エピローグ:泥棒は宇宙人との出会いについて話す。

泥棒は宇宙人と野球を見に行く。

 一か月くらいかけて、ある程度ワクチンは打って回ったし、シーズンがもうすぐ終わってしまうことでもあるし、マスクもしたからまあ良かろう、ということで、空を野球場に連れて行った。


 空の胸元には、『蜘蛛』がぶら下がっている。

 はっきり言ってアクセサリーとしては趣味が悪いし全然似合わないからやめて欲しいのだが、空が『蜘蛛』を身に着けていたいというからとりあえずの苦肉の策だ。

 『蜘蛛』を返せよと言っては見たが、「私が盗んだものなので、ダメです」と言われた。


「じゃあもしまた、お前がさらわれでもしたらどうすりゃあいいんだ。俺は、お前と違って、正攻法では鍵を開けられないんだぞ」

 ちなみに、錠前破りは面白かったらしく、空はちょいちょい練習に行っている。腕も上がっているらしい。こりゃあ、俺より泥棒に向いているのかもしれない。やらせはしないけどな。

「その時は、私が『蜘蛛』を持っていますから、問題ないのでは?」

 と言われる。


 ま、確かにそれもそうだった。ちょろくなくなっちまったな。ちょっと悲しいぜ。充電とメンテナンスはさせてくれ、とは頼んでおいた。


 ともあれ、野球場だ。俺も初めてだが、こりゃあちょっとしたお祭りだな。出店も多くて、楽しい気分になる。

 空はたこ焼きだのホットドックだのを抱えてご満悦だ。

 ただそれを食うとなるととマスク意味ないんですけど。九月末の北海道はちょっと寒いくらいなので、風邪をひくなよといって上着を着せる。


「試合開始前に、読んでもらわなきゃあいけないものがある」

 そう言って、昨日書いた紙を渡す。結構な分量になっていた。

「ふつをはかへろ、みょうきのはいはくをひろ、……ほれはなんでふか?」

「口に物を入れたまま喋るんじゃない。まず飲み込め」


 空に渡したのは異星人への文句一覧だ。靴を履かせろ。病気の対策をしろ。味のする飯を食わせてやれ。そんなことがつらつらと書いてある。


「これを、私に言われても、改善は、難しいのですが」

「お前に言ってるんじゃない。異星人に言っているんだ。異星人はお前の脳の量子的コピーだったかを作って、今でも地球を観測しているんだろ。次があるとは思いたくないが、万が一のことを思っての教育だ。全シーンを観測されているとは思わないし思いたくもないが、ここは野球シーンだからな。異星人が野球好き、という話が本当だったら、まあ見るだろう。だから、そうだな、それは野球の観覧代金だと思え。ちゃんと読んで学習しろ。いいな。空に言ってるんじゃあないぞ。これを宇宙のどっかで読んでいるお前に言っている」

「なるほど。分かりました、読みます」


 空は真剣に読む。ただ、ホットドックは手放さなかったけれど。読み終えた空は、ふう、と空を見上げた。

「ああ。久しぶりに異星人の話をしたら、懐かしくなったか」

「そうではありませんが、ちょっと、あそこから来たんだなあ、とは思いました」

「そうかい。思い出させて悪かったな」

「いえ。あの、光平」

「なんだ」


 選手が入場しだした。もうすぐ、試合が始まる。始球式でどこかの市長がボールを投げている。


「私、地球に、来られて、本当に、良かったです」

「ホットドッグはそんなにうまかったか?」

「そう、ですね、この、ドッグの、部分、と、言うのでしょうか。これと、合わせることで、パンの、新たな、可能性に、気づかされた、思いですが、でも、そういう、理由では、ありません」

「ホットドッグにドッグの部分はない。それはウインナーと言う。だったらなんだ、野球が生で見られたからか?」

「それは楽しみですが、違います」

「じゃあ、なんだ」


「光平に、会えたから」

 恥ずかしいことを堂々と言う奴だ。そう思った。

「そうかい」

 と答えるが、空はこっちを見続けている。

 いいから、試合を見なさい。今から始まるんだぞ。

 でも、空は視線を外してくれない。


 しょうがない。さっき、異星人がここは見るだろ、と言ったばかりなのに、よくもまあ。

 そういうのは、このタイミングで、言うべきではないんだってば。

 しかしまあ、仕方ないよな。


「俺も、そう思うよ。空に会えて、良かったよ」

「はい」

 そう言って、空は微笑む。


 まだまだこいつに教えてやらなくてはならないことが沢山ある。

 地味なことばかりと言えばそうだが、やらなければいけないことも山積みだ。

 仕事もなんとかしなくてはならない。


 でもまあいい。先のことは後で考えよう。


 ぷれいぼぉっ、という掛け声が聞こえる。そう。これからプレイボールだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る