第2話③「対策~巽利理サイド~」

 憤然とした怒気は、彼女の身に留まらずに周囲へも撒き散らされる。公園を出た利理は、とても激しい怒りのオーラをばら撒きながら、ホテルへの帰路についていた。並みならぬ怒気は、近くを歩いていた通行人が思わず道を開けるほどのもので、本人は憤然としていて気付かないがとても周囲の人間の迷惑になっていた。


 彼女が怒っている原因はいろいろある。

 いきなり訳の分からない殺し合いに巻き込まれたことや、その殺し合いから抜けることが出来ないと言われたこと――主にキリング・パーティーから抜け出せない事が主たる要因ではある。

 ただ、今の彼女をもっとも怒らせているのは、


「何が、『敵となるかもしれない相手と慣れあうつもりはない』よ」


 青年に別れ際言われた言葉を、利理は独り呟く。何気ない彼の一言ではあったが、ただでさえ憤然としていた彼女を、その一言は余計に癇に障った。

 別に、利理にも暗殺組織の一員と言われる人間と親しく付き合うつもりがあるわけでない。むしろ付き合いは御免蒙りたいぐらいだ。しかし、あそこまで明確に拒絶されると、何だか意味の分からない怒りが込み上げてきた。


(そもそも何よ、暗殺組織って。今時そんな組織なんてあるの?)


 憤然としながらも、利理は彼が所属しているという組織の種について考える。現代で暗殺組織など、単語の意味は理解できるが現存しているとは聞いたことがなかった。

 実際には、暗殺組織という物は世界各地に存在している。裏の世界において、邪魔者を消して欲しいという需要は今でも少なくなく、各国に少数ではあるが存在している。特に後進国に多く、要人や裏世界の人間の殺害を主とする彼らは、それなりの数が存在していた。


 とはいえ、そのような組織は先進国では滅多になく、日本の場合も数は少ない。存在自体が希薄であった。

 またどちらにしても、そんな組織が存在するならば【魔法学団】にとっては捕縛対象ともいえる存在であった。霊具召喚術、あれを使っている以上、その組織は魔法界にも繋がりがある組織と見ることが出来るからだ。


(絶対いつか上に掛け合って、捕まえてやるんだから。覚悟しておきなさいよ!)


 心の中でそう叫びながら、利理は街を進んでいく。

 すると、そんな時に前方から、見覚えのある影が顔を出した。ピンク髪のその少女は、左右を見回して何かを探しているようだった。


 利理が彼女に気がつくと、相手も気が付く。そして、その目を丸めた後、なにやら細めてこちらに駆け寄ってくる。

 美冬である。

 その姿を見て、利理は少しいたまれない気分になる。彼女には何も言わずにホテルを飛び出したことを思い出したからだ。そのことを反省し、どう詫びればよいかを考える。

 そんなことを考えているうちに、彼女は目の前までやって来た。


「リリーっ!」


 そう呼びながら、美冬が利理に近寄る。

 そしていきなり、駆け抜けざまの勢いで飛び蹴りを繰り出してきた。

 スカートをはためかせながら繰り出されたそれに、利理は慌てて横に躱す。すると利理の背後に着地した美冬は、すぐさま振り返り、きつい視線を向けてくる。


「ちょっとリリー! どうして避けるのよっ!」

「いや、普通避けるでしょ! 一体なんなのよ⁈」


 憤る相手に思わず訊くと、それを聞いて美冬はむっと頬を膨らませる。


「なんなのよ、じゃない! いきなりいなくなっておいて、一体どれだけ私が心配して、街中捜し歩いたかも知らないで!」

「え、えっと……それは……」


 かなりの勢いで捲し立てられて、利理は思わず口ごもる。相手を心配させたのが事実なだけに、言い返しようがない。


「ご、ごめん。ちょっとその、こちらにも事情があって……」

「事情ってなによ? いきなりいなくなったのに十分な理由?」

「そ、そう! 落ち着いて聞いてね。実はホテルで別れた時、ホテルのすぐ外を昨日助けてくれたっていっていた男の人がいたのよ!」


 慌てて、利理はそうやって説明する。手を忙しく動かして言い訳を開始した利理は、美冬が目を丸めながら話を聞く中で、話を進める。


「それで、その人を追って急いで出て行ったら、美冬に連絡をしておくの忘れたことに気づいて。それでその……ごめんなさい」

「……結局、謝るのね」


 最後には頭を下げて謝罪する利理に、美冬は呆れたように溜息をつく。


「まぁいいわ。それで、その男の人とは会えたの?」

「えぇ。それでその、さっき話していたキリング・パーティーとやらで、いろいろ分かったことがあってね」

「なによ、いろいろって?」


 不審がる相手に、利理は一から説明する。

 ハジメに追いついた後呂馬に出会い、そして彼からキリング・パーティーとやらが何なのかについて説明を受けたことを美冬に伝える。それは、呼び名通りの殺し合いの宴であり、自分がそれに参加させられているということを語った。同時に、棄権したいと思う利理に対し、理不尽にも呂馬からは同じ参加者を殺さなければ棄権を認められないと言いつけられたことなども語る。


