第5話③「教唆」
「あれだけ発展した街のすぐ郊外とは思えない場所だ。生態系も豊かなようで、さきほど足首をたまたま地を這っていたシマヘビに噛まれてしまいましたよ、ははは」
そう言って、いきなり森の中から現れた男性は自らの右の足首を指で差す。言葉からして災難な目に遭ったにもかかわらず、その表情はひどくにこやかだ。
そんな相手に、ハジメは自然と目を細めた。
「あ、でも私、蛇に詳しくないから種類が違うかもしれませんね。もしかしたらあれ、マムシかもしれませんね。暗がりで、皮の模様とかはっきり見えませんでしたし」
「病院に行け」
「おや? 心配してくださるので? 大丈夫、さっき解毒の魔術を使っておきましたし、多少の毒なら耐性があるんです、私」
「……何の用だ、呂馬。こんな山奥にまで現れるとは」
饒舌な様を見せつける男性・呂馬に対し、ハジメは辟易とした様子で構えかけた剣を消失させる。気を張り詰めていたところで現れた彼に調子が狂わされるのを実感しながら、ハジメは内心げんなりとした気分となった。
もっとも、それを表情に出すような人間ではない。ハジメは、いつもどおり無愛想な真顔で呂馬を迎え、立ち上がる。そんな彼に、呂馬は会釈しつつ口を開く。
「貴方に会いに来た、といったらどうします? それも事務ではなく個人的に」
「興味がない」
「おや、そうですか。残念です。まぁ、実際には事務的な用事でお会いしに来たのですが……」
頬をかいて苦笑いを浮かべながら、呂馬はハジメに語りかける。それにハジメが特に反応しないのを見てから、呂馬は背後へ目を向けた。
「それにしても、先ほどまで、凄まじい戦闘を行なっていたようだ。爆発音とか炎の波とか、見ていて凄かったですよ」
「……戦いを覗き見していたのか?」
呂馬の言葉からそう推測して、ハジメは呂馬に訊ねる。すると呂馬は頭を振った。
「いいえ。遠くから眺めていました。近寄ると、巻き込まれる可能性もありますからね。私、戦闘は嫌いなのです」
「結局覗き見はしていたんだな」
問いを否定した呂馬だが、実際にはハジメが指摘する様にあの戦いを見ていたようだ。
その指摘に、呂馬は薄い苦笑を浮かべてごまかす。
「元々、貴方がたとクローズ様がたがぶつかるのは時間の問題と思っていましたが、やはりこうしてぶつかりましたか。その結果、クローズ様がたの人間は多くが死に、貴方と利理様のうち利理様の身がこうして囚われの身になってしまったことは、少なからず残念に――」
「待て。今、さも当然のようにクローズたちについて喋ったな」
手は出さずに声だけで相手を制し、ハジメは目を細める。そこには、色の濃い猜疑が宿っていた。
「その言い方……いや、奴らの言い分も含めれば、お前、クローズたちとも接触していたんだな?」
「えぇ、そうですが。それが何か?」
あっけらかんと認めた呂馬に、昼過ぎにクローズと戦った時のことをハジメは思い出す。
あの時クローズは、キリング・パーティーの進行役と接触したことについて触れていた。その会話の中で、ハジメはキリング・パーティーのルールの情報の一部を得ていたが、その際に相手方が語っていた進行役というのは、おそらく呂馬の事と思われた。本人も今それを認めたため確固たる事実であることは分かる。
だが、そうなると、ハジメには呂馬に対して一つの疑惑が浮上する。
もし、呂馬がクローズ側の人間と接触していたのだとすれば、
「お前、利理の相棒が元々向こう側だという事も知っていたのか?」
目を細めながらハジメが問うと、呂馬は頷く。
「はい、勿論。それがどうかいたしましたか?」
あっさりと疑惑を認め、呂馬はそれが何かといった様子で首を傾げる。その堂々とした反応に、ハジメは眉根を寄せる。
「何故、それを利理に黙っていた? 分かっていて、黙っていただろう」
「ふふっ、そうですね。私が黙っていたことによって、彼女もその事実にすぐに気付けず、傷つくような結果になったことが納得いきませんか? それとも、その事実へ辿りつくのが遅れたせいでこうして窮地に陥ったことを恨んでいらっしゃるのですか?」
