第2話④「急襲」

 突然、利理は背筋に悪寒を覚え、ほぼ反射的に後ろへ跳び退く。


 無意識の反応の直後、彼女が開こうとした扉がいきなり吹き飛んだ。内側から見て引き戸になっていた扉は軽々と室内へ飛んできて、利理にそれが襲い掛かり、彼女もろとも床に押し倒す。

 軽い悲鳴と共に、室内へ転倒する利理――


「くっ……何なのよ⁈」


 突然押し倒されて、利理は苛立ちまぎれに吐き捨てて入口を見る。するとその向こうから、がっしりとした体躯の巨漢が姿を見せた。プロレスラーのような立派な体つきの男で、彼一人ではなく、同じような人間が二人ほど続いている。


 彼らは、利理の許可もとらず、ずかずかと部屋の中へ入ってきた。異様なのは、彼らの目付きだ。焦点が合っていないのか茫洋とした瞳は、利理をしっかりとは定めていない。正気じゃないのは一目瞭然であった。


「なんなの、貴方たち!」

「………………」


 立ち上がりながら利理が問うが、相手は無言であった。そして、おもむろに利理へと手を伸ばしてくる。それを利理は後ろに避けて躱す。

 いきなり掴みかかろうとしてきた相手に、利理は男たちが自分に害意のある者たちと即断じた。そしてすぐにその手に刀を召喚させようと手を伸ばすが、そこで躊躇いを覚える。刀で戦おうにも、この狭い室内ではむしろ振りにくくて戦い辛い可能性があったからだ。

 そのため、利理は仕方なく両腕を前に出してファイティングポーズを取る。刀を使わなくても、多少は徒手空拳でも戦える彼女は、男たちにそれで対抗しようと考えたのである。


 そんな中、先頭の男が近づいて来て手を伸ばす。掴みかかるように伸びてきた手を利理は躱すと、そのお返しとばかりに蹴りを放つ。振り払われた爪先は男の顔面に直撃し、それを受けた男は顔を押えながら後ろへ退いた。そんな相手に、利理は続けざま旋回して腹へ足裏を叩きこむ。男の腹に突き刺さった足裏によって、その男は身体を緩くくの字に曲げて後方へ退いた。


 その男と替わるようにして、背後にいた別の男がそいつを押しのけて前進してくる。彼は拳を振り上げると、それを利理の顔めがけて振るってくる。それに対し、利理は後ろへ跳躍、ベッドの上に着地すると、そこを足場にして前へ跳ぶ。そしてその勢いのまま男の側頭部へ蹴りを放つ。飛び蹴りは男の側頭部を強打し、男を横に飛ばして壁に叩きつけた。


 二人がやられると、すぐさま三人目が寄ってくる。彼は着地した利理に対して蹴りを振り上げて、利理の胸部を強打しようとしてくる。それに対して、利理は両腕をガードして後退、ダメージを緩めながら攻撃を受けた。それでも腕が軋むのを感じた利理は頬を歪め、後退すると同時に床を蹴った横の壁を足場にして男へ跳びかかる。そして、折り曲げた膝を相手の顎めがけて振り払い、クリーンヒットさせた。脳を激しく揺らされた男は、その衝撃で斜め後ろに転倒し、そこを押えながらゴロゴロと転がる。


 それを見て利理が着地した後、最初の男が再び利理に襲い掛かってくる。両腕を広げ、利理を捕まえようとした男を、利理は後退して躱す。タックルが空を切る中、利理は爪先を跳ね上げてそいつの顔面を強打し、男を後ろへ押しのける。


 その男の横を、二番目の男がすり抜けて利理に殴り掛かってくる。振り下げられる拳を、利理は素早く横に躱し、半身で相手に突っ込む裏拳を叩きこむ。顔面を捉えて悶絶した相手に、彼女はすかさずその鳩尾めがけて蹴撃、男を再び後ろへ押しのけた。


 そいつの横を、三番目の男が立ちあがって、利理に襲い掛かってくる。肩から体当たりしてくる相手に利理は横に躱すと、すかさず靴裏を相手の腹部へ叩きつけた。そしてその男を、ベッドに叩きつけ、そこから横の床へ転がす。