 それらの話を一通り聞くと、美冬は腕を組んで思案する。彼女にしては真面目な反応だ。


「そう、なんだ。リリーも、そのふざけた大会とやらに巻き込まれているんだ」

「えぇ、そうみたい。一体どうしてこんなことに巻き込まれたかは知らないけれど……」


 大方を語り、利理は嘆息する。話をしていて、やはりその不条理さは嘆かずに入られない類のものだ。


「で、その男の人も参加者だったわけね?」

「うん。けど、私とは争う気はないらしくて……。戦うことなく去って行ったわ」

「でも、味方でもないわよね。いつ気変わりして襲ってくるか知れたものじゃないわ」


 顎に指を馳せて警戒する様に美冬は言う。その懸念に対し、利理もその線は薄いと一瞬考えつつも、そうは口に出さずに美冬の言葉に頷いた。


「私もそう思う。また会った時は、敵となるかもしれない」

「……実はね、リリー。リリーがいなくなった後、学団から連絡があったの」

「連絡? どんな?」


 今度は美冬から何か伝えられる番なのか、利理は訊ねる。

 美冬は周りを見てこちらに聞き耳を立てている人間がいないのを確認してから口を開く。


「どうやら、【魔法学団】の中には、そのキリング・パーティーとやらに巻き込まれた人が、利理以外にもいるらしいの」

「えっ、そうなの?」


 思わず大声を上げて驚く利理に、美冬は人差し指を口の前に立ててから、言葉を紡ぐ。


「一カ月前ぐらいから、招待状みたいな封筒が届けられて、それへの参加を要請された魔術師が複数いるらしいの。それを各支部から報告を受けていて、今学団では秘密裏に調査を行なっているみたい。どうすればいいか、相談をしている魔術師がいるらしいわ」

「ちょっと待って。そんなこと、私たちは一度も――」

「えぇ、聞いていないわ。でもどうやら、事が事なだけに、学団は混乱が生じるのを避けるために極秘にしていたらしいの。そんな大会とやらの話が伝われば、学団の魔術師たち全体が動揺してしまうかもしれないからって」


 学団から聞かされた話によれば、【魔法学団】はキリング・パーティーの存在を聞き知りつつも、その存在自体を魔術師の間には秘密にしていたという。それは、学団内の魔術師が混乱するのを防ぐためだったという。


「それに、おそらくはそのキリング・パーティーとやらの影響か、学団では謎の失踪を遂げている魔術師たちが複数いるらしいの。日本だけじゃなくて、世界中で。私が話をした人の所見ではあるけれど、その人たちにも招待状が届いていた可能性があるって」

「【魔法学団】の人間の多くが、キリング・パーティーに巻き込まれているっていうの?」

「そういうことよ」


 利理の問いに、美冬は頷く。


「それ以外に分かっている範囲だと、そのキリング・パーティーには裏世界の人間が多く参戦しているのではないかってことらしい。私たちが追っている咎人の多くや、その他で裏稼業をしている人間も。さっきまでリリーが会っていたっていう、その男の人を含めて」

「じゃあ、私はどうすればいいの? こんな事態に巻き込まれて、そのままでいられるわけがないでしょう」

「うん。だから、さっき命令が入った」


 いつもは軽口で何処か飄々とした少女である美冬であるが、先ほどから言葉は真剣だ。そして、その流れで真顔のまま言う。


「近々、リリーや私に事情聴取が行われることになったらしいよ。ひとまず私たちは、この街を出て【魔法学団】の日本本局へ出向くように指示されたわ」

「本局へ……今すぐに?」

「いえ。日時は決まっていない。けど数日内には聴取を行ないたいらしいから、明日の朝には迎えを寄越してくるんだって」

「明日……ってことは、今日はまだこの街に?」

「うん。そういう指示」


 利理が訊ねると、美冬は肯定する。

 その言葉を聞いて、利理は少し考えてから顎を引いた。


「分かった。じゃあ、今日中はホテルで待機していろってことよね」

「そうなるわね。実際にはそうは言われなかったけど、出来るだけ外出は控えるようにって言われている」

「そう。なら、ホテルへ帰りましょう。街を下手にうろついていたら、また誰かに襲われるかもしれない」


 利理がそう判断すると、美冬も神妙な顔で頷く。いつもならば軽く反発してきそうな彼女だが、今日はいちいち生真面目だ。

 そのことに若干の違和感を覚えつつも、利理は考える。明日来るという迎えを待つまで、利理たちはどうやら街に外出してはいけなくなりそうだ。そのことが、少し彼女の気を重くする。


