第二章:泥棒は宇宙人に名前を付ける。

泥棒は買い物に出かける。

 目の前にタコ足の明らかにエイリアンという奴らがいてうんざりする。

「フ・フ・フ。ソノチキュウジンタンマツヲツカッテチキュウノブンメイれべるハカクニンシタ。モハヤオマエタチハワレワレノテキデハナイ。タタカワズコウフクスルナラセンメツスルコトナクドレイニシテヤル」


 聞き取り辛すぎるんですけど。周りを見渡しても誰もいないので、仕方なく答える。

「や、申し訳ないけどその件については決定権はないんで」

「ソウカ。ナラバコッカゲンシュヲダセ」

「それもそういう権限はないんで。おい、本当にちゃんと地球文明調べたか? コミュニケーションレベル低すぎないか?」

「キサマハナンノヤクニモタタンナ。ナラバコロス」

 結論出すの早くない? 殺されるのはちょっと嫌だったが、なんか全然現実感がなく、こいつらの支配体制は本当にうまくいくんだろうか、とか、なんかこう、地球の微生物には気をつけろよ、とか、そういうくだらないことばかりが頭の中を駆け回る。と、タコ足はどこからともなく光線銃めいたものを取り出し、こちらに銃口を向ける。あれの引き金を引くと熱線がびゃーってなってそれで一巻の終わりかな。まったく。舐めた話だ。


「そこまでよ!」

 おう? 振り向くと、そこになんかこう、なんだろう、薄赤色のサングラスみたいなのをかけて、ほとんど水着みたいなコスチュームの里見がいた。うわあ。その恰好、恥ずかしくないのか。若さだな。横には、青色の全身タイツに、肩と腰の腰のところにこう、プロテクターみたいなのをつけた甲賀が控えている。


「すげえ格好だな、お前ら」

「光平、なに呑気なこと言ってるの。さっさとどける。今から私たちは、このエイリアンを殲滅し、地球に平和をもたらします!」

「そういうことらしいっす。すいませんが、そこらで伏せていてください」

 なるほどなあ。こういうとき、世界を救うのはやはり高校生あたりか。そういうもんだよな。変に納得して、すごすごと引き下がり、遠巻きにタコ足と里見・甲賀コンビの様子を見守ることにする。


 と、横に宇宙人がやってきて、笑顔のまま、

「なんだか、私の、せいで、すみません」

 と言い、頭を下げる。

「まあ、お前が悪いわけじゃないだろうさ。ただ、そうねえ。こういうときは、笑顔じゃあない方がいいかもしれないな。他の表情を教えてやれれば良かったんだが」

 どん、どん、と音がする。里見・甲賀コンビとタコ足星人の戦いが始まったようだ。なんだかよく見えないが、音だけは良く響く。どん。どん。どん。どん。


 とそこで目が覚めた。何この夢。

 どんどんという音はノックの音だった。


 目をこすって体を起こす。えっと。三日前、台風でガラスが割れて、宇宙人に会った。一昨日は、宇宙人を連れて不動産屋で引っ越し先とか引っ越し業者を探して一日終わり。その後里見と甲賀と宇宙人とで飯を食って、夜には解散。それで昨日は引っ越しの準備を済ませ、そうそう、「なんでも屋」として働くというどうかしている覚悟を済ませてしまったのだった。

 オーケー。全然日常的とは言えないが、「宇宙人」というワードを隠せばやってることは地味なことばかりだ。タコ足のエイリアンが介入する余地はない。大丈夫大丈夫。えんやこらさ、とドアを開けに行く。

