泥棒は女子高校生にも言い負かされる、あるいは前回までのあらすじ。
前回までのあらすじ。
奇妙な恰好をしたどう見ても地球人の女の子と山で出会ったところ、その子は自分が宇宙人であると言う。到底信じられる話ではなかったが、同じく山で出会ったこちらは自称も見た目も地球人の高校生コンビには何かしら思うところがあったらしく、宇宙人説を信用し、何の因果か宇宙人についての仮説を披露しあうことになった。
全員の仮説が出そろい、宇宙人本人に正解を尋ねたところ、返ってきた答えは――
「そうですね、どこから、お話するのが、良い、でしょうか。みなさんは、私を、宇宙人、と呼びますが、私、自身は、みなさんの、言葉でいうと、地球人に、該当する、存在です」
突っ込めばいいのか、怒ればいいのか、笑えばいいのか。
その答えを知っている人間はここには誰もいないようで、長い沈黙が訪れる。
宇宙人は、それでもぎこちない笑みを浮かべ続け、それが少し不気味な気もする。
「ちょっと。じゃあ、宇宙から来たってどういうこと?」
最初に理性を取り戻したのは里見で、久しぶりにまともな言葉を聞いた気がした。
それに答えて、宇宙人は語り始めた。
ただ、この宇宙人、まだ日本語に慣れていないのか、読点が多い。全部を正しく書き起こそうとするとダルくなるので、非常に簡単にまとめることにする。
今からしばらく前のことだ。ある夜、赤ん坊が捨てられた。生まれたばかりの地球人の赤ん坊だ。当時、本物の方の宇宙人――これもややこしくなるので、こっちは異星人、と呼ぼう――は地球を発見し、そこに生命が存在することに気づいたばかりで、なるべく地球文明に影響を与えないように、しかしリアルに地球を観測する方法について検討していた。そして、この捨てられた子どもに目を付けた。たぶん、この子は放っておいたら死亡するだろう。であれば、異星人が回収したとしても、さして影響はないのでは。
あるわ。アホか。その場にいればそう突っ込んでやれたのだが、まあしかし、異星人がとった行為自体は人命救助であるから、責めることもできない。そして、異星人は、つたない地球の知識に基づき、その子どもを育てた。地球人の情報処理システムは脳・神経系にほぼ集約されることを突き止めた異星人は、量子的に対になる脳のコピーを作った、という。
正直何言ってるのか全然わからん。
宇宙人が言うには、「私の、脳に、生じた、情報処理を、どれだけ、距離が、離れた、としても、正確に、再現する、システム、という、ことでした」ということだった。まあ、ようするに地球の観測システム、ということなんだろう。たぶん。
そのコピーと、地球人の子どもの脳の同期性を高めるのには、かなり長い年月がかかった。ようやくシステムが完成したので、宇宙人は、地球人の子どもを地球に返すことにする。同時に、宇宙人たちも、母星に帰る、らしい。
「君は、これから、もといた場所に、帰ります。そこで、色々と、体験を、積んでほしい。私たちは、それを、眺めています。もう、ここに、戻ってくることは、ないでしょう。さようなら。どうか、お元気で」
それだけ伝えられ、一応衣服らしきものを与えられ、今まで入ったことのない部屋に入れられたと思ったら、あの山にいたそうだ。どうしていいかわからず、しばらくそこに突っ立っていると、人の声が聞こえたので、必死で呼びかけ(呼びかけ方、くらいは教わってきても良かったろうに。怖かったぞ、あれ)、あとは現在に至る、というわけだ。
『何か』の落下時間から考えると、そこから動かず2時間くらいはじっとしていたことになる。せめて、下山しろとかそうでなくても座ってていいとか、それくらいの指示は出してやれよ、異星人。
