泥棒と宇宙人は聞き込みに出かける。

 髪を切った空を見せて、この顔に似た女の子、知りませんかと聞いて回る。果たしてこれにどれだけの効能があるのか分からないが、とりあえずできそうなことを、まずはやってみる。それしかなかろう。

 ただ、色々な人に会うだろうから空の病気は心配だった。マスクをすると顔が分からなくなるし。ただ、写真を撮らせてもらって留守番と言う案はかたくなに却下された。しかたない。ちゃんとうがい手洗いをこまめにすること。具合が悪くなったらすぐに言うこと。子供にする指導みたいだった。


 例の山の近くは、比較的高級住宅街が広がっている。昔このあたりの宅地の売り出しに、「邸宅用地売り出し」という看板があって、邸宅とわざわざ言うのはすげえな、と思ったことがあるが、まあそういう土地柄なのだ。そういう意味では軒数は少ないし、こう言っちゃなんだがのほほんとした奥様が対応してくれるケースが多くて、話はしやすかった。あまり嘘はつきたくなかったので、空のことはこのへんで生まれたということしか分からず、すぐ海外に貰われていって、父母の顔を知らずに育ったが、このたび日本に戻ってきた女の子として紹介して回った。まあ、海外というか、星外なのだが、わざわざややこしくすることもあるまい。年齢も正確にはわからないので、もう15-20年前としか言えないという考えてみると荒唐無稽な話ではあるが、空は妙齢の女性受けする顔をしているらしく、わりと信用された。もちろん、追い返される家もないではなかったが。写真を撮って、知り合いに聞いてくれるという人も沢山いた。

 半日かけて収穫はほぼゼロだった。結構な坂道で、なんだったら街並みを一望できるくらいの高さにある家も多く、くたくたになった。唯一と言える収穫は、家に招き入れてくれ、紅茶とクッキーをごちそうしてくれた家庭があって、

「紅茶、というのは……なんと、いいますか、色も、美しくて、そして、この味が、渋みと、でも、ほのかな、香りが、口の中に、広がって」

 とまた美食レポーターみたいになっている空をいたく気に入ってくれたそこの奥様が、隣接している喫茶店で空をバイトとして雇ってもいい、と言ってくれたことだった。なるほど。働き先はいつか絶対必要になる。

「そりゃありがたい話です。ただ、まだこいつ、日本に来て日が浅いので、どうも摂取してないワクチンとかあるみたいなんです。そのあたりが片付いたら、ぜひ」

 と話を交わして、連絡先を交換する。それで気づいたが、そうだ、こいつも携帯を持たないと何かと不便だな。

 ということで、捜査を切り上げて携帯の契約に向かう。今持っているのより二つバージョンが上のiPhoneを契約してやり、ホテルに戻って使い方を色々と教える。UFOグループに加入させ、里見と甲賀に挨拶をさせる。里見は大喜びでさっそく電話を飛ばしてきた。空は、はい、はいと相槌を打っていたが、

「里見と甲賀が、こちらに来るそうですが、構いませんか?」

 と尋ねてくる。構わん、と伝え、しばらくまたアプリを探したりしていると、ノックの音がした。

「よう。どうだ、母親探しの件、何か思いついたか」

「うん。あのね。あれ、空ちゃん、髪切ったの? かわいいー!」

 盛り上がっている里見はとりあえず盛り上がらせておくことにして、甲賀と「里見と空、ちょっと髪を切ったときはこっそり教え合う同盟」を組む。で、思いつきとはなんだ?

