第30話
「穴っぽこ」
「穴ポコ?」
「そっ、穴っぽこ。それがすべての始まりだった」
※
プッシュ・ザ・タイムカードを終えたお父さん
めでたし♪ めでたし♪
「7年ほど前、台北付近の荒野に小さな穴が見つかりました」
先ほどの男の説明が淡泊なので、内閣情報調査室が話を引き継ぐ。
「穴ポコ……」
防衛庁は首を傾げた。
「たいしたものじゃありません。当初、台湾の警察も問題にしなかった」
「穴ポコ……」
「真面目に聞いてください。防衛庁さん」
「失礼」
防衛庁は頭を下げる。専守防衛だった。
「えーと、台北はかなりの首都で、かなりの都会だよね?」
「ですから……首都です。なので都市化前のアプリオリ……具体的には高砂族つまり漢民族が入植するより
「長くなるからその辺は
男が先を急がせる。
「こほっ……それだけなら問題はなかった。それで話は終わるはずだった。事案は、その小さな穴のすぐ斜め下に、更に大きめの穴が存在していたことにあります」
話の腰を折られた格好の内閣情報調査室に、法務省が如才無くビールを勧める。
「蟻の巣の構造をご
「えー補足致します。結果的にそれは、巧みに圧力を分散した形で地下に形成された巨大な居住空間ではなかろうかという結論でありまして……」
主導権を握ろうと外務省が割って入った。
テーブルには豪華な料理が並び、それは時の経過と共に箸やフォークでグズグズに形を崩されるだけだった。誰もそんなものに注力していない。国益よりも省益優先。互いを探り合う火花が散るほどの腹芸のオンパレードであった。
「なんの為にそんなもの……?」
農林水産省は傾げてみせる。因みに彼は
「そこでようやく台湾当局も重い腰をあげた。しかしながらこの時点においても尚、我が国には何の関係もない事柄でありまして……」外務省は更に続けた。
どんっ! 内閣情報調査室が乱暴に大五郎の大型ペットボトルをテーブルに置く。
「アルコールは各々パフォーマンスが有意義に発揮できる範囲内で御自由にどうぞ。
居住空間ではないかとの推論以外、全て謎でありましたが遂に……その地下施設への電力供給の分析の結果、一つの仮説として日本企業の名が浮上したのであります」
「地下にそんなもの作るなら土砂はどうした? その土地の所有者は?」
赤ら顔の国土交通省が
「土地はダイスの如くコロコロ転売されており現在は英国ノンバンク。そこから真の所有者を割りだすのは不可能。ですが検証の結果、それが巨大な居住空間だと仮定した場合、必要なのは照明だけではない。飲料水の濾過供給、空気清浄装置他、人間が快適に生存しうる環境を整える為の電力。間接的な推論ではありますがそれを秘密裏に捻出できたのは、あらゆる可能性を鑑みても唯一、……京都エレメント台湾工場」
「京エレ!?」
場がざわついた。
「別に快適に暮らしていたかどうかは不明です……それを持ちまして、台湾政府から日本への直接の協力要請があり……」横から外務省が巻き返そうとする。
「いい加減にしてくれ。つまり正式要請ではなかったわけだな? 内閣情報調査室と外務省だけで内々に調査を行った。
「おっしゃる通り。中心となるべき内閣情報調査室は実質、警察庁OBばかり。その警察庁が海外情報をどのように入手しているかご存じでしょうか? 外務省に文書で問い合わせにくる……それが実情です」外務省がここぞとばかりに追従した。
「こほっ……因みに私は警察庁OBではありませんが?」
「え!? えー…………台湾と日本におきましては……」
「仲悪いな」ぽつり。
「
「歴史的背景もあり、台湾と日本は特別な関係にあります。当時の与党政権ではなく旧知の仲である
ここで最初の男が話を引き取った。
「当初、内閣情報調査室と外務省のペアでそれに当たっていた訳ですが、この事案は台湾ではなく、寧ろ日本が関知すべき問題であると……『だったらそれ、公安調査庁マターだろ? 庭場荒らされてるよ、法務省さん』『いや、私どもでは手に負えないとの判断でして』『あれ? 知ってたってわけ?』……私語は慎んで頂きたいっ!」
「虫のいい話だ。
憲法破り。防衛庁が改心のダジャレ攻撃! しかしなにも起こらなかった。
「これは日本の”良心”を総動員して掛からねばならぬ深刻な問題なのです」
男は厳粛な声で言った。その一言に皆、一目を向ける。
「調査の結果、その構造物の
「意味が判らん。そんな駄弁で、我々に極秘文書を持ち寄らせた理由を説明しようというのか?」
環境省は納得していない。
「ご尤も。しかしながらこれは確実な解決手段を握ってからの協力要請であります。最前線にある人物が核心と覚しき女との接触に成功しました。彼はCコード28桁を諳んじる歴とした警視庁公安部の人間です。彼の上司は判然とはしませんが、非常に優秀且つ聡明な人物であり、我々とは違いソルジャーではありますが上級国家試験をAクラスで突破した……」
