泥棒はどうやら、宇宙人に振り回されていた。

 まずは猫美が口火を切った。

「まずなあ。もう先週になるのか。起きたら光平がいない、って、空さんから電話が来たんだよ」

 そりゃあ悪かったが、書置きを残していったろうに。


 とにかく、半べその空の声を聞いた猫美は、押っ取り刀で駆けつけてくれたらしい。何年も外に出なかったというのに、空関係では何度も外出をさせてしまって、申し訳ないやらありがたいやらだ。

 そうして、俺が用意した飯を食って(「空さんがもそもそと美味しくなさそうに食事をするんだぞ。気の毒でなあ。見ていられなかった」とは猫美の談だ)、気が晴れるようにと二人で猫美の家に行ったそうだ。


 で、空の愚痴というか、その前日の話を詳しく聞いたらしい。猫美は俺に『仕事』を紹介した罪悪感を覚えたこともあって、空に話し合うように言ったそうだが、空はどうやら深く怒っていたらしい。

「はい。私は、一緒に、いなくなる、話を、して欲しくないと言ったのに、光平は、沢山、ダメだと言いました」

 そりゃあ悪かったな。

 お前ほど物覚えが良くないんだ。


 猫美がどうしたもんか、と思っていると、空あてに里見からLINEの着信が来たという。

「なんでまた、そうタイミング良く空に電話したんだ」

「だって、光平が変な電話してきたんじゃん」

 そうだった。

 本当に俺は、物覚えが悪い。


 それで事情を聴いた里見と甲賀で猫美の家に集まり、再び空の話を聞いた。

 容易に想像できることだが、里見は怒り心頭で、俺のところに殴り込みに行こうとしていたらしい。慣用句ではなく、物理的に、だそうだ。怖い奴だ。


「止めるのが結構大変でした」と甲賀。

 最終的に里見を止めたのは、空の言葉だったらしい。何を言ったんだ、お前は。


「私も、悪いこと、をすれば、光平が、一緒にいるのは、ダメだと、言わなくなるのでは、ないでしょうか、と、言いました。だから、悪いこと、をする方法を、教えてくださいと言いました」

「聞いた? 光平。なんてけなげな子かしら、ってあたしは思ったよ。殴られなくて良かったね。空ちゃんに感謝しなさい」

「何がけなげな子かしらだ。それはいいね、って面白がっていただけだろ」

 俺の気持ちを甲賀が完全に代弁してくれたので黙って続きを聞くことにした。


 とりあえずすぐには丁度いい「悪いこと」が思いつかなかったらしく、夜遊びと称して夜の街をふらついてゲームセンターに行ってみたりしたが、これは楽しいだけで説得力がない。

 ということで、一旦里見と空でこの家まで着替えを取りに帰って、合宿をしようということになったそうだ。その間、甲賀は適当な言い訳を考えて自宅を開放するように申し含められていたらしく、だから書置きの存在は知らなかったということだ。

 しかし、合宿て。


「猫美も泊まったのか? 里見と甲賀の家に」

「いや、さすがに遠慮させてもらった。連絡は取り合っていたが」

 そうですか。


 それで、結局なんでまたピッキングに落ち着いたんだ。甲賀を睨みながら言う。そういや、こいつから不審な電話が来ていたことを思い出したからだ。甲賀は、詳しいことは話してないですよ、という視線を俺に向けながら(器用な奴だ)、

「すいません。俺が提案しました。煙草とか酒は体に悪いですし。万引きとか落書きとかは人に迷惑がかかりますし。空さん自身が傷つかなくて、あと人に……真城さん以外の人に迷惑を掛けない方法ってので考えてたら、真城さんちの鍵を開けて、なんなら真城さんの大事なものをこっそり盗んじゃえばいいんじゃないですか、って言っちゃいました」

 小賢しい奴だ。

 

 それは名案だ、ということになって(どこがだ)、猫美に相談して、いわゆる鍵屋さんを紹介してもらったらしい。

 訳あって、手に職をつけたいんです、とかなんとか言って、そこで錠前破りの練習をしていたそうだ。そんな簡単に教えていいもんなのか、その技術。

「女の子は珍しい、なんて鍵屋のおじさんは喜んでたよ。空ちゃん、筋が良いってさ」

 それは褒め言葉というか、素直に受け取っていいんだろうか。

 まあ、こいつは本当に物覚えが良いから、さぞ教え甲斐があったことだろう。猫美はネット通販で、うちと同形の鍵を探して買ってくれたらしく、それからは猫美の家で鍵開けの練習に明け暮れていたらしい。


「だから食事に誘ってもらったが断らせてもらった。すまなかったな。空さんを一人にするのも気の毒だったしな」

「ただ、まだ、時間がかかるし、光平の、物を、盗んでいないのに、光平から、電話が来て、困りました。でも、電話で、声を、聴けたのは、嬉しかったです」

 

 お前ら全員、本筋を忘れていやせんか。困ってる場合じゃあなかっただろう。

「正直、忘れてた。ごめんね、光平」

 そう素直に言われると、そうですかくらいしか言うことはない。


 それで、まずは練習ということで、猫美に俺に電話させて、飯を食おうと家から連れ出させたということだ。で、オートロックに挑んだが、ここは何しろ住人が全員通るから目立つし、まだそこまでスピーディに解錠はできない。

「こういうのって大体ロック解除の暗証番号があるじゃん? 総当たりで探したよね」

 確かにある。俺が盗みに入るときも、たまに使う手のひとつだ。

 まあ俺の場合は大概一度入ってしまえばそれで良く、練習などすることはないから、単に住民が出てくるのを待つことや、「鍵を忘れて締め出されてしまって」と適当なことを言って鍵を開けてもらったりと、そういう技でなんとかすることの方が、多いけれど。


