第2話②「対策~九頭一サイド~」

「……さて。いつまで背を向けているつもりだ?」


 背後から掛かった声に、利理は顔だけ振り向く。声を掛けたのはハジメだ。彼はベンチに座ったまま、真顔で利理を凝視している。


「そのままでいたら、お前、死ぬかもしれないぞ」

「? どういうことよ」


 ハジメの言葉に不審を覚えて、利理は訊ねる。その問いに対して、ハジメはすっと目を細めた。


「分からないか。お前もそうだが、俺もキリング・パーティーの参加者だぞ」

「それが、どうしたっていうのよ?」

「お前と俺は味方ではない。つまり、俺が今からお前を仕留めるために動いても何の問題もない」


 淡々と言われ、利理ははっとする。ハジメは彼の言葉通り、利理の味方となった覚えはない。今のところはそのような気配を見せていないが、敵ともなりえる立場であり、そんな人間に背中を取られていることは甚だ不利であった。

 認めたくはないが、同じキリング・パーティーの参加者として、利理はハジメに殺される可能性があるのだ。

 その言葉に、利理は緊張気味に振り向きながら身構える。全神経をハジメに対して集中させながら、彼女は彼を見据える。


「今から、私と殺し合いを始めようとでも言うの?」

「そうだな。それも選択肢の一つだ」


 問いに、ハジメは鼻を鳴らす。その表情や目は無表情であるが、油断は出来ない。油断すれば最期、その瞬間に仕留められる危険な相手であることを、利理は昨日の彼の戦いぶりから容易に想像がついた。


 緊張を高め、ハジメの一挙一動足を観察する利理――

 それに対して、ハジメは後頭部を掻いた。


「……冗談だ。そんな気は毛頭ない」


 身を強張らせている利理に、ハジメは淡々と言う。そして、ベンチに置いていたペットボトルに手を伸ばし、その中身である水を口に含む。


「本当にその気があるなら、背を向けている間に斬りかかっている。安心しろ。今はお前と事を構える気はない」


 平坦な口調で言い、ハジメは首を鳴らす。

 その態度と言葉に、利理は少し呆気に取られたように茫然とし、だがまだ少し警戒を解かぬまま、彼を見た。


「それは、本気で言っているの」

「こんなことで嘘を言ってどうする」

「それは、そうだけど……」


 正論に、利理はまごつく。

 それを見て、ハジメはおもむろにベンチから立ち上がった。その動きに利理は緊張するが、対してハジメは呆れるように息をついてから口を開く。


「一つだけ聞いておくが、お前は本当にキリング・パーティーについて何も知らなかったのか?」


 改めて問われ、少し躊躇ってから利理は頷く。


「えぇ。知っていたら、そんな馬鹿げた大会すぐに抜けているわよ」

「そうか。まぁ、実際には抜け出せられないわけだが」


 顔では笑わず鼻で笑い、ハジメは視線を利理から外す。そこには特に嘲りは籠っていない。だが、利理本人はそうとは思わず揶揄されたように感じた。


「なによ、貴方は私を貶したいの?」

「そんなつもりはない。一つ、お前と話したことで分かったことがあって落ち着いただけだ」

「分かったこと?」

「あぁ。はじめ、俺はこのキリング・パーティーには裏で暗躍している組織があるんじゃないかと疑っていた」


 利理を横目で見ながら、ハジメは目を細める。


「何か大組織が、何か別の事を目的にこんな馬鹿げた大会を開いているのではないかとな。その嫌疑の中には、【魔法学団】もあったんだが……」


 そこで一度言葉を区切ると、ハジメは利理を見て、それから視線を逸らす。


「お前の様子を見ると、それはどうやら俺の勘違いだったようだ。末端とはいえ、参加者のお前には大会の内容すら知らされていなかったことを見るに、【魔法学団】はキリング・パーティーに深く絡んではいない」


 一体何に鑑みてそう結論付けたのかは不明だが、ハジメはそのように断言する。実際、ハジメの見た通り、キリング・パーティーの開始に【魔法学団】が絡んでいることは微塵もなかった。


「参加者も世界の観測者とやらから適当に選ばれているようだしな。魔術師・咎人、その他の外法者――統一性がない所を見ると、裏に関わっている日本の大組織はないのだろう」