 だが、反発するほどのことではない。学団からの指示は的確であり、反論するような理不尽なものでもないのだ。

 その指示に従うべく、利理と美冬は一路宿泊先のホテルへ向けて歩き出すのであった。


   *


 シャーという水音が、バスルームを反響して響く。

 薄らとした湯気が室内へ立ち込める中、その端に立ちながら利理は髪を掻き上げた。姫カットに切りそろえられた彼女の髪はずぶ濡れになったことで乱れ、髪と髪が絡み合いながら雫を飛ばす。髪をよく揉むようにして解した彼女は、その手を下げて、シャワーの向こうにある壁に押し当てる。前傾姿勢になりながら、彼女はシャワーの温水を享受した。


 シャワーから迸る温水は彼女の頭に降り注ぎ、頬を伝って首を濡らし、双丘をなぞりながら腹を渡って腿から滑り落ちる。爪先からタイルへと流れた水は、その場に溜まりを作りながら微かな傾斜に沿って下り、排水溝の中に吸い込まれていく。

 時刻はまだ正午、そんな時間帯ではあるが、利理はシャワーを浴びていた。


 特にこの時間に身体を洗う習慣があるわけではない。昨日今日で会った様々な事柄、特に本日の午前中だけでもいろいろと鬱憤の溜まることばかりであったため、一度心身の整理をつけたかったのである。


 相棒である美冬にも勧められてそれを浴びていた利理は、頭を充分に濡らして脳内の靄を快感で押し流し、また身体の隅々まで軽く洗って疲労感を取ると、ノズルを締める。キュッと音が鳴ってシャワーから排出されていた水が止まると、利理はバスルームを区切っていたカーテンを開いて、外に置いてあったバスタオルを手に取った。


 それで髪から順に、顔、身体の順に身体をしっかり拭き、側に置いてあった下着をつける。そして、蒸気が軽く立ち込めて温かなバスルームから出た。帰ってきて早々にシャワーを浴びてから、数分で彼女はバスルームを後にする。

 ホテルの個室のスペースに出た利理は、そこで辺りを見渡し、そして目を丸める。


「あれ、美冬?」


 彼女はバスルームの外にいるはずの相棒の少女の姿を探すが、辺りにはその姿はいない。ベッドが並べられているスペースやその向こうの窓際も確認するが、彼女はどこにもいなかった。

 同じ部屋に宿泊している美冬がどこにもいないことを不思議に思う利理だったが、彼女はその時まだ自分が下着姿のままだったことを思い出し、ひとまず服を着るため自分のベッドに向かう。


 そこには、彼女が脱ぎ揃えたままの服が置いてある。

 利理はまずそこから黒のストッキング取るとそれを履く。生地が緩まない様に爪先から少しずつ伸ばし、膝から腿にかけてを慎重に覆うと、やがて腰回りまでそれを履き終える。

 続いて、彼女は藍のデニム生地のスカートを手に取るとそれを履く。ストッキングと違い素早く履くと、今度は上着を手に取った。

 上着のシャツに袖を通し、胸元から腹にかけてのボタンをスムーズに締めた後、今度は白のセーターを纏う。首元から顔を出すと、両袖に腕を通してそれを着こむ。腹辺りが露わになっているのを伸ばすと、彼女は完全に服を身に纏った。


 服を着終えると、利理はバスルームから持ってきたタオルで髪を拭きながら、携帯電話を手に取る。そして片手で器用に画面を操ると、美冬の番号に電話をかけた。

 だが、コールが何回続いても相手が出る様子はない。

 髪を拭きながら、利理は首を傾げた。


「おかしいわね。どこへ行ったのかしら?」


 今日は極力外に出ない様にと、つい先程言い合ったばかりにもかかわらず、どこへ行ったのかという疑念が渦巻く。それ以前に、何故何も言わずにいなくなってしまったのかという疑問が彼女の中にあった。

 首を傾げて訝しがっていた利理であるが、その時、部屋の扉をノックする音が響いた。その音を聞いた利理は、辺りを見回し、そして窓際の机に視線を定める。そこには、部屋の鍵が置いたままになっていた。


 そのことから、利理はノックの相手を美冬と判断する。何かあって外へ出た後、鍵を持ち忘れて部屋に入れなくなっていると考えたのだ。

 何故携帯には出なかったのかという疑問はあるが、おそらく気が付かなかったのだろうと判断する。そして、利理は少し呆れてから、タオルと携帯をベッドに置いてそちらへ向かう。何か用があって外へ出るなら、シャワーを浴びている間に一言言ってほしいものだ。


 そう思っていると、再びノックの音が響く。


「はいはい。少し待ってねー」


 相手を美冬だと思い込んだ利理は、返事を返して靴を履く。そして、扉に向かって歩み寄り、鍵を開けようとする。

 その指先が鍵に触れかけた瞬間、であった。

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