第4話⑤「ハジメVS玉鏡」

 迫る巨漢たちを、ハジメは続々と斬り伏せていく。

 左右から迫る巨漢たちを、ハジメはエグゼキューショナーズ・ソードの鋭い切れ味をもって切り裂くと、間髪入れずにその場から離脱する。斬った後に、その泥人形が爆裂しても爆発に巻き込まれるのを防ぐためだ。

 斬り込みきった場所に一定時間留まることなく、ハジメは森の中を素早く縦横無尽に駆け巡る。その合間合間に巨漢たちを斬り裂きながら、彼はある方向へ向かっていった。向かう先は玉鏡の許だ。彼はいつまでも巨漢たちとの戦いに興じる気はなく、いち早く利理の許へ向かうために、巨漢の泥人形を操る傀儡士・玉鏡を仕留めるべく疾走する。


 やがて、巨漢を八体ほど切り裂いたところで、ハジメと玉鏡の間に遮る者がいなくなる。


 その瞬間、ハジメは一気に加速して玉鏡の許へ疾駆した。それを見た玉鏡は笑みを潜め、後ろへ跳ぶ。そして同時に、両腕を持ち上げて交錯するように振るった。

 直後、駆けるハジメの左右から、生き残っていた巨漢たちが駆けこんでくる。武器を捨てて全力疾走で挟み込もうとしてくるそいつらに、ハジメは横目を向けて足を止める。自分の前へ回り込もうとしているそいつらの体内から、強力なエネルギーが迸るのを視認したからだ。突っ込んでくるそいつらの軌道から、ハジメは大きく飛び退く。その後、駆けていた巨漢たちはやおらに内部から破裂する。押し寄せる爆発の衝撃波は、ハジメが駆けていた軌道上で荒れ狂い、激突しあって周囲にもその猛威を振るう。そのままかけていたらその衝撃に巻き込まれていただろうハジメは、後方に飛び退きながらその爆風に髪を揺らした。


 巨漢たちの爆発を見送り、後退したハジメは、その後すぐに背後へ振り向く。その瞬間、一度はハジメに斬られながらも、傷を再生させた泥人形の巨漢が再び襲い掛かって来た。背後から鈍器を持ち上げたそいつらは、ハジメに猛然と肉迫する。

 それに対するハジメの反応は激烈だ。ハジメは先頭に立つそいつの顔面に横薙ぎを叩きこんで顔を横に裂くと、続けざま袈裟切りを見舞ってそいつを押し返す。斜めに切り裂かれたそいつは後方へ弾き返され、背後に続いていた巨漢の一部を巻き込んで後ろに倒れ込んだ。

 続けて来る左右の二体に対しては、前へ踏み込みながら剣を大きく横に振るう。大振りのようで素早く振り抜かれた斬撃は、紅い円弧を描いて左右の巨漢を斬り払った。胴部を引き裂かれたそいつらは錐揉みし、回転しながら地面に叩きつけられる。激突の瞬間、そいつらは傷口から腸をぶち撒け、胴部をぱっかりと二つに割った。中からは血飛沫が溢れ出し、血の噴水となって巻き上がった。


 軽々と三体を葬ったハジメは、直後後退して間合いを取る。その直後、三体の背後から来ていた二体の泥人形が武器を捨てながら突っ込んできて爆裂した。ハジメを組み伏せようとして失敗したそいつらは、爆風を辺りに撒き散らし、その肉片の微塵に吹き飛ばす。その一部はハジメの前まで飛んできたが、彼はそれを余裕を持って躱し、爆風を身体で感じながらくるりと後ろへ振り返った。


 振り向いた先には、玉鏡が立っている。

 彼は次々と巨漢たちを捌くハジメに、やや苦い顔をして彼を凝視すると、小さく息をつく。


「やはり、一筋縄にはいかないか」


 ハジメに対して距離を置いた彼はそう呟くと、両手を組んで印形を組んだ。その様子を見て、ハジメは目を細めながら剣を横手で縦に振るい、剣に付いた血糊を払い落とす。


「仕方がない。とっておきを出しますか」

「とっておき?」


 玉鏡の漏らした言葉に、ハジメが不審げに目を細めると、そんな彼の前で玉鏡は裂帛の気勢を声として吐き出す。

 その瞬間、彼の前の足元の地面が盛り上がり、屹立する。山の地面が壁のように盛り上がると、やがてそれは人の形を成していく。それは、先ほどまでハジメが倒してきた泥人形と比べるとやや細めの、しかし筋骨隆々とした人形となっていた。


