第4話④「決別」

 森の柔らかな土を蹴りつけながら、利理は美冬の背を追う。木々の間隙、森の道なき道を進みながら、二人は疾走を続けていた。


 そんな中、ハジメと玉鏡の戦場から大きく離れた場所で、美冬が背を向けたまま銃の引き金を引く。背後を見向きもせずに発射された銃弾は、利理から大きく逸れる軌道を直行する。しかし、その軌道が途上で湾曲した。弧を描いた霊弾は、駆ける利理に吸い込まれるような軌跡を描き、彼女へと続々と襲い掛かった。前方や左右から飛んでくる弾丸に対し、利理は日本刀を持ち上げて足を止める。そして、迫る弾丸に対して刀を立て、それらを刃で受け止めた。刀に激突した弾丸は打ち落とされ、利理を捉えることは叶わない。


 弾丸の襲来を防御した利理は、足を止めたまま美冬を見上げる。

 彼女の視線の先では、美冬もまた立ち止まり、その距離を保ったまま振り向いた。


「ふふん。よーく追って来たわねぇ、リリー」


 利理と視線が合うなり、銃を肩で担ぎながら美冬は嗤う。その顔は、窮鼠を弄ぶ猫のような表情だった。


「私が撃った傷はもう癒えたようね。でも、その心中の疼きまでは癒えたのかしら」

「っ!」

「分かるわ、分かる。親友だと思っていた私に裏切られて、その心は揺れ動いているんでしょう? ははっ……ホント、馬鹿みたい」


 利理に対して、美冬は嘲弄の笑みを浮かべながら言った。彼女は利理の心境を読みながら、その傷を弄り、相手をより傷つけようとしている。そんな相手に、利理は険しく表情を歪ませたまま、口を開いた。


「……一体、いつから? いつから貴女は――」

「ん? いつから裏切ったかって? さっきの男みたいなことを訊くのね。いつからってわけじゃないわよ。最初から、アンタと出会ったその時から、私はアンタの味方じゃなかったわよ」


 問いかけに対して、美冬は髪を掻き上げながら、目を細めて笑みを深める。


「私は最初からこっち側、クローズ様側よ。【魔法学団】に潜り込んで、咎人狩りの動向を監視していたの。その過程で、アンタとタッグを組むことになったけれども……」


 そこまで言うと、美冬は盛大な溜息を漏らす。利理がじっと見つめる中で、彼女は続ける。


「もう、その日々は地獄みたいだったわぁ。生真面目なアンタに合わせて振舞わなければならないこともそう、戦いのバックアップに徹しなきゃいかないこともそう、私生活でも何かと節介を焼いてくるのもそう――全部全部、苦痛だった。アンタがいるせいでね」

「……あの日から、すべてが偽りだったっていうの?」


 声を震わせ、利理は打ちひしがれるように訊く。そこには、測り知れないショックが包含されている。


「出会った日から、これまですべては、結んだ友誼も全部……」

「そうよ。アンタが私と結んだと思っている友情は全部嘘よ。惨めねぇ、それにまったく気が付かなかっただなんて」


 悲しみに打ち震える利理に、美冬はその様を愉しむように肩を揺らして嗤う。嘲弄に、利理はなかなか言葉を返すことが出来ない。

 そんな彼女の胸中の情を見抜きながら、美冬は言葉を続ける。


「本当に糞つまらなくてだるい日々だったわ。でも、それも今日でおしまい。アンタを殺して、すべて終わりにすることが出来る」


 そう言って、美冬は銃の口を利理に突きつける。残酷な真実と共に照準された銃口の向こうで、美冬は残虐に嗤う。


「悔しいでしょう? 悲しいでしょう、辛いでしょう? いいわよ、その絶望に染まった顔。その顔を見られるだけで、これまでの苦労が報われるわ」

「……そう。私に見せてくれた笑顔も、泣き顔も、言葉も全部嘘だったというわけね」


 銃口から目を伏せ、利理は確認する。その際、彼女は刀を持っていない側の手で握り拳を作った。力を込めるあまり手と腕が震え、それが全身へ伝播していく。


「私が信じた、友達だと思って大切にしていた美冬は、もうどこにもいないのね……」

「どこにもいない? 違うわ。最初から、そんな奴存在しないのよ」


 悄然と呟く利理に、美冬は肩を揺らしながらその言葉を修正する。


「アンタはただ、自分を信じて戦ってくれる相棒がいるという夢を見ていただけ。そんな幻想の中で、咎人狩りという人殺しを重ねていただけよ」


 美冬は、利理が持つ心の傷を抉るように残酷に言う。彼女が密かに気にしているそのことを知っているがゆえに出来る口撃で、その言葉に利理は肩を震わせた。その反応に、美冬は満悦そうに笑みを深める。


