第6話④「終焔」

 ハジメは床を蹴ると、一直線にクローズへ疾走、剣を振り上げて相手へと斬りかかりに入った。それを見たクローズは、すぐさま魔法杖を突き出し、そこから熱線を放射、ハジメの身体を射抜こうとした。

 それが空を切るのを見て、クローズは横へ目をやる。その視界の隅に、彼は回り込むハジメの影を捉えた。ハジメは攻撃のフェイントの後、クローズの応撃を回避してその背後へ回り込もうとする。それを見たクローズは、振り返りながら魔法杖を翻し、縦の刃をハジメの脳天めがけて振り抜く。後ろへ駆けていたハジメに、それはピンポイントで叩きつけられるかに見えた。


 だが、ハジメが急に停止したことで状況が変わる。

 急ブレーキをかけてその場に止まったハジメの眼前を、炎の剣は縦に叩きつけられて炎を四散、クローズは目を見開きながら立ち止まったハジメを確認する。ハジメは、急停止から高速で後退、来た道を戻ってクローズの視界から再び消える。そして今度こそ、完璧にクローズの背後を取った。


 ハジメはそこで剣を振り上げ、クローズの背中から核へ向かって刃を叩き斬りに入る。このタイミングと攻撃速度、クローズは常策では躱せない。

 それを一瞬で確信したハジメは、剣を振り抜きに入る。全神経を集中させた渾身の一振りが、今、ハジメの手によって振り下ろされ出す。


 神経・意識の集中は、ハジメの感覚を極限まで支配して、全てをスローモーションと化させた。

 それによって、ハジメはクローズの次の手を悟る。ハジメの攻撃を躱せないと直感したクローズは、その瞬間全身のエネルギーを呼応させた。簡単に言えば、次の瞬間全身を爆発させることで炎の気流を生み、それにハジメを飲み込もうとしようとしている。攻撃を躱せないクローズからすれば、防御も反撃も行える一石二鳥の手であり、当然ハジメがそれに巻き込まれない様に回避行動をしてくると読んでの判断だったであろう。


 それに対し、ハジメは刹那の逡巡――そして決断する。


 ハジメは、逃げなかった。

 彼は逃げずに、クローズに致命的なダメージを与えることを優先する。

 それは自身も多大なダメージを受けるだろうことを覚悟しての一手であり、上策とはいえない捨て身の一手だ。

 しかし彼はそれを選択する。クローズを斃すために、彼を致命傷に追いやるために。

 それは、完全にクローズの意表をついた形となった。相手はおそらく、ハジメが躱そうとしないことに、起爆寸前で驚愕したに違いない。

 直後、クローズの爆撃とハジメの渾身の一太刀がぶつかり合った。

 暴れる炎の奔流を、ハジメの紅刃は切り裂いて、クローズの心臓にある核にひた走る。爆発の衝撃で、ハジメはその身を炎に吹き飛ばされるが、全てを捨てた青年の一撃は、鋭く振り抜かれ、クローズの心臓部位にあった核を両断した。

 爆発に、ハジメは後方へ奔流に攫われて吹き飛ばされ、クローズはそれとともにその場に頽れる。

 長剣を手放したハジメは黒い煙を纏いながら錐揉み飛ぶと、勢いよく地面に叩きつけられて横転する。しばらくして止まった彼は、黒い煙を上がらせながら身体をビクンと震わせた。服は燃えるというより溶けてなくなり、その破片が皮膚に張りつくという痛々しい姿と化す。

 一方でクローズは、両膝をついてから顔より地面に叩きつけられ、驚愕で目を見開きながら悶絶していた。まさか爆発に巻き込まれることも厭わずに攻撃を繰り出してくるとは想定していなかった彼は、驚愕で目を、激痛で口を開きながら、多量の血を噴き溢す。


 倒れた両者は、共に容易には立ち上がれない。


 ややあって立ち上がったのは、静観者であった。

 彼女はふらつきながらも立ち上がると、そのまま慌てた様子でハジメに向かって駆ける。そして、半ば転ぶようにして彼の側に座り込んだ。


「ハジメ! 大丈夫⁈」


 駆け寄って声をかけた後、彼女・利理は息を呑んだ。

 吹き飛ばされたハジメは四肢こそ吹き飛ばずに無事なものの、全身に酷い火傷を負っている。昼ごろあった時も酷かったがそれと同じぐらい、否、その時よりももっと酷いかもしれなかった。素肌は各所が炭化し、服が張り付いて痛々しい。出血もみられ、そこからはどろりとした血が滲み出ていた。