 やがてその肌色が変色して人間と同様の色を取り、その身に同じ土で出来た服を纏った人型となる。合わせて三体のそれは、ハジメに正対し、玉鏡を守るように立ち塞がった。彼らはその手に、おそらく土を変質させて作ったのだろう太刀を手にしている。

 その三体の泥人形を見て、ハジメは自然と剣の切っ先を持ち上げた。新たな泥人形たちは、先ほどまでの巨漢たちとは一線を画す、張りつめた存在感を放っていたからである。

 先までの雑魚とは違う、その威圧感にハジメが警戒する中、玉鏡は印を組んだまま言う。


「こいつらは、私が持ちうる最高傑作です。先ほどまでの泥人形のようにはいきませんよ」


 そう言った直後、その泥人形たちはハジメに対して踏み出す。手に太刀をもったそいつらは左右と前方に分かれ、半円状にハジメを包囲する。それに目を馳せ、ハジメは足を止めた。


「それでは、いきます」


 足を止めて迎撃態勢を整えたハジメに、玉鏡は合図を送る。

 次の瞬間、その三体の泥人形は地面を蹴った。

 速い。

 三体の泥人形は目に止まらぬ速さであっという間にハジメの間合いへ踏み入ると、それぞれ三方向から斬撃を繰り出してくる。縦・横・斜めのそれぞれの斬撃に対し、ハジメは一斉に受けることは不可能と見て後退した。

 その動きを、泥人形たちは読んでいる。彼らは攻撃の後、間髪入れずにハジメの退路へと踏み込み、左右の二体が続けざまに斬撃を振るってくる。横に薙がれた高速の斬撃に、ハジメは剣を立てながら後退を続ける。その刃に、泥人形たちの斬撃が突き刺さった。鋭い斬撃はハジメの刃と衝突して火花を散らし、彼を大きく後ろへ弾き飛ばす。


 後方へ跳ばされて着地したハジメは、すぐに前進した。素早く間合いを詰めてくる敵の中で、ハジメは右手前の敵へ狙いを定めて前進、斜めに刃を疾走させる。振り下ろされる長剣に、その泥人形は後ろへ引いて躱す。その一方で、左手の泥人形がハジメの横へ滑り込む。彼の横手を取った泥人形は、ハジメが攻撃を振り抜いた後に一瞬できる隙を的確について斬撃を振るってくる。顔面めがけて横に叩きつけられた斬撃に、ハジメは姿勢を低くしてそれを回避。髪のいくつかを斬り飛ばされながらも攻撃を躱した彼は、返す刃で斬撃を振り上げた。空を切った敵はその斬撃に反応しかけるが回避は間に合わず、その顎先から鼻先にかけてを斬り飛ばされる。そいつは血飛沫をあげながら後退、左手で顎のあたりを押えて尻餅をついた。


 その一体に引き続き斬撃を放とうとしたハジメは、しかし、一歩踏み込んだ所で横から切迫する気配に気づいて剣を立てて身を捌く。その直後、後方に一人控えていた泥人形の一体がハジメめがけて唐竹割の斬撃を叩きつけて来た。振り下ろされる斬撃に対し、ハジメは剣を横に傾けて後退、それとほぼ間髪入れずに太刀と剣が衝突する。甲高い悲鳴をあげた刃は火花を散らし、ハジメの巧みな剣捌きによって下方へいなされた。斬撃を振るった泥人形は、それによってわずかに体勢を崩す。


 そんな相手へ、ハジメの横薙ぎが襲い掛かる。

 相手の太刀をいなした剣をそのまま引き寄せた彼は、それを振りかぶってから、泥人形の首筋めがけて振り払う。刃は泥人形の首筋に吸い込まれ、その首を半ばまで切り裂いた。血飛沫が弾け飛び、その泥人形は素早くたたらを踏むように後退、傷を押えながらハジメの刃圏から逃れる。


