第15話

 長野県の山中で崖から車が転落した。運転していたのは榎木田えのきだみつる37歳。体内からアルコールの成分が検出され、飲酒運転による死亡事故として地方紙の片隅に載る。彼は2ヶ月前まで、佐藤豊の専属運転手であった。







 福島県会津若松市。猪苗代湖いなわしろこの静かな湖畔の林の蔭で、たまたまハイキングに来ていた若い男女が遺体を発見する。

 被害者は、村上喜一郎63歳。このニュースはあらゆるマスコミの手によって、一大センセーショナルを巻き起こした。彼が元、山梨県警の刑事だったからではない。相前後して週刊誌が特ダネを飛ばした連続殺人鬼、シリアルキラー  リー 麗華リーホァの最新の殺害事件であったからである。

 捜索の結果、殺害に使用したと思われるピストルが湖底で発見された。



 マスコミに尻を叩かれる格好となった全国指名手配において、警察は6枚もの顔写真を公開する。ネットではどの顔と髪型の組み合わせが一番可愛いか? 

 それを投票する ”リーホァ・ゲーム” なる不謹慎な遊びが流行した。


 一番人気は、高校時代の顔と   asymmetryアシンメトリー blackブラック cherryチェリー 

 二番人気は、ソープ時代の顔と   caribbeanカリビアン blueブルー 

 準通りの清楚な顔に黒髪の組み合わせが7番人気なのは、世相を反映してなのだろうかと、コメンテーターはテレビで語る。




 インタビュアー  

「お隣の村上さんはどんな方でしたか?」


 黒髪眼鏡のまじめそうな青年 

「孫思いで庭いじりが好きな普通の人でした。見てください、この手入れされた庭を……まあ、それくらいしか特技はなかったみたいです……もう足腰も弱って煙草買いに行くのも一苦労でした……そんな人を……犯人を絶対に許せません」


 インタビュアー

「リーホァさんとの思い出はなにかありますか?」


 磨りガラスに赤いシルエットの女性

「とにかく明るくて快活な子じゃったん。おかしくなったんは、心療内科に通い始めてからなんよ。その医者が悪さしよったんよ、多分。絶対じゃけん」









「グハァっ」

 相手の体は、くの字に曲がり1メートルばかり吹っ飛んだ。丁度そこにあった椅子に着席する格好になる。Fの右足は蛇のようにくねくねとうねり、その巣に戻ってゆく。


「なんなんだおまえは!」

 山林はぐったりと下辺から上辺を睨んだ。


「あんたにムカついていたのは確かだが…………これはあれだ、喧嘩に負けた罰ゲームだ」

「はぁ? なに言ってんだ、おまえ。あの爺さんが殺されたからって俺を襲うのはお門違いだ」

 山林は胸元に煙草を探る。なかったので、届けるよう命じる相手を目で追うがそこに誰もいない。それはそうなのだ「ふふふっ」と心の中で、山林は自分自身をせせら笑う。


「議員バッチが泣いてるぜ。警備員一人だけか? こんなご立派なビルに」

「見ての通りだ……今さら俺になんの用がある……おまえ? 黒髪にしてるじゃないか。更正でもしたのか」

「逃亡中に染めただけだ。指名手配は解除された、お陰様でな。今日はあんたに聞きたいことがあって来たんだ」

「聞きたいこと? やめとけやめとけ。お前がどうこうできる次元の話じゃない。誰も気付いちゃいないが、佐藤の病状をリークした医者、俺がスパイとして送り込んだ運転手、そのほか諸々、既に殺されている。自然死に見せかけてだがな。……お前も殺されたくなきゃ、忘れろ。これは親切で言ってやっている」