「……どちらでもない。事実が知りたいだけだ」
「事実、ですか。まぁ何故喋らなかったかといえば、公平を期すためです」
「公平を、期す?」
意味をよく解せない様子でハジメが問うと、呂馬は再度顎を引く。
「えぇ。クローズ様がたは、キリング・パーティーを優位に勝ち進むべく。美冬様という内偵を利用しておりました。その事実を、敵である貴方がたに私が喋っては、私は貴方がたに一方的に肩入れしていることになってしまうでしょう? そうなっては不平等です。だから事実を知りながら黙っていた、そういう次第です」
悪びれることなく、呂馬は言い切る。確かに、第三者である彼の立場を考えれば、それはもっともな意見のようにも思える。
無論ハジメや、仮に利理などが訊いたならば納得できる意見とは言い難いが。
少し表情を険しくするハジメに、呂馬はさらに言う。
「まぁ、その事実を教えずとも、個人的には貴方や利理様が遅れを取るとは思っていませんでしたけれどね。現に、利理様は残念ながら囚われましたが、ハジメ様はこうして健在だ。そして、おめでとうございます」
突然、呂馬はハジメに対して祝意を表してくる。その言葉に、ハジメは怪訝な目つきで彼を見た。そんな中で、呂馬は続けて言う。
「今、貴方に会いに来た本題はこれからです。よく耳を澄まして聞いてくださいね」
「何が、おめでとうだというんだ? クローズから逃げ切ったことか?」
「いいえ。貴方がクローズ様配下の玉鏡を殺したことで、条件をすべて満たしたことに対してです」
「条件?」
不審そうにハジメが言葉を復唱すると、呂馬はにこやかに微笑む。
「キリング・パーティーの本選出場の条件は覚えていらっしゃいますね? 一つが一定以上の参加者の殺害。もう一つが一定以上の参加者との邂逅。そしてその条件を満たした上で主催者もしくは進行役と接触すること……そのすべてを、貴方は今満たしているのです」
笑みを深めながら呂馬が言うと、ハジメはその言葉の意味をおおよそ理解する。その様子を目敏く悟って、呂馬は続けて言う。
「玉鏡様を仕留めたことで貴方は一定以上……五人の参加者を斃しきり、クローズ様方との遭遇で一定以上の参加者……十名以上との邂逅もクリアいたしました。そして、こうして私と会えたことで第三の条件も満たし――」
言葉を途中で切って、呂馬はハジメに対して頭を下げる。
「九頭一様のキリング・パーティー本選への出場は決定したということです。おめでとうございます」
「……そのことを、俺に告げに来たのか」
祝意と報告に、ハジメは苦い心中で、それを顔に出さずに問い返す。そこからは、喜びは少しも感じられない。
それを見て、呂馬は目を瞬かせた。
「えぇそうです。嬉しくはないのですか?」
「嬉しいものか。俺は組織の命令を受けてキリング・パーティーの詳細を探っていただけだ。その結果が、たまたまこの結果に繋がったにすぎない。積極的に参加している訳ではない」
「そうですか。それは少し残念」
ハジメの冷たい反応に、呂馬は少しばかり困った様子で、眉を八の字に持ち上げながら笑う。
「ですが、本選への出場が決まったのは事実。これでもう、貴方には戦う理由はなくなりましたね」
「戦う理由? なんのことだ?」
「おや。分かりませんか。クローズ様との戦いのことですよ」
呂馬の言葉を不審に思うハジメに、呂馬が目を丸めて言う。その言葉の内容に、ハジメの目付きが微妙に変わった。
「貴方とクローズ様がぶつかったのは、同じキリング・パーティーの参加者というのも一側面としてあるのでしょう。ですが本選出場を決めた今、積極的に彼と戦う理由はなくなりました。違いますか?」
「待て。話が見えない。何が言いたいんだ、お前は」
相手側の言葉がいまいち理解出来ず、ハジメは怪訝な気持ちで訊ねる。
それに対し、呂馬は回答する。
「クローズ様側は、利理様を人質にして貴方との決着を望んでいるようですが、それに応じる積極的な理由はないということです。有体に申せば、戦わずに逃げることをお勧めしているわけです」