 三名の巨漢の攻撃を、利理は華麗に躱しながら圧倒する。だが、男たちはタフで、利理の攻撃を急所に受けながらもすぐに立ち上がってきた。


「キリがないわね!」


 悪態をつくと、利理は構え直す。刀が室内では使い辛い以上、彼女に出来るのは少しずつ相手にダメージを蓄積させて倒すしかほかない。

 そんな中で、巨漢たちはなおも襲い掛かってくる。


 男は二人で利理の正面と左から肉迫して、彼女へ突進をかまそうとする。それを見て利理は右へ逃れることで回避、利理のいた位置で男同士を衝突させる。

 彼らを自爆させた利理であるが、その時彼女の右で待ち構えていた男が殴り掛かってきた。唸る鉄拳を、彼女は首を傾げて紙一重で回避すると、その場で鋭く旋回する。そして、男の横顔めがけて裏拳を叩きこんだ。見事なタイミングで振り抜かれた拳は、しかし何度も同じ手にはかからない。男は、顔面をガードしており、その右腕が利理の拳を受け止めて不発に終わらせた。そして、彼女がその事に気づいて舌を打つ中で、男は腕を捻って利理の腕を掴む。細い利理の腕を掴んだ男は、利理を横手のベッドに向けて放り投げた。


 ベッドに叩きつけられた利理は、その衝撃で息を詰まらせながらも、すぐさま立ち上がろうとする。だがその瞬間、男は自らの身体を叩きつけるようにベッドへ跳び込んできた。利理が躱す間もなく、男はボディプレス気味に利理を巨体とベッドでサンドイッチにする。


「ぐはっ!」


 腹を圧迫され、利理はそこから息を吐き出してから、その苦痛にこらえて男を押しのけようとする。しかし男の身体は重く、彼女の膂力では押しのけられない。そのうちに、男は利理へ馬乗りになる。

 上から利理に覆い被さった巨漢は、そこから両腕を順に振るって、利理に上から殴打を仕掛けてきた。その重い拳を、利理は両腕を立ててガード、腕が軋み痛みを訴えるのを感じながら、この体勢から脱出する気を狙う。そしてやがて、片腕だけの攻撃では利理のガードを崩せないと見た男は、両腕を上に振り上げて、手を組んで一つの拳を作ってそれを振り下ろそうとする。その瞬間、利理は上体を可能な限り横に捻る。そのすぐ横を、男のハンマーブローが空を切り、ベッドに突き刺さった。彼の攻撃が外れた瞬間、利理は捻っていた身体を引き戻しながら男の顔面を強打、それによって相手の体勢を崩させる。相手が体勢を揺らがせたのを見て、利理は全身の力を込めて男を押しのけ、ようやく男の馬乗りからその身を解放させた。


 男から逃れた利理はベッドを転がり落ち、すぐさま立ち上がろうとする。その瞬間を、別の男が足裏で踏みつぶそうと動くが、利理は横に身を転がして躱し、立ち上がった。


 身を起こして体勢を整えようとする利理。しかし構えを取ろうとした瞬間、彼女は背後から迫っていたもう一人の男に羽交い絞めにされる。その存在を失念していた利理は、息を呑む。


「しま――っ!」


 失態に気づいた瞬間、彼女の腹に衝撃がきた。先の攻撃を躱された男が、利理の腹部めがけて拳を叩きこんだのだ。拳は彼女の腹部に突き刺さり、めり込む。その激痛に内臓を圧迫され、利理はたまらず苦悶の声を漏らす。


 そんな彼女へ、男は連続してパンチを叩きつける。羽交い絞めで躱せない彼女に、巨漢の振るう強烈な一撃が連打で突き刺さった。その重さと衝撃に、利理の腹部の内臓は断続的に圧迫される。利理はその激痛に口腔から唾を吐き出しながら悶絶し、呼吸を強制的に止められた。


 立て続けに叩きこまれた拳によって、彼女の身体は弛緩し、背後の男の腕の中で脱力しかける。その瞬間、前方の男は腹部ではなく彼女の顎めがけて拳を振り上げた。強烈なアッパーカットが利理の顎に突き刺さり、彼女の顎は上へ吹き飛ぶ。衝撃で脳が揺らされ、利理はその瞬間激痛と共に意識を明滅させた。


 ぐったりと、膝から崩れ落ちそうになるところを、後ろで羽交い絞めにしていた男が急に旋回する。そして抱えていた彼女を解放するように、思い切り窓際めがけて放り投げた。その勢いは凄まじく、利理は部屋の窓ガラスに衝突し、それを激しい音声と共にかち割りながら窓の向こうのベランダへと放り捨てられる。