「コソ泥に虚仮こけにされて腹も立つだろうが、俺のことは心配ご無用、抱いてないからな。それよりその佐藤の病状ってのを詳しく聞きたい」

「ああ?……あぁ、もって三ヶ月だ、三ヶ月。それを知ってどうする?」

「どうもしないさ。それと……あのな、福岡はどうしてあんな動きをしてる?」

「糞ガキが、ちったー勉強しろ。福岡は日本の任侠を装い、半島の仮面を被った……大陸の傭兵だ。料金次第でどんなこともやってくれる。手榴弾でも機関銃でもバズーカでも、お望み次第。当然、金は御手洗だ。二人は車の両輪。佐藤が政治を使い御手洗が儲けてその金がまた政治を動かす。って、なんで俺がこんな解説をする義務がある? ……もういい、終わり終わり。もう疲れた。殺したければ殺せ!」

 立ち上がろうと狙っていた山林は、その反動のように深く椅子に沈んだ。



(セーラー服を着ていたのは………………御手洗) 



「あんたには義務がある。この一連の事件のきっかけはあんたなんだ」

「はぁ? どういう意味だ?」

「あんたは優秀で仕事に隙がない。ただそれは、国内に限ってのことだ。海外ではそうはいかない。海外での日本人の行動には ”制約” がある。そしてそれは常にある組織によって監視されている」

「…………外務省……か? おまえ……おまえは一体、何者なんだ!」

「平常運転の不良だよ。……あんたが海外で佐藤豊を嵌める工作は全部、外務省の一部門に筒抜けだった。しかしそれは、佐藤豊に牛耳られている派閥とは敵対する部署だった。あんたは泳がされてたのさ」

 NOモーション。どこにも向かいようのない怒りの蹴りは、大勢の現地の子供達と一緒に映る佐藤と山林の偽善的な笑顔の前でピタリっと止まった。


「それを脳天気なボンボンが、機密情報にも関わらず、ある女に喋っちまった。なにもかもの始まり。それが出発点だ」

 Fは散乱し踏み場もない事務所の床を探し探し、ゆっくりと足を下ろす。


「話が見えない。それに、もはや俺には関係がない。チャンスはあったのにな」

 山林は手にした指名手配写真、その一つを指で弾いた。


「いや……あんたにチャンスはなかった。捕らえた女がリーホァだと感づいても意味はなかったんだ」

 Fには余り時間がない。それでも山林にはそれを伝えるべきだと思った。


「皆が皆、20年前の殺人に佐藤が関与していると思った。そして、リーホァが佐藤を恨んでいると、そう錯覚をした」

 どうも山林には話が飲み込めない。頭を整理するために必要な煙草を切らせている。あったとしても、事態そのものに興味がなくなっていた。沈む船から秘書や事務員が消え、コソ泥の不良さえ阻止できない警備員だけになった自分の城、その冷え冷えとした、冷たさのなかで。


「あんただけじゃない。じじいも俺もそう考えていた。違う意見の奴はいたがな。あんたも会ったことがある人物だ。そいつは言った ”リーホァは5歳の子供で、少女の中にあるのはたったひとつ、佐藤への ”思慕しぼ” だと。少女は佐藤に見つけて欲しかった。少女は佐藤を守るために行動している” ってな」


 山林にはやはりわからないようで、その全てが面倒になっているらしい。それを励ますように、Fは渾身の微笑みを浮かべた。


「このまま終わっちゃっていいの? なんかないの? 隠し玉」










(コンッコンッ)

「失礼します。先生」

 女が診察室に入ってきた。


「もう診察時間はとっくに終わってますよ。看護師も帰しました」

 色白のカマキリみたいな男は白衣のえりを直しながら露骨に嫌そうな顔をする。


「そんな冷たいことおっしゃらないで、先生。10年ぶりの再会なんだから」

 女は柔和な顔を崩さない。


「10年ぶり? なにを言ってるんですかあなた…………」

 テレビをつければその話題だらけなのだ、必然、その精神科医の脳は、時間はかかれどその言葉の意味をかみ砕く。顔に緊張が走った。


「リー……たちばな梨花りか…………さん。……あの、あの、いや、その」

「ご心配なく先生。先生を殺しに来たんじゃないの。先生は関係ないの。ただね、私の脳がおかしいの。記憶とか理解とかその辺がね。自分のことなのに、説明が必要なの。10年前のことでしょ? 曖昧で、退行催眠の中でしょ? それは、先生が専門家だから、私にはよくかわからないの」