さらりと自分の真意を語った呂馬に、ハジメは思わず固まった。進言にハジメが無反応なのを見て、呂馬は続けて言う。
「本選出場を決定させた以上、貴方をこれからも積極的にこの大会の戦いに干渉させる気は我ら運営サイドにはありません。むしろ本選が始まるまで、隠れていてほしいぐらいです。これ以上、殺し合いに参加する責任や必要も皆無ということです」
「……何が言いたい?」
相手の言葉に耳を傾けていたハジメは、少し間を置いてからきつい目付きで呂馬を見る。
訊ねる言葉とは裏腹に、聡いハジメはおおよそ相手が何を言いたいかを分かっていた。それをあえて訊ねたのは、心のどこかがそれに反発しているからだろう。
そんなハジメの心中を見切りながら、呂馬は答える。
「要するに、さっさとこの街から退散することをお勧めしているのです。クローズ様との接触は、貴方にとって無駄な行為だということですよ」
そう言う呂馬の顔からは、いつの間にか笑みが消えていた。その顔はどこか真剣で、柔らかかった先ほどまでと空気が変わっている。
「分かっているのでしょう? 今の君では、クローズ様に勝つことは出来ないぐらい。それだけの実力差が彼とはあるということを」
「………………」
「彼と戦えば、おそらく今のままではやられてしまう。とはいえ、彼との実力差が埋まらないわけではない。君はまだ若い。これから力をつける、成長する時間は充分にある。本選開始まで腕を磨いて、おそらく本選まで上がってくる彼を、その時斃せるようになればいい」
河原の地面に転がる小石と砂利を、革靴の裏で均しながら呂馬は言う。その内容は、言うなれば今後のハジメの行動に対する提案だ。
「およそ君には、クローズとこれ以上戦う理由もない。戦わずに逃げるのが最善だ」
「……俺が逃げたことで、捕まっている奴はどうなる?」
小さな声で、ハジメは呂馬に対して問いを発する。それは、呂馬の論理に対する反論のようなものだが、声が小さいことから分かるように、それほど強い意思表示ではない。
「それは、戦う理由としては小さすぎますね」
ハジメの問いを、呂馬はバッサリと切り捨てた。
「元々彼女は君にとっては赤の他人だ。しかも昨日会ったばかりで繋がりも薄い。そんな人間のために敵いもしない相手に戦いを挑む意味など無いに等しい……君ほど賢い人間なら、冷静に考えれば分かるはずだ」
「……助けられた恩があってもか?」
「彼女に助けられた恩なら、すでに充分返したのでは? 昨日も彼女を助けたようだし、今日も工場から彼女を救いだし、敵の片割れを引き受けて倒して見せた。命を救われた恩に見合うだけの行動は、君は既に果たしている」
ぼやくように問いを発するハジメに、呂馬はあくまで冷静に、論理的に言葉を返す。流暢に紡がれる理知的な言葉に、ハジメは強くは言い返さない。
「君に、彼女を救わなければならない理由なんて存在しない。君ほどの冷徹な暗殺者ならば今自分がすべき行動はしっかりと分かっているはずだ」
そう言いながら、呂馬はハジメに歩み寄る。そして、佇む彼の側を交錯しながら、その耳元に囁いた。
「彼女を見捨てて、生き残ることが、自分にとっても組織にとっても最善の行動――違いますか?」
「………………」
呂馬が放った問いに、ハジメは何かを言いかけ、しかし言葉にはせずに息をつく。呂馬の言うことは、正鵠を射ている。その言葉や理論に、反発するような道理は思い浮かんでは来ない。
確かに今のままでは、ハジメはクローズには勝てない。そのことは自分自身が一番よく分かっていた。
加えて利理とは、彼女のために死のうとするほど固い絆で結ばれた間柄ではない。
そんな彼女を救うためという理由で、クローズに勝てない戦いを挑むなど、無謀というより暴挙に等しかった。冷静に考えれば、今は退き、逃げることが最良の選択と思われた。
そこまで考えたところで、ハジメはふと別の疑問を覚えた。矛先は、呂馬に向けられる。
「どうしてお前は、そうやって俺に彼女を見捨てて逃げるようにけしかける? 進行役として、これは不当な介入ではないのか?」