「つまり君は宇宙人とは言え、本質的には異星人に育てられた地球人で、異星人が離陸というか、ようするに地球の観察範囲からしばらく離れる間の地球の監視役みたいな、そういう役割を果たすために地球に降りてきたと、そういうことか?」
なんちゃら人が多くてややこしい話だった。
「おおむね、正しいと、思います。ただ、監視、の、目的は、私も、知りません、が」
「しかし、その、だったら、君の寿命はいいとこあと80年とかだろ。その後は監視? 観測? とやらはどうするんだ。量子的な脳コピーだかの生成に、相当時間を食ってるように聞こえるが、また何十年かしたら異星人はこっちに戻ってくる訳か? そんなに異星人は、暇なのか」
「さあ、それは、私には、分かりません。すみません」
「そうかい。まあ、話は分かった。で、これからどうするんだ?」
「どうしたら、良い、でしょう?」
そんなもん知るか。しばしの沈黙。しかしまあ、何かをしないと何も話が進まない。ので。
「それじゃあ、まあ、交番に行こう。連れて行ってやるよ。分かるか、交番」
話を振り出しに戻すことにした。本当に宇宙人なのか、頭が残念な地球人なのか、そんなことはまあ、どうでもいいと言えばどうでもいいことだ。あとは地球の、行方不明者か迷子のルールに従って、国家権力に仕事をしてもらおう。言うほど税金は払っていないが、それでも国民が困ったときに、サポートするために税金は使われるべきだろう。
「交番、は、警察、機構の」
「ダメ!」
答えようとする宇宙人を里見が遮った。
「ダメって。なんでだよ」
「なんでって、こっちのセリフだよそれは。まだあたしたち、何も依頼してないでしょ」
ああ。そんな話もあったな。
「依頼内容は知らんが、この子は地球人だと自分で宣言した。だったら、いやそうじゃなくても変わらないけど、地球のルールで対処すべきだ」
「それが交番に連れて行くってこと? 連れて行ってどうするの?」
「どう、と言われても。まあ、身元不明の人間に対する何かルールというか、マニュアルと言うかがあるだろうよ。それに従って、仕事をしてもらうだけだ」
「そんなのダメ!」
「だからなんでだ」
「だって、だってさ」
「だってじゃあ、わからん」
ガキの喧嘩みたいな言い争いだ。一方はおっさんなんだけど。
「あのですね」
甲賀が割り込む。いたのか、甲賀。悪いがさっきみたいな小賢しい手は食わんぞ。
「いや、分かってます。俺も、交番に連れて行くでいいとは思うんですが。ただ、その後、このお姉さんはどうなるんですかね?」
「まず、一番ありえるのは、この子がなんらかの、その、心の病気でだ。宇宙からきた地球人だと思い込んでいる、という状態だ。これは分かるよな」
「はい」
これは宇宙人ではなく、甲賀だった。
「この場合、地球に身元は確実にある。どういう状況なのかは知らんが、身元がはっきりしているなら捜索願いとかが出てるかもしれないし、出てなくても警察が後はなんとか探し出してくれるだろう。その身元の方に戻ってもらう。まあ、その、なんだ。そこがあまりいい環境でない、ということはありえなくはないだろうから、その場合は、君らが友達になってやればいい。違うか」
「いや、違わないですね。そうだったらそうするしかないと思います。でも、そうじゃなければ?」
「つまり。この子が本当に異星人に育てられた地球人だったら、ということか」
「ええ」
「そうだなあ。なんとも言えない。けど、まあ、年齢が分からないが未成年にも見えなくはないから、その、児童相談所だか児童養護施設だかわからないが、そこに入れられるか、成人にもそういう施設がたぶんあるんだろう。身元不明の認知症の老人とか、たまに駅に行方不明者の写真が貼ってあるが、そういうどこから来たのかわからない人間が入る施設みたいなものがあるはずだ」
「それなんですけどね。そこに入った後、このお姉さんはどうなると思いますか」
「知らないよ」
