泥棒は宇宙人と食事をする。

 身元不明者を引き受ける、なんてことが本当に可能なのかどうか、少し調べようとして時計を見たら、時間は十時を過ぎていた。どこでこんなに時間が経った。

「おい、高校生が出歩いてていい時間じゃあなくなってるぞ。大丈夫か」

「ま、それなりになんとかしますよ」

 甲賀は返事になっているようでなっていないことを言うが、まあ、大丈夫なのだろう。金持ちのぼんぼんだし使用人までいるというから、家庭が荒廃しているという訳ではなく、単に放任なのだろうか。どうでもいいか。

「そうか。あ、そうだ。そのなあ。今大人ぶったことを言った直後で恐縮だが、もう少し付き合ってもらえるか」

「はあ。なんですか」

「お前じゃなくて、里見の方だ。その、今から俺は交番にこいつを連れて行くけどな。その前に、服を着替えさせてやってくれないか。ついでに、その、なんだ。その後ここにこいつを連れ帰ることを考えると、風呂の入り方とかも教えてやって欲しいんだが」

「あ、そうだね。おっけー、分かった。あ、でもあたしの着替えがないな。まいっか。我慢する」

「悪い。頼んだ。ちょっとフロントに行って、多めにタオルを借りてくる」

 というか、もう一部屋借りるか。いきなり出費だが。

 全部経費につけとくからな。覚悟しろよ、宇宙人。


 階下に降りて事情を、と言っても、宇宙人がどうこうということは抜きで、知り合いが急に増えたので、もう一部屋借りてやりたい旨を話す。

 当たり前だが金銭的にはツインルームの方が遥かに安く、物凄く悩んだ結果、ツインに借り換えることにした。やましい気持ちはない。

 で、今晩については、言えば寝具を貸してくれるらしい。すげえありがたい。部屋に外部の人間を連れ込むな、と怒られるかと思ったが、全然そんなことはなくて拍子抜けした。世界はわりと優しいな。とりあえず大量のタオルを貰って、部屋に戻る。里見が風呂でぎゃあぎゃあ喚いている。


「もう入ってんのかよ。おい、ここにタオル置いとくからな。悪いが未成年の裸を見て逮捕されちゃかなわないから、甲賀としばらく外に出てる。30分後には戻るから、それまでになんとかしてくれ」

「エロ親父! あ、でも、30分じゃちょっとこれは足りないかも。すごいのよ、宇宙人ちゃん! これすごいなー、ほんと。ふふっ。ごめん、一時間みてくれる?」

「見るのはいいが、そしたら11時だぞ。大丈夫か」

「なんとかなるなる。いや、これ見たら光平腰抜かすよ! 絶対!」

 何に興奮してるんだか。甲賀を呼びつけて部屋を出る。まだ営業しているバーに入ってもいいが、酒を飲む気にはなれなかったので、結局ロビーに降りて、自動販売機でコーヒーを買って啜ることにした。

「親に電話入れなくていいのか」

「実は夜中に家を出るのは結構あるんです。里見がああなもんで。ま、これまでに信用度は積み重ねているので、なんとかなります」

「夜中に結構家を出て、どうやって信用度を積み重ねているんだ」

「それはまあ、いろいろ」

 そうかい。宇宙人を発見した場合の通報先を二人してネットで調べてみたりしたが、2007年に話し合いがもたれた結果、通報先が確定しなかったことが分かっただけだった。

 脱力するが、まあ、そりゃあそうだろうという気もする。宇宙人がそのへんにふらっと現れる、というほぼありえない事態について真面目に話し合いのエネルギーを振り分けるより、もっと大事なことが世の中には沢山ある。

 連絡先としてありえるのは国立天文台かなというところだが、厳密にいうとあの宇宙人は地球人なので、あまり通報は意味ない気もする。まずは交番に行って、宇宙人を引き取れるかを話し合わなくてはならないし。

 ただ、宇宙人の話を信じるならば、という前提ではあるが、なんらかの形で異星人が地球にアクセスしていることは間違いないようだから、せめてそれくらいは後でメールでも送っておこうかと思った。

 

 その後、身元不明の人間が入る救護施設のことを調べたり、児童養護施設のことを調べたりしていて、どこも悪いところというわけでは全くないが、やはり気軽に外部とコンタクトは取れないようなので、いやそれもまた悪いことではないのだが、依頼を受けた以上コンタクトを取れなくなると困るので、まあなんとか引き取る方向で考えるしかないかと考え、気が重くなる。そもそもそんな依頼を引き受けるような人間でも、ないのだけれど。