「ちょっと待て……上司が判然としない?」
「ご明察通り『アメリカの棘』に属する人間です……ですが、彼自身は自らを警察官だと信じて疑ってはおりません。優秀な馬鹿であります! だからこそ、この案件に命を掛けて挑み……』
「言ってることが不味い、不味い。それではまるで……」
「今更、日本が純粋な独立国などと御託を並べるのはよしましょう。敵の敵は味方。省益、出身、派閥、思想、信条、利害。
「はぁ!?」総務省。
「冗談じゃない」財務省。
「君っ! ふざけてるのか?」経済産業省。
「……の一人が吊られました。事由は、彼らが京都エレメント御手洗和夫を庇護しているからだと考えられます」男は静かに言った。
その瞬間、居合わせたメンバーがその本性をあらわにした。
――腐った官僚組織において数少ない筋金入りの愛国者の――
「恥ずかしながら『不思議な力』についてこちらが認識出来たのはごく最近。逆に、各省庁におかれましては、関係の深い諸外国からの指摘で、その存在を疑念であれ、把握、独自調査されてきたと聞き及びます。なぜ我々に齟齬が生まれたか? それは
男は至って端正な顔立ち。その面構えが、話の内容より優先して説得力を持つ。
ただ一人外務省だけが大いに不満顔。
気づいた男は何食わぬ顔で話の内容を
バランスを取った。
「だがここには『アメリカの棘』も『華の轍』も『赤の広場』も『オレンジの壺』も存在しない。真にこの国を憂う、信頼に足る方々だけにお集まり頂いた。だからこそ無理もお願いできる。我々は逆方向から迫り、
※
シーアイランドコットン。彼らの流儀に合わせるつもりはない。スーツは着ずに、
青い鳥を模したカフスボタンだけ、控えめに自己主張。
部屋を初期設定にして別れを告げる。玄関ドアを開けると、思わぬ人物がいた。
「竹ちゃん……」
わたしは絵描きを目指して上京し、この歳まで結婚もせずアルバイトで食い繋ぎ、でも売れなくて、だがプライドだけは高くて、そんな駄目人間が遂に父親の脳卒中でこれも運命かと諦め夢破れ帰郷することとなり、今まさにアパートをでた瞬間の、……切ない表情を作った。
「田舎に戻ったらすぐ連絡おくれよ。遊びに行くからさ」
「都落ち……だから暫くはそっとしておいてくれ。まぁ、立ち直ったら連絡するよ」
わたしは右手を挙げた。不自然な涙が流れ、相手にもそれは明瞭に確認できる。
そのまま海岸線に沿いアニメで有名な踏切を渡り駅に向かう。
肺一杯に海の潮風を吸い込んでは吐き出し、また吸い込んだ。
素敵な場所だけれどここにもう二度と帰ることはないだろう。
発情期なのか、半音高く、海鳥が鳴く。
駅に着き、理由もなく一つ電車を見送り、次の二両編成の臨時列車に乗り込む。
東京へは思ったよりも暇を要し、思えば電車は初めてだった。
素敵な、路線だった。
車など使わずもっと利用してればと、後悔する。
新橋駅の改札を抜け、少し歩いて薄汚い雑居ビルの前で足を止めた。
こんな場末に、世界最高の ”味覚” が存在するなどと、誰が想像するだろう?
内部要員はすべて国家公務員。歯の抜けたスナックのママも、豊胸手術された胸で踊るキャバレーのダンサーも……消費者金融の社長はプログラムのウィザードで昔、世話にもなった。係累も身ぎれいな、プロ達ばかり……
顔をスキャンされ、エレベーターで三階に向かう。そこはしょぼくれた鮨屋。鮨を握るのも公務員。オシボリが少々匂うことを気にせねば、食材は銀座をも凌駕する。
この国で一番、碌でもない人種が集う場所。
鮨屋においてはカウンターが上席であるが、迷わず小上がりを目指す。
ふっ ふっ
ふっ
ふっ 「時間通りだね」
ふっ
ふっ
ふっ
この物語の主役は先に待っており、不敵な笑みを浮かべていた。
※
「本当に飲まないの?」
「えぇ。酒もタバコもやりません」
「CIAの適正でまず問われるのは何だか知ってる? ユーモアを解するか、否か。日本もそうあって欲しいね。人生には余裕が必要だ。優秀なだけでは生き残れない。一杯くらい付き合ってくれてもいいじゃない」
誘いは蠱惑的だが、それでも固辞すると男は酌をしようとした手を諦めた。
真っ白い手。でも弱々しくはない。ソルジャーではないが、この男は本物。
「捩じ伏せるのに苦労した。隣に集めて説得したんだけどね、料理に手もつけない。板長が機嫌を悪くしてた。彼らの特権意識は鼻持ちならない。公務員同士だとて恨みを買わないに越したことはない。そう思わない? それでもなんとか差し出させた。こんなのどうする? 出入国記録とか国有地払い下げリストとか、書類に換算するとこのビルが埋まる量だ。流石に手に余るんじゃない? 人員を少し回そうか?」
