後日談:泥棒は宇宙人と日々を過ごしている。

泥棒は異星人について考えている。


 野球は俺たちのホーム・チームの敗北で終わってしまったが、正直言って、なかなかにエキサイティングな体験であった。

 空も大変ご満悦の様子で、二人してにこにこと試合の感想を言い合いながら球場を出る。


 地下鉄はべらぼうに混んでいて、ワクチンを打っているとはいえ、これだけの人がいるとなると病気が心配だから、タクシーを捕まえようとする。

 ところがそれも結構な人波でなかなか難しく、さりとて近くにちょっと休んでいけるような喫茶店も見当たらず、しょうがなく駅前のファミリーレストランに入って少し時間をつぶすことにした。


 しばらく待てばタクシーも戻ってくるだろうし、まあ、地下鉄が空いたらそっちで帰った方が安上がりだ。

 俺はもう飯とかいいやという感じだったのでドリンクバーだけ頼むことに決め、空にはもう腹はそんなに減ってないだろうから、デザートでもどうだと勧めてやった。

 甘やかしすぎかな、と少しだけ考えるが、爛々と輝く目で真剣にデザートを検討している姿を見ていると、まあ、別にいいかと思ってしまう。


「何と何で迷っているんだ」

「はい。この、チョコレートの、パフェは、以前、食べたことがあり、とても、甘くて、すばらしい、ものだと、知っています。ただ、この、季節限定、と、書かれた、かぼちゃの、タルト、というものも、私の、好奇心を、刺激して、います」

「なるほど。じゃあ、二つ頼んで半分こするか。とは言っても、俺は、パフェはあんまり食う気がしないけど。二個は無理でも、パフェとタルトちょっとなら、食えるだろ?」

「はい! いいんですか、光平。ありがとう、ございます」


 尊敬のまなざしを向けられる。こんなことで、尊敬を勝ち得るなら安いもんだ。ただ、甘やかしすぎかな、と再び思いはする。

 まあいい。これまでこいつは、モチ的な何かしか食ってこなかったと言うし、少しくらい、贅沢をしたって罰は当たりはしないだろう。


「地球に降りてこられて、良かったろう」

「はい。本当に」

 店員を呼ぶボタンを押し、ふと気になったことを口にする。


「そういえばな。さっき、異星人への手紙を読んでもらったが、実際、どうだろう。他に、お前みたいな境遇の奴は、いたりするんだろうか?」

「ううん。私は、他の、人には、会っていないので、おそらく、いないとは、思うのですが。ちょっと、分かりませんね」

「しかしなあ。それこそ、こういうのは気持ちのいい話ではないが、この国は結構裕福な国で、お前みたいな捨て子はかなりのレアケースだ。でも、世界を見渡せば、なんぼでもいなくなっても誰も気にしないような子供はいる、とは思う。そういうのを、拾って回ったり、していないんだろうかな」

「でも、異星人は、自分たちの、星に、帰ると、言っていましたからね」


 あ、そうか。

 他に子供がいれば、まだそのへんに浮かんでいたっておかしくないか。

 しかし、なぜよりによって地球のそんなレアケースな捨て子を選んで拾いにきたんだろうか。

 野球が好きだから野球が盛んな国の観察に注力していたのか? 

 少し気になるところではあった。


「私には、推測しか、できませんが。はじめに、この国――日本、ですよね――の、調査を、始めた、みたいですよ」

「そうなのか。なぜだ?」

「比較的、小さい、島の割に、人口が、多いので、調査しやすいと、考えた、ようです」

「ううむ。まあ、なるほど、といえば、なるほどかねえ」

 たしかにだだっぴろい国に、人が散在しているとなれば調査は難しく、とりあえず密集しているところで、限定的に調査を始める、というのは、まあ方針としては分からないではない。

「ところが、音声言語が、情報伝達の、中心だったので、調査が、困難な、ことが、分かったそうで」

「ああ、そういや音声言語使わないんだったか。どうやって意思の伝達をしているんだろうな」

「私には、教えて、もらえませんでした。それで、地球の、というか、おそらく、日本の、音声情報を、収集するための、設定を、している時に、たまたま、私を、収集、したよう、です」


 はあ。なるほどな。子供を回収しようとして来た訳ではなくって、別の目的で上陸している時に、たまたま子供を見つけ、どうせ死んでしまうなら、有効に使おう、という流れか。