「い、今治療するから。動いちゃ駄目よ!」

「……俺のことは、いい」


 急いで治療魔術を発動しようとする利理であったが、ハジメはそれを、直接手を持ち上げて止める。虫の息だ。しかしそれに固まる利理へ、ハジメははっきりとした声で言う。


「それよりも、クローズに、とどめを刺してくれ……。まだ、奴は息がある」


 そう言われて、利理ははっとしてクローズに目を向ける。爆炎によって微かに床が炎上している中で、クローズは微かに痙攣している。まだ息があるのは見て取れた。

 それを確認し、しかし利理はハジメの言葉に応じず、彼に目を戻す。そして、きっと目を吊り上げた。


「そんなこと後でいいでしょ! 今は貴方の傷を治すことの方が――」

「違う。アイツを仕留めておかなければ、この戦いの、意味がなくなる。俺がこうして傷を負ったこと自体も、意味がなくなるだろうが……」


 怒鳴る利理に、ハジメは苦しげな声でありながらも彼女へ訴えかける。

 確かに、ハジメはこれだけの傷を負いながらもクローズを追い詰めることに成功した。なのに、ここで彼を生かして逃げられたりした時には、彼が負傷した意味はなくなってしまう。


「俺は、もう動けない。奴を仕留められるのはお前だけだ。頼む……」

「………………」


 その懇願に、利理は治療を止める手を止めて固まる。ハジメは重傷だ。しかし、言葉には、ハジメの言う事には理があった。

 ややあって、利理は立ち上がる。その顔には、覚悟の色があった。


「分かった。すぐにとどめは刺してくるから任せて」

「……心臓を突け。そこにあった奴の魔術同化の核は、破壊しつつある。それを完全に壊せば、奴も息絶えるはずだ」


 クローズの方を見て目を凝らしながら、ハジメは言う。彼の目には、クローズの現在の状態が透視できた。

 すでに彼の同化の核は、ハジメの剣によって切断されて崩壊寸前だ。あともう一押し、その核に物理的な攻撃を加えることが出来れば、炎と同化できるクローズとて最早無事では済まされないだろう。

 ハジメの指示に頷くと、利理は疾走する。彼女は脇目も振れずにまっすぐにクローズの側まで駆け寄ると、彼の傍らに立つなり刀を召喚する。

 その動作を、苦悶していたクローズは顔をあげて目視する。立つ力は残されていない様子のクローズは、自分の側に歩み寄ってきた利理を見上げ、目を威圧的にぎらつかせる。その様は、さながら手負いの獣だ。


「貴様ぁ……っ!」

「さっきは、よくもやってくれたわね」


 自らにとどめを刺しに来た利理を睨み上げるクローズに、利理は粛然とした口調、僅かに怒りを込めたそれで言葉を返す。


「本当は、じっくりと仕返ししたいところだけど、急いでいるから、とっとととどめを刺させてもらう」

「糞餓鬼がぁ! 私の命運を貴様如きが刺そうというのか⁈」


 口端から血の泡を吐き出しながら、クローズは吼える。それまでどこか丁寧だった態度は完全に取り除かれ、彼は覇気も威厳も感じさせない惨めな咆哮を続けた。


「貴様ら如きにこの私がっ! 世界を制するはずだったこの私を止めようなどと――」

「悪いけど、最後まで聞いてあげる時間はないの」


 そう言うと、利理は刀を下に向けて持ち上げると、すぐさま下方へ突き下ろす。そして、クローズの心臓の位置にある核をその切っ先で貫いた。刃は核を完全に貫き、それを崩壊させる。それによって、クローズの周りに撒かれていた炎は鎮火、完全に同化の術が解かれる。