「あのね。私たち、文芸部に入ってるんだけど」

「文芸部。似合わないな」

「そう? まあ、なんだろう、びーえる? の漫画とか描いてる子が多いから、確かにちょっと雰囲気は違うかもね」

 ああ、今の文芸部ってそんななんだ。似合わないといったのはそういう意味ではなく、文芸部員と言えばなんというか、寡黙で内気なメガネっ子が、小説を読んだり書いたりしているイメージだったからだ。

 里見は元気はつらつという感じなので、まあメガネはかけてるけど寡黙と内気とはほど遠い。まして甲賀は、どう考えても野球部員かバスケ部員という風情なので、完全に予想外だった。

「俺はその、個人としては剣道やってますよ。道場があるんで、別に部活に入ってなくてもいいんです。なので、まあ学校では里見に付き合ってる感じですね。もっぱら漫画とか読んでます」

「ま、そういう感じだよな。恋愛小説を書いてます、とか言われなくて良かった。その割に、山の時は息を切らしていた気がするが。それで?」

 そりゃあ俺は聞き込みをさせられてたからですよ、と抗弁する甲賀を無視して、里見が答える。

「もともと文芸部員が少なかったみたいでさ。高校入って最初に仲良くなった子が、名前だけでもいいから入って、って頼むもんだから入ってみたんだけど、まあそしたら行ってはみるでしょ。で、小説とか漫画は全然書けないけど、ルポ記事みたいなのは面白くって。半分新聞部みたいなことやってるんだ」

「いや、文芸部になんで入ったかじゃなくて。何を思いついたんだ」

「ああ、そっちね。それで、ルポ記事は結構書いてるんだけどさ、ほら、これ」

 じゃーん、と言ってカバンから紙を取り出す。企画書。2000年代の高校生の実態を調査する。なんだ、こいつは。

「子どもを捨てるって、高校生かなって思って」

 短絡的というか、そうかなあ、という気もするが、まあそうかもしれない。小中学生で子どもができたら、どういう形にせよ保護者がそれに気づいて大騒ぎになるだろうし、大学まで行ける家庭の財政状況があれば、何かしら、もっと賢明な選択をする、だろう。たぶん。

「年代的にはそのへんが怪しいよな。ただ、高校生とは限らないんじゃないか。高校行ってないとか、高校出て就職したとか」

「ま、そうだけどさ。高校生の線があるとしたら、卒アルが見れるかなと思って。いろんな高校に行って、取材ってことで卒アルを見せてもらって、空ちゃんに似てる女の子か男の子見つけたら、連絡とってみる。どう?」

「まあ、作業量が多そうな割に益は少なそうだが、そういうことをやるしかないな。悪い思い付きではないから10ポイントやろう。基本発想は同じで、こっちも、聞き込みを始めた。ぜんぜん成果はあがらないが」

 というわけでひとまずやることは決まった。あとは地道にことをこなすだけだ。

 

 週末。いよいよ引っ越しを済ませた。ぼろアパートとも、高級ホテルとも、

これでお別れか。一人だったらもう少ししんみりしたりするんだろうが、結局里見・甲賀コンビも手伝いに来てくれて、いつの間にやらちょっとした大所帯になっているので、なんか全然感慨が湧かないな。新居に家具を配備したり、ベッドを買うのを忘れてたのでとりあえず寝具を急遽買い揃えたり、夕方には猫美も呼んで、出前の引越し蕎麦を食ったりする。空は蕎麦アレルギーはなかったようで、幸せそうに蕎麦を啜っているが、天ぷらが冷めていたことには少し残念そうな様子を見せた。こだわりが出てきたな。なんでもうまそうに食ってりゃあいいんだが。

 蕎麦の容器をざっと流し、玄関に出す。人数分のコップを洗う。一人暮らしの時は、コップなんて一個ありゃ使いまわせると思っていたが、家具屋で寝具を買ったときに、そうか、人を招くこともあるよななんて思って揃いのコップだの箸だのを買い込んでしまった。これは成長、と言えるんだろうか。こんなことで成長を実感してどうするという話だが。いい年して、なあ。里見と甲賀を帰して、猫美と三人で話す。