 窓を突き破って外へ跳んだ利理は、ベランダの柵にぶつかった後、ごろりとベランダの中に転倒した。倒れて転がった彼女は、視界が攻撃のダメージでぶれた状態で苦悶する。

 意識が朦朧とする中、しかし彼女はそこで休むようなことはせずに立ち上がった。

 本能が、すぐに窓の向こうからやってくる気配に気づいたからだ。視界が定まらぬ中で迫ってくる敵の気配に、利理は歯を食いしばって身構える。そうすることで意識を繋ぎ止め、肉迫する相手と彼女は対峙した。


 迫ってきた男は利理を掴み上げようとするが、利理はその腕を躱し、拳を叩きこむ。拳は相手の鼻っ柱を挫き後退させ、窓の枠に足を引っ掛けさせて転倒させる。

 だが、すぐさま続いてきた男は、前の男を撃退して隙を生んだ利理にタックルをかましてきた。利理はそれを避ける余裕はなく、男の体躯に押されてべランダの枠と巨体によって挟み込まれる。身体を前後から圧され、その痛みから利理は苦鳴の声を漏らした。相手はそのまま利理を抱え込もうとするが、利理はそれより先に肘を相手の顎に叩きこんで男の視界をずらし、圧迫が緩んだのを見て足裏を男に叩きこむ。押された男はそのまま背後へふらつき、利理を圧迫から完全に解放した。


 しかしその直後、背後からきた別の男が彼女に向けてラリアットをかましてきた。伸びた腕は利理の首をすくい、その背中をベランダの柵に強打される。不意の一撃に、利理は視界をぐるりと滅茶苦茶にされ、擦れた苦悶と共に意識を混濁させた。そのまま前のめりに倒れそうになる彼女を、ラリアットをかました男はその首根っこを両手で押え、持ち上げる。凄まじい膂力によって、利理は足裏を床から離すほどに掲げられ、その気道を完全に窒息させられた。それによって、利理は宙に浮いた足をばたつかせながら呼吸困難に陥り、苦悶の声さえあげられぬまま目を潤ませる。そんな彼女を、男は無感情な目で見上げつつ、彼女の意識が落ちるのを待つ。


 意識が暗く沈みかけていた利理は、しかしそこでも必死の抵抗を試みる。彼女は浮いた足を後ろへ大きく引くと、足場のない体勢の中では最速最大の威力で足裏を男の股間めがけて振り抜く。蹴りは男の急所を強打し、相手はその激痛から、利理の喉から両手を手放して悶絶する。その瞬間、利理は拳を相手の顔面に叩きつけ、相手を後方へ退かせた。


 気道を確保した利理は、圧迫されていたその反動で咳き込むと、喉を手にやりながら膝を折り曲げ、転倒ギリギリの体勢で敵を見る。男たちは、それぞれダメージを受けながらも、むくりと立ち上がり、利理を包囲する様にベランダの中を動く。


「はぁ……はぁ……」


 男たちの動きを見て、利理は頭を振る。混濁して今にも潰えそうな意識を強制的に取り戻すと、自分を囲む敵の動きに注目する。


(このままじゃ……ジリ貧……)


 ついさっきまで圧迫されていた首を押えながら、利理は思考を巡らせた。

 敵の巨漢たちはタフであり、こちらの攻撃をまるで気にしていない。それに対し、自分はダメージを蓄積され、もう既に追い詰められている。しかも逃げ場はなく、相手はそれを知っているからこそゆっくりと自分を包囲している。ベランダなために、背後の空中を使えばいいと思われるかもしれないが、ここはホテルの四階だ。飛び降りたところで、ただで済むはずがないのは目に見えている。


 だが、利理はそんな状況の中で決断する。彼女は男たちに背を向けて、ベランダからの落下を防ぐための柵に足を掛けた。

 そして、高さ十メートルを超える場所から、躊躇うことなく飛び降りる。彼女の行動を、男たちは食い止めようと手を伸ばすが、その腕は空を切り、利理の身体を捉えきらない。

 宙へ飛んだ利理は、そこで体勢を整えながら、足から地面に巧みに着地する。その瞬間、彼女の両脚がぐきりと悲鳴を上げる。かかる負荷はすさまじく、彼女は落下の勢いで顔面から地面へ転びそうになるが、痛む足を酷使して、何とか転倒をこらえた。


