泥棒はこれからの方針を定める。

 どうにかこうにか外出の準備を整えたところでノックの音がして、覗き窓を見たところ高校生コンビだった。里見は朝から意気揚々を絵に描いたような顔をして、甲賀は相変わらず、目つきが悪い。


「おっはよー! 宇宙人ちゃん、地球の朝はどう?」

「そう、ですね。まだ、あまり、分かりません」

「そっかそっか。ねえ、光平に変なこと、されてない? 大丈夫?」

「変なこと、とは」

「セクハラとかさあ」

「セクハラ、とは」

 話が頭を撫でた件に転び、セクハラで訴えられても情けないので、どこかで遮ってしまいたかったが、しかし地球でこの子供みたいな知識しかない女の子が暮らしていくとしたら、セクハラに気付かずによろしくない事態が発生することもある。だから、セクハラ警察みたいな里見にレクチャーしてもらうのも良かろう。その過程で訴えられる羽目になったらそれはそれ、仕方がない。腕利きの弁護士でも猫美に探してもらうより他にはないだろう。だからまあ、姉妹のような女の子二人は放っておいて、甲賀と話をすることにした。 


「あのな。来てもらって悪いんだが、昨日言った通り、家のガラスがあの風でやられている。とりあえず家に戻って、保険屋と話だの、場合によっては引っ越しだのも検討しなけりゃあいけない。そういう訳だから……あ、いや、いいのか。お前ら、どうせ、あの宇宙人と遊びに来たんだろう。だったら、どこなりとも連れてって構わないぞ。今晩は少なくともこのホテルに部屋を取っているから、夜までに連れ帰ってくれれば、それでいい。なんなら、お前らの家に住まわせたっていいんだが」

「あ、いや。俺の家、無駄に広いんで、まあ住むのはいいんですけどね。とりあえず真城さんと一緒に居てもらった方が、いいんじゃあないですかね。俺らがきたのは、何かできることがあるかと思って」

「できること、なあ。とりあえずは警察の返事待ち、だけどな。他に何か、あるか? やること」

「それが分かんないんで、プロの意見を仰ごうと思ってですね」

「プロったって……」

 宇宙人が地球で暮らせるようにするプロが仮にいたとして、そいつは三日で干上がるだろう。言うまでもなく、そんな事態がそうそう気楽に発生するほど、まだこの世の中は常軌を逸していないからだ。少なくとも、そう信じたい。

 しかしまあ、なんでも屋、そして大人として、少しはこの小賢しいガキに、威厳を示しておくのも良かろう。少し考えて言う。

「まあ、そう、だなあ。新聞でも、漁ってもらうか」

「新聞? 尋ね人とかを見ろってこと?」

 突然里見が割り込んでくる。セクハラのレクチャは無事終わったんだろうか。その過程で非難の声があがらず、いまだ娑婆に居られそうなところから察するに、頭を撫でた件は宇宙人が言い忘れたか、なんとかギリギリハラスメント認定を避けられたんだろう。

「いやそうじゃあなくて。あのな、こいついくつに見える?」

「15歳から、上でも20歳くらいかなあ。それより下ってことはないと思うけど。上はわかんない」

「ということは生まれは15年から20年まえだ。だったら、その頃に、乳児遺棄の疑いで逮捕されたけど、肝心の乳児が見つかってない事件とか、出産費用を払わないまま、産院を逃亡とか、そういう事件がないかなと思って」

「あったらどうだっていうの?」

「あれば身元が分かるだろ」

 里見はあまり納得がいっていない様子だ。つまり、宇宙人の話によれば乳児が一人忽然と消えているわけで、さすがにそれはなんらかの形でニュースになっているのではないか?

「二つ質問があるんすけど」

 甲賀が言う。目つきが、悪い。せっかく考えたんだから、尊敬しろよな、少しは。

「なんだ」

「一つ目は、それで仮に身元が分かったとして、その後どうするつもりですか?」

「身元が分かれば話は早いだろ。君らの依頼とやらはこいつが地球を好きなだけ観光できるようにすることじゃなかったのか。16年だか20年だか知らないが、間を省略すれば、ようするに生まれて間もなく捨てられたただの地球人の女の子だ。良くあるとは言わないが、ぎりぎり常識で処理できる話になるだろ。だったらその、親がいる訳だから、そいつを起点にして戸籍を作り直すかどうかして、住民票を取れれば住居も持てるしバイトもできる。そこまで話がまとまれば、あとはそれにかかった経費を払ってもらって、この話はおしまいだ。何か、問題があるか」