「顔をまた変え……いや。あの。私はなにも、治療をしただけだ。あの……」

「駆け引きは好きじゃないの、先生。時間が掛かるのも大っ嫌い。私はさっき、

”先生を殺しに来たんじゃないの” と言ったわ。その言葉を嘘にしたくないの」

 それほど時間はかからなかった。


「大丈夫だったか?」

 芳男はカープ女子から預かったバットを握りしめながら聞いた。もしカマキリが鎌を持ち上げたら、助け出す手筈てはずだった。


「うちの演技もなかなかっしょ? このドラマが実写化されたら、リーホァ役は決定ね、ほぃっ」

 カープ女子はバットをもぎ取って、手に持っていたものを芳男に投げた。


「おっとっと。なんだ? このマーク。それに今どきテープって。……それよりやっと指名手配が解除されたってのにこんなことやって……ほぼ犯罪だよなぁ」

「うじうじ言うちゃいけん。喧嘩に負けたんじゃけん、諦めんさい。あんたは、あんたになると背が1センチ縮むんよ。んなこっちゃから ”ちっちゃいにぃに” なんて呼ばれんの。男になりんしゃい。黙ってサッポロビール飲んどきんさい」

 芳男には、全く意味がわからなかった。また古い映画の話だろうと自分を納得させ、芳男はカープ女子の手をそっと握った。 










「これはこれは多額のお布施を有り難うございます」

「いえいえ。神に帰依して精神浄化する手助けをして頂き、感謝致します」

「なんともまあ、ご立派なご姿勢で」

「ところで教祖様、100万円以上の布施を致しますと教祖様と二人きりで密教の秘奥を伝授してくださいますとか?」

「もちろんです」

 教祖は手をひらひらと人払いをした。無礼にも、男があぐらをかくのも気にはならない。なにせ、多額のお布施をした人物である。


「さぁ~てと。名刺を切らせていますので、その代わりこんな物で」

「いえいえ、名刺など……はぁ? なんですかこれは」

 教祖は広げられた週刊誌を怪訝そうに見遣った。そこには目の前に居る男の顔写真がある。


|シリアルキラー・李麗華の犠牲になった村上喜一郎氏63歳|

 記事にはそう書かれている。

 

「これは? ん?」内容が理解出来ず、教祖は首を傾げる。


「一度死んで生き返ったんだ。教祖様より神に近いかもな?」


「なんだ? 貴様!」教祖の顔が赤く膨れた。


「動くな。銃声がしない武器を携帯してる。殺傷能力は十分なのでご心配なく」

 喜一郎はジャケットを少し膨らませて見せ……相手が騒がないことを確認し……錆びた金属製のプレートを目の前に置いた。









「本当になにも知らない。子供の頃に別れてそれっきりだ。俺は一番の年少者だった」教祖は怯えていた。人間を死亡させ、法律外のミュータントを誕生させる組織など、思い当たる節はひとつしかないのだろう。脅しは十分に効いている。