 と、まじめだったのはそのあたりまでで、あとは甲賀忍法帖でドリームチームを作るとしたら誰を取るかみたいな話で盛り上がってしまった。不覚である。

「やっぱ鵜殿丈助は強いよ。だってほら、今で言ったらゴムゴムの実だろ、あれ」

「そうですかねえ。だって陣五郎に負けてんすよ」

「あれは相性が悪かったよ」

 などとくだらない話をしていると、甲賀の携帯が鳴った。

「あ、おう。了解。戻るね」

「終わったか」

「みたいですね」

 部屋に戻ると、里見が仁王立ちをしていた。

「楽しそうだな」

「ふっふー。すごいよ。見たら絶対驚くよ。宇宙人ちゃん、どうぞ! じゃじゃーん」

 里見の効果音に合わせて、宇宙人が姿を現す。うお。腰は抜かさなかったが、正直驚いた。


 宇宙人の髪は、しっちゃかめっちゃかに長かった。


 生まれてから一度も切ったことがないかのような長さで、地面に這ってしまっている。今まで、暗かったのと、てるてる坊主ウェアの内側に収納されていたから気づかなかった。思わず甲賀と顔を見合わせる。

「これは、ひょっとしたら、ひょっとして、マジなのか?」

「いや、ううん。これは」

 甲賀も動揺している。

「絶対そうだよ!」

 里見は嬉しそうだ。

「それ、その、なんだ、付け毛? カツラ? ウィッグ? そんなんじゃないんだよな」

「うん。確かめたよ、さすがに」

 そらそうだな。

「ま、これなら仮に家出少女だったとしたら、一発で身元分かるだろう。こんな長い髪の子は見たことない。見たことある奴は覚えてるだろう」

「そうね。あたしは絶対宇宙人だと思うけど」

 いやはや。しかし、動揺してばかりもいられない。もう時間は日付が変わりそうなところだったので、あわてて高校生コンビを家に帰した。タクシー代を渡そうと思ったが、さっきの服とか靴のお釣りでなんとかする、といって固辞された。

 ああ、もう残ったらそれ全部やるよ。これも経費にしてやる。分かりやすくていい。

「それより、連絡ちょうだいね! 絶対だよ」

「分かった分かった」

 というわけで、知識としては当然知っていたが、使ったことのないLINEに登録させられ、グループに加入させられた。

 グループ名は、「宇宙人を不自由なく地球でおもてなしする会」。変な名前だが、略称がUFOになるから、といって里見が譲らなかった。

「メールか電話じゃだめか」

「おっさんくさい。使ってみれば分かるよ、便利だから」

 そういうものか。ともあれ、宇宙人を連れて交番に行く。物凄い剣幕で怒られたり、下手したら未成年略取とかで逮捕されたりするかと思ったが、特にそんなことはなかった。誠心誠意をこめて話したせいか、はたまた定期的にこういう頭のネジが緩んだような話があるのか。

「そうねえ。まず行方不明の届け出で、そんなに髪の長い子の連絡はないわな。で? なんだっけ? 宇宙人? そしたっけねえ、こっちとしてはさ、法律に触れとらん人になんもできんわけさ。ただ、あんたさんがこの子を預かってくれっつうなら預かるよ。そんで、言う通り施設に紹介もするわ。ただ、それが嫌だっつうなら、強制的に保護っつうわけにもいかんなあ」

 とのことだった。やはり世界は結構優しいのかもしれない。

「ただな、あんたがその、いわゆるな、淫行なんかしたら、いくらその子の年齢がわかんないつったって、ダメださ。条例違反かもしれんもん。おねえちゃん、いいかい? このおじさんにな、体触られたりしたら、すぐ警察おいで。な。おっきい声だしてな」

「はい」

 ぎこちなくはあるが、漫然と微笑む宇宙人に警戒を緩めたのか、一応持っていった「人材派遣会社アンビシャス」の名刺(泥棒にだって、たまには身分を証明したくなるときがあるのだ)が効いたのか分からないが、無罪放免だった。

 いや、もともと無罪なんだけど(正確に言えば有罪ではあるが、この件に関しては)。

 もし、この子を探している人がいたら、ということで、連絡先を渡して交番を出る。一応、聞き込みはしてくれるということだった。思ったより怖くないんだな、警察って。何しろ仕事が仕事なので、かなり敬遠している存在だったが、特に何事もなく、ほっとする。


 いやしかし本当に長い一日だった。疲れた。とにかくホテルに戻って寝たい。フロントに戻り、寝具を運び込んでもらって、それでようやくほぼ丸一日何も食べていないことを思い出した。


「なあ、腹減らないか」

「腹、減らない、とは、どういう、状態ですか」

「空腹じゃあないか。食事を最後にしたのは、物を最後に食べたのはいつだ」

「ええと、今日、あの、山、に、来る、前です。そうですね。今まで、意識したことは、ありませんでしたが、なんとなく、腹部が、こう、……力が、入らない、気がします」

「そういう状態を、空腹、あるいはお腹が空いた、腹が減ったというんだ。まあ、お腹が空いた、が一番女の子らしいかな。宇宙では何を食べていたんだ」

「何、とは」

「何って、その、食べ物の種類だ」

「食べ物は、一種類、でした」

「ええ。そうなのか。なんだ、なんかカプセルとかか」

「カプセルというか、そうですね、白くて、柔らかい、ものです」

 モチしか想像できなかったが、そうなのか。

 いきなり地球の食い物を摂取して腹壊したりしないで欲しいな、と思いかけて、そんな訳あるかと思いなおす。こいつは、宇宙人設定の地球人の女の子。身元が分かればそこに返す、それだけの付き合いだ。髪が長いから、身元なんて、すぐに見つかる。そのはずだ。