 で、オートロックを突破して、いよいよ家の鍵だ。甲賀を壁役にしてがちゃがちゃやるが、それなりに時間がかかってしまったらしい。

 そりゃあ、まあ、そうだよ。数日やそこら練習しただけで、数秒で鍵を開けられてたまるか。そんなことが簡単にできるんだったら、各自がちょっと練習すればいいわけで、そしたらこっちはたちまち廃業だ。

 それでもなんとか鍵を開けて、とりあえず「大事な物」を盗んだらしい。

 

 それで合点がいった。『蜘蛛』が無くなったのは、こいつのせいだったか。

 空を睨んでみるが、不思議そうに眉を寄せながら微笑まれ、俺の視線にはどうやら攻撃力がないことが良く分かる。


「何を盗んだかは教えてもらえなかったんだけどね。でも、これだと玄関口でがちゃがちゃやってるうちに光平に気づかれるかもしれないじゃん? それだとつまんないからさあ。どうしようかと思ってたんだけど」

「つまるつまらないの問題じゃないし、そのまま家の中で待っていりゃあ良かったじゃないか」

 これも、俺がたまに使う手だ。依頼人をびびらせて、交渉を有利に運ぶ。

 それで充分びっくりしたと思うが。


「そうだけど、猫ちゃんにも見せてあげたかったし。その、何かを盗まれたって気づいてからの方が、インパクトあるかなとも思って」

「まあ、しかし、その、たまたま俺は気づいたが、一日だったら盗まれたことそのものに気づかないこともあるだろう。部屋は綺麗なままだったし。侵入にすら気づかなかったぞ。いや、別に部屋を荒らしていけと言いたい訳ではないが」

「はい。だから、それに、気づくように、『例の男』に、電話を、しました」

「はあ?」

 昨日訳の分からないことを言い続けていた石君の顔を思い出す。


「つまりその、お前が、石君――その、例の男――を、再登場させたとそういう訳か」

「はい。大事なもの、を、盗んだこと、にも、気付いてほしかった、ですし、光平が、家にいる、ときに、鍵を、開けるのに、すぐに、気付かれたら、困ると、思いました」

「なるほど」

 なるほど、と言っている場合では全くないが、驚きと混乱のあまり、俺はいつの間にか空の言葉に聞き入っていた。

「そうしたら、猫美が、光平は、酒に弱いから、何杯か飲ませておけば、翌朝は、よっぽどのことがないと、目覚めないと、教えてくれました。でも、二日連続で、猫美に頼むのも、変かもしれない、と、里見が、言うので、私と光平が、知っている人で、お酒が、飲める人を、思い浮かべて、石君を、思い出しました。たぶん、私が、石君の、家に、いると、言えば、光平は、大事なものを、盗まれたことにも、気づくと、思いました」

「良くそんな訳の分からん奴に訳の分からん事を頼む気になったな。電話番号を教えたのは猫美か。お前もお前だ、なんで教えたんだ」

「う、すまん。いや、直接会うわけではないし、君もそんなに悪人ではないと言っていたし。空さんが、あの時の光平はものすごぉく怖かったから、たぶん大丈夫だと思う、と言うし」

 怖かったか。すまんな。


 にしたって良く選んだよな。第一、俺だって危ないとは思わなかったのか。

「光平に、ひどいことをしたら、今度は私が遊びに行く、と言いました」

 脅し文句まで覚えたか。

 空が遊びに来たって、ただ楽しいだけだと思うけどな。


「じゃあドアチェーンを掛けてるとそれを恨んで侵入してくる悪霊の話もお前が考えたのか?」

「いいえ、なんですか、それ。私は、光平に、鍵を掛けてもらって、でもチェーンを掛けられると困るので、それを掛けないようにしてくれと、頼んだ、だけです」

 じゃああれは石君に著作権があるのか。さぞ困ったことだろう。苦労を掛けてしまったな。一度謝罪に行かなくては。

「それでね、部屋に入って光平を見るなり、空ちゃん飛びついちゃってさあ。かわいかったなあ。子犬みたいで。尻尾があったら振ってたと思うよ」

 

 それで、予想もしなかった俺は、間抜けにも夢のパターンだと思ってこっ恥ずかしいことを口走った訳だ。なるほど。なるほどなるほど。


「よぉく分かった。良く頑張った。すげえと思うよ。努力の方向性はともかく、だ。ただなあ」

「ただ、何よ?」

「いやあ。そのなあ、いや、空ともう少し一緒にいたいってのは本当だ。嘘じゃあない。だけどなあ」

「じゃあいいじゃん、ねえ」

「はい」

「いや、それでもだ。俺はな、まず『悪いこと』をしてきた相手に謝るつもりはない。というかできない。反省は、まあ、しろというならしてもいいが、これまで反省なんかしてこなかった。そして、俺の『悪いこと』はお前らのおままごとみたいなのとは違って、結構根深いんだ。ちゃんと償おうと思ったら、そのだな……まあ、もう今更いいか。俺が警察に逮捕されてもおかしくはない。それくらい『悪いこと』なんだ。分かるか。お前らも、そんな奴に空を預けていいと思うのか」

「ふっふーん。光平は偏屈ジジイだからね。それくらいのことは言うと思ってたよ」

 一番動じるだろうと思っていた里見が全然動じていないので少したじろぐ。


 そして、里見は訳の分からないことを、自信たっぷりに、言い放った。

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