第6話③「玉砕覚悟」

 床を蹴ったハジメは、そこから一直線にクローズへひた走る。最短距離で迫ってくる彼に、クローズは突き出したままの魔法杖の先端から炎を発射させた。真っ直ぐに伸びていった炎の鞭に、ハジメはそれを横手へ躱し、そして前進してクローズの側面へと回り込む。そんなハジメの動きに対してクローズは鞭を横に薙いだ。ひた走る炎の線条に、ハジメは加速して鞭が到達するよりも早くクローズの側へと到達する。そして、そのスピードに瞠目するクローズめがけて斬撃を放った。斜めに振り下ろされた斬撃は、クローズの肩を抉って胸を切り裂く。心臓の核をめがけて斬り払われた斬撃に、クローズは身を捩って核への斬撃の直撃を避ける。辛うじて心臓の横を斬らせたクローズは、魔法杖でハジメを殴りにかかる。炎を纏ったそれの殴打を、ハジメは潜り込むように躱して、クローズの背面へ回り込む。

 旋回しながら回り込んだハジメは、そこで斬撃を放とうとして、クローズと反対側へ跳躍する。

 刹那、クローズが全身を起爆させて炎の怒涛を辺り一面に撒き散らす。爆発の余波で吹き飛ぶ火の粉を軽く浴びながら、ハジメはクローズとの距離を強制的に離される。

 後退したハジメは、爆発が勢いを失くして落ち着くのを待つ。そんな中で、全身を爆発させてハジメの攻撃を遮ったクローズは、ゆっくりと相手に振り向いた。


 視線が合い、クローズが嗤う中で、ハジメは無言で床を蹴る。

 爆発が収まった直後にすぐさま駆け出したハジメは、最短距離でクローズめがけて疾駆。

 それを見て、クローズは杖を突き出し、その周りに火の弾丸を複数召喚。

 直後クローズは、その弾丸をハジメめがけての連続して斉射を開始。

 迫る炎の弾丸の雨を、ハジメは疾走する軌道を変えることなく真正面から肉迫。

 迫った火球を、ハジメは霞むような連続の斬撃で続々と撃墜。

 瞠目するクローズへと、その間合いを踏破して刃圏へと吸引。

 そして、一閃――

 斬撃は、クローズの左肩を狙って振り抜かれ、クローズの左腕を根元から一瞬で切り飛ばした。本当は心臓を切り裂こうとして僅かに位置がずれた斬撃に、しかしハジメは舌打ちをすることもせずに続けて斬撃を打ちこむ。今度は横薙ぎ、切り裂いたクローズの左腕側から右へ向けての斬撃である。その斬撃に対し、クローズは突き出していた魔法杖を立てて防ごうと試みる。

 直後激突する、ハジメの紅刃とクローズの炎の剣――

 赤気を纏った長剣と炎を纏った魔法杖は拮抗し、勢いよく互いを弾き合う。その反動に、ハジメもクローズも体勢を崩し、そして両者とも敵の攻撃を警戒して弾けるように後方へ飛び退きあった。


 再び開く間合に、ハジメもクローズも顔を上げて相手を見る。

 その目を爛と輝かせたかと思うと、ハジメはすぐさま前進し、クローズはその場で魔法杖を振るう。クローズの振り抜いた炎の鞭は、天高く振り上げられると一気に急降下、疾駆するハジメの頭頂部めがけて叩きつけられる。が、それは彼に激突するかと思いきや、ハジメは視界外にあるはずの鞭が見えているかのように横に避け、鞭を床に叩きつけさせた。不発に終わった鞭は、床との衝突の衝撃によって爆ぜる。火の粉が周囲に飛び散り、辺りでは所々小火が発生した。


 辺りが炎を立てて炎上しているため、場の空気は熱が支配し始める。汗をかかされるのみならず、息がつまるようなその熱気で、しかしハジメとクローズはそれに対する苦情は一切顔に出さずに激突する。


 一気に間合いを詰めたハジメは、剣を横に薙ぐ。心臓、ではなく顔を狙ったその斬撃に、クローズは意表を突かれた様子で反応が遅れた。顔を下げようとしたクローズはその額を斬られ、同化した炎と共に顔の上半分を斬り飛ばされる。