「そうなると、異星人がお前を拾ったのは、ただの偶然なのか。子供を拾って何か調査をしよう、と思っていた訳ではなく。だとしたら、危ないところだったな、空」

 注文を済ませたら二分くらいでデザートが届いてびっくりしたが、そのパフェを幸せそうに頬張りながら、空が言う。

「本当に、そうですねえ」

 ぜんぜん緊迫感がない。

 

 まったく。異星人がいなかったら、こいつはあの山で非常に短い生涯を終えることになっていた訳で、もしそうなっていたとしたら、こんなにうまそうにファミレスのデザートを食うこともなかったはずだ。

 そう考えると、少し背筋が寒くなるような思いだった。

 いまさらどうこう言ってもしょうがないが、やはり英の考えは甘すぎた。

 と言ってこれもいまさら怒ったってしようがないし、空は別になんとも思っていないようだから、まあ、異星人に感謝の念でも送っておくより他にはないか。

 俺にできることがあるのなら、お礼をしてやりたい気分でもある。


「結局、異星人の目的はなんだったんだろうなあ」

 かぼちゃのタルトとやらを一口食って、ちょっと甘すぎるかなと思いながら俺は言う。

「それは、本当に、分かりませんね。ただ、私の、というか、人間の、情報伝達システムを、調査するのに、時間をかけている、ようでしたので。もしかすると、本来の、目的を、達成しないまま、帰ったのかも、しれませんね」

「16年、だもんな。長かったよな。結構複雑なもんなんだな、人間というのは」

「はい。そう、ですね」

 16年、か。16年前といえば、1999年だ。

 俺は、中学生か。あの頃は、何をしていたんだっけかな、と思い出にふけりかけて、ふと気がついた。


「ん? んん? ちょっと、ちょっと待てよ。異星人は、地球に来てわりとすぐ、情報伝達システムがようわからんと言って、調査を始めて。そのタイミングで、たまたまお前を拾って、そんでおまえ自身の情報伝達システムを調査するほうに興味が移って。それでもって、その調査完了――というか、調査は今も続行中、なのかもしれんが――で、自分の星に帰った、そういうことか。そういうこと、なのかな?」

「え? ええ。はい。私は、話で、聞いただけ、なので、確実には、言えないのですが。どうか、しましたか?」

「あ、いや。なんでもない。おい、タルト、食ってみるか?」

「はい! いただきます。光平も、パフェを、どうぞ」

「あんまりいらないけど、まあ、一口、いただこう」

 アイスの部分を掬って食べて、糖分が脳に染み渡るのを感じる。

 そのせいか、変な想像をする。


 俺の中学校の頃といえば、そう、こんな四行詩が、世間を賑わしていたものだ。


 1999年7の月

 空から恐怖の大王が来るだろう。

 アンゴルモアの大王を蘇らせ、

 マルスの前後に首尾よく支配するために。


 いわゆる、ノストラダムスの大予言、というやつだ。

 16年前といえば1999年で、地球の調査をはじめて日本の端からうろつき始めて、英の証言によれば空が生まれたのは7月の終わりだ。

 ということは異星人がやってきたのは、まさに、1999年、7の月、ということに、なりやしないだろうか。


「ことと次第に、よっちゃあ、だが」

「はい。なんですか?」

「お前、ひょっとして、世界を救ったのかもしれんぞ」

「えっと、それは、どういう?」

「いや、冗談だ。だといいな、と思う」

 不思議そうな顔をする空に、なんと説明していいか分からず、黙ってタルトを空のもとに押しやる。


 空が、もし、捨てられていなくて。

 異星人が、速やかに地球の調査を完了させて。

 人間という存在のことを、あまり良く理解しないまま、何か、どこかで歯車が食い違っていたら。


 この世の中には、異星人にまともな人間と判断される奴がどれだけいるだろうか。


 俺たちは、好き勝手なことを言って、好き勝手なことをやって、たぶんこの星の寿命を縮めていっている。

 ひとりひとり、じっくり顔を突き合わせて話をしたり、あるいはみんなで力を合わせて野球をやったりするときには、人間ってのはそう悪い奴ではないと俺は知っている。

 どうしようもないことはたくさんあるけど、それでもまあ、全滅したり誰かの支配下におかれなければいけないほど、ひどくはないんじゃあないかと思っている。


 けれど、異星人がどう判断するかはまったく別の話で、俺が宇宙に旅立ったなんかこう、何かの伝道師で、どっかの星で地球人みたいな愚かしいことばっかりやっている奴らがいたとして、ましてそいつらがその星の他の生命体を虐げている、みたいな様子をみたら、どう判断するか。


