第4話③「二極化」
「駄目ですよ、吉見さん。そんな安い挑発に乗っては」
その声は、ハジメの背後より放たれる。
ハジメが振り返らずに注意だけ向けると、そこには木々の裏から姿を見せる玉鏡がいた。おそらく、美冬を救ったのは、彼の機転によるものだろう。
「彼は少しでも自分が優位に立てるように揺さぶっているだけだ。万全じゃない体調の中で、少しでも互角に戦況を持っていくためにね」
玉鏡は、美冬に対してよく通る声でそう諭す。その言葉に、ハジメは二人に聞こえない程度の小さな舌打ちを打った。挑発を繰り返して浮き足立たせ、そこを狙って攻め込む――そのような戦法をハジメは取っていたのだが、そのことは玉鏡には完全に読まれている様子だ。
図星のハジメを尻目に、玉鏡はなおも言う。
「とにかく冷静に。平常心で挑めば、この男一人討つのは容易いことですよ」
「えぇ……そうですね。私としたことが、つい熱く……」
玉鏡の言葉で少し平静を取り戻したのか、美冬は微笑を返し、それからハジメに目を戻す。そして彼を見据えながら言う。
「もう、アンタの安い挑発には乗らない。状況的に不利なのは、アンタの方だものね」
そう言うと、美冬は自分を抱えていた巨漢の腕を払い、自ら立つ。そして銃口をハジメに定めると、にやりと笑った。
その笑みを見てから、ハジメは周りを見回す。周りでは、玉鏡の指揮下にある巨漢たちが、ハジメを取り囲むところだった。
「その身体でどこまで持つか、愉しませてもらうわ」
その言葉が合図となった。
巨漢たちは、取り囲んだハジメを一斉に叩くべく地面を蹴って殺到してくる。それに対し、ハジメは待ち受けるような愚を犯さずに、自ら横手へ跳んだ。近寄ろうとした巨漢の一体へ近寄ると、彼は相手が迎撃の攻撃を繰り出すと同時に剣を薙ぐ。攻撃のスピードは、ハジメの方が圧倒的に速い。斬撃はその巨漢の首を搔き切り、その頭部を後方へ置き去りにする。余波で振り下ろされる金属バットの打撃を躱しながら、ハジメはその横を通って包囲からの脱出を図った。
その瞬間、彼を狙って青白い銃弾が殺到する。美冬が放った銃弾は、巨漢を中心にその周囲から弾幕となって押し寄せてくる。銃弾はただの弾丸ではない。霊気で練られた弾丸は特殊なのか、その軌跡を一直線ではなく弧を描きながら向かってくる。ハジメに吸い込まれるように軌道を変えて迫る弾丸に、ハジメは素早く剣を横に薙ぎながら回避行動を取った。打ち落とされる弾丸がある一方、打ち落とせなかった弾丸は、ハジメの四肢を掠って背後の草木に激突する。
弾丸を躱しきったハジメは、しかし息を突く間を与えられない。
続いてハジメに寄ってくる巨漢は、武器を捨ててハジメを抱え込もうと両手を広げて襲い掛かってくる。それに対し、ハジメは相手を引き寄せておき、彼が掴みかかった瞬間に後退、空を切って交差した両腕を剣で叩き切る。両腕の肘から先を断たれたそいつに、ハジメはとどめの斬撃を被せるべく、剣を横に薙ごうとした。
しかしその瞬間、ハジメの全身を悪寒が走る。
ハジメは斬りつけるのをやめて、咄嗟に後ろへ引く。
次の瞬間、突如巨漢が内部から爆裂した。肉片を飛び散らしながら内部より破裂したそいつは、爆風を周囲に撒き散らせて木々を軋ませる。その爆風に、ハジメも巻き込まれた。彼はその風の圧力に吹き飛ぶと、近くにあった木の幹へ背中から衝突し、衝撃で肺より息を吐き出す。
強制的に息を吐き出されたハジメはその後数回咳をつくと、視線を玉鏡に向ける。彼の視線の前で、玉鏡は薄らと微笑を浮かべていた。
驚いてくれたか――というその表情に、ハジメは爆発を起こした主の正体を確信する。どうやら彼の操る泥人形は、自在に爆発させることも出来るようだ。その威力は小爆弾並みで、まともに捕まって巻き込まれれば、間違いなく四肢が吹き飛ぶほどの威力であった。