 それによりよろめいたクローズをみて、ハジメは連撃を開始した。先ほどまでの攻防の反省か、核のある心臓を直接狙うのではなく、まずは他の部位を切り裂いてクローズの体勢を崩してから、急所を狙って攻撃を仕掛けるように戦法を切り替えたのだ。

 最初に顔を攻撃して視界と思考を遮ったハジメは、続いてクローズの腕を狙う。まず振り下ろし、続いて上げられるという一連の二つの斬撃は、クローズの両腕の肘から先を斬り飛ばす。それにより魔法杖を手放したクローズは、後ろに数歩後退してよろめく。

 猛攻によって完全に体勢を崩したクローズへ、ハジメは肉迫する。一気に懐深くまで潜り込んだハジメは、そこから斬撃を横へ振り、胸部ごとクローズの核を切り飛ばそうと斬りかかる。体勢を崩したクローズには対応できないと思われる状況、それを見極めて一気に勝負を決しにかかる。

 だが、その瞬間、ハジメを両脇から火炎放射が襲い掛かった。炎の出元はハジメに寄って斬り飛ばされた左右の腕だ。宙を舞っていたそれが、ハジメが肉迫した瞬間に炎と化して横合いからハジメに襲い掛かったのである。切り飛ばした腕が攻撃手段になると想定していなかったハジメは、それに対する反応が遅れた。攻撃を中断して避けようとするが、炎はハジメの横脇腹と胸部にぶつかる。拳を受けたような衝撃と炎の熱量に、ハジメは苦悶しながら後退、後ろ横回転をしながら床の上を転がった。


 ハジメが床を転がる中、クローズはハジメに寄って斬り飛ばされた身体の各部を炎と化し、元の位置まで吸い寄せると傷口を縫合させる。そうすることで傷を再生させたクローズは、くっついた両腕の掌を開閉させて感触を確かめながら、手にしていた魔法杖の先端をハジメに向ける。

 その杖の先で、転がっていたハジメは体勢を整えて立ち上がっていた。

 今しがた傷を受けた場所に手をやるハジメに、クローズは嗤う。


「惜しかったな。だが、甘い。そう簡単に私の核を破壊できると思うな」

「……簡単に行くとは思っていない」


 クローズの挑発的な言葉に対して、ハジメは平坦な声で応じるや、休む間もおかずに床を蹴った。

 再び真正面から迫るハジメに対し、クローズは嗤いながら炎の弾丸を周囲に数多召喚、それをハジメに向けて射出する。弾幕となって押し寄せるそれを、ハジメは一部剣で打ち落とし、一部を躱してクローズの許へ向かう。弾幕を切り抜ける彼の剣捌きは驚嘆に値するもので、戦いを静観している利理が思わず息を呑む。


 だが、弾幕を切り抜けた先で待っていたのはクローズによる猛反撃であった。


 ハジメが弾幕を切り抜けてクローズの前へ迫ると、クローズは横薙ぎの炎の鞭を叩きつけてくる。それをハジメは斬撃をもって応じ、鞭を半ばで切断、斬り飛んだ鞭を躱してクローズの前へ迫ろうとする。が、間合いに入る直前で悪寒を覚え、咄嗟に横転、するとその瞬間、彼が踏み入ろうとした場所に、背後から熱線が突き刺さった。それは、斬り飛ばされた鞭の残骸だ。ハジメによって斬り払われたそれは、その後熱線へと姿を変えると、背後から彼を穿とうと宙を走ったのである。

 辛うじてそれを躱したハジメに、今度はクローズが斬りかかってきた。彼は魔法杖を炎でコーティングして剣にすると、それでハジメを斬り焼こうと叩きつけてくる。ハジメはその斬撃を半身捌いて躱し、攻撃後の隙を見せる相手に斬りかかろうとした。

 だがその瞬間、クローズの身体から膨れ上がるエネルギーの放射をその赤眼で捉え、ハジメは横に大きく回避行動を取る。その直後、クローズは全身および手にしていた炎の剣を起爆させて、ハジメを爆炎に飲み込もうとする。それをすんでのところで躱したハジメは、爆風に煽られながら横転、クローズから距離を取った。

 そんな彼へ、爆裂した炎から弾丸が襲い掛かる。飛び散った火花を弾丸に変えたクローズは、それをハジメめがけて一斉に射出してきたのだ。迫る紅蓮の雨に、ハジメは目を爛と輝かせながら剣を捌く。放射される弾幕は、ハジメによって大方が撃墜される。しかしその一部は躱すことが出来ず、微かにハジメの肌を掠め、あるいは抉った。炎に焼かれる感触に、ハジメは苦痛を噛み殺しながら弾幕を打ち落とし続ける。

