第5話

「このニュースばっかりだからうんざりだね」

「そりゃそうじゃないの? テレビ見ないからよくわかんないけど」

 不破芳男ふわよしおは美容師に髪の毛を任せていた。話したところでなにか新しい情報が聞けるはずもない。不快なだけだった。


「どうせ復興事業の縄張り争いだよ。やだねぇ、いろんな輩が群がってさ。地元なんか関係ないんだよ。大企業とやくざが金をむしり取っていく。それにしても、いくらなんでも機関銃なんてなぁ。そのうち手榴弾とかバズーカとか…………よっしゃ! これで30分くらい待っといて貰えるかな」

 美容師は芳男の肩をぽんっと叩くと隣の客に移っていった。


「ほんとよなぁ。税金目当ての暴力団なんか全員、死刑にならんかね」

 隣は50代の年配の客のようだ。

「ほんとですねぇ、内乱罪? 破防法? なんでも適用すりゃいいんですよ」

 薄い頭髪にハサミが触れるか触れないかで、仕事をしている振りをしている。

「ニュース全部飛んじゃったからな。ミカリンの不倫問題とかさ、なんだよぉ自称格闘家っての? あれの続報も消えたし。重要なニュースが全部、飛んでる」


 重要? だれだぁ? ミカリンって?

「政治の話もおもしろいのあるじゃないですか。佐藤派のお家騒動。憲英会けんえいかいの若頭が渋木しぶき松之助まつのすけ紫苑しおん政策会に出席したって言う」

「山林? あーあんなの小者こもの小者こもの。身の程わきまえずだね。なんのバックもないじゃない。待遇に不満でうろちょろコウモリしたんじゃないの? あほだね~」


 小者か? すげーおっかなかったぞ? 

「鯨には知性があるから可哀相かわいそうっていいますけど、だったら知性のない人間は虐待していいって話ですかね」


…………

「渋木松之助と佐藤豊は100年戦争ですから、北方領土問題でロシアと……ちょっとお待ちくださいね」


「はぃ、どんなもんですか?」

「ものすごいな。金髪だと注文したけど、金髪にもほどがある」

「ブリーチの型番まで指定して文句言われてもねぇ、お客さん」

「ちがうちがう。腕がいいって褒めてんのっ!」

「…………でしょう? いっつもツンデレなんだからお客さんは」


 ぴっかぴかの一万円札を渡して、おつりが返ってくる合間にも連絡を入れた。

(もしかして、使い方がわからないんじゃないのか?)

 おつりは、数百円返ってきた。




 (クシュン)くしゃみをして気がついた。今は春だ。


 美容室のドアを開けた途端、川からのおおきな風が花粉を運んできたみたいだ。入れ替わっても体質は同じ。エフの染め直したばかりの金髪がなびく。


(こいつらの時給はいったい幾らなんだ?)


 Fが歩くのと同じ旋律せんりつでバイクが輪唱りんしょうしてくる。カーブミラーで確認しながらFは溜息をついた。


(じじいが言ったとおり、確かにこれは鬱陶しい)


 監視対象になった当初からのルーチンワークは疑われないだろうが、特別な行動を取れば先に回り込んでいる黒い外車から数人がすぐ飛び降りてくるだろう。

 

「じじい……あほだろおまえ」

 よくよく考えてみれば、パソコンのメールソフトに娘の携帯アドレスを入れておけば、わざわざ手紙など書く必要がない。

(なーにが、 ”タバコと引き替えに差し出されるのは千円札だと信じて疑わない、単純なやつらだ” っだ。てめえが間抜けなだけじゃねーか。遊びでしか使ってなかったな?)

 昨夜、相手に圧倒されたことがFのプライドを傷つけ、返信がないことで更にイライラが募っている。そしてもうひとつ……


(ピンポーン)……憂鬱の種がある。










 喜一郎は圏外にいた。木漏れ日が差す透明で明るい空間は寒さを逆に強調するかのようで、秋田の山奥はひと味違う。そして何もなかった。一度はこの目で見ておかなければと思ったそれは、かつて人が住んでいた痕跡さえ残していない。

 枯れ葉を踏む足音だけが耳に残る。


 喜一郎は山を下り、里の食堂に入った。

「ふ~~~」

 安いお茶だが、温かいだけありがたい。Fからの連絡が入っているが、”ツン” した。まだなにも状況は進展していない。デレするのは後でも構わないだろう。

 それよりも、きりたんぽを頼んだがどうも性に合わない。似たようなものなら故郷のほうとうのほうがずっと旨い。慣れ親しんだ味の好みは変えようがない。折角にも訪れた土地で半分残すのもどうかとも思ったが、喜一郎は諦めて席を立った。









