第6話②「鬼子」

「私を殺せる自信があるのだな。だが、その自信はどこから来る? 何を根拠に私に勝てると思い込んでいる」


 目を爛と光らせたまま、クローズは凶悪な嗤い顔を浮かべる。


「二度戦って貴様の実力は既に分かっている。貴様に勝ち目はない。わざわざ殺されに戻って来るとは何とも殊勝なことだな」

「死ぬのは、どっちかな」


 そう言うと、ハジメは長剣を持っていない片手を、目元へまで持ち上げる。


「お前は俺の実力を既に見切った気になっているようだが、俺はまだお前に手の内をすべて曝したわけではない」

「……どういう意味だ?」


 彼の言葉に、クローズは目を細める。そんな彼の前で、ハジメは顔を下げると、目から何かを取り出した。

 目からその指に置かれたのは、薄い黒色のコンタクトレンズだ。いわゆるカラーコンタクトと呼ばれるものであり、仮装やコスプレなどの際に目へと入れられるものであった。

 だが、何故そんな物が彼の瞳から出てくるのか――その疑問はすぐに分かる。

 ハジメは、クローズと利理に半分ずつ見えるように顔を上げた。その持ちあがった横顔を見て、クローズは眉根を寄せる一方、利理は目を見開いた。


「貴方……その目……っ」

「……珍しいな。日本人にしては」


 異なる感想を、利理とクローズはそれぞれ口に出す。

 露わになったのは、紅色に煌めくハジメの双眸であった。

 この世の人間の者とは思えぬ、禍々しくあって、それでいて鮮やかな色の瞳である。それを見て、利理は息を呑んだ。


「まさか、貴方……『鬼子おにご』なの?」

「――あぁ、そうだ。古い呼び方だと、そうなるな」


 利理の問いかけに、ハジメは首肯する。その言葉に、利理は引き続き瞠目を、クローズはその顔から笑みを消した。

 鬼子とは、生まれつき超常的な容姿・力を持つ子供のことを卑下して呼んだ名称だ。

 曰く、生まれたばかりにもかかわらず髪を生やして言葉を喋った。曰く、幼少ながら怪力で岩をも持ち上げた。曰く、人間とは思えぬ容姿を持って生まれてきた――等々、普通の子供と比べて奇異な特徴を持つ者は皆『鬼子』と称され、恐れられている。日本では主に古代を中心に多かった子供たちであるが、現代では生まれること自体が稀であった。

 また彼らの中には、時たま紅い目を持って生まれてくる子供が存在する。今でもその子供のことは『鬼子』として一部に畏れられるが、そう言った子供たちを魔術界隈では別の意味でも畏れられている。それは――


「なるほど。東洋における、英傑の才を持ちし子の一人だということか」


 クローズは、やや戦慄を込めて呟く。最初は物珍しいといった程度の印象だったが、ハジメが鬼子とカミングアウトしたことでやや動揺したようだった。

 東洋では、赤気と呼ばれる霊力を持つという者が存在している。普通、人間の霊力は無色透明であるのに対し、世界にはたまに色を持つ霊力を有する者がいるのだ。そういった者は例外なく強い霊力を有しており、普通の魔術師より強力な魔力を扱える者が少なくない。


 殊に赤ないし紅の霊力は、一際強い霊力を有すると共にある伝承が受け継がれている。それは、赤気は後に英雄として名を馳せる人間が先天的に備えている霊力だという謂われだ。その者たちは皆その霊気の影響によって瞳が赤くなり、古来鬼子と呼ばれるが、成長した後には立派な英傑となる者が大多数であるという伝承が存在しているのである。

 その伝承を信じるならば、ハジメもまたその可能性を秘めた人間の一人だということになる。

 ハジメは、その伝承を信頼してか緊張感を高めるクローズと正対する。そして、禍々しくも美しいその瞳で、夜闇を切り裂きながら相手を見据える。


「英傑の才かどうかは知らない。だが、昔から人並外れた霊力を持っていることは確かだな」


 長剣を持つ手に力を込め、ハジメは言う。彼の掌からは、赤い靄のようなものが伝播し始めて、紅色の刃をコーティングする。それこそが、赤気と呼ばれる霊気であった。

 赤い霊気を漏らす彼は、それを気にすることなく続けて言う。


「俺はこの眼ゆえに、俺は小さい頃に実の親に捨てられたそうだ。気味が悪い、不吉だと思われたんだろうな。その後俺は、今の暗殺組織に拾われて育てられた。組織は俺の潜在能力を買って、将来の重要な戦力に育て上げようと考えたそうだ。そこで鍛えられたおかげで、今の俺がある」