 何とか両脚でその場に立った利理は、激痛が足に響く中で辺りを見渡す。幸い、降りた路地に人は通っておらず、突然ホテルのベランダから落ちて来た彼女に驚愕する者もいない。

 それを確認すると、利理は歩くのもやっとという激痛の中で、しかし足を動かして歩き出す。一歩でも早くホテルから遠ざかる、逃走するためだ。

 現在の状況では、自分を襲ってきた男たちに太刀打ちできないと考えた彼女は、一度体勢を整えるために、ここを離れようと考えたのである。


 幸運にも、男たちは利理をおって飛び降りてはこない。位置をおいたこの隙に遠ざかることで、怪我やダメージの回復を図ろうとしていた。

 走ることはおろか、歩くことすら困難な激痛が彼女の足に走っていたが、しかしそれも、徐々に回復していく。治りが早い自分の身体に、利理は珍しく感謝の念を抱きつつ、少しずつホテルを遠ざかり、男たちから逃走する。


 やがて、足の痛みもすっかり引き、駆け出すことも可能になった所で、彼女は早速走り出し、この場から離脱する。

 が、その途中で彼女は気が付く。


「しまった……。携帯と、美冬を置いてきちゃった……」


 戦いから逃げることで必死であったために、彼女は持ち物のほとんどと、相棒をホテルに置いて来てしまっていることを忘れていた。気がついてホテルを見るが、それも最早後の祭りだ。既に利理は、ホテルから男たちが追ってきても大丈夫な距離まで逃げてしまっている。


 今更、ホテルへ帰るわけにもいくまい。自分を襲ってきた敵の正体が分からない今、安易にホテルへ戻ればまた戦いになるかもしれない。場合によっては、こんどこそやられてしまうかもしれなかった。

 今更ながら、利理は相棒を置いてきた上に連絡手段を失ってしまっていることを反省し、下唇を噛む。もっともそうしたところで、もはやどうすることも出来ない。


(ごめん、美冬。無事でいて――)


 本日で二度目、何も告げずに相棒を置いてホテルを飛び出したことを謝罪しながらも、利理はとにかく当てもなく、ホテルから遠ざかるようにこの場を走り出すのであった。


   *


 平日にもかかわらず雑多である人混みの中を、ハジメは一人歩いている。街の中を進む彼は、その風景に同化することを心がけながら、極力目立たぬように進む。暗殺組織という環境で育ったからか、彼は自然と他者から目立たぬように溶け込むのが上手かった。


 その証拠に、誰もハジメには視線を注ぐことなく振り返ったりしない。どこにでもいるような人間の一人になりきった彼は、特殊な気配は絶った状態で、行き交う人の間を抜けて行った。

 そうやってしばらく当てもなく進んだ所で、彼は辺りを見回す。


 そして、周囲の人間に溶け込んだまま、目を細めて視界を集中させる。一瞬輝いたように見えた瞳は、そうしてある『力』を発揮した。

 やがて彼の瞳は、その視界に赤い霧のようなものを捉える。それは常人には決して見えないものだ。専門家がいれば解説するだろうそれは、霊気の霧と呼ばれるもので、魔術を使う人間が遺す痕跡のようなものだ。その霧を見つけると、ハジメは内心会心を覚えつつ、その霧が濃い方向へと進みだす。目をやや細めたまま、彼は横断歩道を渡り、やがてビルとビルの間の裏路地へと進んでいった。


 進むに従って、赤い霧は濃さを増していく。常人では見えないが、彼の視界は真っ赤に染め上がり、眼前十数メートル先が見えなくなるほど濃くなっていた。これは、それだけ強い魔力の痕跡と、今なおそれが発動していることを示唆している。


 裏路地を進んでいったハジメは、やがてそこに階段を昇った先に出入口のある小さなビルへと到着した。そこに足を止めると、ハジメは霧がその扉から漏れているのを見て、階段を昇り始める。扉の前に立つと、彼は周囲を確認してから中へと入った。


 扉の先では、異空間が広がっている。

 中は真っ暗闇に包まれ、明らかに外観のビルの大きさよりも大きな空間が広がっていた。暗闇に包まれた空間は、しかし何故か視界が保たれており、十数メートル先まで見渡すことが出来る。


 その空間の中を、ハジメは踏み入っていく。不気味な雰囲気のある空間であるが、彼は物怖じすることなく進む。するとしばらく歩いたところで、ハジメが開いたままだった扉が一人でに音を立てて締まる。それに、彼は驚いたりはしない。振り向いて、完全に空間が外界と遮断されたのを確認してから、ハジメは前を見る。


