泥棒は宇宙人に振り回されている。

雅島貢@107kg

プロローグ:泥棒は宇宙人に出会う。

泥棒は(当然のことだが)盗みを働く。

 ひとつ質問をしよう。


 君は一人で心静かに暮らしている。

 ある日、ひょんなことから、山の中で、得体のしれない高校生カップルと、それから、どこかに消えていってしまいそうな、不思議な女の子に出会い、その子にこう言われる。

 「はじめまして、私、宇宙から、来ました。地球のことを、どうぞ、いろいろと、教えて、ください」


 さあ、君ならどうする?

 設問がどうかしている、という苦情は受け付けない。

 

 あり得る答えは、だいたいこんなところだろう。


 1.そんな奴には関わっていられるもんか。走って逃げる。

 それでいい。それが良かったのかもしれないと思わないこともない。

 ただ、君の後ろには口が達者な高校生コンビが控えており、それはちょっとだけ難しいかもしれない、ということは申し添えておく。

 とはいえたぶん、君がいなくったって、この高校生コンビは、なんらかの形でこの問題を解決するだけの力を持っているだろうから、君が心配することはない。


 2.NASAだかJAXAだか知らないが、そういうところに話を振って、以て彼女の願いを叶えたものとする。

 それもいいだろう。ただ、今に至るまで、NASAからもJAXAからもメールの返信はなく、だからまあ、信じてもらうのに少し苦労はするかもしれない。

 もうちょっと身近な、警察とか、公的な機関は、たぶん君の助けになるだろう。

 そこにすんなりと辿り着けるように、祈りを捧げてあげたいと思う。


 3.いやいや、何を言っているのか。地球のことを、いろいろと教えてあげるに決まっている。

 エクセレント。三つの星を送ってあげたい。

 それだけの決意をしている君に、言うべきことは何もない。

 どうか、地球のことをいろいろと教えてあげて欲しいと思う。


 4.そんなのその場になってみないと分からない。たぶん、その場の雰囲気に、流されていくんじゃあないですかね。

 優柔不断、意志薄弱と君を罵る人間がいるかもしれないが、そう、普通はそうなる。なるよ。だよなあ?

 でもまあ、これは一番簡単なように見えて、実はけっこう茨の道だ。


 だからここに、そうなったときのための、ハウツーみたいなことを、書き残しておきたいと思う。

 君の参考になるといいんだが。


                    ※

 泥棒の真似事をして生活していた。

 ああいや、ハウツーにならないじゃあないかと思わないでくれ。

 仕事の内容は、別になんでも構わない。

 ある程度日中が暇で、熱心に働かなくても誰も文句を言わないどころか、むしろ喜ばれるような仕事だったら、どんな仕事だって構わない。

 そんな仕事が、泥棒のほかにあるとはあまり思えないけれど。


 とにかく職種はほとんど、関係ない。

 大切なのは心根だ。そうだろう?

 泥棒の心根が、はたして良いものかどうかについては、意見を差し控えたい。


 言い訳をしておくと、泥棒とはいえ、直接金品や宝石を盗んで暮らしていた訳ではない。


 依頼を受けて盗みをする。

 それ自体に価値がないものを盗む。


 このあたりがルールだ。

 『怪盗ニック』とほぼ同じだが、たぶん昔に比べて、それ自体に価値がないものの価値が爆発的に増加していて、だから仕事はそれなりにあった。

 

 誰かのスキャンダル、あるいはその証拠を手に入れたいとか。

 遺言状に何が書いてあるのかを確かめたいとか。

 ゆすりのネタになっている何かを取り戻したいとか。


 あまり楽しいこととは言えないが、仕事はそれなりに、あった。


 こんな仕事で飯が食えるのは、簡単に言ってしまえば、普通の(あるいは、善良な)人間は簡単に鍵を開けることができないからだ。

 泥棒は違う。泥棒は鍵を開けられる。


 ただ、古典的なというか一般的な泥棒はおそらく、鍵を自力で、針金とかピッキングツールとか、そういうものを使って開けるのだろうが、実を言うとそれはできない。

 だから鍵を借りられるなら借りてきたり、それ以外にも色々な手を使って、なるべくそういう事象を避けるように、努力はする。

 誰かが出入りするのを待ったり、鍵がかかる前にそこに入って鍵がかかるまでただじいっと待っていたり、関係者を装って鍵を借りたり、そういう感じのやり方だ。

 それでも鍵を開けなければならない場面に出くわすことがあり、その時は、ある「道具」を使う。


 それなりに高度な技術を駆使して作ったものなので、ほんとうは詳しく話したいところであるが、簡単に言ってしまえば蜘蛛っぽいロボットだ。

 とにかくこの『蜘蛛』にはカメラ的なものがついていて、スマホに画像を飛ばせるので、それを見ながらなんとかして部屋だの家屋だのの内側に這わせる。

 面さえあれば、壁でも天井でもひっつくし、完全に外界と隔絶された部屋なんてのは、そうそうない。

 たとえば郵便受けであるとか、換気口だとか、水道とか、そういう外部と繋がっている小さな穴はいくらでもあり、そういうところから内側に入り、入ってしまえばサムターンを『蜘蛛』の足で掴んで回すなり、自動ドアだったらセンサに触れるなり、そういう形で鍵を開けて、中で仕事を済ませる。

 仕事が終わったら、時と場合によっては走って逃げることもあるが、時間に余裕があれば、『蜘蛛』で鍵を閉めて、逆の手順で手元に戻す。

 お疲れ様でした、なんて呟いて、家に帰る。


 なぜ泥棒なんてしているのかと聞かれれば、仕事とそれから人付き合いが苦手だったからと答えるよりほかにない。泥棒のほとんど唯一の良いところは、人間関係に煩わされないことである。

 

 そんなわけで、泥棒の真似事をして生活していた。

 それなりに高めの依頼料を設定していたが、それでも依頼をする酔狂な人物というのは存在し、だから年に二度、多くて三度仕事をして、あとはただ、じいっと静かに暮らしていた。


 あの宇宙人に出会ったのは、そんなある日のことだった。

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