泥棒は酒を飲み、風呂にも入る。

 買い物を済ませた後は、一度山の近くに行って、聞き込みをして回る。思ったより奥様方のネットワークは広いようで、話を聞いたという家も多く、空を連れて行かなくても警戒されることは少なかった。これは同時に、変な奴を呼び寄せることにも繋がりかねないが、まああれも珍しいケースだろう。心配ではあったが、成果と言えなくもない。


 もう夕方だ。里見に電話を掛け、卒アル作戦の首尾を聞く。

「一応うちの学校のアルバムは見たけど、写真だけで分かるかって言われると微妙だね。他の学校のは、今日頼んで今日行くってわけには行かないから、今アポを取ってるところ」

「そうか。それもそうだな。お疲れ様だ。MKPを10やろう」

「ねえ、空ちゃんとなんかあったの?」

「いや。ううん、あったと言えばあった。鋭いな」

「ちょっと。空ちゃんに何したの」

「別に何もしていない。ただ、そうだな。依頼の件が終わったら、一緒にいることはできない、と言う話をしたんだ」

 さすがに本当は泥棒なんだと伝えた、ということをぺらぺら話す気にはなれない。

「それ、今する話? ちょっと、ちゃんと考えなよ」

「ちゃんと考えた結果だ。いや、この件については、意見は受け付けない。それより、なんで分かったんだ」

「何が」

「だから、空となにかあったか、と聞いただろう。空から何か連絡があったか?」

「ううん。だって、光平から電話してくることなんてないじゃん」

 そういえばそうだった。


 そうだったな、と言って、それよりちゃんと、空ちゃんと話し合いなさいよ、などと里見がぎゃあぎゃあ言っているのを無視して電話を切る。

 そうだった。なんで電話なんか掛けたんだ。

 

 空が家にいるだろうと思っていたのに、勝手に出て行って俺は寂しいのか。

 一緒にいるべきではない、なんて言っておきながら、その実一緒にいることを期待していたわけだ。あさましい。どれだけ自分勝手なんだという話だ。

 それとも誰かに話を聞いてもらいたかったか? 

 慰めてもらいたかったのか? 高校生のガキ共に? 

 

 一人でいるのがふさわしい、そうするべきだ、なんて恰好つけていたのは誰だ。物凄く恥ずかしい。いたたまれない。酒でも飲むかと思ったが、カブがあるので、一度家に帰る。部屋の電気がついていないから、空はまだ猫美の家にいるか、なんだったら泊まるのかもしれない。まあ、昨日自分でそれを勧めたわけだから、それで良かったのだが、そうか、そうなんだな、としみじみ思う。やっぱり、一杯やるか。


 家の近くをうろついて、居酒屋に入り、酒に強いわけではないのでビール一杯で酔ってしまうのだが、なんとなく電気のついていない家に帰るのが嫌で。おい、これまでずっとそうだっただろうに。ほんの一週間かそこらのことだぞ。


 30年生きてきて、まあ30年間一人というわけではないが、それでも十数年はひとりで暮らしていて、それがわずか一週間で。

 ほんと俺は何考えてるんだろうなと思いながら酒を呷っているうちに閉店の時間になってしまう。ふらつきながら家に帰って、風呂も入らずに眠った。


 翌朝。昼過ぎに長内からの電話で目覚める。頭ががんがんする。酒に弱いんだよ。とりあえずゴーサインが出たので、ポスティング業者に依頼をし、ついでにチラシの印刷も頼む。自力でも配るから、というと、サービスでその分も印刷して渡してくれるとのことで、その受け取りの相談もする。


 しかし、頭が痛い。風呂に入ろうかと思ったが、なんだか疲労も溜まっているし、また長くなってしまう書置きを残して、一念発起して着替えを持って近くのスーパー銭湯に向かう。一念発起することかよ、と我ながら思うが、基本的にはものぐさなのだ。空と出会ってから働きづめで、というとまっとうな社会人からはぶん殴られる気もするが、何しろ普段の生活が自堕落なので、ちょっと疲れも溜まっている。

 空も帰ってこないし、いい機会だ。今日は母親探し、お休みだ。風呂はいい。なんも考えなくていい。湯船に浸かって思考も身体も液状化しかけたところで水風呂に入って自分を取り戻す。そんな感じで風呂と水風呂に交互に入っていると一生ここで暮らしてもいいなという感じになるが、2時間くらいで切り上げて、あとは畳のコーナーでちょっと昼寝をする。相当気分がすっきりした。


 蕎麦を食って、昼のワイドショーを流しているTVを眺めて、久しぶりにスマホのゲームなんてやってみる。そうそう。こういう感じだった。これでいい。宇宙人を育てて悦に入るなんてのは、何かの気の迷いだった。もう一回風呂に入ろうかな、と思っているところで猫美から電話がある。


