泥棒と男子高校生は、それぞれ宇宙人と女子高校生の頭を撫でる。

 正直眠かったが、もうひと頑張り、と自分を鼓舞して、スマホで身元不明者はどうしたらいいか、ということを調べておく。ただ、何をどう調べていいかも良く分からず、まあたぶん役所の仕事だろうから、直接区役所に行って聞くしかないかな、というところだ。基本的に普段は自堕落な生活をしているから、連続して作業をしていると結構疲れる。なんて全世界の労働者に顔向けできないようなことを思っていると、電話が来た。猫美からだ。『仕事』――ようするに、泥棒――の紹介だったら甲賀にはあまり聞かれたくないが、まあいいか、と思ってそのまま出る。

「もしもし、どうかしたか」

「ああ。こちらはどうということはないが。真城の方は大丈夫か」

「何が」

「三日前には電信柱が倒れてきて、宇宙人に出会って、そして今日は身元不明の宇宙人を役所に届けにいくんじゃないのか? 事実だとしても、妄想だとしても、あまり精神面では大丈夫じゃないと思うが」

「また人の検索履歴を覗き見ているのか」

 ため息をつく。どうやっているのか、そもそも違法なのか合法なのか(おそらく違法だろう)もわからないが、こいつは少なくとも日本中の、ひょっとしたら世界規模での、「検索履歴」を検索した端末の情報と結びつけて記録する、その一事にのみ特化した奇人である。

 何言ってるかわからないとしたら同感で、良く分からなかったので説明を求めたところ、伊坂幸太郎の『モダンタイムズ』を読めと言われて読んだらなるほどねってなったので、まあそうしてください。投げやりで申し訳ない。基本的には、その検索履歴から、株価の変動を予測してそれで飯を食っている、ということだった。結構凄い奴なのだ。

 ちょっとした偶然で猫美と出会い、その時はまだ本格的には泥棒ではなかったのだが、猫美は『蜘蛛』の使い道を泥棒方面に見出し、変わったものを盗んでほしそうな検索履歴(どんなだよ、と聞いたが、長年の経験だ、と言われて詳細は教えてもらえなかった)を残している人間を紹介してくれる。そういうわけで、まあ広い意味ではビジネスパートナーということになる。

 それはいいのだが、こいつは会った人間の検索履歴に興味が惹かれるのか、時々だか常時だかは知らないが、今手元にあるスマホの検索履歴もPCの検索履歴も筒抜けなのであった。スマホはさておき、ホテルの回線から繋いでいるPCの検索履歴も把握しているとか、結構怖いものがある。完全に余談だし、確実にしなくていい話だが、誰かとこの辛さを共有したかったのでこの際書いておくが、だからエロ動画とかはなんとなく検索しづらいので、もっぱら物理店舗頼みで、pontaカードだのTポイントカードの利用履歴を掌握されていないことを祈るばかりである。閑話休題。


「わたしの数少ない知り合いの一人だからね。知り合いがどうしているかは気になるだろう。フェイスブックだのツイッターだのがどれだけ流行っているか、考えてみたまえ」

「別に検索履歴を配信している記憶はないんだが。ああ、今のところは大丈夫だ。たぶん。精神的に異常があることを自覚している精神異常者はいない気もするけどな」

「そうか。それならいい」

「ただ、『仕事』はしばらく引き受けられないかもしれないから、とりあえず探さなくていい。すまんな、こっちから連絡すべきだった」

「家はどうなったんだ? ホテルなんかじゃあなくて、わたしの家に来たって良かったのに」

「ちなみにホテルに入っていることはなぜ分かったんだ」

「PCのmacアドレスは記録済みだから、それで分かる」

「はあ。なるほどな。お前の家は、そりゃあ広いが、さすがにまずかろう」

「なぜだ。一時期は結構出入りしていたと記憶しているが」

「その表現は語弊がある。出入りしていたのはお前の部屋じゃあなくてお前の部屋があるマンションだ。それに、泊まったことはないだろう」

 こいつのマンションは、かなりの高級マンションなのだ。別に高級マンションだから金を盗もう、と思っていたわけではなくて、そういうマンションにはルームシアターだの、プールだのがついていて、『蜘蛛』を作ったばかりだった頃に、これでマンションに入って、こういう娯楽施設を無償で使わせてもらうというのは使い道としてどうだろうか、と思ったのだ。別にルームシアターとかプールに強く興味があったわけではなくて、なんというか、腕試しというのが正確なところだろうか。そんなわけで、マンションは結構出入りしているが、こいつの部屋にはそうそう入っているわけじゃあないのだ。