飛び散った泥人形の肉片からそのことを悟るハジメだったが、そこで彼は休むことは出来なかった。彼が理解したと同時に、巨漢たちが一斉にハジメへ肉迫してきたからだ。
突進してくる巨漢の群れに、ハジメは目を凝らす。彼が視野を表向きのものから、霊的現象を見破る視野へと切り替えると、巨漢たちの中で、何かエネルギーが収縮されていくのが確認できた。
それを見破ると、ハジメは剣で迎え撃つフリをしてから、木々の間隙を縫って後方へ跳ぶ。その瞬間、巨体たちは連続で爆発して、凄まじい爆風をハジメに叩きつけて来た。破壊の圧力自体は躱したハジメだが、その余波である爆風までも躱すには至らない。風に押されながら後退するハジメは、口を歪めながら流れに背かずに後ろへ圧される。
それを狙っていたかのように、美冬が彼に対して弾丸を放ってくる。微かに軌道が逸れた弾丸は、しかし吸い込まれるようにハジメの許へ軌道を変え、微かな弧を描きながら殺到。ハジメはそれを後ろに身を引かれながら。辛くも斬撃を振るって打ち落とす。
霊弾を打ち払ったハジメは、しかし直後爆風に押された勢いをもって背後の樹木に激突する。衝撃が背中を打ち、それが体内に潜む傷を痛めつけ、ハジメが小さく苦悶する中で、爆発していない巨漢たちがハジメに詰める。一部にハジメに切られた傷が再生途中である個体も混じる中、押し寄せてくる相手にハジメは目を凝らしながら突っ込む。爆発の予兆がないのを見抜きつつ、その個体の攻撃をハジメは躱すと、返す刃でその巨漢たちを斬り裂く、斜め、横、斜め上、縦と縦横無尽に振り払われた剣撃に、巨漢たちは裂かれ、血潮を上げながら転倒していく。
そんな敵の間を駆け抜けたハジメに、また一体の巨漢が迫る。そいつに目を向けて意識を集中させた途端、そいつから爆発の予兆をハジメの瞳は見て取った。すぐ近くまで寄って来たそいつに、ハジメは両腕をクロスさせてガードしながら後ろへ跳び退く。
直後、爆破。
破裂したそいつの爆風に押されたハジメは、傾斜に躓いて地面に強かに打ち据えられる。
それを見て、近くにいた残る巨体たちがまたもハジメへ殺到した。彼を袋叩きにする気なのか、彼らは離れた位置から既に得物を持ち上げ、飛びかかるようにハジメへ肉迫する。
それを見て、ハジメは剣を構えて待ち受けようとした。
彼の視界の隅から、影が飛び出してきたのもその時だ。
影は、ハジメに襲い掛かろうとする巨体を横手から急襲し、駆け抜けざまそいつらに白刃を叩きこんでいく。屈折した斬光は、一太刀で巨漢たちの身体を引き裂き、駆け抜けていく。その背では血の華が咲き乱れ、木々にぶつかりながら血の雨を降らせる。崩れた巨体の肉塊は地面を転がっていき、血の跡を引きながら近くの草木に埋もれて行った。
ハジメの眼前を通って乱入してきた影に、玉鏡と美冬、傷を再生しながら立ち上がる巨漢たちは動きを止める。突然の乱入者の正体を見極めようとする彼らに対し、ハジメはその隙に身を起こして立ち上がった。
そして、こちらに振り返る乱入者と視線を合わせる。乱入者である少女は、張りつめた表情でハジメを見た。
「大丈夫⁈」
「あぁ、助かった」
安否確認に頷き返しながら、ハジメは目を細めた。
ハジメを助けた人物の正体は、利理である。森の奥に置いてきた彼女の突然の登場であったが、ハジメはそれほど驚きはしなかった。
そんな彼に、利理は安堵した様子で息をつく。
「そう。よかった」
「……お前も、もう大丈夫なのか?」
少し躊躇ってから、ハジメは利理に訊ねる。その言葉に利理が目を瞬かせる中で、ハジメは相手が言葉を理解していないと見て、言い加えた。
