第10話

 


 喜一郎は目覚めた。そして昨夜の推理が間違っていたことに気づく。

 食べることと同じ位、眠りは生きるために不可欠なのだと痛感する。


 3つの円の一番内側は山林健一から雇われたやくざ。一番外側が警務。距離的な問題から警務は強盗の撮影は行えても直接介入しなかった。警務は警務らしく問題の把握に努めた。彼らなりのやり方だ。強盗達はプロだった。だから素人のやくざを欺いて侵入することはできた。そこまではいい。


 喜一郎は新しいブリーフを穿いてアパートを後にする。若い刑事の男臭い部屋から男性ホルモンを受信して、疲れた心と体に若いたぎりを取り戻した気がした。郵便受けに鍵を入れて、アパートに一礼する。


 問題は真ん中の円。

 市民の家を借り受けて張り込みをするのであるから、警察関係者であることだけは間違いない。だが刑事部ではない。副本部長として県警の動向は、スカイフィッシュが押さえていた。では誰が?

 その道のプロだろうと、警察の目を盗んで我が家に侵入することは不可能。


 真ん中の円は黙認したのだ。つまり……強盗とイコール。依頼者が同じ……


 岡山駅までは歩いてすぐだった。若いくせに結構、いい場所にアパート借りられるもんだと、喜一郎はどうでもいいことを思った。それくらい混乱している。


”なにも埋まっていない” ことを知っていたリーホァが強盗に入ったのなら、それは誰かに見せるためのパフォーマンス。それだけであればわかる。……が、警察関係者が仲間だとすれば一体誰が依頼者だ? 整形して別人だとしても、佐藤豊が依頼者だとして、どうしてその指令をリーホァが受けることができる?   


「おねえさん、○×マイルド」

 混乱が頂点に達し、やめられない煙草をまた吸った。


(ぷかー)


 依頼者が特定できない。佐藤の警備局ではなく、紫苑しおんの警視庁公安部なのか? それがわからなければ、不破芳男を指名手配犯に仕立てあげた理由もわからない。誰が追っているのかわからなければ、彼を救いようがない。



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 煙草を買った売店で雑誌をたくさん買い込んだ。岡山から神戸まで在来線ではかなり時間を食うことになる。喜一郎は取り敢えず、袋とじを開け始めた。










「まじっすか? 教授」

 顔を真っ赤にした芳男は驚きの声を上げた。

「ね、人は見た目で判断できないっしょ」

 カープ女子が教授の頭をパンパン叩く。


 教授は実際に教授であった。彼が大学を追われた理由は不倫。何気なくまんだ教え子がストーカーとなり、彼の家庭と大学に怪文書を送りつけ最後は刃物まで持ち出したそうだ。

 3人は昼間から教授が作ったどぶろく(密造酒)を飲んで大いに盛り上がっている。


「で、大学も辞めさせられて家族にも見放されたってわけよぉ~」

 カープ女子は言葉の終わりに、きゃはははを付けて、また教授の頭を叩いた。


「そう言うな。当時は本当に神経がまいってたんだ」

 白濁というより練乳みたいなどぶろくを教授はあおる。

 退職金を家族に渡し、もともと親が持っていた二束三文の山しか残らず仕様がなく暮らし始め、今は月に一度、元教え子が日本海側から運んでくる物資を頼りに、他は自給自足でまかなっているとのことである。


「もっと崇高な志だと……期待外れだぁ。最高に期待外れ」

 芳男も負けずにどぶろくをあおる。

「おまえ、酒は飲めないんじゃなかったのか?」

「うん、飲めない。けどこれは全然大丈夫。ただただうめぇ」

「そうか? 俺はおまえがくれた日本酒が最高だったがな。一本だけってのが殺生や。あれの味覚えたら、暫くは辛いな」

「いやいやこっちのが旨いよ。やっぱ教授だな。酒作っちまうなんて」

「簡単だ。炭水化物を糖に変え、糖をアルコールに変えるだけのことだ」

 そう言いながら教授はカープ女子のお尻をでようとするもかわされ、バットで小突かれている。


「しかしおまえはほんまに変わった奴だな」

「へ? なにが?」

「映らないテレビを見るんだろ?」

「ほへ?」

「おまえ、ゆうべ言うとったじゃないか」

「あー、ゴミ捨て場で拾ったブラウン管の古いやつな。被災3県はアナログ放送延期って話だったから大丈夫かなって。でも映んなかった。世界ルンルン滞在記だけは大きな画面で見たかったのにさ。そんで捨てようとしたけど、部屋に物がなくて寒々しいからそのままにしてくれって頼まれて……」

