泥棒は納得する。
そして二日後の夜。チラシが刷り上がり、その一部を受け取って近所に配りまわっている最中に、LINEの着信があった。里見かと思ったら、甲賀だった。これも意外だ。
「もしもし。何か進展があったか?」
「いや、そっちはいまいちっすね。あの、空さんが一昨日からうちに来てるのは知ってます?」
「え、お前の家に行ってるのか。いや、里見の家だとは聞いていたが」
「ああ、いや、まあそうですね。訪ねているのは里見の方ですが。あの、前も言ったかもしれませんけど、里見はうちの使用人の娘で。これ、通いじゃなくて同居なんすよ」
「おい、ちょっと待てよ。すげえ話じゃないかそれ。お前んち、すげえな。どういう構造なんだ」
「ううん。まあ、5世帯くらいは住めそうな感じですね。無駄に広いです」
「じゃあナチュラルに同棲しているのか。なんつうか、金持ちは違うなあ」
「同棲って、いやその、居住空間も全然違いますよ。まあ今度遊びに来てください。あ、じゃあ、知ってはいるんですね」
「ああ。書置きがあった」
「あ、そうですか」
「用件はそれだけか。空は迷惑かけてないか?」
「あ、全然そういうことじゃないっす。飯をうまそうに食うって、イチさん……えっと、里見の親父さんも喜んでますし。適当に言い訳してるんで、まだしばらく居てもらっても大丈夫です。その、それで、ですね」
あいつ飯をうまそうに食うだけで人の家に住めているのか。紅茶の飲み方で就職も決まりそうだし、そもそも俺があいつを信用したのもサンドイッチ食ってるところを見たせいだし、良く考えたら凄いスキルなのかもしれない。
変なところで感心しながら甲賀の話を聞く。
「えっと。あまり色々言うと里見にも怒られそうなんで一つだけ。真城さんのしていた悪いことって、あのホテルから空さんが降りてくるのを見れたことと関係してますか?」
一瞬呼吸が止まった。
高校生のくせに鋭いガキだ。高校生探偵でもやればいい。
ホテルで借りていた部屋はありがたいことに南向きで、つまり部屋からはホテルの西に位置する山は見えないはずだった。
「やるじゃあないか、甲賀。その通り、正解だ。なんで分かった?」
「いや、実は最初から気になってたんすよね」
「そうか。良く空を預ける気になったな」
「まあそこはその。話の流れと言うか。そんなに悪い人ではないと思ってましたし、というか今でも思ってますし。ぶっちゃけあの時点では、空さんのことも全然知りませんでしたし。あと、里見も熱くなってましたしね」
「なるほどな。言い訳というか、言い訳にもならんが、角部屋に侵入して金目のものを漁っていたわけではないぞ。気分がいいかなあと思って、屋上に行ってただけだ」
「良く分かりました」
「お前の家に入って金持ちの恩恵に預かろうとも思わないから安心してくれ」
「良く分かりました」
「話は、それだけか」
「あ、まあ、そうですね。話、ううん。そうですね、まず里見は全然気づいてないんで、そこは大丈夫です。光太郎の悪いことなんて、どうせ大したことなくて、昔の女がいるとかそんなことよ、なんて言ってます。別に言う気もないですし。あと、空さんは、そうですね、病気とかはしてないですよ」
「里見の発言については大きなお世話だと言いたいが、まあいい。そうか。そりゃあ、何よりだ」
「あと……。いや、はい。それじゃあ、そういうことで」
「分かった。母親探しの方も、何かあったらよろしく頼む」
「それはたぶん、進展があれば嬉々として里見が電話すると思います」
それもそうだな。それじゃあ、と言って電話を切った。甲賀が何かを言いにくそうにしていることくらいは分かったが、どうも結構聡い奴のようだから、言わない方がいいと判断したのならば、たぶん聞かない方がいいんだろうと思った。
翌日。下手くそな字でうちの住所が書いてある封筒が届いた。一発で分かった。空だ。なぜ手紙なんて送ってくるんだろう、と訝しみながら封筒を開けると、手紙は入っていなかった。封筒を覗きこむと、この家の鍵が入っていた。
なるほどな、と思った。
思わず封筒を握りつぶしていた。空は全然間違っていない。言われたとおりに、悪人と暮らすことをやめて、里見の家か猫美の家に居候することに決めたんだろう。それで良かった。そうするべきだった。そのはずだ。ただ、爪が食いこんで痛いのに、握った手を開くことがどうしてもできなかった。
「なるほどな」
声に出して言って、頭を振る。チラシを配って回ったから、メールが来ているかもしれなかった。電話も来るかもしれない。すぐに来るかは分からないが、今日来なければ明日も来ないんじゃないかと思う。だから、PCの前に座ってじっと待っていた。
手持無沙汰だったので、時間つぶしに、やむを得ず、業務連絡として、空に、金が無くなったら連絡しろ、とだけメールを送るが、それだけ書いて送るのに物凄く時間がかかった。どうかしている、と思った。どうかしてるぜ。全く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます