第25話




 音のない夜に喜一郎は囲炉裏をひとり独占していた。瞳の中、炎が揺れる。


 炎はわざわいをもたらし、なのに人はそれを眺め気持ちを落ち着かせる。


(違う角度で物事を見る)れば、それはまるで別の意味を持つ。




 芳男の一言はラストパスに過ぎなかった。

 

 それでもその数式が妥当であるのか、そうではないのか。


 揺れる論証は静かに執り行われる。 







 守ろうとした? 


 ならばなにから? 行動原理を一から十まで把握する必要はない。


 誰から? その一点。それだけでいい。似たようなことがなかったか?


 鬼になり、悪魔になり、それも空振りしたとき、そこにあったはずだ。


 御手洗は透明人間になった。それはまるで証言者保護プログラム…… 

 なぜ靖彦が御手洗を押さえることができたのか? 理由はそこにある。

 靖彦はなにかから……誰かから……御手洗を守っている。





 当初、20年前の殺人に佐藤豊の関与をいぶかった。だから(先入観)埋められていたのはその証拠だと信じて疑わなかった。そこには(思い込み)が存在し、(人は流されやすい)名前が書かれたプレートになんらかの意味を持たせた。



 違う。



 確かに、山林の裏切りをリーホァが知ることで事件は動いた。報復の手段としてそれを掘り返そうとしたのなら、その行動は理解できる。しかしプレートには名前が刻まれていた……ただそれだけである。そこにどれほどの意味がある? 

 なによりも復讐ならば、記憶が蘇った ”その時” それは始まっていたはずだ。



『リーホァはまだ5歳の子供で少女の中にあるのはたったひとつ、佐藤への 

 ”思慕” 少女は見つけて欲しかった。少女は佐藤を守るために行動している』


 Fの言葉は、ただの推測に過ぎない。

 そんなアプローチもあるのかと視野の狭さを指摘されただけだった。

 だがしかし……そうだと仮定したら……守ろうとしたのなら?



 5歳の子供はそれがなんたるかを知らなかった。知らずに掘り返そうとした。

 ただ掘り返そうとしたのだ…………佐藤を守る為に。



 首切螽蟖クビキリギスが一匹、囲炉裏の側に飛んできた。もう屋根の上でバイオリンを弾くのにも飽きたのだろう春に鳴く虫は、老人のことなど歯牙にもかけず軽んじて、躙り寄っては勝手に暖をとるのであった。

 今宵の無音は、ただそれだけの理由であった。






 

 



 



「……そう天使の話だったね。ん? 天使なのか? 悪魔なのか? どっちだ? ふふふ、それが未だによくわからないんだ。あの村の子供らはみな優秀だった。あの頃の私達を見たら驚くぞ。だが、次元の違う存在はどの世界にも生まれる」

 金属製の水差しに手を伸ばし、コップに水を注ぐ。

 


「彼に比べれば、優秀な私達もゴミだったよ、ゴミ。嫉妬さえも湧いてこない。彼はすべてに於いて、ずば抜けていた」

 ギヤマンの水差しは、先ほど壁に叩き付け粉々にしている。

 その苛立ちも、今は収まっている。





 この映像を見る前に、靖彦の元、モンスター解放の知らせがあった。






 彼は再び水面下に潜り、


       リーホァを探しだし、


            任務を遂行することになるだろう。




 立場は違えど、


          この国を影で支える、

                

                      勇者は解き放たれた。









 教授に指摘されるまでもなく、(人の行動には隠された矛盾)がある。それは不透明にして白濁する液体で、飲み下し胃の腑に落ちてやっとそれだと気付く。

……自分も純粋にこの事件だけを追っていたわけではない。他人には伺い知れぬ鬱屈した闇の中、(暴走をした)(暴走などしていない)行き場もなく成長したエゴに支配されていた。自身のことでさえそうなのだ。まして他人の行動を理路整然とかいすることなど、それは容易なことではなかった。

 自分は自惚れていた。



 Fは、機関銃の惨殺にモンスターが関与していると推理している。

 自分も納得しかけていた。確かに、彼は自分の所属する組織にも秘密裏に行動していた節がある。歴史上、紫苑に支配されている警視庁公安部の中で……

 それなのに、上司の命令で殺人を犯している。



 思い出せっ! 


 行動原理を一から十まで把握する必要はない。一点突破だ。


 虫酸が走る、唾棄すべき相手ではあるが、そこに一つだけ真実があった。



 

 こちらに対する      ” 敬意  ”



 敬意とはなにか? 尊敬する気持ち。なにをもって尊敬したのか?



 …………どの立場でだ?



 そこには…………揺るぎない正義。



 

 モンスターは同じ警察の人間として俺を尊敬し、俺を殺そうとした。矛盾。


 矛盾を成立させる。仲間にさえ秘密裏に殺人まで犯し成そうとした。正義。


 任務。それ以外にない。彼にあるのは徹頭徹尾、警察官としての使命感だ。










 


「彼は我々を励まし肯定した。生きる意味など考えたことがない私達にidentityアイデンティティーを授け、希望を与えた。それだけじゃない。知育していた最高レベルの知識人が徐々に彼に傾倒していった。彼は奴らをも肯定したのだ。日本は戦争に負けた。それでも計画は続けられている。奴らの迷いさえを打ち消し、その研究が如何に素晴らしいものであるのかを、彼は自らの能力で知らしめた。薄ら寒いことに、やがて大人達は彼に敬語を使い始めた。当時、まだ十歳の子供に……そして彼は神になった」

 腹からチャポチャポ音がするほど水を飲むのをやめない。やめられない。


 








 リーホァが知らぬものをモンスターが知る由もない。

 なのに人を殺し指名手配までして獲得しようとした。それは山林の懐に入る、ただそれだけの理由であるはずがない。この国の血統、紫苑まで欺いて。




 リーホァは佐藤豊を守ろうとした。


 百年に一人の傑物、佐藤豊は要塞に立てこもり籠城した。

 機動隊に徹底的に守らせた。

 余命3ヶ月の人間が? 紫苑から? 山林から? 小娘から? 