 同時に、急所を突かれたことでクローズは口や鼻の孔から多量の血を噴きだす。


「……おのれ、おのれぇぇぇえええ!」


 大量の血を吐き出しながらも、クローズは怨嗟を吼える。死の間際に、彼は最後の力を振り絞るように叫び声を上げた。


「貴様ら如きに、このっ、私が敗れるなど、あるものか! こんなことがあるはずがないぃぃぃいいい!」

「私たち、ではないわ」


 吐き出された血の一滴が頬につく中、それを浴びた嫌悪感で目を細めながらも、利理は冷静に訂正する。


「貴方は、ハジメに負けたのよ。彼が、私なんかのために振り絞ってくれた勇敢な戦いによって、貴方は敗れたのよ。死ぬ前に認める事ね。自分が、彼を侮ったことで敗れたことを」

「認めるかっ! 認めてなるものかぁっ!」


 利理の勧告を、クローズは血を弾き飛ばして吼えながら拒絶した。彼は目をぎらぎらと怨念で輝かせつつ、叫び続ける。


「覚えておれ! 私はただでは死なんぞ! この身尽き果て魂が身体から離れて行こうとも、必ず貴様らを呪い殺してやる! そして、いずれは私の最高傑作が、貴様らを――」


 恨みと怒りを吐き出し続けるクローズであったが、言葉は途中で途切れる。

 核ごとその身を貫いていた切っ先を、利理が引き抜いたからだ。引き抜かれた刃によって開かれた傷からは、多量の血が噴水のように上がり、同時に逆流した血がクローズの喉を潰す。それによって声を塞がれた彼はそれ以上の言葉は発せられず、彼は目と口を開いたまま顔を横向けに倒して地面に押しつける。

 そして、そのまま彼は動かなくなり、ゆっくりと目の輝きを失っていった。

 それを見て、利理は数歩引く。血で濡れた刃の切っ先から雫を落としながら、彼女はクローズが完全に息絶えたのを確認する。

 そしてそれを確信するや、急いで走り出した。刀を消滅させると、彼女は大急ぎでハジメの許へ戻ってくる。


「待っていて。今、治すから!」


 そう言うと、利理はすぐさまハジメの傷だらけの身体に触れた。その瞬間、彼女の掌から薄く白い光がハジメに伝播していく。それは、傷を塞ぎ細胞を活性化させる治療魔術の光だ。流血を止め、傷ついた筋繊維を癒しながら、彼女はハジメの傷を治そうとする。

 そんな治療魔術を使い始める利理であったが、その最中、彼女の目からはぽろぽろと涙がこぼれ出す。それを見て、ハジメは固い表情で苦笑した。


「なんで、こんなところで、泣くんだよ?」

「だって……だって私を助けるために貴方は――」


 肩で涙を拭いながら、利理は傷の治療を続ける。自分のためにハジメが死にかけたことに、彼女は哀しみと罪悪感を抱いていた。そのことを、彼女は口に出そうとする。


「いやぁ。実に素晴らしい戦いでした」


 突然の賞賛と拍手は、利理の前から聞こえてきた。彼女がぎょっと顔を上げるのに対し、横倒しになったハジメは目だけ動かしてそちらを見る。声は、工場の入り口付近から中へ入ってきた。

 そこにいたのは、グレーのスーツ姿の青年であった。特定は容易だ。呂馬である。

 二人が自分に気づいたのを見ると、彼はにっこりと笑みをたたえた。


「まさか、本当にクローズ様を斃されるとは想像しておりませんでした。現実は非情で、せいぜい一太刀入れる程度のものかと高を括っておりましたが……私もまだまだですね。本当に、戦いの中で強くなるとは」


 にこやかに言いながら、呂馬は工場内へと歩み寄ってくる。

 そんな彼の動作、というより彼の出現自体に利理は困惑した。が、やがてそれをまともに取り合わないと決めたようだ。彼女は彼を無視し、ハジメの治療に視線を落とす。

 一方でハジメは、呂馬に対して目を細めたのみで、すぐに天を仰いだ。その顔には、色濃い疲労感が浮かんでおり、呂馬の相手をするような社交性は残っていなかった。

 二人から無視される形となり、しかし呂馬はいささかも気分を害した様子なく歩み寄ってくる。そして独りでに、口を開く。


「鬼子としての力を有しているとはいえ、クローズ様は運やまぐれで倒せるような方ではございません。これはつまり、ハジメ様が相打ちに近い形であるとはいえ、彼らと同じレベルの実力を持っていることを証明したといって過言ではないでしょう。彼の実力は大会参加者の中でも上位、一気に大会の有力者に名乗りを上げた形になりました」