 芳男は、生まれて初めて ”嫉妬” と言う重圧を感じた。カープ女子はバットを持っている。


「だからその映らないテレビ見る為に福島に行かなきゃならんと言ってたぞ? 見た目以上にエキセントリックな奴だな、おまえは」

 気配を感じ、教授は取りなすようにそう言った。









 やくざ風の男がふたり、おでことおでこをくっつけて睨み合っている。喜一郎は溜息をついた。神戸、北野のおしゃれな喫茶店で、ハイソなご婦人方がおびえている。


 国民は失望するだろうが、警察に横の連携性れんけいせいはない。昨夜、危険を避けて呉署の刑事に岡山まで出向いて貰ったわけだが、なぜ岡山だったかと言えば中国管区警察局に所属する彼の、そこが行動限界だったからである。

 職務として動くならば、そこに仁義が発生する。偶然、管区外で容疑者に遭遇しようものなら後々揉めることになる。

 

「府警のボンクラが口臭いんじゃ」

「はぁ? おまえロン○リで正面見えてんのか、こらぁ」

 ただし、同じ管区内でも横の連携れんけいは取れていない。見咎みとがめられぬよう神戸まで来てくれた大阪府警の暴力団対策課の刑事とケーキを食べに来た兵庫県警の刑事がカチあってしまったのだ。彼らは同じ近畿管区警察局の同士である……


「ひぐらしさん、勘弁してくださいよ。なんで府警なんですか? 本場はこっちでっせ」「あほ。おまえんとこは本宅(暴力団事務所本部)があるだけやないか! 今回の分裂は大阪VS名古屋や」おでこは離れたが今度はほっぺを引っ付けてやり合っている。


「分裂は間違いないのか?」

「ええ、前代未聞ですわ。世間では小競り合いやぁ思われとりますけど、上の上が割れたのは決定的でんな。今まで共存共栄でやってたのが嘘のようですわ」


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 週刊誌の記事を眺めながら、喜一郎は氷を噛んだ。


「資金力と規模は名古屋が圧倒的です。任侠にんきょうの歴史と筋から言えば大阪ですが」

 今度は仲良く、うんうんとうなずき合っている。


|佐藤豊の闇の金脈 東南アジア技術供与| 記事をトントンし「佐藤に真正面から喧嘩売った奴は初めてでんな。ゴシップ記事じゃない。ある程度、裏付けもある。これが出た途端、佐藤……つまり名古屋に大阪が反旗を翻したわけですわ。もう組織犯罪対策部はどこもてんやわんやの大騒ぎです」


 政治が割れたら警察も割れた。そしてやくざも割れた。そこは連携している。これがなにを意味するのか? 日本の実態に喜一郎は悲しくなるが、今は目の前の現実に立ち向かわなければならない。


「東京は様子見。京都や広島の老舗はやや大阪寄り。ですが、まあ勝ちそうな所につきそうですな。イケイケの福岡は予想外に名古屋です。そもそも名古屋の規模がでかいですから単純に勢力は測れませんが……」

 まったく同意見なのか、今度は握手している。


「もうひとつのほうは?」

「指名手配の男ですか? えーと広島南署の若いのが取り逃がしました。3人もいて情けない話です。女が一緒で、車のナンバーから女の身元は割れましたが、脅されて同行させられている可能性をかんがみ、マスコミには公表しないとの本部の方針です。広島から山口方面に向かったところまでは確定していますが、そこからの足取りは不明。ふぐ食いに行ったか、足を伸ばして豚骨ラーメンってところでしょうか」