「社会のため、魔術界のためという理念のために戦っていたつもりなのでしょうけど、結局アンタは私と一緒に人殺しの業を重ねていただけよ。そこにはどこにも正義はない。ただ貴女は手を汚し続けてきただけなのよ」

「……そうかもね。私は、咎人の手を借りて同業者を殺してきた、ただの殺し屋かもしれない」


 少し淀みながら、利理はそう言うと平坦な笑みを浮かべる。哀しげでもあり苦しげでもあるが、一方で何を考えているかいまいち読めない表情だ。それは彼女と付き合いのある美冬でも読み取ることが出来ないもので、美冬は不審げに眉根を持ち上げる。それだけ今の利理の表情は、どこかいつもの彼女と雰囲気が違うものであった。

 怪訝な様子の美冬に、利理は顔を上げる。


「でも、それでも、私は今まで自分のしてきたことすべてを否定するつもりはない。私のこれまでの活動を、相棒として共に戦った吉見美冬という友人といた日々のすべてから目を背ける気はないわ」

「? 何が言いたいの?」

「私が、これまで経験してきた日のすべてを幻想だといって切り捨てる、目を背ける気はない。偽りだったとしても、見せかけの友情だったとしても、確かに私には美冬という信に足りる相棒がいた」


 ゆったりとそのような言葉を紡ぎながら、利理は刀を持ち上げる。その両目は涙で潤み、決壊寸前の状態で瞳を揺らす。そんな哀しみに満ちた表情の中で、利理は続けて言う。


「辛いかもしれないけど、心の傷は増えるかもしれないけど、それでも私たちは戦わなければならない。世界の安寧と秩序のために、私たちが戦わなければ、私たち以外の誰かが傷を負うことになるかもしれない。そうならないために、私たちがおもてに立って戦うんだ――私が苦悩していた時に、私を救ってくれた相棒の言葉よ」

「そんなこと言った覚えはないわねぇ。言ったとしても、それも偽りよ」


 利理の回想の言葉がおかしかったようで、美冬は再び嗤う。それは、呆れるようでも蔑むようでもあった。


「偽りの言葉を今でも大事にしているなんて、アンタはホントに救いようのない馬鹿ね」

「馬鹿でもいいわ。偽りでもいい。でも、その言葉が私を救ったのは確かな真実よ」


 美冬の侮蔑を受け止めながら、利理はそう言い切った。そして、同時に彼女は大きく呼吸をつく。息を吐きながら、利理は自らの心理を落ち着かせる。

 彼女は、言った。


「私は今回も、その言葉を胸に刻んで戦う。たとえそれが、私が愛した相棒だとしても……」


 決意の言葉を口にすると、利理はその頬に一筋の涙を滴らせる。両目から決壊した涙が頬を伝う中で、彼女は凛とした美しい表情をしていた。

 そんな彼女の顔つきに、美冬は鼻を鳴らして嘲笑う。


「ホント馬鹿ね。救いようのない馬鹿ね。そして、私を苛立たせるのに充分すぎるほどの馬鹿ね」


 連続して利理に悪態をつくと、美冬は銃を手の中でくるりと回転させる。一回転させたところで、彼女は再び銃の切っ先を利理に照準した。


「もうその愚直な言葉は聞き飽きたわ。消えて頂戴」


 そう言った直後、美冬は引き金を搾り上げる。

 発射された弾丸は、一直線に利理へと駆けた。切迫する弾丸に、利理は刀を持ち上げてそれを打ち払い、地面を蹴る。疾走に入った彼女は、そのスピードを徐々に加速させながら美冬へ走り出す。充分に距離を置いた美冬は、それに対して後ろへ跳びながら引き金を引き続き絞った。追う利理と後退する美冬――両者の間合いは少しずつ縮まると思われた。