 やっちゃうかもしれないなあ。なんか、取り返しのつかないことを。


 もっと言えば、異星人が最初に会った生命体がそうだな、熊とかで。

 それを解析して育てていたら、人間にその熊の母親が撃ち殺されているところを目撃するとかな。

 異星人がどう考えるかは、なんとも言えないが、俺だったら、つい、怒ってしまうかもしれない。


 そういう意味では、初めてまともに回収した生命がたまたま人間の赤ん坊で、その赤ん坊を育てるという指向性を持って地球の観察をはじめたことは極めて地球人類にとってはラッキーなことだったのかもしれない。

 ついでに野球が異星人に好まれるスポーツであったことも。


 それがなければ、なんだかよく分からない兵器が作動して、俺たちは、首尾よく支配、とやらを、されていたのかも、知れない。


「……タルトの、甘み、は、チョコレートと、アイスには、負けてしまうので……、この、コーンフレークの、部分を、口に、含んでから、タルトを、食べて、その上に、アイスを……」

 俺がもう食わないと判断したのか、すっかりかぼちゃのタルトを我が物にして、真剣な顔でパフェとかぼちゃタルトを最もおいしく食べる方法を考察しているらしい空に、この話をしようか少し迷うが、いやしかしわざわざ言うこともあるまい。

 こいつにとって異星人は親代わりだろうから、悪口を言うようで嫌だし、お前が攫われることが地球人類にとってラッキーだった、なんてのも、なんていうか、だから辛い目にあったけどしょうがなかったよな、みたいでそれもどうかと思ったからだ。


「あの奥さんのところほどはうまくないだろうが、紅茶を淹れてきてやるよ。それで口の中をリフレッシュすれば、どっちも新鮮に味わえるんじゃあないかな」

「はい! なるほど、さすが、光平です。慧眼ですね」

 こんなことでそんなに褒めんでよろしい。よく知ってるな、そんな言葉。

「この間、里見が、言っていたので」

 ふうん、と言って、自分用のコーヒーと、ティーパックの紅茶を淹れに行って、戻ってくる。空は、『リフレッシュ』待ちなのか、もう残り少なくなったパフェにもタルトにも手をつけずにじいっと待っていた。

 なんとなく、待て、と言われた子犬を彷彿とさせる風景で、だから、カップをテーブルに置いた後、ちょっとだけ頭を撫でてやる。きゅ、と目を細めて幸せそうな表情をしている空を見て、異星人は空の視点を通して地球を観察しているわけだから、この顔自体は見られないわけだ、と少し残念な気持ちになる。


 そうだなあ。

 空が一番よく観察しているのは俺で、つまり異星人がよく見ているのも俺だ。となると、俺が自分勝手なことをしたり、空を傷つけたり、とにかく人類の風上にも置けないようなことをすると、せっかく人類保護の方向でかみ合った歯車が、また別の形でかみ合いかねないのか。

 もうすでに、結構悪人として見られているかもしれないが。

 一応、言っておくか? 

 

 俺が、人間の中では下のほうで、だから他の人間はもっとまともで、それでも下は下なりに、空のために、地球の人類のために、日々活動をしていて、誰かを蹴落とそうとか、人を不幸にさせたいとか、そういう危険思想は持っていない、というようなことを。

 ううん。意味がない気もするが、野球直後だから、まあ、まだ見ているかもしれない。念のため、だ。


 空の目を、つまり、異星人の目を見据えて、こう言う。

「なあ。俺は、たいした人間ではないが、それでも、空の幸せのことをちゃんと考えて、暮らしていこうと思っている。空のために、空を傷つけないように、出来る限りのことは、するつもりだ。だからその、なんだ。安心してくれ」

 

 空はそんな俺の目を見て、一瞬不思議そうな顔をする。

 そしてすぐに、顔をほころばせて、言う。

「はい。知っています。よく、知っています」

  

 よく、知っているか。たいした奴だ。

 それならいい、と言って、コーヒーを啜る。


 良く考えたら結構恥ずかしいことを言ってしまったのではないか、ということに気づいた時にはもう遅く、撤回して藪を突くのも宜しくなく、つまりはあとは空がさっきの言葉をさっさと忘れてくれるよう、ついでに異星人が物分かりの良い存在であるように、祈ることしかできない。


 まあいい。

 嘘は嫌いだから、嘘をついた訳ではないということで、納得することにしよう。

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