 そう言いながら、ハジメは赤気を全身から薄ら漏らす。その気は、まるでオーラのようにハジメに纏われ、宙を漂う。


「だから、普段は組織の許可がなければこの力は使わない様にしている。この力はあくまで組織のために使うものであって、俺個人の問題に使うようなものじゃないと思っていたからな」

「……その言い方では、まるで今は違うというような口振りだな」

「あぁ。実際にそうだからな」


 ハジメは、クローズの疑念に素直に首肯する。


「俺は、初めて組織のためじゃなくてこの力を使う。クローズ、お前を斃すためにな。光栄に思え。俺は初めて、自分の意思でこうして赤気と共に敵と対峙しているのだからな」

「確かに、それは光栄だな」


 淡々と言うハジメの言葉に、クローズは緊張した状態から笑みを取り戻す。それは、強者が自分と同等の人間に巡り合えた時に浮かべる、獰猛な笑みであった。


「話によれば、赤気を持つ者の魔力は常人の倍以上、潜在的な運動能力は更にその倍のものがあるらしいな。本当のお前は、それだけの実力を有しているのだな」

「そういう話だな。自分には生まれつきだから、あまり実感はないが」

「ふふ……ははは! そうか、つまりこれからが貴様との本当の戦いというわけか!」


 興奮しきった様子で、クローズは笑い声を上げる。


「よいだろう、面白い。私も貴様を全力で迎え撃とうではないか! これほどの獲物、そうそうお目にかかれるものではないからな!」

「なかなかに戦闘狂らしい台詞だな。まぁお前がそう言う反応してくるのは織り込み済みだが」


 そう言うと、ハジメは半歩引いて長剣を構える。


「もっとも、この力を使ったところで、お前との差が逆転するわけではない。せいぜい、その差が埋まる程度だ」

「ほう。意外と冷静な自己分析だな。てっきり、『この力を使うのだから俺は貴様より上だ』などとのたまうものかと思っていたが」

「そこまで図々しい、思い上がりをしたりはしない」


 煽るクローズに、ハジメは冷静に自分の実力を分析、クローズとの実力差を実に客観的に評価した。


「お前に勝てないわけではないが、勝てる見込みが高いわけではない。確実に勝つには、まだ実力が不足している」

「ほう。そこまで冷静に評価しておいてなおも私に立ち向かうのには、何かしら勝算か理由でもあるのか?」

「一つは、俺が彼女を救うためには貴様と立ち向かわなければならないため。もう一つは、こちらは勝算についてだが、俺はまだ成長途中の未完成な人間だってことだ」


 そのハジメの物言いに、クローズは不審そうな様子で眉根を寄せる。


「どういう意味だ?」

「俺はまだ、戦う度に強くなるってことだ。つまり、これからの戦いで――」


 長剣、エグゼキューショナーズ・ソードの丸まった切っ先をクローズに向け、ハジメは言う。


「お前を越えさせてもらうということだ。戦いの中で、お前を凌駕させてもらう」

「……ははは! いいだろう、やってみるがいい!」


 ハジメの静かだが熱い一言に、クローズは全身から炎を噴出させて歩み寄ってくる。その歩調に合わせるように、ハジメも進みだす。

 両者の距離は徐々に縮まっていき、その狭間では緊張と闘気がぶつかり合い、疑似的な風を生み出す。気流が渦巻く中で、両者は接近する。


「貴様に果たして、この私を越えられるかな?」

「超えるさ。そのために、ここへ来た」


 やがて、距離が十メートルを切ったところで、ハジメは足を止めて八双に構える。


「では、行くぞ」

「あぁ、来い! これが、最終ラウンドだ!」


 足を止めたハジメに、クローズも歩を緩めながら両手を広げ、待ち構える。

 それが合図に、戦いは始まった。


 ハジメが消える。


 次の瞬間、彼は赤い霧を纏いながらクローズの眼前に迫っていた。以前の戦いよりも目を見張るほどに高速化した彼に、クローズも目を軽く見開きながら横へ跳ぶ。その瞬間、ハジメは刃を振り下ろし袈裟切りでクローズを切り刻みにかかった。空を切った斬撃は、しかし先にクローズと対峙した時よりも格段に鋭い。風切り音を響かせたそれに、クローズはヒヤリと悪寒を感じつつ距離を開いた。