 だが、一定距離まで近づいたところで、利理の駆け足が鈍る。発射される銃弾を見切り、刀で打ち払っていた利理だが、ある程度至近距離に近づいたところで疾走を緩めて防備することを余儀なくさせられていた。


 利理は優れた身体能力の持ち主である。また、彼女はその反射神経や動体視力も並みならぬものを持っており、その三つが合わさることによって、正面からであれば美冬が放つ高速の霊弾を見切って刀で打ち落とすという芸当も可能にしていた。しかし、その距離が一定以上になると、さしもの彼女でも銃弾を見切るのは困難にならざるをえない。およそ十数メートルといったところか、それ以上接近すると刀で弾丸を防ぐということは難しく、そのために利理はそれ以上の距離をなかなか踏み込めずにいた。

 そのことを理解しているのだろう、美冬は利理がそれ以上の距離に近づこうとしたところでより連射を早めてくる。放たれる霊弾に、利理は疾走を緩めて足を止め、それを弾いてから進むといった行動を取らざるを得なかった。


 そんな相手に、美冬は攻撃のバリエーションを増やす。一直線の弾道から、彼女はやや弧を描くような弾道の霊弾も発射させ、左右からも利理に攻撃を仕掛ける。狙った対象に吸い込まれるように軌道を変える霊弾の銃撃は彼女のような霊弾使いの狙撃手のみが使える高等技術で、その技術が利理を苦しめ始めた。前進しようとしていた利理は、その歩を緩まされ、ほぼ立ち止まる形で銃弾を刀で打ち払い、時に避けることを強いられていく。


「はははっ! どうしたの利理! 早く突っ込んできなさいよ!」


 相手がなかなか前進出来ないのを知って、美冬は挑発するような嘲笑を浮かべる。その笑みの最中にも連射される銃弾は、絶えず利理へ押し寄せた。霊弾の銃には弾倉の概念はなく、使用者の霊力・魔力が続く限り半永久的に発射が可能だ。そのため、何十発と続けて弾丸が利理へと押し寄せていた。

 それら弾丸を打ち払っていた利理だが、彼女はやがて歯を食いしばるようにして、一歩踏み出す。そして、先ほどまでなかなか入れなかった距離十数メートルの圏内へ足を踏み入れる。多少の負傷は覚悟しての、突撃であった。


 その動きを見て、美冬は下方に銃口を傾けてから、上方に銃口を持ち上げて数発発射、その後再び銃口を下げて利理の足元めがけて銃撃を放つ。その連射によって、利理は体勢を低くしながら刀を振るい、迫りくる弾丸を打ち払う。足元へ迫った弾丸を彼女は続けざま打ち払い、一気に美冬へ迫ろうとした。

 そんな彼女へ、頭上から銃弾が降り注ぐ。利理の視界から外れたそれらの弾丸は、天で弧を描くと、流星のように真っ直ぐ彼女の頭部めがけて舞い落ちてくる。


(知っているわよ)


 銃を連射しながら、美冬はほくそ笑む。


(貴方は足元に気が行くと頭上に意識が回らなくなる。この攻撃は躱せない)


 一定期間、パートナーを組んでいたがゆえに、美冬は利理の弱点・欠点を知っていた。彼女の場合、足元へ意識が行き過ぎると頭上からの攻撃に意識が散漫になり、視界から外れたそちらからの攻撃へ注意が向かないという弱点がある。普段は、その事を知っている美冬がフォローするのであるが、今回はそのことを熟知している美冬当人が敵である。

 頭上では、霊弾が駆ける利理の頭上を穿とうと降り注ぐ。その接近に、利理は気が付かない。そして完璧なタイミングで、利理へ襲い掛かる。

 本来であれば、それで詰めであった。美冬の目論み通り、弾丸は利理の脳天を貫き、彼女をその場に転倒させていたことだろう。


 だが、そこで彼女にとって予想外のことが起こった。

 利理が、姿をぶらせたのである。

 正確に言えば、地面を走るスピードを一段階ギアチェンジしたのだ。加速した彼女は、前方からの弾丸を打ち払いながら、一気に美冬の前へ躍り出た。

 結果、それが彼女自身を救う結果となる。上空からの弾丸は、彼女の後ろ髪を掠って地面に突き刺さり、不発。利理は一瞬で美冬の眼前へと肉迫する。


「な……っ⁈」


 その結果に、美冬は瞠目する。

 会心を得ていた攻撃が躱され、その先の事を考えていなかった彼女は、そのまま一気に利理の接近を許してしまう。

 利理は、美冬の眼前五メートルを踏破する。それを見て、美冬は慌てて引き金を引いた。発射された弾丸は真っ直ぐに利理の額を狙うが、まっすぐ向かってくるそれを利理は刀を立てて防御、後ろへ跳ぶ美冬を、ついに刃圏に捉えた。