「この間は本当に助かった。ありがとうな」

「いや、新居に招いてもらったことだし、それで相殺しよう。もちろん、私を面倒くさい女扱いした件は別だが。それと、この子と同棲というのが、若干気になるところではある」

 里見といい、またこうなんというか。想像力豊かなことだ。

「安心しろ、依頼人に手は出さない。ホテルと同じだよ。経費もちゃんと請求するつもりだしな。こいつ、仕事が決まりそうなんだ」

「ほう。君より社会適応度が高いのではないか」

 ぐ。痛いところを突かれた。確かにそうかもしれない。

「それよりな、ちょっと相談に乗ってくれ」

 法務局から長内の事務所を巡って、空の話を加味して、少なくとも親がこの街にはいただろうということ、その親をなんとか見つけなくてはならないということを話す。今のところ、やることがないので、聞き込みをして回っているが、もっと効率のいい手はないだろうか。

「ううむ。乳がでかいわりにマトモだ、というのは非常に聞き捨てならない表現だが、君はそうなると、初対面の女性の評価をその女性の胸囲によって下しているというのか」

「それは今どうでもいいだろう。その件についてはもう反省している。いやその、つい話したくなるような驚異的な胸囲で」

 ついオヤジギャグまで出してしまい、部屋の空気が凍りつくのを感じる。

「悪かった。撤回する。空、いいか。せっかくだから覚えておけ。悪いことをしたら、謝る。そんで、反省して、その後しないようにする。そうしたら許される。これがこの星のルールだ。なあ、猫美」

「ふん。そうだな。ただ、空さんを巻き込むのは、ちょっとずるいぞ」

「じゃあそれも謝る。反省した。話を戻すぞ。長内はちょっと話しただけだが有能そうで、その評価と胸囲には全く因果関係も相関関係すらない。それで、そいつが空の母親を探すのが一番早いというから、そうしている。それで、探す方法について何か案はないか」

 強引に話を戻す。残念ながら猫美にも名案は浮かばないようだった。

「ここ数年ならな。子ども、堕ろす、とかそういう検索ワードで検索している子を探すことができないでもないが。十年より前となると、google本社はいざ知らず、わたしの所にはさすがに記録は残っていない。ああ、嫌な表現だったかな。すまんな、空さん」

「いいえ」

 結局聞き込みを続けるしかない、か。そのあとは新しく買ったテレビでスポーツニュースなんかを眺めながら、くだらない話をして散会した。新居祝いは何が良い、と聞かれるが、そう大層なことでもないからと断った。じゃあ甲冑を買って贈るぞ、いいのかと猫美も譲らないので、だったら食い物関係にしてくれと頼む。空が喜びそうなやつで。

「若干納得できんが、まあわかった。何か探しておく。また、呼んでくれ」

「ああ。近いうちに、また」

 家に人を呼ぶ。その約束をする。どっちも滅茶苦茶久しぶりで、結構、いやかなり疲れたが、悪くはないなとそう思った。 

 翌日。朝からまた高級住宅街を回るが、はかばかしい収穫はなかった。とりあえず山の近くというざっくりした基準で回っているが、十何年も経っていれば当然住民も入れ替わっているし、この街に全員が住み続けているなんてことはありえないわけで、ここで空の顔に心当たりがいる人間を見つけられる可能性の方が低い。で、このあたりが全滅だったとき、次はどっちに向かうべきか? 

 この街はこれでも200万人が住む都市で、全員に会う必要があるわけではないが、砂漠で黒ゴマでも探しているような気持ちになる。まあ考えていても仕方がない。空の体調が心配なのもあり、休み休み回るが、結局日が暮れてしまったので帰ることにする。


 まあ、のんびりと探すさ。泥棒の良いところは、勤勉に働かない方がむしろ世のため人のためになるところで、だからこの「なんでも屋」とやらの業務に集中していたって、誰も怒らないし文句は言わない。


 そんな呑気なことを考えていた。この日の、夜までは。

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