 およそ十秒ほど、続いた弾幕は途絶え、ハジメは片膝をついて肩で息をする。大方の炎の弾丸は打ち払ったものの、一部の弾丸はハジメの四肢を掠めて抉っていた。その数は十数に及び、ハジメは四肢に銃創を受ける。肌の一部が炭化し、血が滲み出る中で、ハジメはその痛みにこらえて真正面を睥睨した。


 その視線の先で、クローズが悠然と佇んでいる。彼は、ハジメの様子を見ると、得意げに笑みを浮かべて彼を観察していた。

 ――徐々にだが、実力差が露見しつつある。攻撃のスピードなどはハジメの方が上かもしれないが、戦いの運び方はクローズの方が圧倒的に上手だ。その証拠にハジメは戦闘のダメージを被っているが、クローズは未だ、あれだけハジメの猛攻を受けているのに傷一つない。

 少しずつ引き離れていく二人の状況に、ハジメは黙したまま焦りを噛み殺す。

 そんな中で、


「ハジメ! 負けないで!」


 声は、ハジメの背後から掛けられる。声の主は利理だ。まだ完全には身体が回復しきっていない彼女だが、徐々に体の状態はよくなっているのだろう、その声には力強さが籠っていた。


「速さと技の一部の技量は貴方の方が上よ! 勝ち目がないわけじゃない!」

「……分かっている。分かったからそこで安静にしていろ」


 背後からの声援に、ハジメは多少憮然とした声で応じる。

 そして、彼は立ち上がると剣を持ち上げてクローズと正対した。その動き、目の色にはまだ力が籠っており、少しも引きを取った様子はない。


「大体、能力は分かってきた。ひとつ気になるのは……」


 口の中でぼそぼそ呟き、ハジメはクローズに対して歩み寄る。

 それを見て、クローズは魔法杖に炎の鞭を発生させ、それをハジメめがけて叩きつける。その攻撃に対して、ハジメは軽く後ろへ跳ぶ。

 僅かしか飛ばなかったハジメに鞭が届く――と思いきや、鞭は意外にも伸びず、ハジメの鼻先を掠めて床に当たった。空を切って床で弾けた鞭を見て、ハジメはクローズを見る。その時、クローズは何故か笑みを消していた。それを見て、ハジメは確信する。


「十メートル程度、といったところか?」

「何の話だ?」

「惚けなくていい。それが、お前の同化魔術の射程範囲なんだろう?」


 呟きに反応したクローズに、ハジメは冷静に言葉を紡ぐ。


「炎の銃弾は例外のようだが、お前が炎と同化して攻撃を仕掛けられるのはせいぜいその程度の距離だ。同化魔術は一見不死身で無敵だが、大抵は射程範囲に限度がある。お前の場合、十メートル程度がその距離だということだ」


 ハジメがそう論理だって訊ねると、クローズは沈黙する。

 どうやら、図星のようだ。ハジメが言う通り、同化魔術というのは核を破壊するしか倒す手段のない半不死身の強力な術だが、弱点としてその射程範囲が極度に狭いという特徴が存在する。クローズの場合、炎と同化して攻撃を行なえる限度はその程度ということだ。炎の剣や鞭もそれ以上は伸ばすことが出来ず、相手の接近を待つしか対抗手段がないということであった。

 もっともそれが分かったところでハジメには何の利もない。ハジメの武器は剣であり、クローズを倒すには依然として彼の間合いに飛び込んで核を破壊するしか方法がないからだ。

 だが、相手の弱点を読んだことで精神的な余裕は生じた。

 そして、するべきことがはっきりする。


(特攻を仕掛けるしかないな)