 そんなわけがない。佐藤ほどの男がそんな意味のない行動をとるはずがない。 


 何故なにゆえ、佐藤の死後、京都エレメント会長、御手洗和夫は透明人間になった?



 

 







「それなのに、神になった彼は日本に見切りをつけた。大人達を操り、日本から出て行こうとしたんだ。悲しかった。彼は私達の希望だった。彼は面接をした。親になるべき人間を、十歳の子供が面接した。最後の日、皆で寄せ書きをした。『この村を作った人間は僕が殺す。必ず殺す。僕は遠い地で皆を見守っている。僕達は家族だ。僕の家族は、君達しかいない』別れ際、彼は最後にそう言った」


 密閉された個室に風が吹いた。そう感じた。

 靖彦は映像を消し去り、グラスを手に取る。

 氷はその跡形もなく、溶けてしまっていた。








 


 おじちゃんは駅前に車を止めて、いつもひとりでやってきた。

 少しドン臭い父と違い、おじちゃんは都会的で颯爽として、朗らかに見えた。

 そう見えた。幼い頃の私にはそう見えた。あぁ、かっこいいなぁと憧れた。


 だけど違った。蘇るあのときの映像の、おじちゃんの表情に眠る、怯え、恐れ、精一杯の虚勢。そのすべてが、成長した私にはわかるのだ……今なら。



 山林の裏切りを知った。そしてテレビに映るおじちゃんを見た。

 そこに同じ表情があった。あぁ、おじちゃんは山林を恐れているのではない。

 おじちゃんにとって、それが恐れねばならぬものなら、返してあげよう。


 5歳のあの日、父は笑っていた。おじちゃんも笑っていた。

 父は金属のプレートをおじちゃんに見せた。そして笑った。

 私も笑った。やがておじちゃんは独り静かに帰って行った。



 父は桜木の根元に穴を掘っている。方杖を付き、私はそれを見ている。

 父は大きなバックを、その掘った穴に納めた。そのとき、ふと……

 父は金属のプレートの置き場所に迷った風だった。

 そしてぽいっと、ついでにその穴に投げ入れた。

 父にとってそれはそれだけの物。父にとっては脅すためだけの小道具。

 命令し独りでこさせた、おじちゃんを脅すための……


 思い出の中の金属の板、あんな物に意味はない。少なくとも私は興味がない。

 重要なのは、  ”それ以外、何も埋まっていなかった” と言う事実。





 








「それから数年経ち、村は崩壊し、そして我々に選択の余地はなかった。戸籍を維持するにはその分の死体が必要で、その頃、弟も妻になる木下倫も放り込まれていた  から数名選んだ。未来の為にはそうするしかなかった」


「全容はわからない。彼が何者かを殺したからだと……だから資金は止まった。彼は海外にいながらやり遂げた。……だが彼は予想し得なかったのだろうか? 我々のその後の行動を……親殺しが済んだ後、彼から連絡があった。手紙には、

『君たちを許す』と書いてあった。『知育は僕が引き継ぎ、君たちの生活の面倒は僕が見る』とも書かれてあった。天使か? 悪魔か? 未だに判断がつかない。彼は私達の想像を遙かに超えていた。そして……我々は操り人形になった」












 明け方、すべてが終わったあと。


 5歳の女の子が無傷で惨劇の現状で立ち尽くしてた。開け放たれた戸から血の海に幸せの象徴であったはずの薄桃色の花びら吹き込み、舞い散り、その中……


 母が 兄が 姉が そして……見知らぬ男の、死体がそこにあった。



 5歳の女の子は味覚を失った。そしてなにもかも忘れてしまった。


 その子は私だった。16歳の少女も私だった。私は26歳の女性になった。








 

「最後に白川に会ったのは佐藤で……年恰好としかっこうの近い人間をひとり、調達するよう命ぜられた」










 喜一郎の背中は冷たく、顔は火膨ひぶくれするほどに熱かった。

 それでも喜一郎は、炭の側に小枝を放るのをやめなかった。

 首切螽蟖クビキリギスはそんな老人にあきれ、自慢のアリアを奏でることはない。








 モンスターは2系統のこの国の権力を無視して任務を遂行した。


 絶対的権力と金脈の力。巨悪が二匹、子供のように怯えていた。


 リーホァはそれがなにかもわからず守る為、掘り返そうとした。



 誰か? そのすべてに関係性をもち、金属のプレートの根源。

 そこに一本の直線が引ける唯一の、その存在に一度として寄り添うこと

 ……それすら考えもしなかった……人物。





 …………………… 喜一郎は辿り着いた。



 


 





        

         

 




 






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