「”よし君” が煎れてくれるお茶はいつも美味しいねぇ」

 周囲より比較的大きな家の縁側で、老婆が顔をほころばせる。


「ごめんな、ばあちゃん。なんの役にも立てなくて」

「よか、よか。それより頑張ってくれたからお小遣いうんと奮発ふんぱつしてあげるからねぇ」

「見つけてねぇのに金なんてもらえねーよ。そっちはいいんだ。隣のじいさんからアルバイト頼まれて、前金でほらっ」

 Fは万札が詰まった札入れを見せた。


「おやまぁ、凄いじゃないの。それなら弓絵ちゃんの実家に行ってあげたら?」

「いや、暫くは動けないかな……」

「弓絵ちゃんのお母さんならまだ若いのにねぇ。かなりお悪いの?」

「命に関わるようなアレじゃないよ。(クシュン)やっぱ風、強いな。寒くないか?」

「ここの川風は生まれつきだよ。これでも随分と住みやすくなったんだよ。昔はねぇ雨のたびに増水してねぇ。水抜きの廃路をあちこち埋めて盛り土して、堤防が出来るずっと前だけど……それでやっと……あれぇ! この煮物美味しい!」

「ばあちゃん、今なんて言った?」

「この煮物、なんでこんなに美味しいの?」

「いや……鰹節かつおぶしじゃなくて鮪節まぐろぶしか? なんかを……」

「どこで売ってるの?」

「いや、それもらいもんだから今度、聞いとくよ。それより廃路って?」

「そうだよ。土管をあちこち埋めて地盤が弱いからそこら中、コンクリートで……」


 Fは縁側の板木から軽やかにジャンプした。


「サンキュウ、ばあちゃん。クイズが一つ解けたよ! それとやっぱり、弓絵の実家に行ってみる、心配だから、だからさぁ……しばらく留守にするよ」










「山の民と言うべきでしょうな」

 かつて高校の社会科の先生だったという、その老人は曇った眼鏡をかけ直した。


「私はあまり詳しくはないのですが、サン○とかテ○バとか……」

「彼らが自分たちのことをそう名乗った事実はありません。それは差別用語に近いですよ、あなた! あなたは若手だから知らないのも当然ですがね、そもそも柳田國男先生が……」


(若手って……) 喜一郎は、自分の白髪頭を掻くしかなかった。


「……縄文人の末裔まつえいなどと諸説あります。そもそも日本人が単一民族だとの主張は強者のエゴですな。ただ、そうですなぁ、昭和30年代から近隣の村に吸収されていったのでしょうな。ですから研究が進むその前にその実態がなくなった。だからこそですな、社会学的な側面から中立性を欠いた創作としか言い様のない……」


(早く帰りたい) 喜一郎は、自分の学生時代を思い出していた。








 夕暮まえに、Fは家に帰った。


(なるほどね。そういうことね。愛依まいが見つけたか?)


(ルーチンワーク……ルーチンワーク……ルーチンワーク)


 一旦、家に帰って、自動販売機にいつものジュースを買いに行く。


(ルーチンワーク……ルーチンワーク……ルーチンワーク)


 車からも、斜め向かいの家からも死角。でも、あいつらは油断している。何故ならば、俺のいつもの行動パターン。そう、ルーチンワーク。




 唯一、機動性の高いバイクからは監視されている。自動販売機から2メートルだけ先に歩いていつもの習慣を崩す。


 NOモーション。

 ランナーを背負ったピッチャーがやる、クイック投法みたいな感じ?

 けん制球でランナーはアウト。どこから ”蹴り” が来たか、わからない感じ?



(上半身が華奢きゃしゃだから油断しちゃったね。柔道耳も空手ダコもないのに、強い奴は居るんだよ? まあフルフェイス被ってるから命は助かったね)


「さぁ~~て、何が出るかな? 何が出るかな? チャラララッチャ チャラララ」

 Fは、先ほどバイクに乗ったまま壁面に叩き付けられた男の革ジャンに手を突っ込んだ。


「そぉあぁくぅひんの~ピストルぅ~~~。ぼくドラえもん~」



(ルーチンワーク……ルーチンワーク……ヘイガールズ……ルーチンワーク)




 ジュースがどこからでも見えるようにかかげて、


 Fは玄関からゆっくりと家の中に入っていった。






















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 報告。

DNA鑑定の結果、殺害された人数は3名。全員が男性。

”ヒグラシ”から聴取した内容と一致しません。

少なくとも5名、うち一人は女性。目撃情報その他、信憑性についてはそちらの情報の確度が高いと現段階では考えられます。

引き続き、調査継続致します。



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 報告。

不破芳男(21歳)が逃亡した模様。

周辺に多数人員が居るため、こちらから直に観測は不可能な状態にあります。

”ヒグラシ”失踪と同様、数人が住居不法侵入にて捜索している模様。

指定暴力団の構成員でありますので、このまま証拠なしでも逮捕、抑留可能。

ご指示、願います。


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