 避けたクローズに、ハジメは目を向けるや再びその姿を消す。残像をぶらせて疾走した彼は、横手から相手に迫る。ものの一瞬で間合いを潰した彼は、すぐさま振り下げていた刃を今度は跳ね上げ、クローズの心臓・魔術である炎への同化の力の源となっている核を斬り裂きにかかった。上空へとつき上がる斬撃に、クローズは身を捩りながら後退、インバネスコートを切り裂かれながらも、核への剣の切っ先の到達を許さない。

 炎と同化して斬撃を無効化したクローズに、ハジメは息つく間も与えずに斬りかかりまくる。躱された刃を振るスピードを上昇させ、縦、斜め、横といった三連撃をほぼ同じタイミングで振り抜く。三つの閃撃は心臓付近で交錯しながらクローズを襲い、彼の服をずたずたに切り裂く。刹那の乱撃に、クローズは炎と同化しつつ後退し、血飛沫の代わりに火の粉を周囲に爆ぜ飛ばしながら斬撃を無効化した。


 コートの破片と火の粉が舞い跳ぶ中、クローズは間合いを開き、引き続き迫るハジメに対して手を突き出す。接近しつつあったハジメがその手に気づく中、クローズは嗤い、その手から炎の弾丸を召喚する。ビー玉程度の炎の球体を複数召喚した彼は、それをハジメに向けて斉射する。一斉に弾かれて飛んだ炎の弾丸は、ハジメを捉えてその身体を貫いた。

 しかし、手応えはなし。

 次の瞬間、弾丸に貫かれたハジメの残像は消滅し、クローズの背後に疾風が駆けつける。

 弾丸をすべて回避してクローズの背面を取ったハジメは、相手が振り返るよりも先に唐竹割の斬撃を振り下ろす。後頭部めがけて振り抜かれた刃は見事に相手の頭を真っ二つに割り、顔を左右に分かちながらクローズを前方によろめかせる。炎と同化しているため大したダメージは受けないものの、左右の視界が離れ離れになり、クローズは一瞬混乱した。


 その一瞬の隙を、ハジメは狙う。


 紅の刃が鋭く薙ぎ払われ、クローズの身体を両断しにかかる。奔る斬撃は闇夜に風切り音を響かせて、クローズの心臓を捉えようとした。

 しかしその瞬間、クローズは身体を起爆させる。次来る攻撃への対応が遅れると刹那の間で判断したのだろう、ハジメからの攻撃を遮るために、彼は全方位の爆炎でその身を守る。爆発に対し、それを一瞬早く気配で悟ったハジメは、斬撃を強引に取りやめて後ろへ跳躍した。急な斬撃の制止に腕の筋肉が軽く悲鳴を上げるが、それをこらえて彼は距離を開いた。


 ハジメが距離を置くと、クローズは離れ離れになっていた顔の切断面を縫合させ、彼の方へ振り返る。

 ハジメとの距離が開いたのを見ると、彼はその手を横に伸ばし、ハジメに対して正対する。続いてその手には一振りの魔法杖が召喚され、宙に浮かんだ所をクローズの掌で握りしめられた。

 相手の速攻で召喚が遅れた得物を手にすると、クローズは赤眼を煌めかせるハジメと視線を合わせ、不敵に嗤う。

 それと同時に、クローズの持つ魔法杖は炎によって覆われる。杖を炎でコーティングさせたクローズは、そのままそれを剣の形に象らせた。


 炎の剣を象形させると、クローズはハジメに対して歩き出す。

 彼が数歩進んだところで、ハジメはいきなり床を蹴って消滅する。

 次の瞬間、ハジメはクローズの横手へ潜り込んでいた。相手の左脇下の死角に潜り込んだハジメは、そこから斬撃を叩き上げてクローズの心臓を切り裂かんとする。ハジメが消失した瞬間、彼の狙い目に気づいていたクローズは、炎の剣を立てながら後退する。振り上げられた斬撃は、直後クローズの身体へと侵入するが、心臓到達直前で炎の剣と衝突、阻まれた。横手からの刃と剣がぶつかり合うと、クローズはそこでハジメの位置を悟る。そして彼が潜り込んだ左脇下めがけて炎の渦を放射、彼を焼却しようとした。