 小手先の戦い方はもはや通じようがない。

 ただ一撃に全てを懸け、クローズの核めがけて攻撃を仕掛けるしかないだろう。

 そう考えると、ハジメは剣を八双から脇構えへと切り替える。

 そして大きく息をつく。


「どちらにせよ、俺のすることは変わらないけどな」


 そう呟くや、ハジメはキッと目を研ぎ澄まし、床を蹴る。そして、最短距離でクローズめがけて突進していく。


「それが分かったところで、貴様に打つ手など残しはしない!」


 クローズはそう叫ぶと、突進してくるハジメに炎の鞭を振るう。斜め上から下へと振り抜かれる鞭に、ハジメは微かに屈むことでそれを躱し、一気にクローズの間合いへとひた走る。攻撃を躱されたクローズは直後口角を持ち上げて鞭を捌く。床へ激突する直前だった鞭は軌道を変え、ハジメの足元を低空滑空する。足を払うようなその攻撃に、ハジメは飛んで躱す。直後、その鞭は破裂を引き起こし、火花となってハジメの下にばら撒かれる。ハジメはその火花の間に足をつけると、一気にクローズめがけて突撃する。だがそれより先に、火花がまるで意思を持ったようにハジメを背後から急襲する。火花はただ散ったわけでなく、その後弾丸と化してハジメを穿とうとひた走ったのである。始めからハジメが突進してくることを読んでいたクローズはそこまで考えて、最初から攻撃を仕掛けていたのだ。背後からの攻撃に、ハジメがどう反応するか、クローズは見る。背後からの弾丸にどう反応しても、クローズにはハジメを追い詰めるだけの攻撃を仕掛ける計算があった。


 しかし、ハジメはその弾丸に無反応だった。弾丸はハジメの四肢を掠め、数発は彼の背中に喰らいつくが、彼はそれを無視してクローズに接近する。

無反応ゆえ、クローズは裏をかかれた。

 ハジメは攻撃に全意識を集中、クローズの間合いに入るや最速の動きで最速の斬撃を繰り出す。

 一瞬の隙を突かれ、クローズはそれに反応が遅れた。ハジメの斬撃はクローズの胸部に喰らいつき、何とか身体を捩ろうとしたクローズの核に遂に到達する。斬撃は丸型をしたクローズの核の端部に刺さり、その破片を斬り飛ばした。


 攻撃を核に受け、クローズの表情は変わる。

 直後、クローズの体内ではエネルギーが凝縮し、爆発の予兆をハジメに視認させた。斬撃を振るったハジメは、急ぎ足を踏ん張って横へ跳び、両腕で頭部を守りながら横転する。その瞬間、クローズは爆発を起こして衝撃波を周囲にばら撒き、その爆風の圧力でハジメを大きく押しのける。爆風に乗って横転したハジメは、しかし一定距離があいた瞬間立ち上がってクローズを見た。

 果たして、クローズの状態はどうなったか――それを視認しようと目を凝らすと、クローズは炎の中で立ち、こちらを向く。

 そして、いきなり喀血する。彼は胸部を押さえ、顔を苦しげに歪ませて口腔から血を吐きだしていた。

 それは、クローズが初めて見せる苦痛の表情だった。

 ハジメの攻撃がついに核へと届いたことで、彼もダメージを受けたのである。

 そのことに、だがハジメは喜ばない。彼はじっとクローズを見て、そのダメージのほどを確認する。


(血を吐く程度か)


 苦しげなクローズだが、それでも彼はまだ健在である。完全に大丈夫というわけではないが、少なくとも戦闘続行が不可能なほど憔悴した様子ではなかった。そこから察するに、彼の受けたダメージは微々たるものということなのだろう。


(仕留めるには、核を完全に破壊する必要があるようだな)


 そう悟り、ハジメは歩き出す。彼もそれなりに、直前にクローズからダメージを負わされていたが、強く気にするようなほどでもない。それよりも、彼はクローズ攻略の糸口を掴んだことへの会心の方が強く、すぐにでも敵を仕留めようという気が逸っていた。

 そんな彼の前で、クローズはハジメを見て、怒りの眼を爛と輝かせる。目には憎悪と憤激が色濃く映りこんでいた。


「久々だ……私に、ダメージを負わせた輩は……っ!」


 憤激のあまり、軋んだ声でクローズは言う。口の端から血の糸を垂らしながら、彼はハジメを睨みつけた。


「もはや、塵すら残さぬ……。貴様を、滅却してやる!」


 そう言うや、クローズは魔法杖を大きく後ろへ振りかぶってから前方へ振るう。直後、魔法杖の周囲に浮かんでいた炎の弾丸が、一気呵成にハジメに向かって放射される。次々と宙を裂いて飛んでくる弾丸に、ハジメはそれを横に滑りながら躱していく。