 そんな相手へ、ハジメは引き続き斬り込もうとして、上体を逸らす。その瞬間、今しがたの泥人形と入れ替わるように残る一体の泥人形が斬り込んできたのだ。咄嗟にスウェーして刃を躱そうとしたハジメだが、躱しきれずにその切っ先を頬に受ける。掠った程度の浅いものだったが、その斬撃によってハジメは頬に切り傷を創る。

 上体反らしから後退したハジメは、頬に斬撃を受けたことに舌打ちをしてから、引き続き斬撃を繰り出そうとして来る相手の視界から消えるように下へ沈む。直後、泥人形が斜めに斬撃を振るうが不発に終わり、対してハジメは相手の懐に潜り込んで剣の角度を整える。刹那、ハジメが振り上げた長剣の斬撃が泥人形の肉体を深々と切り裂いた。斜めに振り抜かれた斬撃によって泥人形は両断され、胴部で上体と下体を分けながら横手へ吹き飛ぶ。


 三体の内一体を仕留めたハジメだが、そこで息をつく暇はない。

 先に顔を斬られた泥人形と、首筋を斬られた泥人形は、すでにその傷を再生させてハジメに前方と左前から斬りかかってくるところだった。

 待ち構えるハジメに、そいつらは同時に斬撃を振るってくる。共に縦に振られた斬撃に、ハジメはそれを右手へ旋回して躱しながら、前方に立つ泥人形の横手へと回り込む。旋回がてらに肉迫したハジメに、泥人形は刃を反転させて横薙ぎを放とうとした。が、それよりも先にハジメの斬撃が繰り出される。彼の放った横薙ぎは、回転による遠心力も籠った鋭い一撃で、横手に立つ泥人形の脇下に深々と突き刺さった。片腕ごと巻き込んだその斬撃が振り抜かれると、その泥人形は胸を切り目に両断され、胸から上の体躯をあらぬ方向へ吹き飛ばされる。置き去りにされた半身は、その切り口から文字通りの血の噴水を上げ、体勢を崩して横へと吹き飛んだ。


 これで二体、残るは一体。

 今しがた切り裂いた一体を挟むようにして、ハジメはその生き残る泥人形の一体と対峙する。停滞はない。両者は、間の泥人形が吹き飛んで道が開かれると、その瞬間吸い寄せられるように互いに前進した。太刀を振り上げる泥人形に対し、ハジメは刃を下に下ろしてから角度を整える。

 直後、振り下ろされる太刀と振り上げられる長剣が正面から激突する。火花を散らしたそれらは、互いの体重が乗った重い斬撃に拮抗し合えずに弾かれ、両者を大きく後退させた。弾かれ合った両者は、しかしすぐに体勢を整えると、引かれ合うように肉迫する。先に仕掛けたのは泥人形だ。そいつは剣を持ち上げると、それを唐竹割に振り下ろす。狙いは当然ハジメの脳天だ。素早く勢いよく振り下ろされる斬撃に、ハジメはぎりぎりまでそれを引き寄せた。そして、刃が激突するその直前で素早く横へ切り返し、斬撃を躱す。鼻先を刃が掠めるがそれを回避したハジメはそのまま横手へ身を逸らしながら斬撃を横に振るった。空振った相手の太刀の上から被せた横薙ぎは、無防備になっていた泥人形の首を深々と突き刺さる。そして、一瞬で相手の首を刎ねた。振り抜かれた横薙ぎの一閃は、泥人形の首を斬り飛ばし、その頭部を錐揉みしながら宙に吹き飛ばす。それによって、泥人形は頽れるように脱力して、前のめりに地面に叩きつけられた。


 三体の強力な泥人形を破ったハジメは、倒れたそいつらを一瞥する。その視線の前では、泥人形の切り口が蠢いているのが分かった。おそらくは再生しようとしているのだろう。先ほどの巨漢の泥人形たちがそうであったように、この泥人形たちも致命的な傷を負ったところで死滅することはなく、斬り飛ばされた部位をくっつけて元の形を取り戻すように機能づいているのだ。