 迫りくる炎に対し、ハジメは素早くクローズの横手から後退、炎の渦を躱しながら、距離を開きにかかる。その際、死角からクローズの視界の内に移った彼へ、クローズは素早く振り向きながら炎の剣を振るう。その瞬間、杖をコーティングした炎が鞭の如く伸び、後退するハジメを追尾した。しなやかに振り払われる火の鞭を、ハジメは身体を傾けて回避して距離を置く。

 再び間合いが離れ、顔を向けあった二人は、今度はクローズ側から動く。

 彼は魔法杖を振り上げると、前へ踏み込みながらそれをハジメに対して振り下ろす。その動きに連動し、伸びていた炎の鞭はハジメの脳天めがけて振り落とされた。奔る鞭に、ハジメは遅いと言わんばかりに鋭く横へ躱し、同時に床を蹴ってクローズめがけて飛びこんでくる。その疾走に、クローズは鞭を横に薙いで防ごうとするが、ハジメは顔めがけて飛来するそれを、姿勢を低くすることで回避し、一気にクローズの懐まで到達する。


 紅電一閃。


 振り抜かれた斬撃に、クローズは魔法杖を掴む腕を斬り飛ばされ、魔法杖を取りこぼす。得物を落としたクローズに、ハジメは振り上げた刃を逆流させて斬りかかろうとする。それに対し、クローズは口を開き発声、その声と同時に、彼の口腔から爆流が吐き出される。紅蓮の爆流はハジメに襲い掛かり、ハジメはそれを斜めに体勢を傾けること何とか躱すと、横に突き出していた剣を薙ぎ払う。爆流で視界が眩しく眩む中、彼は直感を頼りに斬撃を心臓めがけて振り抜く。結果、刃は心臓の、僅か下を突き抜けてクローズを切り裂き、彼をその斬撃の勢いから後退させる。後ろへ引いたクローズは、切断された腕を前へ伸ばし、その切口から炎を放射する。火炎放射に対し、ハジメは横に身を捌くと、そのままクローズの横手から背後へ回り込む。敵の背後を取ったハジメは、そこから一気に間合いを詰め、切りかかった。

 迫るハジメの斬撃に、クローズは振り返りながら斬られた側の腕を振り抜く。その瞬間、彼の断たれた腕から炎の鞭が伸び、ハジメに対して叩きつけられる。中空を薙いだそれにハジメは空中に飛び上がりながら前転、鞭を回避しながら身軽に空を回ると、その遠心力で膂力の増した縦の斬撃をクローズの顔めがけて振り下ろす。その斬撃は、大振りであったがために見切るのは容易、クローズは後退して躱す。鼻先を掠めた刃は地面すれすれまで振り抜かれ、体勢を整えたハジメはクローズが立っていた場所に着地した。


 後退したクローズは、そこでハジメに切り裂かれた腕を回収し、切断面にくっつける。すると、傷口から炎が盛り上がり、斬られた腕を僅かに捩ってピタリと縫合した。

 杖ごと腕を治癒させたクローズは、すぐには追ってこないハジメと距離を置いて対峙する。

 そしてその顔に、喜色を浮かべた。


「なるほど。なかなかやる。確かに、鬼子としての力を解放してからの戦いぶりは、以前までとは桁違いだな」


 感心と歓喜からそう言葉をついたクローズに、ハジメは顔を上げて目を細める。紅色の瞳を輝かせながら、彼も口を開いた。


「だろうな。赤気は、基本的な身体能力自体を上昇させる。前までと比べれば、動きの速さは全然違う風に見えているはずだ」

「あぁ、全然違う。以前と比べて、ひやりと感じる攻撃も多くなった」


 顎を引いて答えると、クローズは炎を纏った魔法杖を胸の前へ招きよせた。


「こちらも、気を引き締めて戦わなければならないようだ。一瞬の判断の遅れが、命取りになるだろうからな」


 そう言うと、クローズは魔法杖の切っ先をハジメに向ける。その杖の奥から、クローズは口角を持ち上げて犬歯を剥き出しにした。


「さて。あとどれほど楽しませてくれるか、見物だな」

「悪いが、そうお前の期待には応えられないな」


 平然とした口調、揺るぐことのない真顔で言葉を返しながら、ハジメは剣を振り下ろして、クローズに対して歩み寄り始める。


「こっちは、早々にお前を斬るつもりだからな」

「そうか。ならばやってみせるがいいさ」


 ハジメの口上に笑みを深め、クローズはハジメに対して顎を上げる。かかってこい、という意味のジェスチャーに、ハジメは微かに目を細めた後、行動で応じた。

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