 弾丸が空を切る中で、ハジメは弧を描く走行をしながら徐々にクローズへと迫る。そして、弾丸を躱しきった瞬間、一気にクローズめがけて飛びこんでいった。

 床を激しく蹴って間合いを縮めたハジメは、先ほど同様、その一撃に全神経を集中させて斬り掛かりにかかる。刃を後方に引いた彼は、一足飛びでクローズの懐に踏み込むと、裂帛の気勢と共にクローズに斬りかかった。

 それを、クローズは魔法杖を振るいながら後方へ回避しようとする。ひた走った超速の刃は、クローズの振るった魔法杖と交錯して甲高い衝突音を響かせ、同時に杖が纏った炎を周囲に飛散させた。火花の代わりに飛び散る火の粉に、ハジメは腕を軽く炙られるが、彼はそれを気にすることなく続けて攻撃を繰り出す。


 一閃。


 振り抜かれた横薙ぎは、クローズの右脇下から核めがけてひた走る。しかしそれを、クローズは魔法杖で防御、剣を弾いて互いの体勢を崩させる。


 一閃。


 弾かれた剣を、しかしハジメはすぐさま上へ跳ね上げると、直後急降下させてクローズに斬りかかる。斬撃はクローズの左肩を抉るが、身体を捻じったクローズの反射により、心臓の核のほんの数センチ横を突き抜け不発に終わる。


 一閃。


 攻撃を躱したクローズが、今度は魔法杖に紅蓮の炎を纏って横薙ぎ、ハジメはそれを低空に身を屈めて回避。高速の紅蓮の刃は、ハジメの髪を炙るのみで空振りに終わり、クローズは体勢を崩す。


 一閃。 


 体勢を崩したクローズへ、ハジメは踏み込みながら刃を掬い上げる。斬撃がクローズの胸部に直接喰らいつき、彼の核を微かかに抉って振り抜かれた。

 核へ攻撃が届いたことで、クローズは再び喀血して後方によろめく。

 それを見てハジメがさらに攻撃を仕掛けようとしたところで、クローズは杖を持たぬ手をハジメに突き出した。直後、火炎が放射。至近距離からの爆炎に、ハジメはたまらず横へ転がりながらクローズの側を離脱。後を追うように振りかかる炎の爆流から、すぐさま体勢を立て直すと後方へ飛んで攻撃の射程範囲から逃れる。


 間合いを開いたハジメは、十メートルの距離を保つと、そこで姿勢を整え大きく息をつき、再びクローズへの突撃を行なおうとした。

 そんな中で、意外なことが生じる。

 これまで常にハジメの攻撃を受け止めてきたクローズが、今度は自ら攻勢を仕掛けてきたのだ。佇むハジメに対し、クローズは言葉にならない怒声を吐き出しながら、ハジメへ一直線に迫ってくる。間合いを縮めてくる相手に、ハジメは一瞬眉根を寄せてから、その攻撃に対応するために正眼の構えを取った。


 迫ったクローズは、血の泡を吐き出しながら魔法杖を縦に振るう。それによって振り払われる炎の鞭を、ハジメは油断なく横に身を捌くことで回避し、反撃のために体重を爪先前方よりに傾ける。だがその直後、彼はクローズが身体の内部にエネルギーを集約していることに勘付き敵の狙いを看破、敵を引き付けつつも、一定距離に入った相手から大きく飛び退く。その瞬間、クローズは爆発を起こして爆炎を周囲にばら撒き、その炎の奔流にハジメを巻き込もうとする。近寄ってから彼を炎の餌食にしようとするクローズの狙いに、事前に気づいたハジメは余裕を持って回避。しかし爆風に押されて後方への跳躍を余儀なくされる。


 爆発を避けたハジメは顔を上げ、続いてのクローズの攻撃を見定める。するとクローズは、飛び散った爆炎の粉塵を操り、それを弾丸に変え、ハジメに対して照準、彼が足を止めているのを見て一斉に発射してきた。それを直前で読んだハジメは、横に飛んで弾丸を回避、そして素早く攻勢に転じる。弾丸を躱し、剣で打ち落としながら前進したハジメは、弾丸を躱しがてらに旋回、回転しながら飛んでクローズの前へ躍り出た。そして彼と至近距離で眼光をぶつけながら刃を振り払い、一気にクローズの核を両断しにかかる。