 ハジメは、そんな彼らの再生の完了を待つことはしない。

 彼は視線を、泥人形たちの使い手である玉鏡へ向ける。そちらでは、三体の精鋭の泥人形を破ったハジメに対し、顔を強張らせる玉鏡の姿があった。

 互いに視線を合わせた直後、両者は動く。

 すぐさま傀儡士である玉鏡を仕留めたいハジメは彼の許へ、一方玉鏡はそんな相手から逃れるように逃走を開始する。素手ではハジメにかなわない玉鏡は、自慢の泥人形も破られたことで自分の不利を悟ったのだ。


 逃走する玉鏡だが、そんな彼に比べてハジメの足は速い。彼は見る見るうちに玉鏡へ肉迫し、その距離を詰めていく。

 数秒で、ハジメは森の木々の間隙を縫って走る玉鏡の背へ追いつく。そして、その背中から容赦なく斬撃を浴びせるために、長剣を持ち上げた。


 その時であった。駆け抜けながら玉鏡を斬ろうとしたハジメは、突然その足首を何かに掴まれる。斬撃を振りかけていたハジメは不意のそれに反応出来ず、思わず前のめりに転倒する。


 何が起こったのか、と言った様子でハジメは足元に視線を向ける。すると彼の右足首を、土から生えた手の様なものが掴んでいた。

 それが何なのか、ハジメは悟って前を見る。そこでは、逃げる玉鏡が半身を向けて会心の笑みを浮かべていた。ハジメの足首を掴んだそれは、玉鏡によって召喚された泥人形の一部だろう。

 彼は逃げるふりをしてハジメを誘導し、泥人形を地面と同化させる様に召喚して、ハジメの足を掛けたのだ。


 その妨害は、一見玉鏡の悪あがきのようにも思える。

 だが、実際のそれは作戦の一部であった。


 ハジメはすぐに地面から生えたその手を長剣で斬り飛ばすことで立ち上がろうとしたが、その時自分の周囲を取り囲む存在に気づく。いつの間にか、彼の周りには数多の泥人形が召喚させられていた。彼らは小柄で、武器も何も持っていない。だが、ハジメが気づいた瞬間に彼らはハジメへと突進してきた。

 その行動の意味をハジメはすぐに悟る。彼の眼には、泥人形たちの体内でエネルギーが収縮し、その放散に向けて高まるのが視認できた。

 それを見たハジメは、すぐさま足首を捕えた泥人形の手を斬り払って、その包囲から脱出しようとする。

 しかし間髪入れず、泥人形たちは既にハジメは肉迫していた。

 直後、泥人形たちは一斉に破裂する。ハジメに四方八方から近づいてきた彼らは内部からの破壊エネルギーを解放し、その衝撃波でハジメを飲み込んだ。同時に破裂した威力は凄まじく、近くに立っていた樹木の幹を砕き、地面から砂塵を巻き上げる。大爆発はハジメを中心にして起こり、その周囲にも多大な被害を与えた。


 その様を、離れた位置で立ち止まった玉鏡が注目する。逃げるふりをしてハジメを罠にはめ、泥人形の群れを爆発させた彼は、その破壊力に目を細めつつ、爆心地の方をじっと見据えた。


「……やったか?」


 爆発によって、ハジメを仕留めることが出来たか、玉鏡は両目を細めながら気配を探る。爆発の余波によって出来た砂塵が晴れるのを待って、彼はハジメがどうなったかを見極めようとした。


 その時、横手から気配が迫る。

 勘付いた玉鏡はそちらへぎょっと振り向くが、その反応は手遅れであった。

 紫電一閃、月光を浴びた紅色の刃が玉鏡の体躯を斜めに切り捨てる。


「ぐっ……ふぅ!」


 斬撃を喰らい、玉鏡は数歩後退してから膝をつく。苦しげに唸り声を上げた後、彼はその口内から喀血し、伏せた顔に驚愕を浮かべる。やがて、彼は自分が浴びた切り口に手を当てながら、口元を振るわせて顔を上げた。

 そこに立っていたのは、身に纏っていた服を引き裂かれ、その下の包帯を焦がしながらも泰然とした様子であるハジメであった。決して無事というわけでなく、それなりにダメージを受けたようで、彼は肩で息をしている。ただそれでも、致命的と呼べるような傷は受けていない。