「それには及びません。わたしはあなたほど優秀ではありませんが今回の問題を解決するには十分です」
「心強い。リーホァと連絡がとれた今。最前線はやはり君だ。宜しく頼む」
「わたしは白川が生きてることさえ知らされず…………だったわけですが……」
「パズルが最初から揃っていたら、面白くないじゃない?」
「揃ったピースを眺めても……白川拓馬をあなたは理解出来ますか?」
「愚問だ。認知されなければ無いも同じ。我々は認知した。理解など必要ない。神になろうとした者など歴史上幾らもいる。己のDNAを特別だと勘違いしたのやも……想像だけどね。国家戦略として水源確保や
「救われた?」
「北海道にちょっとした物があると噂が立った。それが跡形もなく掻き消された。
誰かが大海を鎮めた。神秘的だよ」
「ちょっとした?」
「調子に乗った政治家が一匹跳ねただけ。大した事じゃない。それに……もう無い」
男はこちらを見ていない。横顔に”黙れ”と圧力が含まれる。気後れする場面だが、タイミングを計らねばならぬから……
「一つだけ、お伺いしたいことが」
「なに?」
「先日、杉原瑠璃子と言う女性に会ってきました」
「誰?」
「ご存じありませんか? 柳沢省吾の婚約者です」
「え? 彼、婚約者が居たの?」
「愛する人の自殺。見ているこっちが痛々しかった。彼の顔写真は一切載りませんでした。
『不思議な力』などなくとも、あなたにはそれが出来る」
「いや随分と苦労したよ。仕事としては美しくない。圧力をかけた影響は残るから、とち狂った不満分子が暴走もしかねない。そう……彼にはそんな
「最初から殺すお積もりだったのですか?」
「別件。彼の父親がペルソナノングラータ。海外ではなく我が国にとっての、
「用意周到……ですね」
「そうかな?」
「それはそうです。柳沢省吾になりすまし、実際にリーホァと付き合い抱いたのは、
あなた…………なのですから」
※
雑居ビルを後にする。最後の敬礼。目の前の建物は、我が国の、一つの象徴。
…………この物語の主人公は、今から30分ほどで死ぬ。
薬物など……拷問の道具か、暗殺の手段でしかない。
遙かに格上の相手。本来ならどうこうできる代物ではない。でも、
後先考えねば、殺すだけなら可能 ――毒を入れるタイミングは難しかったが――
心残りは、文部科学省の資料だけ手に入らなかった。
『呪われた村』 その ”知育” に関しては、彼らしか知り得ない。
もう存在しないのか? 欠席は自責の念か? だとしても、大切なのは、今。
過去を分析してみても、現在の白川に近づく、手段とはなり得ない。
国家創造? 逆に転覆? 世界? 思考が追いつかない 青春のマジック?
術式? 魔法陣?
糞みたいなポップカルチャーに浮かれた中二病かよ、白川拓馬。
台湾版『卵を産む部屋』から
…………さぁ~て、
物語の脚本を書いた人間はもう居ない。桜の国に必要とされた、真に
彼はヒントを見つけ、得たいの知れぬ物の怪の影を捉えた。福島の家を買い取り、住民を立ち退かせ、現場を空白にし、何かを掘り出し、それを埋め戻した。
毒にも薬にもならぬ世襲の恩恵に縋るだけの無能になりすまし、彼女を抱いた。
わたしとリーホァを引き合わせ、すべてのお膳立てをした。……彼女を抱いた。
彼の最後の言葉は「シャツ一枚で寒くない?」だった。
白川という存在が、もはや複数形だとしても……
質の悪い伝言ゲーム。歪んだ結末だとしても……
優秀な彼のレーゾンデートルに見合う仕事だけは誓う。
わたしは職務をして恋を知る。大切なのは彼女の
赤い糸は出会う前から直線で、必然として、わたしは彼女と
簡単。イージー。朝飯前。造作無い。お安いご用。めんぼくない。
それしかないとはそれだけあること。時間はなみなみと溢れてる。
監視している警察庁その他諸々、有象無象を雑踏の中、煙に巻く。
30分後、すべてが敵になる。
追っ手は誰になる? 誰が殺しに来る?
スペランカー? アイス?
白鵬? Nazi? かのん? ランブルフィッシュ?
誰一人として勝てる気がしない。
普通の生活をしていれば知り得ない恐怖。わたしもその恐怖の一部であった。
生きる為に一度死ぬ。この世から存在を消す。そしてわたしは生まれ変わる。
真っ白い手。輝くシャツ。霜柱を踏むよなザクザク感。ヒントをありがとう。
君の尊厳をもう誰も犯さない。夜店で型を抜いた、青い鳥のピアスをあげる。
さぁリーホァ、連絡を下さい。…………………… 一緒に旅を続けよう。
味覚 第一部 プリンぽん @kurumasan
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