「里見はそれを心配してるんだと思うんです」
「だから、知らないよ」
本当に知らない。ただ、予想くらいはできた。たぶん、この宇宙人は、どこかしらの施設に入るだろう。ある程度の調査、つまり、この子は何者で、この子の身寄りがどこかにないか、という調べはつけられるだろうが、もし仮に万が一本当に捨て子の憂き目にあった直後に異星人にさらわれた地球人だとしたら、それを発見するのは極めて困難で、多分捜索は断念されるだろう。
じゃあその先は? 国の施設だから追い出されたりはしないだろう、と思う。今のところ健康そうで、学習意欲も高いみたいだから、職業訓練かなんかを受けて、社会に出ていくようになるんじゃないか。ただ。
「その間、気軽に会うというわけにはいかないだろうけどな。連絡先くらいは聞けるだろうけど、その施設にはそこのルールがあるだろうからさ。でもまあ、取って食われたり解剖されたりなんてことはないはずだ。それのどこが心配なんだ」
「それに何年かかると思いますか」
「いやそれは本当にわからん。1年で済むかもしれないし、5年、10年かかるかもな」
「その間、このお姉さんは、最悪、施設から出られないかもしれないですよね」
「それを言うなら、そこに入っている奴はみんなそうだろう」
「せっかく宇宙から来たのに」
里見がうわごとのように言う。
「せっかく宇宙から来たのに、そんなのかわいそうだよ。今まで宇宙で、地球ってどんなところかな、とか、どんな人に会えるかな、とか楽しみにしていたのに、また、どこかに閉じ込められて、それで5年とか10年とかそこに入りっぱなしだったら、かわいそうだ」
「そうとも言えるけどなあ。ただ、仕方ないといえば仕方ないだろ。甲賀はたまたま金持ちの家に生まれて、里見もそこそこの家に生まれて、でもそれはたまたまラッキーだったというだけの話だ。そうじゃない奴はたくさんいて、親に金がなかったとか、親がいなくなったとか、親がひどいやつだったとか、いろいろな理由で5年とか10年とか、あるいはもっと長く、施設みたいなところで暮らしている奴はいる。里見は閉じ込められて、っていうけど、別に外に出られないわけでもないし、そう悪い生活でもないだろう。地球に降りてきた以上そのルールに従わなければいけない。それを否定するんだったら、そこに入っている奴ら全員の解放運動でもしなきゃいけないだろ。違うか」
「ルールだなんだってうるさい!」
「でもそれが現実、というか、人間の限界だ。違うか」
「何が限界なの!」
「だからなあ」
人間関係なんて所詮ルールの上で成り立っているものだ。最初はそう、男女関係だったら性欲だったり、里見たちのように高校生だったら、自分が誰かと付き合っている、という牽制欲だったり、社会的な要請に答えたり、仕事上の付き合いで人づきあいが始まる。そして、それをいずれ、夫婦、とか、彼氏と彼女、とか、同僚、といったルールの中に落とし込む。そうしないと続かない。なぜなら、人間関係にはメリットばかりではないからだ。
いや、別に自分にメリットがない付き合いは存在しない、とは言わない。そこらで出会ったやつと、ふいになんの損得もなく仲良くなることだってあるとは思う。ただ、損得がなく、というのがキモだ。相手が自分に負担をかけるような、つまり損失を背負わせるような存在になったときに、それでもその人間と関係を続けさせるのは、ある種のルールでしかない。
少なくとも、そうでない関係性を知らなかった。
人間の善性を信じていないわけではない。一日や二日、もって一週間なら、ルールを守らなくたって、誰かを助けたりすることはできるだろう。でも、それが二週間、一か月、一年になったら? 親子、夫婦、彼氏、彼女、同僚、親友。関係性にそういう名前がついていない相手と、そんな付き合いはできるだろうか?