 そう流暢に喋った後で、呂馬はハジメと利理の数メートル手前で足を止める。


「流石ですね、九頭一様。すでに本選出場の権利を決めただけならずこの大金星、進行役という立場も忘れて感服いたしました」

「……俺のことは、どうでもいい」


 呂馬からの賞賛に対して、ハジメはつれない口調で言葉を返した。


「それよりも、お前は利理に、言うことがあるんじゃないのか?」

「……そうですね。確かに、その件についても触れなければなりませんね」

「何の話?」


 治療を続けながら、ハジメと呂馬の会話の内容を不審がったのだろう。利理が手をハジメに添えたまま、顔だけ上げて二人を交互に見る。

 そんな彼女の疑問の視線に、呂馬は恭しく頭を垂らす。


「巽利理様。貴女に伝えることがあります。貴女は先ほど、クローズ様に対してとどめを刺しになられました。彼を仕留めたことにより、貴女はキリング・パーティー予選参加者の本選出場条件となる参加者の一定数の参加者の殺害の項目をクリアいたしました」


 頭を下げたまま、呂馬は丁寧な口振りで告げる。その言葉に、利理は驚きから思わず治療を止めて顔を上げた。


「また第二要件である、一定数の参加者との邂逅も既に果たしております。種明かしをしますと、殺害者数の条件である五名を無事仕留め、邂逅必要者数である十名との遭遇も完了しております。そして、最後の条件である主催者もしくは進行役との接触も、今こうして果たしています。よって――」


 そこまで言うと言葉を止めて、呂馬はこちらを見る利理に対して微笑んだ。


「貴女のキリング・パーティー本選出場が決まりました。おめでとうございます」

「………………」


 呂馬から告げられた言葉に、利理は絶句する。それは彼女にとって望外のこと、すっかり失念していたことであった。

 自分が既にキリング・パーティーに深く関わらせられていることは知っていたが、まさかその予選を突破して本選出場を決めるまでになっているとは考えていなかった。そのため、利理は呂馬の言葉に茫然とし、事実を飲み込んでそのことを実感するまで時間を要した。

 やがて、戸惑った様子で口を開閉させる彼女であったが、そんな彼女の耳に溜息が届く。目を伏せる。するとそこでは、ハジメがやや不機嫌そうな顔で呂馬を見ていた。


「呂馬。お前、わざと隠しているだろう?」

「はて、なんのことでしょう?」

「惚けるな。利理は、本選出場を決めたんじゃない。別の権利を手に入れた、そちらの方が、利理にとっては重要なことだろう」


 声は未だ苦しげで、どこか無理して発声している様子で、しかしハジメは何やら指摘する。その言葉に、利理は不審を覚える。


「どういう、こと?」

「……覚えてないのか。お前、このふざけた殺し合いから、降りたがっていたじゃないか」


 呼吸を整え、ハジメは言葉を紡ぐ。その言葉に、利理は目を点にする。一体何の話か、いまいち思考が回らずに混乱する。


「呂馬が前に言っていただろう。この大会を抜けるには、予選突破を決めて、その上で棄権の意思表示をしなければならないって。それを今のお前は果たしている」


 ハジメが丁寧に説明すると、その言葉に利理はそのことを思い出す。

 確かに、そうであった。本選出場を決めた人間は、同時にこの戦いを離脱する、棄権する権利を認められている。キリング・パーティーから抜けたいと思っていた利理にとってはそちらの方が重要で、つまり彼女はキリング・パーティーから脱退する権利を得たという事なのだ。


「そうか。じゃあ、私は――」


 このふざけた戦いから降りられる――そう喜びを口にしようとしたところで、彼女は口を噤む。喜ぼうとしたのだが、彼女には何かが引っ掛かった。今しがた、呂馬は利理がクローズを仕留めたことによって、第一の条件を満たすことがかなったと言った。それは、自分が動けないハジメの代わりにとどめを刺したがゆえだ。