「俺は山道をUターンして加古川のカツライスに一票」

 兵庫県警の刑事が混ぜっ返した。


「てめぇ舐めてんのか?」

「府警お得意の見込み捜査をやんわりと指摘しただけじゃ、ボケぇ」

「まあふたりとも落ち着いてくれ」

 喜一郎は泣きそうだった。


「とにかく広域捜査なのですが、仕切ってる上層部が不明で、ほぼ情報が回ってきません。私らもわけがわかりません。依然、逃亡中としか……」


「ひぐらしさん」

 兵庫県警の刑事は、フォークにケーキを差したまま急に真顔になった。


「どうした?」

「今日、偶然会えてよかったですわ。指名手配になっていないその前の広域捜査……中国娘の件で、ドスケベネットワークから耳寄りな情報が……」


(ドスケベ……??? 関西人なにいうとんねん?)











 心地よい日差しの中、百合子は洗濯物を畳んでいた。

 軽い軟禁状態であることを除けばアパートは快適で、必要な物は定時に婦警が届けにきてくれる。退屈ではあるが不自由はない。


 画面に見慣れた金髪が映った。最初、意味がわからなかった。普段はテレビを見ない百合子も暇に耐えかね、たまたまたった今、現状を知ったのである。


「不破君がまさかそんな……」

 自分たちがアパートにかくまわれ、なにごとか大事になっている事はようやく理解していたものの、突然、顔馴染みの人間が殺人事件の容疑者として指名手配されているのだ。飲み込めない。


「一体、なにが起こってるの?」

 呆然とする百合子の横で、愛依まいは腕を組んでしきりに首を傾げる。


「ねぇねぇ、これはどっちのにぃに?」

「ちょっと今、それどころじゃないの」

「ねぇねぇ、おっきぃにぃに? ちっちゃぃにぃに?」


 (ルルルルルル ルルルルル ルルルル)


「もしもしお父さん?」









「だから心配するな。あいつはやってない……と思う。愛依? ほっとけ幼稚園児の言うことなんか。ともかく、おまえは心配せず暫くの間、大人しくしといてくれ」


(ピィッ)「すまん、話の途中だったな」

 ドスケベネットワークはそのネーミング以上にろくでもない仲間内のれ事であった。が、これも警察の横の連携と言えなくもなかった。


「ですから、中国娘が整形手術した医者の自宅から出るわ出るわ。ほとんど昏睡状態の映像ですが、中には手術代をまけて貰うのに自分から……てのも。かく、その動画の数が半端はんぱないんですわ。新記録ちゃうか? と所轄の刑事が連絡してきまして……」

 都内で殺された医師は患者に猥褻わいせつ行為をおこなっていた。



 (ルルルルルル ルルルルル ルルルル)


「あー、たびたびすまん。どうせ娘からだ」

 喜一郎は手刀を切って電話に出る。


「もしもし、百合子。何回も言っているように……」



「……じじい。俺がなんで指名手配されてんだ?」

「おまえか? ……F? おまえ今どこに?」

「そんなことより、なぜ俺が指名手配されてる? スピード優先でしかも手加減した。フルフェイスの上からだ! 脳震盪のうしんとう起こすことはあっても……それより鉄パイプってなんだ? そんなもんそうそう落ちてるわけねーだろ!」

「広域指名手配を仕切ったのが誰かわからんのだ。おまえはめられたんだ! なぜかおまえは狙われている」

「おぉぉぉうおう。正義の味方がやってくれるじゃねーか」

「落ち着け! 今どこに居る? 女性が一緒なんだな? その人にも危害が及ぶ。保護させてくれ」

「信用できるか! 馬鹿野郎!」(ピィッ)

 Fは電話を切った。

 教授とカープ女子はどぶろくですっかり酔いつぶれている。スマホを持ち主のポケットに滑り込ませ、Fは静かに天井を見上げた。









 北野異人館の一角で、兵庫県警の刑事は電話をかけていた。


「ただ今終わりました。はい、さりげなく情報を伝えておきました。それよりも指名手配犯の不破芳男から連絡が入った模様です。えふがどうとか言っていましたが内容までは……申し訳ございません。はい、畏まりました。失礼致します」

 甘い物が好きな彼は、出世がしたかったのである。







 


 












 


























   





 

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