「貴方は、主催者が世界の観測者だとかいう話を信じるの?」


 不思議と、そして驚きをもって利理は訊ねる。

 その問いかけに、ハジメは少し固まってから、首を横に振った。


「いいや。だが、少なくとも俺たちが知っている範囲では組織絡みでないことは分かる。何かしらの権力を持つ者が主催しているのは間違いない」


 言いながら、ハジメは利理から再び目を外して斜め下を見る。少なくとも、主催者が彼の知りうる範囲での組織絡みで動いている人間ではないことは確かだ。

 もっとも、だとすれば昨日襲ってきた集団が、何故組織的に動けているかに疑問が残るが。あれは明らかに同じキリング・パーティーの参加者同士で結託している例で、偶然出会ったから手を組んだと言う類ではなかった。

 ただ、ハジメはそれを一度望外へ追いやる。


「俺の知りたかったことは大体わかった。もう用は済んだ。呼び出してすまなかったな」


 そう言って、ハジメは歩き出す。彼は利理のすぐ横を、警戒する彼女を尻目に堂々と横切ると、そのままこの場を去ろうとした。


「待って! 一つだけ訊かせて」


 そんな彼を、利理は呼び止める。律儀にも、ハジメはその声に応じて足を止めると、すぐに彼女へ振り向いた。


「どうして昨日、私の事助けてくれたの? 私と貴方は、赤の他人だって言うのに……」

「……情報を手に入れたかったからだ」

「情報?」


 利理が不審がると、ハジメは頷いた。


「昨日の午前、お前は郊外の廃ビルの中で咎人を一人仕留めただろう?」


 その言葉に、利理は数秒固まった後、驚きながら顎を引く。


「え、えぇ。でもどうしてそのことを?」

「元々、アイツは俺の標的だった。狩ろうと思っていた矢先、お前たちが現れて奴を仕留めた。その時の格好から、お前たちが【魔法学団】の者だとすぐに気が付いた」


 ハジメがそう語ると、その話の意味が解せずに利理は怪訝がる。が、彼女はしばらくしてあることを思い出した。ビルで咎人を斃した後、彼女はその身にどこからか視線を感じたのだ。その視線の正体は、どうやらこの青年、ハジメのものだったらしい。


「キリング・パーティーに【魔法学団】が関与しているかどうかを知りたかった。だからあの時、襲われているお前を助けた。相手に殺されてしまったら、情報が手に入らなくなる可能性があったからだ」

「そう……。ということは、昨日はずっと私の後をつけていたってこと?」


 ある程度納得しながら、利理は確認を行なう。その問いに対して、ハジメは答えを躊躇うことなく頷いた。


「加えていえば、あの時お前を襲った人間は、俺が標的にしている人間の一人でもあった。キリング・パーティーの参加者かどうかは知らないが、奴もキリング・パーティーの情報を嗅ぎまわっている中の一人だった。だから奴を殺しておきたかったというのも理由の一つだ」

「……そう。貴方、本当に暗殺組織の人間なのね」


 問いに答えたハジメだったが、利理の言葉に眉根を寄せる。その顔には、珍しく不審そうな感情が浮かんでいる。

 それがどういう意味か分からない様子のハジメに、利理は言う。


「人を殺すことに何の躊躇も罪悪も感じていない、そんな人間なのね」

「……さぁな。自分がどんな人間なのか考えたことなどない」


 いかなる感情からか、利理が告げてきた棘のある言葉を、ハジメは冷たくあしらう。彼は、人を殺してきたことに悔いや恐れなどを抱いたことはない。自分の犯す殺人にその責の重さを感じたこともないし、罪悪感で押し潰されたこともなかった。