「ここに出てきたということは、覚悟を持って来たんだな?」
「――えぇ。もう大丈夫よ。心配かけてごめんなさい」
確認に頷くと、利理は日本刀を構えたまま、視線を横手へ移す。
その視線の先に立っていたのは、美冬であった。
彼女が目を細めながら相手を見ると、美冬は微笑を浮かべる。
「あらまぁ。戻って来たのね、リリー」
「美冬……」
嗤い顔の相手に、利理は厳しい顔つきになる。日本刀を持つ手を微かに震わせながら、しかしそれでも、彼女は先ほどと比べれば幾らか落ち着いた顔と声色で口を開く。
「美冬。貴方に訊きたいことが――」
利理が、そうやって美冬に何か言葉を発しようとした時だった。
言いかける彼女に、彼女の横手から泥人形の一体が襲いかかる。直前に、彼女に斬られた一体だ。傷口を再生させたそいつは、鉄パイプを手に利理へと襲い掛かる。
不意を突かれ、ぎょっと振り返る利理だったが、そんな彼女に巨体の攻撃は届かなかった。阻んだのは、ハジメだ。彼は斬撃を持ってそいつを横から迎え打ち、その場に勢いよく叩きつける。
奇襲をしかけたそいつを斬ったハジメは、しかしそこで緊張を解くことはしなかった。
今の一体の動きを皮切りに、周囲で傷を再生させた泥人形の巨体たちが、続々と突っ込んでき始めたからだ。
そのうちの一体が、利理のすぐ横へ迫っていた。
利理はそいつを迎え討とうと正対して刀を構えるが、それをみてハジメが叫ぶ。
「避けろ! そいつは爆発するぞ!」
ハジメの警句に、利理はそれを信じて横へ跳躍。するとその直後、利理へ迫っていた巨漢が内部より破裂した。ちょうどハジメと利理の間で爆発したそいつによって、二人は分断される。
二人が離れ離れになったのを機に、そこに巨漢たちは雪崩れ込んでくる。鈍器を構えた彼らは二人の間に割って入ると、それぞれがハジメたちに向かってにじり寄って来た。
そんな中、である。
「! 美冬、待ちなさい!」
二人が分断されたのを見て、美冬が横に向かって駆け出していた。利理サイドに近い彼女は、ここから遠ざかるように走り出し、現地点からの離脱を図る。
それを見て、利理はその背を追おうという動きを見せた。
が、その瞬間、彼女の背後に巨漢たちが殺到する。彼女の背に回り込んでいた巨漢たちは、数体が一斉に鉄パイプや金属バットなどで彼女を襲おうとした。それに気づいて利理が振り返りかける中、彼女は目を見開く。直後、彼女に襲い掛かろうとしていた巨漢たちが、更に背後から駆けよせた影によって急襲され、引き裂かれる。鋭い斬撃で斬られたそいつらは血飛沫をあげながら横へ吹き飛び、残った下半身を右往左往させた。
それを見てから、利理は斬撃を放った主・ハジメを見る。彼はその視線に一瞬目を合わせてから背を向ける。彼が振り向いた先からは、巨漢たちが続々と押し寄せてくるところだった。おそらく今しがたの攻撃を放つために、その真っ只中を突破してきたのだろう。それを悟る利理に、ハジメは言う。
「行って来い。アイツをどうするかはお前に任せる」
「……分かった。ありがとう。玉鏡たちは任せるわ」
足止めを買って出るハジメに礼を言って、利理は背を向ける。背中合わせになった直後、すぐに彼女は遠ざかる美冬の方へ向けて駆け出す。
一方で、ハジメもその動きを背中で感じ取ってから、自ら迫る巨体へ肉迫して行った。
得物を持ち上げて迫るそいつらへ、ハジメは果敢に剣を横に引きながら駆け込んでいく。巨漢たちが武器を下ろす中で、その軌道から身を避けながら、彼は刃を横に走らせる。ひた走る紅い刃は鋭い線を描きながら、巨体を引き裂いて血潮を弾け飛ばせる。
