽自動車とは思えない力強さでタントは駆け上がっていく。おそらくは車検でタイミングベルトを変えたばかり……手入れの仕方で車は驚くほどその実力を発揮するのだ。
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