 そこが、利理とは決定的に違うところでもある。


「それで、用件はそれだけだな。悪いが、あまりこちらの事を語るつもりはない」

「どうして?」

「俺とお前は味方ではない。これから、場合によっては敵となるかもしれない人間と慣れあうつもりは毛頭ないからだ」


 冷ややかな声で、ハジメが言う。

 それに対して、利理は黙り込んだ。反論の言葉はすぐには出てこない。

 彼女が閉口するのを見ると、ハジメは先の言葉通り、あまり話す気がないのかその場を去るように歩き出す。その背中を見て、利理は声を掛けようとするが、言葉は出てこない。

 結局利理は、ハジメが自分の前を去っていくまで、何の言葉もかけることができなかったのだった。


   *


 公園から離れてだいぶ時間が経ったところで、ハジメはコートのポケットから携帯を取り出す。

 液晶の画面を数回タップして通信したい相手を選ぶと、ハジメはそこで通話を試みる。コールの回数は数回で、すぐに相手に繋がる。


『ハジメか。どうした? 何かあったか?』

「千里、今いいか? キリング・パーティーについていろいろと分かったことがある」


 時刻がまだ昼間ということで、ハジメは相手の事情を尋ねる。その確認に、数拍おいてから相手は頷いた。


『あぁいいぞ。こんな早くに再び連絡を寄越すなど珍しいな。何が分かった?』

「キリング・パーティーの運営、進行役を名乗る人物と接触した。それで、いろいろと疑問は解けた」


 そう言ってから、ハジメは先ほどの公園内で呂馬と話したことについて語り始める。


「キリング・パーティーの予選とやらは、やはり招待状が届いた段階で始まっていたらしい。それからその大会とやらの規模は日本だけでなく世界規模で行われているとのことだ。つまり、世界各地であの招待状を受けた人間が殺し合いをしているということらしい」

『世界規模か……。それはまた大きく出たな。それだけの人間が、その馬鹿げた宴に参加を余儀なくされているということか』


 相手は、せいぜいこれが国内か一地域程度の規模だと思っていた様子で言う。実際には規模が世界レベルと多かったことに苦い心境を抱いたようだ。

 それに対して、ハジメは頷く。


「あぁ、そうらしい。それから具体的な数についての言及はできなかったが、俺がこれまで狩った人間の数で、予選突破に該当するまであと少しということだ。おそらくは、五名前後がボーダーラインではないかと俺は見ている」

『五名前後……つまりお前は、あと一人の参加者を殺害すれば予選突破の第一項目を満たすわけだな?』


 これまでハジメが倒した標的、キリング・パーティーの参加者と思しき人間の数は四人だ。


「あくまで俺の推測だが、そういうことになるな。それから、この大会から棄権する場合は、まずは予選の突破を決めなければならないらしい。予選を突破した人間が進行役に予選突破を伝えられる中で、本選へ進まないことを明示してようやくこの大会から解放されるということだ」

『棄権をするにしても、まずは一定数の人間を殺さなければならないわけか』


 ハジメの説明に、相手は苦みを含んだ声で言う。その反応は、無感情なハジメよりも、感情の吐露が激しかった利理の反応に近い。

 そんな相手に、ハジメは問う。


「どうする、千里。俺はどうする方針で動けばいい? 組織は、俺にひとまず参加する躰で行動する様に告げていたが、そちらでは何か決まったのか?」

『いや……まだ方針は決まっていない。現状通り、お前には大会への探りを入れて貰ってもらう指針に変わりはない。ただ……』

「ただ?」

『いろいろと昨日今日で判明したこともある。まず参加者についてだが、日本各地だけですでに百名以上が参加している、あるいは参加の疑いが立っている。お前が現在標的としている人間たちを含んでな。魔術界、裏世界の人間たちが続々と参加し、殺し合いを開始している』


 千里が語る言葉に、ハジメは静かに目を細める。


「その中に、【魔法学団】は?」

『含まれる。昨日お前が言った、学団の女を含めてな』


 そう千里が告げると、「そうか」とだけ言ってハジメは沈黙する。そうすることで、少しの間考えを整理しようとした。

 そんな彼に、千里が声をかける。


『それでハジメ。一つ、今後の方針について組織からお前に伝えることがあるのだが』

「あぁ、なんだ?」

『その前に聞きたい。お前自身は、この馬鹿げた大会にどう関わりたい?』


 質問されると、それに対してハジメは目を瞬かせる。珍しく、驚いたような顔であった。


「どういう意味だ?」

『お前の意思を聞いている。組織は、お前にキリング・パーティーの詳細が分かるように情報収集を行なわせてきたわけだが、その詳細とやらもだいぶわかってきた。キリング・パーティーとやらの全容が分かり始めてきた中で、お前自身はどうしたい?』