 それを見て、玉鏡はおおよそ悟る。ハジメはあの爆発の中を掻い潜り、負傷しながらも夜の闇に気配を消して潜み込み、注意が逸れた自分を急襲したのだ。途中まで完全に玉鏡の手の内に動いていたものの、土壇場で彼の予測を超える動きを見せたという事である。


「私の……罠の、更に上をいきましたか……」

「惜しかったな」


 血の泡を吐きながら苦笑する玉鏡に、ハジメは剣を持ち上げて言う。

 持ち上げられる切っ先を見て、玉鏡は諦観に満ちた瞳を揺らす。


「無念です……。が、私の負けです」


 苦しげながら、そうはっきりと玉鏡は言葉をつく。潔く敗北を認めた彼は、ハジメを見上げながら、告げる。


「ですが、私を倒したところで、マスターには決して、勝てないでしょうね……」

「言い残すことはそれだけか?」


 目を細めて訊ねるハジメに、玉鏡はコクンと頷いた。すでに致命傷を受けた彼は、それ以上じたばたすることなく、すっと目を瞑った。


 直後、ハジメの斬撃が斜めに振り下ろされる。刃は玉鏡の首筋を適確に捉え、彼の首を刎ね飛ばした。

 首を刎ねられた玉鏡は、その斬撃の勢いに押されて横向きに倒れ、切断面から血を溢す。そして数回身体を震わせてから、ピクリとも動かなくなった。


 玉鏡の命を絶ったハジメは、横手で剣を縦に振るい、刃に付いた血糊を払い落とす。そして、周囲の気配を探ってから大きく深呼吸をつく。

 本人自体はそれほどではなかったものの、なかなかの難敵であった。傀儡士としての実力は勿論、咄嗟にハジメを罠にはめるなどの知力もあり、コンマ数秒の判断ミスをしていたならば仕留められていたのは自分であっただろう。


 そんなことを感じながら、ハジメはその死骸から踵を返す。

 玉鏡を仕留めたことで、彼の周りにいた泥人形はすべて姿を消している。これで、彼を邪魔する者はいなくなったはずだ。

 それを確認すると、ハジメは利理と合流するべく走り出す。果たして彼女が自分の元相棒と戦えているのか、彼には少し不安であった。もしも彼女が戦えずに苦しい状態に追い詰められている場合も考えて、ハジメは森の中を駆ける。急ぐ彼の背後には、ただ静寂だけが広がっていた。


   *


 泣き声が、森の中にひっそりと響いている。

 元相棒・美冬をその手に掛けた利理は、彼女の死骸に覆いかぶさるようにして涙を流していた。

 親友だと思っていた相手をその手に掛けたことに、彼女は悲哀を漂わせる。斬り結び、斃したことに対する後悔はない。だが、ただただ彼女は美冬との決別に哀しみを覚えていた。


 やがて美冬の死骸から身を起こすと、彼女は目元を拭う。

 いつまでも泣く勢いであった彼女だが、しかしそれを中断したのは、ただ泣きつかれたからではない。泣いている中で、その背後から気配が近づいてくるのに気付いたからだ。

 森の落葉を踏みしめる音を響かせながら、背後から何者かが近づいてくる。

 最初、利理はそれをハジメだと思った。

 何故なら、彼女は近づく相手から敵意や殺気を感じなかったからだ。

 だが、涙を拭って振り返った後、彼女は目を瞬かせることになる。


「――吉見を殺ったか。流石は【魔法学団】の咎人狩りといったところだな」


 感心するような声が響くと共に、その影は闇夜の暗がりの中からゆったりと浮かび上がる。その姿に、利理は不審を覚えた。現れたのは彼女が予想したハジメではなく、インバネスコートを着た外国人だったからだ。

 その雰囲気に敵意はない。だが、油断ならぬ重厚な圧力も感じ取ることが出来、一目でそれが並みの人物でないこと察知させた。

 利理は立ち上がり、同時に刀を拾い上げてそいつを見据える。


「何者?」


 刀をやや下向きに構えながら利理が訊ねる。

 その問いかけに、インバネスコートの外国人は薄く微笑んだ。


「フォアマン・クローズ。君たちが咎人として追っている者だよ」

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