 両者は、驚きと気勢によってそれぞれ息を呑み、直後近距離で激突する。

 仕掛けたのは利理だ。彼女は刃圏に入った美冬を切り裂くべく、袈裟切りで彼女に襲い掛かる。斜めに振り下ろされるその斬撃を、美冬は横に身を捌いて回避、間一髪の距離で斬撃を躱す。

 攻撃を躱した美冬は、しかしそれで安堵することなく息を呑み、ぞっと冷や汗を噴き出させる。攻撃のスピードが、彼女の推測を遥かに上回っていたからだ。先ほどの加速といい、明らかに利理は自分が知る彼女を凌駕していた。

 それが怒りか、あるいは相棒と戦うことの覚悟を決めたゆえのものか、それを美冬が考える間はない。

 すべてのスピードを増した利理は、攻撃が躱されたのを見ると、すぐさま刃を反転させて斜めに切り上げてくる。俗にいう燕返しの軌跡で、振り下ろしていた刀を振り上げてくる彼女に、美冬は横へ跳んで躱そうとする。が、躱しきれない。刃の切っ先は美冬の二の腕を裂き、その半ばまで到達しながら突き抜ける。コートを斬って血飛沫が弾き、美冬は森の傾斜を横転させられた。


 辛うじて届いた攻撃に、しかし利理は停滞しない。彼女は美冬が横に転がったのを見ると、すぐさま地面を蹴って美冬へ肉迫する。転がる美冬へ致命傷を与えるべく、刃を持ち上げながら、地面を蹴った。

 そんな利理に、美冬は抵抗する。

 美冬は横転の勢いで立ち上がると、銃を突き出してそれを利理の身体めがけて連射する。至近距離から放った弾丸は、躱す時間をほとんど与えない。結果、銃弾は利理の腹部を刺し貫き、背を突き抜けて風穴を開けた。

 咄嗟に突き刺さった計三発の弾丸に利理は足を止めかけると共に喉から口腔へ血塊を逆流させる。込み上げたその気持ち悪さに、彼女は意識を一瞬飛ばしかけた。


 だが、そこで利理は踏みとどまり、同時に足を前へ踏み出す。喉から口腔へ広がる血の鉄の味を吐き出しながら彼女は咆哮、血煙を吐き出しながら美冬へ斬り込んだ。

 振り下ろされた斬撃は、銃を突き出した美冬の腕を切断する。目にも止まらぬ速さで振り下ろされた白刃で腕が斬り飛ばされ、美冬は瞠目しつつ後退、そんな彼女へ、利理はさらに踏み込む。反転した刃は、そのまま流れに沿って上へ跳ね上がり、燕もかくやという上昇の軌跡を描いて美冬の袈裟を逆さに撫で斬る。脇腹から肩口までを切り裂かれ、美冬は目を点にしながら後ろへ飛ばされた。

 勝負は、それにてほぼついたと言える。

 後方へ弾かれた美冬は、そのまま背中から地面に叩きつけられた。

 衝撃に顔をしかめた美冬は、直後ようやく斬られた腕から這い上がって来た激痛に対し、断末魔の如き絶叫を上げる。

 金切り声を上げた彼女は、傷口をもう片方の手で押さえながら左右に悶え、目から涙を、口から血混じりの泡を吐き出しながらのた打ち回った。


「ぐっ……がああああああっ!」


 苦痛に苛まれ、美冬は荒い息をつきながら地面を転がる。

 そんな彼女の前へ、利理はするすると歩み寄った。そして、痛みで横転する美冬へ刀を突き出して、その鼻先にぴたりと切っ先を当てた。その鋭利さと冷たさを感じ取ったのだろう、美冬は悶えるのをやめて、利理を見上げる。