 これまで、ハジメは自身が所属する組織、暗殺組織【九頭竜会】の命令の下、同じキリング・パーティーの参加者らしき者たちと接触してきた。それは主に咎人たちのことで、ハジメは彼らと会うことで情報を得ようとしたのである。

 ただ、その結果はここまで散々だった。咎人は、ハジメが同じ参加者である事を知るや攻撃を仕掛けてくる者が多く、ほとんど情報を得ることが出来なかったからだ。その都度、ハジメは止む無く相手を返り討ちにしてきたのである。


 ハジメは既に参加者四人を殺してきたが、その大半はそのような事情で葬っただけだ。決して彼から進んで殺してきた相手はいない。

 そんな困難な情報収集の活動の後、利理と出会って彼女を救ったことが、今回多くの情報を得る結果に至ったわけだが、そこまで来たところで、千里はハジメの意思を聞いてきた。ハジメはその問いに、不審を覚える。


「俺の意思は組織の意思だ。組織の意向を聞いて俺は動くだけだ」

『つまり、自分の意見は持っていないと?』

「そういうことになるな」


 千里の確認にハジメは首肯する。

 すると、何故か相手からは溜息が返ってきた。その反応に、ハジメは眉根を寄せる。


「どうした? 何をそんなに嘆いている?」

『いや。では一つ訊くが、何故昨日助けた、参加者と思われる女とやらは殺さなかったのだ?』

「それも命令に従ったまでだ。命令では、参加者から情報を探ると共に、もし相手がこちらに害意があるのならば殺せと命令されていた。だが、その女は別に情報を持っている訳でもなかったし、何より俺に害意はなかった。どうやらその女も参加者だったようだが、殺し合いをする気もない相手を斬るつもりは毛頭ない。それに女子供は、最低限の例外を除いて手にかけるような真似はするなというのは、お前の教えだろう?」

『それは……そうだがな』


 ハジメの回答に、相手は言葉を噤む。千里は何か言いたげであるが、少しばかり言い辛そうだった。やがて、彼は話を替えるように訊く。


『ではお前は、組織が斬れと言えばその女を斬るのか?』

「聞くまでもないだろう。当然だ」

『そうか……。聞いた俺が少し馬鹿だったな』


 またも、千里は溜息をつく。

 ハジメには、何故相手がそんな風にげんなりしているのかが理解不能であった。


『では、お前は今後どうしたいんだ? その女の事を含めて、キリング・パーティーにどう向き合いたい?』

「だから、組織の命令に従うといっている。そこに自分の私意を挟むつもりはない」

『そうか……もういい、分かった』


 いい加減辟易とした様子で、千里は言う。その反応を、ハジメはなおも訝しがる。彼には、何故相手がこうもうんざりした様子でいるのかが理解できない。

 そんな中で、千里は声を改めて言う。


『では、組織としての命令を言い渡しておく。九頭一はこれからも標的との接触、および情報収集と、相手に敵意があるようならばこれを殲滅することを任務として遂行すること。要は引き続き、キリング・パーティーに参加する躰で行動せよということだ』

「分かった。その通りに動こう」

『あぁ。だが、くれぐれも無茶はするな。特に咎人の中で残る一人のうち、クローズと呼ばれる人物には注意しておけ』


 念を押すように、千里は警告してきた。


『奴は咎人の中でも有名な人物だ。その実力は並ではない。交戦し、危険だと判断したら迷わず逃げろ。分かったな?』

「了解した。心配には及ばない。命令とあれば無茶はしない」

『……よし。では、健闘を祈る』


 ハジメが了解したのを聞き、千里もこれ以上は充分だと思った様子で電話を切った。通話が切れた電話を、ハジメはポケットにしまい込む。

 携帯電話をしまうと、ハジメはその指示にあったように、咎人を探して歩きだした。事前に情報屋から集めた情報では、残る標的はこの街に入ると言う可能性が強いとのことだった。

 標的を探すために、ハジメは周りの気配に注意しながら歩きだす。冷たい黒い瞳は輝きを増して、それを巡らせながら、ハジメは街を徘徊し始めた。

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