「そうだろう。違うか。じゃあ、そういう施設に入れるのはかわいそうだ、と言って、君らの家にこの宇宙人を同居させるってことが、できると思うか」
「う……、できるもん」
「できるのか。すげえな。だったらそうしろ」
「でも」
「でもじゃあ、ない」
きっ、と涙が溜まった目を向けて、里見は宣言する。
「あたしはね。春樹が好きだよ。でもそれは、性欲とか、誰かに見せつけてやりたいとか、そういうことじゃなくて、春樹が彼氏だから何かをするとかそういうことじゃなくて。あたしはこうやって、夜中に突然山になんかを探しに行こうとか、面白そうな実験を見つけたからやってみようとか、新しいお店ができたから行ってみようとか、そういうことが好きなの。でもひとりでやるのはちょっと怖いの。そういうときに春樹はそばに居てくれる! やめろとか、いい加減にしろとか、そんなことを言いながら、ずっと付いて来てくれるんだ! あたしが本当は付いてきて欲しいって時は、付いてくんなとか、ほっといてって言っても付いてきてほっとかないでくれるんだ。でもあたしは春樹になにもしてあげてないよ。こんなの春樹にとっては損でしかないじゃん。それでも春樹は付いてくるし、春樹が付いて来てくれると思うから、あたしはなんでもできる気がする! これはなんかのルールに従っているってことなの? どんなルールなのよ! そんなんじゃない! 絶対に違う!」
急な告白だった。それは麗しい話だが、今は全然関係ない。ないはずだ。はずだが。
心臓が絞られるような気がした。今まで人とこんな風に接したことはなかった。若いな、と言えば言える話だったが、そんな陳腐な言葉を発するつもりにはなれなかった。里見は泣き出して、メガネを押し上げてこぶしで涙を拭いている。甲賀は顔を赤らめながら、里見の頭を撫でて、そして、坊主頭をかきながら言う。
「あのな。俺は別に損してるなんて思ってないから。お前がなんか思いついて、これをやろう、あれをやろうってのを結構楽しみにしてるんだ。お前が本当は何を考えてるのか、って考えるのが楽しいし、たぶんこういうことをやりたいんだろうな、というのを当てるのが結構好きなんだ。でも、そう」
甲賀も真剣な目でこちらを見て言う。
「これは別にそういうルールだからそうしているとかそういうことじゃないと、俺は勝手に思っています。そういう付き合いもあるんじゃないかと思ってます。真城さんは、さっき、解放運動でもしろ、と言っていましたが、俺はそこまではしないし、できないです。でも、たまたま会ったお姉さんのことは、なんか気になります。だから、俺は依頼しますよ。それで良くないですか? もし俺が、施設であった誰かが気になって、そいつは施設にいない方がいいと思ったら、それはそれで真城さんに依頼します。真城さん、このお姉さんが、本当に宇宙から来たんだとしたら、これから地球で生活していけるように、真城さんがなんとかしてもらえませんか。なんだったら、これだってルールでしょう。依頼人と、請負人のルール。違いますか」
むちゃくちゃだ。ただお前らが絆を深めただけじゃあないか。それとこれとは全然関係ない話だ。でもそれは言えなかった。言えないだけの雰囲気があった。ずるいぜ。しばらく考え込む。仕方ない。
仕方ないだろ? ここで、ふざけんなって一喝できるか?
ため息をつきながら、言う。
「まずな。警察には行く。ここは曲げらんないよ。どうしたってな」
「うん」
「はい」
「ただな。そこから施設に送り込むっていう話になるようなら、なんとか引き取れないか、こっちで身元捜しをするから、と相談はしてみる。それはちゃんとする。なんなら君らの絆に誓ってもいい。それでいいか」
「お願い、ね」
「期待、してます」
勢いですげえことを約束してしまった気がする。
「それからな、依頼の件だが。甲賀、お前が依頼をするのは筋違いだ。そうだろ」
「そうかもしれませんけど、俺んち、結構金持ちなんで、いいですよ。いや、際限なくは無理ですけど」
「嫌味な奴だな。いや、いいよ。金はこの宇宙人が将来働けるようになったらそこから取る。そこまでは面倒を見る。それでいいだろ」
「マジでいいんですか。それ、真城さん、ヤバくないですか」
正直ヤバいとは思うが、高校生から金をとるというのもどうかと思うし、苦肉の策だ。
「しょうがない。やるだけやってみるさ。まあ、なんとかなるだろう」
なるだろうか? 分からない。勢いで言ってしまっている気も凄くする。
「よし。そういうわけだ、宇宙人。君はどうする? 君の意志を確認しておきたい」
宇宙人は、相変わらずのぎこちない微笑みで、言う。
「私は、どちらでも、構いませんが、せっかく、光平と、里見と、甲賀に、会ったので、会えなく、なるのは、嫌な、気が、します。だから、その、依頼、というのを、しても、良いですか」
いいだろう。引き受けた。
引き受けちゃって大丈夫か、そもそもなんでも屋というのはほとんど嘘で、泥棒がお前の仕事だろうが、という理性の突っ込みは、この際無視することにした。
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