「下調べ通りだな。でもこのプレートには見覚えがあるだろう? 伊佐見さん」



―――――――――――――――――――――――――


白川拓馬       ○○○

御手洗和夫      ○○   

佐藤豊        ○○○○

片山真千子      ○○○

伊佐見功       ○○○○○   

望月守        ○○

木下倫        ○○○

塩原敬一       ○○○○


―――――――――――――――――――――――――




「こんなものどこで?」

「右の文字は神代文字ってやつか? 判読できないが ”本名” ってとこだろ? そしてこの形式は推測しやすい。単純に寄せ書きってところか」

「それのなにが問題だ? 俺は50年以上、こいつらと関わっていない。なんで警視庁公安部なんかに脅される理由がある? 犯罪者でもないのに」

「十分に犯罪に該当すると思うがな。弱い人間の心につけ込み、洗脳して、金を絞り取るその行為は……俺の勉強不足かな?」

 喜一郎は煙草に火をつけた。生気の戻った教祖は、喜一郎を睨み付けている。もう少し感情的にさせた方が良さそうだと判断した。


「不思議だ。俺の仲間が大学教授に聞いた話じゃ、おまえらに ”所有の概念” はなかったらしいじゃないか。てめえの腹が空けば、目の前の食い物を食う。自分よりもっと腹が空いている奴が居れば……我慢する。父親が誰かわからない民族は多いが、母親も誰だかわからない民族はそうそうない。それが、揃いも揃って、一人になると金に執着するとはね」

 喜一郎は相手の目の色を探る。


「貴様になにがわかる!」

 そのおもむきに、危険な炎が宿る。


「じゃあ、おまえら政府がやったことはなんだ? あれは人体実験じゃないのか。人として育てるのではなく、スパイ養成のために、戸籍もなく、言葉も覚束おぼつかない人間を捕らえて、隔離して、そして何事もなかったかのように見捨てた!」

 男の奥底に眠る、その何かを引き出したことを喜一郎は恥じた。調子にのる、自分は愚かしいと感じる。しかしそこで終えるわけにはいかない。今度は相手をもう一度、脅す必要がある。


「俺の任務は、佐藤豊暗殺だ。関わりたくなければ、正直に答えればいい」

「……暗殺?」

「もう何人殺したかな? 表向きは刑事の仮面を被ってな。苦しい人生だった。おまえ一人、なにか背負い込んでいると思ったら大間違いだ、ぼけ。まあ、これほどの大仕事は俺も初めて……死んで法律外でやれってんだからな。しかも期限は3ヶ月だ、3ヶ月。はははっ。ハードな仕事だ。失敗すれば殺される。期限を過ぎれば、仲間から殺される」

「貴様ら正気なのか」

 教祖の瞳は、再び恐怖の落ち着きを取り戻す。


「やるなら完璧に。周辺調査で、この白川拓馬という男だけが存在しない。佐藤を揺さぶるネタになるのかな?」

「…………ちがう。そいつはもう日本にいない。そいつは余りにも優秀だった。優秀すぎたから俺たちが見捨てられる前に、そいつは中国人の実子として海を渡った。だから俺たちは、みんなで、みんなで名前を書いて……」

 喜一郎はもう十分だと判断した。




 信者に笑顔で見送られ、(やはり煙草をやめられない)と喜一郎は思った。

 善悪の判断基準、それが揺らぐ。バランスを崩しそうな平均台の上で、倒れそうになる自分もまた、そこにバランスをとっている。


 喜一郎は最後に言った。


「3ヶ月以内に佐藤が死ねば、俺が生きているってことだ。100万円はくれてやる。そろそろ引退したらどうだ? 十分に稼いだな? でないと一生、俺に付け狙われることになる。気に入らないんだ、おまえが」


 単なる元刑事としての義憤。その教団は幾つもの家族を引き離し、自殺まで追い込んだ人は数知れない。ただ……今回の一件とは無関係。自分にもニュースで知りうる知識しかない。被害者は? その判断基準さえ定かでない。ただ、……止まらなかっただけ。


 止まらなかっただけだ。










 東京では桜前線が過ぎようとしていた。満開の見頃にはやや遅く、さりとて散り切ってもいない。そんな中途半端な春の日、日課の早朝ジョギング途中、SPの目の前で、警視庁のトップ、警視総監、渡部わたなべ実幸さねゆきが3人組に拉致された。























 

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