「そうだったか。まあ、さっきも言ったがわたしにとっては数少ない、つまりレアな知り合いの一人だから、困ったら遠慮するな。宿くらいは貸してやるからな」

「ありがとうよ。じゃあ、またな」

 困った奴でもあるが基本的にはいい奴なんだよな。こいつもある意味人間関係のルールとか気にしないタイプかもしれない。ビジネスパートナー、などと勝手に関係性に名前を付けているが、猫美にしてみれば株で食っていけるのにわざわざ泥棒仕事を探して紹介をしてリスクを負う必要なんてないし、そこから得ている収入なんて冗談みたいなものだろう。とすれば猫美にはパートナーシップを続けることから得られるものはほとんどないはずで、それでも付き合いを続けてくれているというのは、良く考えたら貴重なことなのかもしれない。

 甲賀はわりと出来た奴なので、特に電話相手の詮索もしない。里見だったら猫美を紹介しろとか言ってきそうだから、それは美徳と言えるだろう。時計を見ると1時間以上は経っているので、もう戻ってみるかと部屋まで行く。一応ノックはしたが返事がないので、入るぞ、と声を掛けて鍵を開ける。宇宙人と里見は一つのベッドで仲良く手を繋いで眠っていた。幼稚園児かよと思うが、まあ、早朝から大騒ぎだったし、疲れたんだろう。もう一つのベッドから布団をはいでかけてやる。


 なんとなく宇宙人の頭を撫でる。あ、やべ。甲賀の存在を忘れていた。

「こいつも里見も眠っているからノーカンということにしてくれ。なんならお前も里見を撫でておくか」

「そうしときます」

 素直に言って甲賀は里見の頭を撫でる。訳の分からない光景だった。

「お前も寝ていいぞ」

「いや、大丈夫っす」

「しかし、今日はもうこりゃ役所は間に合わんな。あとで遅い昼飯を食って、解散にするか」

 二人がお昼寝に満足するまでぼけっと待ち、暇すぎるのでメモ紙を切って各自が甲賀・伊賀十人衆から一人ずつ取っていって名前を書き、大きめの紙にマップを作ってどっちが勝つかバトルをするという(判定は平和的に話し合いで決めたが、ルールをもっと細かくしてもいいかもしれない)なんとも不毛なゲームをしていると、まず宇宙人が、ついで里見が目覚め、宇宙人が泣き出す前に(泣く素振りは見せなかったけれど)昼飯というか夕食というかを食いに行く。

 またルームサービスを頼んでもいいと言ったが、宇宙人は食に関しては並々ならぬ関心があるようで、昼食を抜いてしまったことは強く不覚であり、それを補うためにも食べたことをないものを食べてみたい、ということで、蕎麦を食べに出かけた。アレルギーが心配だから、少量にしておこうと話して、天ぷらを多めに食わしてやるとほとんど泣き出さんばかりに感動していた。まあ、天ぷらはうまいよな。究極的には雑草でもなんでも揚げたらうまそうな気がするのに、エビとか単体でうまいのが入っているわけだし。

 あとはもう流れで解散して、つまり今日も何も成果はなしだ。昨日は引っ越しの準備をして、今日はジャスコでお買いものか。全然話が進まない。でもまあ、宇宙人は楽しそうだし、これはこれでいいのかもしれない。そう思いかけて、いい訳あるか、と改めて気を引き締める。こいつは依頼人で、ちゃんと依頼をこなす。それ以外の関係性は、ない。ないったら、ない。


 

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