 それは偶然、たまたまであったのだが、その偶然が彼女には別の可能性を考えさせた。その、ある可能性に思い至り、利理はハジメを見下ろす。


「ハジメ……もしかして、貴方……」


 その可能性を推定し、利理は息を止める。

 もし、ハジメがクローズを仕留めることが出来ていれば、利理はこの戦いの舞台から降りる権利を得られなかっただろう。

 またハジメは、利理に対して自分は動けないからと言って、クローズへのとどめを促した。それはあの一連の流れからして自然に見えたが、もしかしたら――

 利理は、驚きによって目と口を点にする。それに気が付いた彼女の反応を見て、ハジメは目を逸らした。その反応を見て、利理は確信する。


「私のために、わざと……」

「考えすぎだ。そんなこと、考えてない」


 利理が何を想像しているのか悟った様子で、ハジメはそれを否定する。もっとも、それは真っ赤な嘘だ。

 初めから、ハジメは利理にクローズへのとどめは譲る気であった。彼女を、キリング・パーティーという舞台から退場させるために。

 ハジメの嘘に気づいたのか、利理はまたも目元を潤ませる。そして、涙をこぼしながら、肩を震わした。


「そのために、こんな無茶をしてまでアイツと……」

「だから、それはお前の勘繰りが過ぎているだけだ。俺は奴と決着をつけたかった、それだけだ」


 事実に気づいた利理に、だがハジメは再びごまかそうとする。但し彼は利理と目を合わさないことから、その言葉が信憑性のないものだと証明しているようなものだった。


「そんなことよりも、早く宣言しろ。呂馬に対して、はっきり言ってやれ」


 再び泣きだした利理を見て、ハジメは目を閉じて息をつく。徐々にだが、意識が遠ざかり始めるのを感じる。そんな彼の頬に、利理は涙を落とす。ハジメの、献身的な自分への配慮に、彼女は言葉も返せない。

 二人のそのやりとりを、呂馬は黙って観察していた。そして、二人が無言になったのを見て首を傾げる。


「――さて、利理様。私に何か言いたいことがあるのでしたら、お聞きいたしますよ?」


 そう言って訊ねてくる呂馬に対し、利理は涙を拭って顔を上げる。このまま泣いてばかり、黙り込んだままではいられない。せっかく、ハジメが与えてくれた選択の権利だ。それを無下にすることは出来なかった。


「本選出場を決めたキリング・パーティー参加者は、同時に戦いへの棄権も行使できる――それに嘘はないわね」

「……えぇ。確かにそのような規定もありますね」


 利理の確認に、呂馬が苦い笑みを浮かべる。彼女がそれを選択するのを、呂馬もある程度予想はしていた。もっともその選択を取られるのは、呂馬にとってあまり好ましいものではない。彼とすれば、参加者は離脱せずにそのまま参加を表明してほしいものであった。


「私としては、そのような権利を行使されるのは苦いものがあるのですが。ただ、権利を行使するのはあくまで参加者である貴方自身。止めることはできません」

「お前の気持ちなんて、関係ないだろう」


 未練がましい言葉をつく呂馬に、目を閉じていたハジメが正論で指摘する。


「決めるのは利理だ、だから……」


 両目を閉じた状態で、ハジメは中途半端に言葉を紡ぐ。途中で声が途切れたのを見て、利理は彼の方へ視線を下ろす。


「……ハジメ?」

「悪い。もう、意識を保っているのも、限界みたいだ……」


 ぼそりと、ハジメは力なくつぶやく。


「いささか疲れた。少し休ませてもらうぞ……」


 そう言い切った後、ハジメは完全に意識を失う。

 死んだわけではない。戦いの疲労がピークに達して。半強制的に眠りにつかされただけだ。

 ただ、利理にはそうは映らなかったらしい。彼女はハジメが息を失ったと勘違いして、必死に声をかける。その声にハジメが応じないのを見て、彼女はますます焦った。

 しばらくして、呂馬がハジメはただ気絶しただけだと思わず指摘するまで、利理はハジメに声をかけ続ける。その呼びかけに、ハジメが答えることはなかった。

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