「おはよう、光平! 宇宙人ちゃんは元気?」

「おはようございます。朝早くにすみません」

 今日も元気な高校生コンビだった。夜というか夕方にくるかと思っていたので、ちょっと驚く。朝、だよな? 今。

「お、おう。おはよう。あれ、今日は月曜じゃないか。学校はどうした」

「今更何言ってるの。夏休みだよ。宇宙人ちゃんの顔見に来たんだ。一応LINEは送ったんだけど」

「昨日もスマホはぶん投げて寝ちまった。今何時だ」

「えっと、6時半」

「早すぎるだろ」

 6時半て。何もかも面倒くさくなって、

「分かった。あがっていい。そして、宇宙人と朝の挨拶でもなんでも交わしてくれ。もう少し寝る」

「あそう。ね、今日はどうする? また、新聞見に行く? 新聞社に行って、話を聞くとか?」

「話が噛み合っていない。しかし、どうするか」

 そうだなあ。頭が全然回転しない。しかたないので起き上がる。

「とりあえずな、一昨日言い忘れたが引越しは週末になりそうだ。一週間はホテル暮らしだ。仕方ないから2LDKにした。当分はこいつと同居だ」

「そう。セクハラしたら、すぐ連絡が来るようになってるからね。あたしの監視を舐めたらダメだから」

 絶対嘘だと思うが、嘘と断言できないのが、この女子高生の恐ろしいところだ。

「しないよ。依頼人だからな。いや、依頼人じゃあなくたって、しないけど」

「ま、光平は、そういうのできなさそうだよね。草食系でしょ? どうせ」

「何を言っているんだ。肉でも草でも、なんだって食うさ。好き嫌いはない」

「そういうことじゃあなくて、ようするに奥手なんでしょ、どうせ」

「ま、そうだな。女性に限った話では、ないが」

「良く『なんでも屋』なんてできるよね、それで」

「コミュニケーションがいらない仕事も、あるさ」

 えっと。なんの話だったか。

「で、今日は何をしましょうか。その、お姉さんが、地球で暮らすために」

 いたのか甲賀。しかし、この男子高校生は、目つきは悪いが、気は利くらしい。 

「ううん。と、言われてもなあ。すぐには思いつかない。交番で話した時に、聞き込みをしてくれるとは言っていたから、それはプロに任せよう。あとはそうだな。今日は役所に行こうと思っていたが、それは大人数で行ってもしょうがない気がするしなあ」

 新聞作戦は、あまりはかばかしい成果を上げなかったし。ううむ。あ、そうだ。

「大事なことを思い出した。里見、買い物に付き合ってくれないか? 一昨日お前らを帰してから、こいつの服が全然足りないことを思い出してな。コンビニで買えるものは買ったが、ある程度はまとめて買わないと」

「ああ、そうだね。そこのデパートで買い物する?」

「そういうおしゃれ的な奴はもう少し慣れてから勝手にやってもらいたいところだ。大体なんでも揃うし、ジャスコとかで済ませたい」

「それもそっか。いいよ、じゃあ行こ」

「まだ開いてないだろう。宇宙人も寝ているし」

 宇宙人の方を見ると、目を覚ましていたようで、体を起こしていた。両手で目をこすっている。

「おはよう。すまんな、騒がしかったか」


 返ってきたのは泣き声だった。


「あれ? おい、大丈夫か。どっか痛いのか」

「え、宇宙人ちゃんどうしたの? 泣いてるの?」

 里見がベッドに飛び乗り、宇宙人を抱きしめるので、それに任せることにする。宇宙人、感情とかないって言ってなかったっけ。あるじゃあないか。一昨日の朝はTVを見て微笑んでいたって言うのに、今朝はいきなりどうしたんだよ。涙を手で拭っているので、タオルとティッシュを取ってきてやる。目を傷つけないようにしろよ。あと、鼻かめるか? かんだことあるか?

 里見は宇宙人を抱きしめて、頭を撫でてやっている。不思議なもんだ。靴を履かせてやっているときも思ったが、宇宙人は別に大人びた雰囲気があるわけでもないし、里見の方が宇宙人に何かしてやっている立場なのにも関わらず、どうしても宇宙人が姉、里見が妹に見えるのはなぜだろう。里見に落ち着きがないからか。場違いだし里見は怒りそうだったのでもちろん口に出しては言わないが。しばらくして、宇宙人は泣き止んだようだ。


「すみません、でした」

「謝ることはない。感情を表現するのはいいことだ。ただちょっとびっくりしただけだ。それで? 何があったんだ」

「うまく、言葉に、できません」

 そうか。まあそういうものかもな。悲しいから泣くのではなく、泣くから悲しいのだ、という言葉もあるくらいだし。

「それはお前の感情が未分化だからだな。よし、一つずつ整理しよう。どこか痛いか」

「いいえ」

「宇宙船が懐かしくなったか」

「宇宙船、とは、ここに、来るまで、私が、いた、ところですね。懐かしい、とは、思いませんが、今、目が覚めて、そこに、いなかった、ことは、そう、なんというか」

「びっくりしたか。驚いたか」

「そう、ですね」

「でもそれじゃあ涙は出ないかな。怖い夢でも見たか」

「いいえ」


「ちょっと光平、そんなにしつこく聞いてどうすんの」

 里見が割り込んでくる。会話に割り込むのはこの娘の、得意技だ。

「しつこいか? 嫌だったら言ってくれ。ただな、子どもは感情が未分化だって聞いたことがあってさ。痛かったり、悲しかったり、さみしかったり、はては腹が立ってたり、眠かったりしても、とにかく泣くわけだ。そういうときに、親とか、幼稚園の先生は『悲しかったよね』とか、『悔しかったよね』とか、『眠いよね』って声をかける。それを聞いて、子どもは、ああ、これは悲しいんだ、悔しいんだ、眠いんだ、って分かるって話だ。こいつはまだ感情が良く分からないって言ってたからな。整理してやろうかと思って」