「……ふふ。やはり貴方は鋭いですね」
鋭いハジメの指摘に、呂馬が微笑みをこぼし、ハジメから離れるように前へ進む。相手へ背を向けながら、呂馬は疑問に答える。
「特に他意はありませんが、強いて挙げるならば個人的な好意と興味です。君が果たして、この局面でこれまで通りの選択肢を取れるか、それとも一時の激情に押し流されて普段とは別の行動を取ることを選択するか――果たしてそのどちらを選ぶかに一個人として関心があるのですよ。冷徹な殺し屋の青年が、同じ戦いの世界に生きる少女に感化されるものなのか否か、その結末を見てみたいのです」
「……ただの野次馬根性か」
「そうとも言うかもしれませんね」
ハジメの問いに、呂馬はくすりと笑う。
呂馬がハジメの次の行動に対して意見するとは、ただ純粋な、悪意のない好奇心からだという。彼が果たして利理を見捨てることが出来るのか、それとも理知を捨てて彼女を助けに行くのか、それに注目しているようだ。
それは、邪気はないだけに性質の悪い興味・関心であるといえた。
そんな彼の本音に、ハジメはややきつい視線を向けていたが、そんな中でふと、彼のジーンズのポケットから着信音が鳴り響いた。携帯電話の着信だ。
その音にハジメは目を落とし、そしてそれから呂馬を見る。すると彼は、ハジメに対して手を差し出した。
「どうぞ、私に構わずお出になられて下さい」
応答の許可を出す呂馬に、ハジメは目を細めながら携帯電話をポケットから取り出す。その液晶画面を見ると、どうやら電話をかけてきたのはハジメの属する組織【九頭竜会】の幹部、千里からのようだった。
それを確認すると、ハジメは呂馬が離れた位置にいるのを見て、電話に出る。
「こちらハジメ。どうした、千里」
『ハジメ、今どこにいる?』
「街外れの郊外の河原近くを歩いている。それがどうした?」
応答して早々に、現在地を聞きだされたハジメは不審に思う。何か急な用件かと、ハジメは勘繰る。
すると受話器の向こうでは、ほっと安堵の息が漏れた。
『そうか。まだ街をそう離れていないならいい。すぐに街へ戻って電車に乗れ。その足で、俺たちの許へ戻って来い』
「戻る? どういうことだ?」
話がいまいち見えてこなかったことから、ハジメは千里にどういう意味かという説明を求める。
千里は言う。
『つい先ほど、会長と相談してな。お前についての今後の方針が決まったんだ。お前の置かれた状況や周りにいる勢力、キリング・パーティーとやら詳細について話し合った結果、随分激論にはなったが、結論が出た。これからお前に言うのは、組織としての命令だ』
そう前置きを置いてから、千里はハジメが話に耳を傾けている中で告げる。
『会員・九頭一は、キリング・パーティーという殺し合いの大会からは脱退し、本部に向けて帰還しろ。なお、これ以上周囲の咎人、並びに【魔法学団】に属する人物との接触を取ることも禁じる。それらを踏まえて速やかに帰還するようにしろ』
「待て。突然どうしてそんな命令が?」
千里の口から紡がれた命令に、ハジメは静かに驚きながら理由を訊ねる。その命令は、これまでハジメが受けていた命令と逆行するものだったからだ。
「これまで会長や組織は、俺にキリング・パーティーの調査を行なうように命令をしていたはずだ。それがどうして急に、帰還命令なんて出してくる?」
『理由はいろいろとある。お前の調査のおかげでキリング・パーティーの詳細が分かってきたことによって、首脳部のキリング・パーティーに関する認識が変わったことや、それに参加しており、お前のすぐ近くにいるだろう咎人の一人が、今のお前が相手にするには荷が重い相手だとわかったこともある。それに、お前がたまたま接触した【魔法学団】の人間によって、我らの存在が公にされることを危惧する意見が出たこともある』
千里は饒舌に、ハジメに出された命令の訳を語っていく。