「よう。空が世話になったみたいだな。事前に連絡しなくて悪かった」

「ああ、それはいい。わたしも家に人が来るなんて久しぶりだから、なかなか楽しかった。いや、そのな。君に謝らなくてはいけないと思って」

「何をだ」

「その。空さんから聞いたよ。昨日、じゃない、一昨日の話か。あの後、馬鹿正直に泥棒をやっていることを話したそうだな」

「ああ、そうだ。馬鹿は余計だけどな。いや、そういえばちゃんと礼を言っていなかったな。あの時は本当に助かった。お前がいなけりゃあ途方に暮れていたところだ。あの時は鍵を開けて入ったし、『蜘蛛』で鍵を閉めるところも見せた。世の中には悪い奴がいて、まあ、それは、俺も例外ではない。ちゃんと話さなきゃあいけないと思ってな」

「それだよ。『蜘蛛』を泥棒に使えと言ったのはわたしだろう。その、そのことを、君が気に病んでいるんじゃあないかと思ってだな」

「何言ってんだ。その点についても感謝しかない。泥……その、お前の紹介してくれた『仕事』をしてなきゃあ、俺は今頃、自暴自棄になっている。曲がりなりにもこうやって、一人でのんきに暮らしているのはお前のおかげだ。ああ、いや、だからって『仕事』を探し続けろというわけじゃあないぞ。それが嫌になったら、いつだってやめていい。もう一人でもなんとかなるさ」

「そういうわけじゃあない。ただなあ。それで、空さんに、一緒に居られないと言ったんだろう。それは、それで良かったのか」

「良いも悪いもないだろう。タイミングは多少悪かったかもしれないが、もともと空の身元がちゃんとできたら、一緒に居るべきじゃあないんだ。それは俺が今の仕事をやってようがやってまいが同じことだ。そうだろ」

「そう、でもないんじゃあ、ないか」

「そんなことはない」

「そうかな」

「そうだよ。少なくとも、お前が心配することじゃあ、ない」

「……そう、かな」

「だから、そうだって」

 歯切れの悪い猫美は珍しい、と思う。そこまで深く知り合っているわけではないが。

「どうしたんだ。柄にもなく心配でもしているのか」

「柄にもなくとはなんだ。人を冷血漢みたいに。私はなあ。君のことだって、空さんのことだって、その、大事な、と、友達だと、思ってるんだぞ」

 友達。久しぶりに聞いた気がする。友達、かあ。

 友達。友達ねえ。なんだか頬が緩むのを感じる。悪い気分では、全然ない。

「それは、悪くないな。ありがたいよ。本当だ」

「そうか。だったらな、真城。空さんとちゃんと話せ。そして、その、なんだ。仲直りをしろよ」

「それとこれとは別の話だな。仲直りって言ったって、喧嘩をしているわけじゃあないんだ。俺はあいつとは一緒にいられない。いない方がいい。一昨日な、変な男に空が連れ去られたとき、つくづく思ったんだ。俺はあの男に腹を立てたが、良く考えたら俺だってそんなに変わらないってな。別にお前が紹介した仕事に文句があるわけじゃあないが、俺だって人の大事なものを盗んだり、盗み見たりしてきたわけで、だから本質的にはあの男と変わらないんだ。そんな奴と一緒にいるのは、空にとって良くない。そうだろう」

 しまった。ちょっと熱くなっていたのか、白昼堂々「盗んだり」と宣言してしまったことに気づいたが、後の祭りだ。しかし過敏になっていたのはこちらだけで、周りの人が気にする様子はない。ないが、こっそり通報とかされていても嫌なので、銭湯を出ることにする。

「とにかくな。友達と思ってくれているのは嬉しかったし、ぜひ空とは仲良くしてやってくれ。それは俺にはできないことだから。それじゃあな。また、何かあったら連絡する」

 そう言って無理やり電話を切った。


 今日は何もせず夕方になってしまったな。家に帰ったが、空はまた居なかった。今度は、「さとみのいえに いってきます。とまります」と書置きがあった。そうか。まあ、いいさ。友達を増やすと良い。昨日の昼に作ったカレーを温めて食って、着替えて寝た。

 そのうち一度くらいは帰ってくるんだろうという根拠のない見通しもあった。ところが。ちょっと、いやかなり予想外だったが、空はそれから一度も帰ってこなかった。まあ、空は空で、色々と決心しているのだろう。ひとりで生きていく、ということについて。

 それならそれで良かった。里見と甲賀に迷惑をかけていなければいいのだが。

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