「へえ。そうなんだ。じゃあ、整理した方がいいんだね。やるじゃん、光平」

「お褒めに預かり光栄だ」

「あの、私、少し、分かりました。光平と、里見と、甲賀がいるのを見ると、涙が、出そうになります」


 なんだそりゃ。途方に暮れかけたところで、突然、

「はい!」

 と、甲賀が挙手する。どうした、甲賀君。

「俺、分かりました。お姉さん、安心したんじゃないですか? その、俺たちが、皆揃ってここにいて。安心した時も涙が出ます」

「確実には、言えませんが、そう、かもしれません。光平と、里見と、甲賀が、お話を、しているのを、見ると、このあたりが、言葉では、説明しにくい、感覚に」

 そう言って胸を抑える。どうやら当たりのようだ。ほお。やるじゃん、甲賀。良く分かったな。

「ああ、ええ、あの、はい」

 急に動揺しだした。三白眼をきょろつかせる。わりに冷静なガキなので、その様子は少しだけ、珍しいと思う。里見もそう思ったらしい。

「どしたの? 春樹。ねえ、すごいじゃん。なんで分かったの?」

「お前がそれを聞くか……」

 そう言って額を抑えた後、里見に、おい、怒るなよ、と言って、

「あの、最近はあんまりないんですけどね。中学校くらいの頃かなあ。里見が荒れてる、というか、俺と距離を取ろうとしてるみたいなことがあって。良く死ねだのこっち来んなだのって言われてて」

 目を丸くして聞いていた里見は、急に顔を酔っぱらったみたいに赤くして、

「ちょっと春樹、その話は」

 と話を遮ろうとする。甲賀はやけくそのような風情で、

「いいから。でもこいつ、そうやってぎーぎー言ってても、なんかこう、ほっとけないというか。だから無理やり傍にいるようにしてたんです。そんなとき、なんで近くに来るのなんていいながら良く泣いてて。最初は訳わかんなかったんですけど、あ、こいつ俺が文句を言っても傍にいることにほっとしてるんだな、と思ったら、その、なんか」

 流れるように惚気られている。

「かわいいなと思っ、ぎゃあああ!」

 里見が飛び掛かって甲賀の首を絞めていた。あんたね、そんな話を人前で、とか、お前だってこないだすげえ恥ずかしいこと言ってただろ、とか、痴話喧嘩をはじめだした。宇宙人はそれを見て、くすくすと笑いだした。初めて笑い声を聞いたが綺麗な声だった。鈴を転がすような、という言葉があるが、ちょっとした音楽のようだった。

「なあ、たぶんそれが『楽しい』だ。地球生活、一週間もたたずに理解できた。物覚えが良い。この分だと、すぐ色々分かるようになるさ」

「はい。これが、楽しい。私は、今、とても、楽しいです」

「良かったじゃないか」

 頭を撫でてやりたくなったが、今回は警官の警告を思い出すことができたので我慢した。ニュースを眺めたり、里見に宇宙人の着替えをさせたり、朝飯を食ったり、甲賀をからかって里見に睨まれたりしているといい時間になったので連れ立って近場のジャスコに行く。道すがら、宇宙人が空を見上げているのに気づく。