 その攻撃に、クローズは機敏に反応する。彼は斬撃を後ろに素早く引いて掠め取らせると、火の粉を散らしたその傷口から、炎の奔流を吐き出させる。至近距離から放たれる熱波に、ハジメは攻撃の余勢を使って迅速に回避を図るが、微かに左腕がその熱を浴びて燃え上がった。


 炎上した腕を、ハジメは一瞬顔を歪めてから、その腕の周りに赤気を放出させ、螺旋回転するように噴出させる。それによって、左腕の炎は消し飛び、微かに火傷のみが左腕に刻まれる結果となった。

 火傷にハジメは微かに顔を歪めた後、しかしその左手を剣の柄に添えると、再びクローズに対して斬りかかっていく。彼はクローズの右側面に回り込むと、そこから斬撃を振り上げる構えを見せて、そして斬撃を放つことなく横へ身を捌く。その動きに、クローズは翻弄された。てっきり攻撃を仕掛けてくると思った彼は、炎の剣をハジメがいた右脇の死角へと叩きつけ、それを空ぶらせて床と衝突させる。それによって炎が飛び散る中で、ハジメはクローズの背後を完全にとった。


 直後、ハジメは全神経を集中させた神速の斬撃を叩きこむ。


 ハジメの攻撃に勘付いたクローズは、直後、片腕を後ろにあてずっぽうに差し向け、その掌底から炎の波動を撃ち抜く。賭けに出た攻撃は、運よく嵌まり、斬りかかるハジメの身体へ突き進んだ。その炎を、ハジメは体勢を傾けることで躱しつつ、斬撃を振り払った。

 その結果が生んだのは……相打ちだ。

 クローズの打ち放った炎の波動はハジメの脇腹を捉えてそこを抉って延焼させ、対してハジメの斬撃はクローズの核の中心を半ばまで斬って振り抜かれた。それによって、両者はその攻撃の勢いを受けて転倒し、苦しげに顔を歪めながらも相手との距離を取るように後退する。

 転がって間合いを取った二人は、すぐに立ち上がろうとするが共によろけ、クローズは口腔と鼻腔から多量の血を噴き出し、対するハジメは焼かれた脇腹を押えて苦悶する。


 共に、受けた一撃の効果は甚大であった。

 クローズの場合、核は破壊されずに済んだものの、その大半を酷く削がれ、その影響で血液が大量に逆流して鼻と口から溢れ出ている。

 一方のハジメは、辛うじて臓器を焼かれるまではいかなかったものの、皮膚だけでなく肉が焦げ、それが剥き出しになりながら火傷するという深い傷を負う羽目になっていた。両者ともにダメージは少なくなく、彼らは互いの負傷にしばし苦しむ。

 だが敵の面前で痛みに耐えてばかりではいられない。

 二人はやがて傷を押して立ち上がると、肩で息をしながら相手を見据える。その眼光は、痛みをこらえながらもまだ死んでおらず、火花となってぶつかり合う。


(捨て身でいくしかないな)


 ハジメは、心中でぼそりと呟く。

 クローズにダメージを負わせること自体には先ほどから何度か成功させている。問題は、あと一歩のところで致命傷を負わせきれていないところだ。彼の頭では、クローズを仕留めるには文字通り身を捨てて攻撃を繰り出す必要があり、深刻なダメージ覚悟で斬りかからなければならないという認識があった。

 先の攻防がそれを如実に表している。クローズのあてずっぽうの攻撃を、彼は上手く躱そうとした。それでは駄目なのだ。クローズを倒すには、命が懸かるダメージを負ってでも攻撃を繰り出す必要があるのだ。

 それを認識して、ハジメは口の端から零れる血の糸を弾く。

 そして、どちらにせよ――


「次が、最後だ」


 肩を揺らしながら、ハジメは鋭い眼光で相手を睨み据える。


「いい加減、ケリをつけよう。これ以上の戦闘は、お互いにきつそうだからな」

「……あぁ。そろそろ、貴様の顔も見飽きたところだ。その身を今度こそ焼却してやろう」


 ハジメの言葉にクローズは応じ、魔法杖を振るってハジメとの間合いをじりじり縮めてくる。額から汗を垂らし、血の糸を流しながら、両者は間合いを測る。

 周りの床では微かに燃え上がった火がちらつく中で、両者は互いの攻撃を警戒する。


 ――きっかけは、何だったか分からない。

 しかし、先に仕掛けたのはハジメだった。

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