『お前は、組織にとって大事な駒だ。それを、そのようなふざけた殺し合いに巻き込むことも、また咎人の手にかかって落命させるわけにはいかない。それと同時に、これ以上【魔法学団】と接触すれば、その被害は俺たち組織全体にも飛び火する。それらを避けるために、これ以上その街に留まっているのは有害だと判断されたんだ』
長々とした説明を、千里は分かりやすく締めくくる。
【九頭竜会】にとって、ハジメはその中でも将来を期待されている人材である。組織としては、そのような逸材を今回の戦いで失いたくないという思惑があるようだ。
同時に【九頭竜会】としては、【魔法学団】との接触が続くことで、組織の存在が明るみに出ることを避けたいという考えもあった。暗殺組織は基本的に世間に周知されれば終わったも同然だ。それを避けたいという思いもあるらしい。
これら二つの観点から、【九頭竜会】はハジメに本部への帰還を求め、命令してきたというわけであった。
『以上が、首脳部が全員一致で出した結論だ。分かったな、ハジメ』
「組織の、命令なんだな?」
『……あぁ。そうだ』
ハジメが問うと、千里は首肯する。言葉に一瞬沈黙があったのは、訊ねるハジメの言葉が妙に歯切れが悪かったことへの怪訝からだ。
そんな千里の言葉に、ハジメは固まる。電話を僅かに耳から離した彼は、なんともいえぬ心境で動きを止めていた。
組織からの命令は、ハジメの基準では絶対のものである。これまで、組織の言われる通りに動いてきたハジメにしては、それは敬虔な信仰者に対する神の言葉と等しい。それら命令に対して、ハジメは一度どころか一瞬たりとも、反発しようとか逆らおうとかという気を起こしたことはなかった。
それだけ、彼の中では組織の命令は絶対の行動基準なのだ。
「どうやら、【九頭竜会】の首脳部たちも貴方に退却するよう取り決めたようですね。まぁ、そうするのが妥当でしょうね」
そう、口を開いてハジメに言ったのは呂馬だ。彼の言葉に、ハジメは怪訝な目をする。通話の内容が聞こえていたかのような口振りである彼を見ると、呂馬は離れた位置で、そのまま独白のように言葉を紡ぐ。
「私は進行役である以上、あまり個人的な意見を口にしてはならない立場ではありますが、君への好意から一言言わせてもらえれば、君は本選開始までキリング・パーティーから離れるべきだ。今の君には、積極的に戦う理由などはない。むしろ今は戦いを避けて隠棲し、のちに始まる戦いまで雌伏するのが上策でしょう」
腕を組み、右腕を上に伸ばして掌を顎に当て、呂馬は微笑みながら言う。そこには特段裏の意図はなく、純粋に素直な所感を口にしているだけだ。
その言葉を聞いて、ハジメは固まる。周りの人間は、自分の上役やキリング・パーティーに精通した人間までもが、自分に対してこの場からの撤退・逃亡を進めていた。
確かに、彼にはこれ以上クローズと積極的に戦う理由はない。命からがら彼から逃れられたことを考えれば、この場から撤退していくのが上策であろう。運よく拾った命は、大事にすべきである。
それに加えて、彼には組織の命令もある。先述の通り、ハジメにとって組織の命令は彼の中では絶対のものである。これまで生きてきた中でも、彼はその命令に忠実に従い、戦い、生き抜いてきた。今回の場合もその例外ではなく、出された命令に対して沿うような行動を取ればいいだけだ。
それは結果として、利理を見捨てるという判断にはなるが、それを責める人間など居はしないだろう。彼女は元々赤の他人であって、命を賭してまで助けるべき命でもない。それよりも、彼本人の命の方が比重は大きいと考えられた。
冷静に考え直しても、ハジメが取るべき行動は最初から決まっている。そこに、異論を挟みこむ余地など存在しない。
『……ハジメ、どうした? 応答しろ』
無言のまま黙り込んだハジメを見て、千里は電話の向こうから声をかける。彼は不審を抱きつつも、ハジメの反応を求めた。
ハジメは、決断を迫られる。答えは二つに一つ、頷くか拒否するかの二者択一であった。
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