「あ、なるほど。すいません。俺、親がいればそいつに引き渡す、とか言われるかと思いました」

「いや、さすがに子を捨てる親のところに帰そうとは言わない。まあそう思われても仕方ないな。で、二つ目は」

「ああ、その、ニュースになってるとも限らないんじゃないかと思ったんす。それに、一人で産んでそのままどこかに捨てたとか」

「どっちもありえなくはないよな。ただなあ、それはレアケース中のレアケースという気もする。まあ、生まれた子供が一旦宇宙にさらわれて戻ってくるレアケースオブザ人類の歴史みたいなことが起こっているから、もうなんともいえないが。だから成果があがるとも限らない。わりと思いつきに近いな」

「なるほど。分かりました。いや、でも確かにやってみてもいいかもしれませんね」

「正直、こんなこと初めてだから、効率については全くわからん。何か手があれば教えてくれ」

「いや、俺も具体的には何も。やってみますよ。いいだろ、里見」

 甲賀はひとまず納得したようだ。

「いいよ。いいけどさあ。なんか地味だよね。なんかNASAに忍び込んだりとか、そういうのがいいなあ」

 お前はそこに引っかかっていたのか。確かに地味だが、おおよそ人生というのは地味なことの積み重ねだ。あと、実をいうと忍び込んだりするのも結構地味だぞ。まあ、NASAとまでなれば派手にもなるのかもしれんが。

 ネットで調べると、ちょうど15,6年前の新聞までは電子版が提供されていることもわかり、500円とかで利用できることもわかった。ただまあ、それより前の新聞は図書館に行かないとないし、今急いで登録することもないだろうから、結局図書館に行ってもらう方向で話し合った。

「分かった。でも時間足りるかなあ。図書館って五時までとかだよね?」

「ああ、すぐそこの大学図書館を使え。あそこは市民なら確か登録すれば入れるし、十時まで空いてたと思う。十時まで居ろとは言わないけど、気が済むまではいられるだろ」

「あ、そうなんだ。じゃあ帰りにこっちも寄れるし、ちょうどいいね。了解」

 話しているうちに頭が少しずつ働きだす。結局のところ、必要なことは宇宙人の地球での身元を調べること。戸籍だの住民票だの、なければなくても生活できないことはないが、やっぱりないと困るだろうし、なにしろこいつは社会生活未経験だから、学校とかを経験してみた方がいいだろう。そのためにはどうしたって行政のシステムの中に組み込まれなくてはならない。何をどうしたらいいかはわからないが、目的ははっきりしてきた。


 図書館に行くという高校生コンビをロビーのカフェに誘い、宇宙人の朝食風景を見せてやる。フレンチトーストとサラダとスープにしたが、実に幸せそうだった。フレンチトーストの甘味に関して、なにやら哲学的なことを言い、一口一口を大事にして、無くなったらわかりやすく、ため息をつく。随分自然な感情表現ができるようになったじゃあないか。デザートでもとってやろうかと思ったが、朝から食いすぎるのも良くないだろうと思って、自重する。

「さっき甲賀がこいつを見捨てるんじゃあないか、みたいなことを言ったけどな。昨日、飯食ってるとこをみて、まあそのなんだ、基本全面的に信頼することに決めた。お前らの絆にも誓っていることだし。だから安心しろよ」

「わかるわあ」「わかります」

 二人を送り出す。


 部屋に戻って、少しごろごろしてから、荷物をまとめる。一旦チェックアウトをして、ツインルームに入れるのは3時からということだったので、とりあえず大きめの荷物だけ預けて外に出た。

 宇宙人は空を見上げて、ほう、という声をあげる。

「どうした。宇宙船が、懐かしくなったか」

「いえ。朝、になると、明るく、なるんですね。まだ、慣れていなくて」

「明るくなるのは日が昇るからだな。地球はこう、くるくる回っていて、光源としての太陽は一方にしかないから、太陽の光が当たらない時には夜が来る。当たるようになると、日が昇る」

「知識としては、なんとなく、理解、していますが。日が昇る、という、言葉は、とても、素敵、ですね」

 そうか。日が昇るのは素敵か。いい感想だ。世の中には朝なんて一生来なければいいと思う人間も沢山いる訳で、そうはならずにずっとそう思っていて欲しいところだ。

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