血の華が舞い跳ぶ中で、彼はその奥に斬り込みながら、やがて視界を一人の人物に照準させた。その人物を見つけるや、ハジメは一気に駆けるスピードを上げて、一直線にそちらへ向かう。黒い疾風となったハジメは、その人物の前で剣を振り上げると、急ブレーキをかけながら斜めの斬撃を振り抜く。その斬撃は、後方へ素早く退いたそいつのコートのみを引き裂いて空を切り、直撃は逃す。
ハジメはすぐさま彼を追おうとするが、その瞬間左右から、二体の巨漢が迫って来てハジメに掴みかかる。彼らの体内で迸るエネルギーを視認したハジメは、直後急遽後退して彼らから遠ざかった。
その一秒後、巨漢たちは爆裂する。凄まじい破壊エネルギーを撒き散らしながら木端微塵になるそいつらの爆風で髪を揺らしながら、ハジメは後方に着地し、その向こう側に目を向けた。
彼の視線の先では、裂けたコートを見て顔をしかめる金髪の青年・玉鏡の姿があった。彼はハジメの視線に気づくと、顔を上げて微笑む。
「全快でないとはいえ、なかなか機敏に動きますね、貴方は」
賞賛なのか、軽く手を叩きながら玉鏡はそう告げる。
「マスターからは相当の傷を負ったはずだそうなのに。その機動力はかなり厄介なようだ」
「お前も、相当な傀儡術の使い手のようだな」
相手から警戒され、ハジメはその礼とばかりに賞賛を返す。そして、背後を見た。そちらでは、ハジメに切り裂かれた泥人形たちが散乱していたが、今もそいつらは見る見るうちに再生していくのが確認できた。
それは、ハジメの前方で破裂した泥人形たちも同様だ。粉微塵になった肉片を一点に吸い寄せるように収縮させながら、それは徐々に人の形を取り戻そうとしている。その、限りなく人間に近い肉体の構造に、ハジメは目を細める。
「人形を限りなく人間に近い形で再現している。肉付きや動きだけでなく、血や内臓まで再現する奴は相当レアだ」
「そこはこだわっている部分なので、お褒め頂き光栄ですね」
細かい部分まで精巧に造っている点を褒めると、それを聞いて玉鏡は嬉しそうに嗤う。
対してハジメは、笑うことなく相手を見据えた。
「もっとも、傀儡士の性か、お前本人にはさほど戦闘能力はないようだな。逃げ足は速いが」
「そうですね。否定したところで意味がないですし、事実なので認めざるを得ませんね」
指摘が図星だったためか、玉鏡は苦笑いを浮かべながら首肯する。否定したところで意味がないと言葉通り自覚しているために、その返答はさばさばしていた。
「ですが、私は戦えなくとも、この人形たちに戦わせれば充分ですので。現にこうして、貴方と互角に渡り合えているでしょう?」
「そうだな。殴り掛かってくるだけならともかく、爆発してくるとなると厄介だな」
頷いて、ハジメは玉鏡が扱う泥人形たちの性能の厄介さを認める。攻撃を躱すだけならともかく、迂闊に近づけば爆発される点は非常に厳しいものがある。相当の数がいる中で、これを躱し続けるのは限度があった。
ただ、
「もっとも、躱せないほどでもないけどな」
そう独白を漏らすと、ハジメは剣を構える。正眼に剣を構える間に、彼の背後と前方から、巨漢たちが挟み込むような形で出現していた。
玉鏡は、顎を手で擦ってから、言う。
「さて。貴方とは話すことはないですし、さっさと倒させて貰いますよ」
「そうだな。俺も、少し彼女のことが心配だからな。とっとと倒して向かわせてもらう」
相手の言葉にそう応じると、ハジメは早速地面を蹴る。前方へと走り始めた彼は、立ち塞がる巨漢たちを斬り裂き、そいつらが爆発を起こそうとするのを見ると進路を反転して後ろへ跳ぶ。その爆風に乗って勢いよく後退すると、そのまま背後から押し寄せる他の巨漢たちと斬り結び始めるのだった。
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