犀川ようさん主催自主企画「エッセイを書きましょう2024」のボランティア、お役目終了しました~。
(次回のカクヨムコンで賞に該当した人は、来年「選者お願いします」と犀川さんからお声がかかりますのでお覚悟を☆)
選考発表が終わると肩の荷がおりてほっとしますね。
朝吹賞はこちらです。
『Last Guardian』
作者:鈴ノ木 鈴ノ子さま
https://kakuyomu.jp/works/16818093085893640354
エッセイ練習の為の企画だったということもあり、力作よりは、ラフなスケッチ的な作品が多かったかな?
少し整えた上でカクヨムコンに提出できそうな作品、エッセイではなく小説に書き変えると良さそうな作品もちらほらありました。
手応えがあった方は「新作」に組み直してカクヨムコンに出してみて下さい~。
ご存じでしょうが、新作にしないとたとえ星100あっても、一律レビュー数ゼロに均されてからのスタートになり、上に積む星が期待できなくて不利ですよ~。
それで、犀川女史の企画に参加すると、フィーバーがかかるんです。破格のボーナスタイムに突入するんです。
或る日、「あ、この勢いなら、もしかしたら日間一位とれるかも?」とドキドキしていたら、その日の日間一位は大隅スミヲ氏でした。
キーッ!
お米の値段が下がりません。
もうこのままなんでしょうか。
食べ盛りを大勢抱えているご家庭は悲鳴を上げておられます。
朝・昼・晩と毎回5合炊いているような大家族の方は農家と直接契約するのが一番賢いですよね。
今だけのことだからと我慢していますが、ずっと価格がこの調子だったら嫌だな。
お米だけでなく全てのものについて値上げにつぐ値上げですよね。
この前、家の中で口紅を見つけまして。
失くしたと思ってたら下に落ちずに、チェストと壁の隙間に引っかかっていました。
10年前のシャネルの口紅。
新品なのでまだ箱に入っていて、その箱に値段シールが貼ってあります。
3800円。
同じこの口紅、現在、6千円弱します。
3800円なら、今ならミドルコスメの値段です。
この頃はこんなにも安かったのね。
全体的に値上がりしすぎでしょ。
でも日本人ってどんなに値上げしても買ってくれるから、いいマーケットなんだそうですよ。
ディオールのコスメカウンターなんか整理券配って行列出来てますもんね。
なぜか男子が多いです。彼女へのプレゼントかな?
値上げといえば、出先で見かけた青空市場なんかでハンドメイドのアクセサリーを通りすがりにぽいぽい買うことがあります。
お財布に優しい値段のものしか買いません。
その中に、三年前に、600円で買ったお店があります。
店主さん(作ってる人)の風体が個性的なので、あちこちで見かけるたびに「今回はここで店をだしてるんだな」となんとなく眼に入っていたのです。
もちろんあちらは数年前の客のことなんか憶えていません。
それで先日、都内某所の大規模なハンドメイドフェアでその方を見かけて、近づいてみたら三年前に600円で買ったものが4800円になってました。
もう笑った。
ハンドメイド作品にはありふれているコットンパールとチェコビーズ。
あの価格で買う人いるんだろうか。
ハンドメイドの方々って初心者の頃は値段を抑えていて、売れる自信が出てくると徐々に値上げしていく傾向があるんですが、それにしてもこの辺が妥当なラインですよねという価格帯があって、だいたいはそれに合わせています。
半額でも買う人いるかなぁ。
呆れながら通り過ぎたのですが、もしかしたらご家族に病人でも出て、お金が必要なのかもしれないですね。
十数年前には最先端であったはずの異世界に転移する話、大人気の悪役令嬢や聖女ものも、すでに何年目の何巡目? という具合です。
この次にまた何かの流行が起こったら、うわあああっとそれ一色になるのでしょう。
そんな最先端の流行に背を向けて書き続けている頼もしい人も、ちゃんといます。
小説投稿サイトは、ごく一部の笑いが止まらない上位層を除けば、やる気を潰そう、数字で現実を見せて書く気を挫いてやろう、そんな残酷すぎる仕様になっています。
それを乗り越えて、不屈の魂で書き続けている底辺層の根性と絶望の深さ、そして強さは、半端じゃないんですよね。
「最先端ではない」
「基礎の基礎ができていない」
一作も書かないくせに上に立った気になりたいというだけの人から、名指しで作品と人格を踏みにじられることだってあります。
わたしはそんな人とは、まったく気が合いません。
同じ創作という世界の中でも、はっきりと「合わない」と判断する人たちです。
その流れで、「元編集者」という人が投稿サイトで小説の書き方を指南されておられました。
元編集者という触れ込みもあり、すごい数の読者数とPV数を誇っていました。
コメント欄も大盛況です。
もともとは小説家志望、それも純文学志望だったようです。
三島由紀夫とかに心酔した世代ですね。
そして彼はああですこうですと小説のノウハウをのたまい、その最後には、想い出したように、
「自分なんかよりも、実際に小説を書いている君たちの方が偉い」
と申し訳程度に付け加えるのですが、その中には「異世界ファンタジーなんか書いちゃって」という侮りもみえました。
元編集者であるその人。
その人が、なぜ作家を目指しながら、作家にはなれなかったのか。
出版社の編集者という地位を勤め上げながら、業界と小説のことは熟知しているはずでありながら、なぜ彼が作家にはなれなかったのか。
その人には分からなくても、わたしには分かります。
だってあなた、小説を書いてないもの。
いや書いた。ちゃんと文豪の文章を研究してきた。
名文を書き写して吸収もした。
出版社にいたから膨大な数の作品に接してきたし、小説を書く手順の『マニュアル』については誰よりも詳しい。
彼はそう云うかもしれない。
でもその人には「書きたい小説」、心の底からどうしても書きたいものは本当はなかったのです。
彼がなりたかったのは「作家」だった。
いってみたら欲しかったのはその「肩書」だった。
だからこそ、「こうすれば最短で小説を書ける」マニュアルだけに詳しいのです。
彼にもし「書きたい小説」があるならば。
出版社を定年退職して投稿サイトに登録して最初にやることは、元編集者だと売り込んで指南を垂れることではなく、その「書きたかった小説」を「これで完璧☆最先端のマニュアル」で書くことだったはずです。
たとえPVゼロでも。
たとえ星がなくとも。
「元編集者が教えるこれであなたも小説家になれる完璧なマニュアル」を披露することではなく、自分で一から、時としてマニュアルどおりに運ばないことに直面しながら、葛藤して、惨めに、一文字一文字を刻むことだったんです。
もしそれが漫画なら、描きたい漫画があるのなら、五十歳も年下の小学生よりもド下手くそな画力であったとしても、実際に漫画を描いていたはずなんです。
とはいえその方、ところどころ、「マニュアルに沿って書いていない作品にもよいものがある」的なことを洩らしていましたし、賛辞もありました。
俺さまの信奉するマニュアルだけが絶対正義で他の書き方をしたものはゴミ! そんな硬直した視野の狭い思考の持ち主ではなさそうでした。
自分では書くことができなくても、名サポーター、作家を育てる力のある人というのはいます。
上から目線でくさしてくるのではなく、「よし、書こう!」そんなやる気を引き出してくれる縁の下の力持ち。
そんな人に巡り逢えたら、それだけで、「たとえ大勢には読まれなくても書いていて良かった」と想うことが出来ますよね。
タイトルは、紆余曲折の「紆」ってなんだろうと思ったので、メモったものです。
調べたら面白かったです。