「なんかルームサービスで取ろう。サンドイッチでいいか」

「全く、分かりませんので、お任せ、します」

 ということで、サンドイッチと、あとスープを取った。

 ホテルのルームサービスはちょっとマジかよという価格設定であったが、もう外に出る気力はないのでしょうがない。10分もせずにノックの音がして、ワゴンが来た。なんかすげえ金持ちになった気分だ。

 不思議そうな顔つきで飯を眺める異星人に、言う。

「食べていいぜ。……飯を食う前には、いただきます、という」

「はい。いただきます」

「いただきます」

 いただきます、なんて、何年ぶりに言っただろうか。

 サンドイッチにかぶりつき、スープを啜る。宇宙人は、見様見真似といった風情で、サンドイッチを恐る恐る、噛んでいる。

 まあ、なんというか、うまいと言うか、当然不味くはないのだが、値段に見合った味かといわれると、ううむ。

 同じ価格帯だったら、スープカレーとかトンカツ食った方が満足感はあるな。貧乏人の感想かもしれないけれど。そう思いながら宇宙人の方を見ると、宇宙人の周りだけ、まるで時がとまったかのように、硬直したまま呆然としている。

「どうか、したか」

「これは……これは、すごいものですね」

「すごい? 何が」

「はい。この、食感。やわらかくて、でも、この中に入っている、赤いものと、緑のものが、しゃっきりとしていて、その感覚の違いが、とても、快です。そして、舌に感じる、この、不思議な、感覚が、とても、とても、素敵です」

 そして、ほう、と言って、目を閉じ、幸せそうに、微笑んだ。

 今までのぎこちない笑顔とは違う、恍惚というか、天にも昇るようなというか、そんな顔だ。

 あっけにとられる。すっげえ幸せそうだ。つい、面白くなって、スープも飲んでみろよ、と言ってみる。熱いかもしんないから、冷ましてな。ふーふーってするんだ。

「これは! また、違う、舌の感覚が、そして、流れ込んでくるものが、すごい、すごいですね」

 頬に手を当てて、宇宙人はふう、とかはあ、とか声を漏らしたり、冷ますのがもどかしいというようにスープを口に運んで、熱かったのか、はう、などと言ったりしている。正直見てて面白い。


 オーケー、分かった。これが演技だとしたら、大したもんだ。髪もすごいが、このホテルの飯で、決してはまずくはないが、この値段でそんなもんかよ、という程度の飯で、ここまで感動できるんだったら、だまされてやろう。というか、信じよう。こいつは、宇宙で育てられた、地球人だ、という荒唐無稽な話を。

 しかしなあ、おい。異星人よ。味のする飯くらい作ってやれよ。

 手を止めることなくサンドイッチとスープをたいらげ、宇宙人は本当に幸せそうな顔をしていた。そして、こう言った。


「私、地球に、来られて、本当に、良かったです」

 お前なあ。お前、お前なあ。

 そういうのは、このタイミングで言うべきじゃあないと思うぞ。絶対に。いろいろな感情が渦巻いたが、でもまあ、宇宙人がとても幸せそうで、それは良かったと思う。

「よし。歯を磨いて、寝よう。あ、歯ブラシが一本しかないか。ま、お前が使えよ。歯の磨き方、わかるか」

「よく、わかりません」

 なんとかかんとかレクチャーして、歯を磨かせる。歯磨き粉をつけたら、

「ひげきが、ほれは、うう」

 とやや苦しんでいたが、慣れた方がいいだろうと思って見守る。なんとかうがいを済ませたのを見て、なんだろう、これは、たぶん気の迷いだった。


宇宙人の頭を撫でる。


「ようこそ、地球に。今まで、ひとりぼっちで、大変だったな」

「はい。ありがとうございます」

 宇宙人は嬉しそうに微笑んだ。笑っていろと言われて、無理に口角を上げるのではない、自然な笑顔だった。その顔を見られて良かったと思ったのは、やっぱりたぶん気の迷いだっただろう。

 宇宙人を備え付けのバスローブに着替えさせ、なるべくそっちを見ないようにしながらベッドに入れて、床に敷いた布団に横たわる。

 疲労の限界だったが、一応UFOグループに、とりあえず宇宙人との同居は認められた。詳細は明日、とだけ書き込んで、スマホを投げ捨てる。色々と調べるべきこと、やらなければならないことがあるような気がしたが、もう知らん。疲れた、寝よう。


「そういえば」

 宇宙人が話しかけてくる。

「なんだ」

「先ほど、体を、というか、頭を、触られましたが」

「ああ、そうだったな。悪かった。大声を出すか」

「いえ、それも、快でしたので、そういうつもりには、なれません。どうしたら、良いですか」

「次から気を付けるから、なかったことにしよう」

「私としては、また、頭を、触って欲しい、気もします」

「なかったことにしよう」


 そのあとは布団をひっかぶって、眠った。本当に疲れる一日だった。

 ましてや変な夢を見て、本当に勘弁して欲しいものだ。

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