 恐る恐る、恐怖で脅えながら視線を上げた彼女は、利理の真顔を見て過多を引き攣らせる。


「り、リリー……」

「――罪状は【魔法学団】への叛逆ならびに咎人との内通」


 擦れた声で自分を呼ぶ相手に、利理は冷えた声で口を開く。その口に好意はなく、意図して感情を抑えている様子で機械的であった。


「吉見美冬。【魔法学団】の規則により、現場判断としてこれより貴女を断罪します」

「ま、待ってよリリー。お願いよ、私の話を聞いて!」


 刀を引いて、斬撃の構えを取る利理に、美冬は隻腕も含めた両腕を突き出して彼女を制止させようとする。その顔には、許しを乞うように品のない薄ら笑いが浮かんでいた。


「わ、私本当はリリーを裏切ってなんかいないのよ! 奴らの、クローズのスパイに扮して奴らの動向を探っていたの! 二重スパイってやつで、本当はリリーを殺す気なんてなかったんだから!」

「………………」


 美冬の言い分に、利理は静かに目を細める。その顔は険しいままで、そして冷たい。

 そんな利理の反応に、美冬は後ろへ後ずさりしながら言葉を続ける。


「リリーはほら、不死身でしょ? 一度二度私の霊銃で撃ったところで死なない。だからあの時は、急所を外して撃ったのよ。そうすることで奴らが私を完全に信用するようになると思って撃ったわけで――」

「それは、本当なの?」


 刀を持ち上げたまま、利理は静かな声で問うた。それは呆れているとも、感情を抑圧しているようにも見える、固いものだ。

 そんな利理の声の調子のことなどには考えを回すことなく、美冬は続けた。


「そうよ! 私がリリーを本当に裏切るわけがないでしょ――」

「……それも、嘘ね。貴女の言葉は、すべてが偽りだものね」


 美冬の命乞いに、利理の反応は冷たい物だった。

 利理は、自分の心を深く傷つけた相手の言葉をそのまま言い返すと刃の角度を微かに変えて、左足をすっと前へ滑らせる。

 その反応を見て、美冬の表情は凍った。

 利理は、告げる。別れの言葉を。


「さようなら、美冬」

「ま、待って――」


 顔をくしゃりと歪ませ、美冬は許しを乞う様に利理を止めようとする。眉を八の字にし、目を潤ませたその顔は、幾度か利理も見た覚えのある、彼女が謝罪する時によく浮かべた表情であった。

 その顔をよく見もせずに、利理は腕を振り下ろす。斬撃は、美冬の肩を深々と抉り、心の臓ごと腹の腸を抉って突き出る。

 深々と体内を引き裂いた斬撃に、美冬は目を点にして、口腔から血塊を吐き出す。

 そしてゆったりと、その背を背後の地面に叩きつけた。

 背中から倒れた美冬は、少しの間全身を震わせてから、やがて脱力して横たわる。傷口から血を流し、その場に血だまりを作りながら、彼女は目から光を失い、茫洋とした瞳を開きながら絶命していった。


 そんな彼女の前で、利理は刀を振り切った体勢のまま固まっている。伏せた顔は、美冬を捉えていない。彼女の視界には、美冬の足元しか映っていなかった。

 だが、その視界に彼女の血が飛び込んでくるのを見ると、利理は刀を手放して両膝をつく。


「……っう!」


 両膝をついた利理は、その後喉を鳴らした。

 そして、恐る恐ると言った様子で、顔を上げる。彼女の前には、自分の手によって切り裂かれ、絶命した美冬が転がっていた。

 それを見て、利理には限界がくる。

 彼女はその双眸から涙をこぼれ落としながら、血溜りで身体が濡れて汚れるのも厭うことなく、美冬の死骸ににじり寄った。


「美冬……美冬っ!」


 死した彼女の両肩を掴み、利理はそれを揺らす。

 名前を呼んでも返事はない。ただの屍に、返せる言葉などあるはずもない。

 すでに死し、体温が無くなって徐々に冷たくなっていく元相棒の姿に、利理は憚ることなく涙を流す。


「う、うわああああああああああああああああああああああああ!」


 やがて、利理は泣き叫ぶ。

 戦闘の中では非情に徹し、あらゆる感情を抑圧していたが、戦いが終わったことでその緊張が解けたためだろう――心から込み上げてくるあらゆる感情が押えきれなかった。

 涙を振り乱しながら、利理は慟哭する。

 悲しみに暮れる利理の声は、森の中に響き渡っていくのだった。

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