「今日の空は、どうだ」

「ええ。毎日、少しずつ違って。興味深い、です。この、色が、とても、素敵です」

「そうか」

「こういう、色の、食べ物は、あまり、ありませんね?」

 ちょっとしんみりしていたのに、食い物を連想していたのかよ。軽くずっこける。

「そう、だなあ……。言われてみれば、確かに。食い物と関連づけるのは、どちらかというと、雲の方だな」

「ふむふむ」

「良くあるのは、わたがしとか、ソフトクリームとか。お前が何か哲学と関連づけて理解している、甘い奴だな。どこかで見かけたら、比べてみると良い」

「甘い、というのは、あの、フレンチトーストの」

「そう。お前が、『これが生命の、答えでは』とつぶやいていた奴だ」

「なるほど。期待が、持てますね」


 ジャスコに到着する。とりあえず服を適当に買い、下着は里見に任せる。

「さ、里見、その、それは、ふふ、くすぐったい、くすぐったいです」

「仕方ないの、これは地球のルールで決まっていることなの。ちゃんと測らないと、いろいろ困るから。だから抵抗は無駄なの。逃げないでね」

「あは、あはははぅ、だめ、あははは、な、なにか、おかしい、あ、気が」

 何をしとるんだ里見は。こめかみを抑えて所在なくあたりを見渡すと、本屋が目に入った。

「おい、宇宙人。そういや、字は読めるのか?」

「あはぁ、はい。ある程度は、さ、里見、あんっ。やめ」

「分かった。本屋に行ってくる。里見、ほどほどにしとけよ」

「それは無理だね。宇宙人ちゃんめっちゃかわいいんだもん。あたしの欲望に火がついちゃったの」

 そうかそうか。甲賀を見るが、首を振るのでどうしようもないのだろう。

「本でも買ってやろう」

「そうっすね」

 連れ立って本屋へ行く。絵本というのも馬鹿にしているみたいだし、さりとて宇宙戦争とか読んだところでピンとこないだろうし、と少し悩んで、子ども向けのファンタジーと伝記、野球の雑誌と、あとレストランガイドを適当に買った。袋を持って戻ってくると、里見は満足したのか妙にツヤツヤした顔で下着を選んでいた。宇宙人は上気した顔でぼけっとしている。いまいち入りにくいところではあるが、会計を済ませ、あと靴も新調して、今度は生活雑貨を買いに行く。

「その、このあたりはもうさっぱり分からんから、女の子の必需品を教えてやってくれ」

「了解!」

「ひぅ」

 里見が声を上げると宇宙人がちょっとびびっていた。いきなりトラウマを植え付けたんじゃあないだろうな。ともあれ、買い物だが、女性用コスメとかのコーナーは、種類が死ぬほどあるので里見がぽいぽいとかごにあれこれを突っ込んでいるのを見守るしかない。改めて女の子は大変だと思う。と、里見が宇宙人に何か耳打ちして、こそこそと話をしている。悪巧みでもしているのかと思ったが、里見が駆け寄って来て、

「あのさ。その、宇宙人ちゃん、生理用品使ったことがないんだって。適当なの買うけどさ、これ、使い方は光平、教えらんないでしょ。ここのトイレでってのもなんだから、後で一回、ホテルに戻っていい?」

「おお。危ないところだった。良く気づいた。お手柄だ。15ポイントものだ」

「何、そのポイント」

「いや……。すまん、なんでもない」

「ああ、思い出した思い出した。真城光平ポイント、略してMKPか」

「アイドルみたいな名前をつけないでくれ」

 という訳で、荷物も大量になったし一旦ホテルに戻り、里見に色々とレクチャーをしてもらう。ついでに、

「地球では女性は体の毛も処理しなきゃいけないの。それも、て・い・ね・いに、教えてあげるからね」

「え、あ、その、里見? 下着を、買う時の、ような、ことは、その、できれば、回避、したいの、ですが。私は、その、毛の、処理ですか、その、行為の、必然性を、あまり、感じて、」

「ごめんね。これは問答無用ルールなの。理屈とか感情じゃあないの。悪いけど男は出てってくれる? お風呂も借りるね。一時間くらいかなあ」

「ま、待ってください。あの、光平は、理由を、納得、してから、それを、しろと」

「宇宙人。それはそうなんだが、実は問答無用ルールというものもある。たとえば、人を殺してはいけない理由とか、そういうのは、理屈ではなくて、問答無用で全員が守ることになっている奴なんだな。説明が足りなかったことは謝るが、どうやら女性の問答無用ルールらしいので助けてはやれないな。何事も経験だ。がんばれ」

 そう言って部屋を出て、甲賀とあたりをぶらつく。

「おい、里見はなんだその、フロイト的な意味での欲求不満なんじゃあないのか」

「いや、ううん。別に俺ら、付き合ってるわけじゃあないので、その、あいつの欲求は知らないというか」

「散々惚気ていただろうが。今更何を言う」

「だから、いや、今朝のはちょっとした告白のつもりだったんですけどね」

 こいつらはこいつらで色々あるのかもしれないな。このへんは高校生っぽくて、微笑ましいというかなんと言うか。それにしても何しろ早朝から起きているので眠い。欠伸が出る。少しは今後の方針を決めたかったが、下のロビーでソファに座ったらうつらうつらしてしまった。元気なのは里見だけだな。

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