 するとそこから、拍手の音が鳴り響いた。空間全体に反響したその音に、ハジメは目を細める。


「いやぁ、見事だ。まさかここまで独力で辿りつくとは……」


 賞賛の声と共に、闇の中から影が浮かび上がっている。こちらへ歩いてくるその影は、黒のインバネスコートを羽織った、白いスーツの男性だった。その顔が浮かび上がり、鼻梁が高く彫りの深い、外人の顔つきであるのを確認すると、ハジメは懐に手を突っ込む。


「きちんと気配は消した。魔術の痕跡もほとんど取り払ったつもりであったが、まさかここまで辿りつくとは思わなかったよ」


 拍手を止めて外人が言うと、それを見ながらハジメは懐から写真を取り出す。合わせて二枚のそれを掌の中で広げて視線を落とすと、その画像と目の前の相手を見比べる。同じ顔の特徴であるのを確認すると、彼は写真を懐にしまいながら息をつく。


「貴様が、フォアマン・クローズか」

「ほう。私の事を知っているのか?」

「知っている。情報屋から、お前がこの街にいるだろうことは聞いていた」


 ハジメがそのように答えると、それを聞いてクローズは苦笑を浮かべた。


「なるほど。以前に会った情報屋には、私のことを言いふらさない様に念を押しておいたはずだがな」

「情報屋は決して義理堅い人種ではない。金さえ積めば、いくらでも情報を引き出せるものだ。そのくらい知っているだろう?」


 ハジメがそう言うと、クローズは「確かに」と顎を引く。


「それもそうか。どこの国でも、情報屋のその性質は同じということだな。そしてここは、私の見立てが甘かったと見るべきだな」

「……随分と余裕だな。自分のアジトに、見も知らぬ人間がやって来たというのに」


 淀みなく喋る相手に、ハジメは探るように声をかける。この場所は、おそらくクローズが活動の拠点としているアジトであろう。本来第三者がやって来るような場所ではないここに、ハジメのような人間がやって来る、それ以前に見つかるような場所ではないはずだ。

 にもかかわらず余裕を崩さない相手にハジメが疑っていると、クローズは肩を竦める。


「見も知らぬ人間ではないさ。君については、私も事前にある程度のことは聞いている」

「なに?」


 表情は真顔のまま不審そうな声を出したハジメに、クローズはその反応を楽しむように微笑む。


「とはいっても、名前はよく知らないのだけれどね。知っているのは、君が私の弟子の一人を殺したことぐらいさ」

「弟子だと? 誰のことだ?」


 眉根を寄せてハジメが問うと、その問いに対してクローズは少し意外そうに目を瞬かせた。


「なるほど……。私個人の情報を知ってはいても、人間関係までは把握していなかったか。ならば仕方がない、ここに辿りついた褒美にいくつか教えてやろう」


 そういうと、クローズはハジメとの距離を保ったまま、斜め横へと歩きだした。ぐるりと、ハジメを中心に円を描くような軌道である。


「私はな、咎人の身ではあるが何人かの弟子を持っていてね。そのうちの多数は、この街に一緒に滞在させていたのだよ。そのうちの二人については、昨日のうちに残念ながら殺されてしまったのだがな」


 言葉に僅かな哀愁を漂わせながら、クローズは言葉を紡ぐ。


「どちらもなかなか見どころがありそうな人間だったのだがね。これから鍛えると言った段階で、咎人狩りと殺し屋にやられてしまった。非常に残念だったよ」

「……そのうちの一人は、ひょっとして鎖鎌使いの男か?」


 心当たりがようやく見つかった様子でハジメが訊くと、クローズは頷く。


「そうだ。弟子の一人の名は鎌瀬乾。鎖鎌を使うなかなかの達人であった。昨日君に殺された、赤髪の男だ」


 そう言うと、クローズは足を止める。ハジメの真横だ。


「実に残念なことだ。彼にはまだまだ伸びしろがあったというのに、君にやられてしまった」


 そう言うと、クローズは左手を横に振るう。そうすると、彼の手の内には魔術師が使う独特の杖、魔術杖が召喚される。

 その杖の出現から相手の意思を悟ったハジメは、自らの手を横に下げながら相手の動きを注視した。そんな彼に、クローズは微笑む。

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