第1話④「開会宣言」

 長剣・エクゼキューショナーズ・ソードを振り下ろし、青年はそれを宙に散じさせて消滅させる。血で濡れていたそれが消失すると、血糊が宙に浮かび上がり、ぱらぱらと地面に落下していった。


 彼の周りの光景は凄惨な有様となっている。

 彼を中心にそこら中に転がるのは、人の死骸、死骸、死骸――。どれも一刀によって斬り伏せられたそれらは、肉片や肉塊となってばらまかれながら、赤い血溜まりの上に浮かんでいる。

 これはすべて、青年によって切り裂かれた者たちの成れ果てだ。


「一応斬ったが、何だったんだ、こいつら」


 言いながら、青年は目を細める。現れた時、彼らは明らかに自分へ害を与えるつもりのようだった。そのため、青年は彼らを止む無く切り捨てたが、その正体、また目的はまるで分からずじまいである。

 ただ、ある程度の正体の想像はついている。おそらく彼らを差し向けたのは、先ほど青年が斬った鎖鎌使いの仲間であろう。復讐か、それとも単に実力を測りに来ただけか、そのどちらかであると思われた。


 理由についてはそのように想像がついたが、まぁいいと青年は細かくは考えず、自分が斬った死体を眺める。斬り捨て始めて少ししてから、青年は彼らに違和感を覚えていたのだが、その正体が今、目に見える形で表れ始めていた。


 青年によって斬られた死骸たちが、最初に斬った者から順番に、その肉体をどろりと液状に溶かし始めていたのである。肉が融解するというより、肉だったものが別の物質に変質していく様子であった。それはやがて、肌色の肉体から固まっていないアスファルトのような、灰色の泥状の液体へと変わっていく。それを見て、青年は自分を襲ってきた人間たちが、正確には人間ではなく、人間を模して造られた人形であることを確信した。


 傀儡術かいらいと呼ばれる、人形を操る魔術がこの世には存在する。その名の通り、人形ひとがた傀儡かいらいとして自在に操る魔術で、陰陽師の式神、ネクロマンサーのグールなどと類似されるものだった。また達人ともなると人形を複数体、それも自律的に動かすことが可能で、まるで兵隊のように扱うことが出来る魔術でもあった。


 おそらくは、青年を襲ったこの人形たちもその類、肉体が泥になって溶けているのを見るに、泥人形に傀儡術がかけられていたのであろう。元は泥であったものが傀儡士によって人間に変形され、そして自律的に青年を襲う様に命令されていたものと思われる。

 泥へ溶けていくのを見る限り、死骸はこのまま放置しておいても問題ないだろう。肉塊がここまで散乱していたら後で大騒ぎになるだろうが、泥に変わる、というより戻るというのなら、死骸はこのまま跡形もなくなるはずだ。


 それを見て、青年はこの場を去ろうとする。もうこの場に長居は無用、自分の寝床としている場所まで戻ろうと歩き始めた。


「いやぁ、素晴らしい。それでこそキリング・パーティーの参加者だ」


 拍手と共に声が掛かったのはその時だ。突然の声に、青年は驚くことなく静かに振り返る。

 見ると、近くのビルの端に置いてあったドラム缶の上に腰を掛けた人影が一つ現れていた。闇夜で判別が難しいが、灰色のスーツ姿を着た男性のようである。糸目を引いた狐顔の人物で、彼は手を叩きながらにっこりと笑っていた。


 その姿に、青年は密かに警戒する。声をかけられるまで、彼はその人物の存在に全く気が付かなかった。気配を感じ取れなかった相手に、青年は目を細めて彼を見据える。

 そんな青年に、男性はにこやかに言葉を紡ぐ。


「流石は既に四人もの参加者を仕留めている実力者ですね。この数の泥人形を瞬く間に仕留めきるだなんて」

「……貴様は?」


 怪訝な顔で訊ねつつ、青年はその手に先ほどまで振るっていた長剣を再召喚する。敵だった場合すぐに対応できるように、得物を地面に垂らす。

 そんな物騒な反応を示す青年に、男性はドラム缶から降りて、深々と一礼する。


「これは失礼。初めてお目にかかります。私、呂馬仁ろまじんと申す者。此の度は、貴方に用があって参上いたしました」

「そうか。この泥人形をけしかけたのもお前か?」


 正対しながら、青年は男性に歩み寄り始める。冷徹な目の奥では戦意が宿り、下手な行動を起こせばすぐに倒せるように緊張を孕んでいく。

 そんな青年に、男性・呂馬は両手を挙げる。


「お待ちください。私は貴方の敵ではありません。それにこの泥人形たちを差し向けたのも私ではありません」

「……証拠は? それを証明するものは?」

「それはございませんが……。ひとまず私の話を聞いていただけませんか?」


 人の良さそうな笑みを浮かべながら、呂馬は青年を宥める。丸腰でまるで戦意を感じられない相手に、青年はいつでも斬りかかれる距離になってから足を止めた。

 そして、感情なく淡々と訊ねた。


「俺が、素直にその言い分を信じると思っているのか?」

「はい……。キリング・パーティーの参加者の中で、九頭一くずはじめさん、貴方は比較的話が通じる人だと認識していますので」


 その言葉に、青年・ハジメは眉を揺らした。その目には久方ぶりの感情、その名も疑念の感情が浮かび上がる。


「何故俺が、キリング・パーティーの参加者だと知っている?」

「ええっと、説明すると長くなるのですが……一言で強引にまとめれば、私はキリング・パーティーの運営の人間ですので」

「運営?」


 ハジメが胡乱がると、それを見て呂馬は頷く。


「はい。貴方の誤解を解くのを優先して話しますと、私はつい先ほどこの街にやって来たばかりです。目的は、貴方を始めとしたキリング・パーティーの参加者に様々な用件を告げるためで、次いで貴方たちが疑問に抱いているだろうこの宴についての説明を行なうことにあります。貴方もちょうど知りたがっていたでしょう、キリング・パーティーの諸事について」

「……俺が知りたいと思っている情報も知っているのか」

「えぇ、勿論。いえ、おそらくではありますが。少なくとも今は、貴方の敵ではありません」


 にっこりと笑って、呂馬は首を傾げる。その無防備な表情と雰囲気に、ハジメはようやく戦意をしまって、剣を消失させる。


「いいだろう。では、いろいろと話してもらおう」

「えぇ。あ、ですが話す前に一つお願い事があるのですが……」

「なんだ?」


 ハジメが問うと、それに対して呂馬は語りだす。

 その内容に、ハジメはやがて眉を持ち上げるのだった。


   *


 時は、利理が鎖鎌使いの男に襲われ、ハジメによって助けられてから一夜が明けるまで進む。そして場所も、都市にある利理たちが宿泊するホテルにまで移る。


 早朝、何者かによる襲撃事件から時間が半日ほど過ぎ、利理の姿はホテル一階のエントランスの一角にあった。そこに設けられた椅子に座る利理は、受付の横手へと目を向ける。するとそこから、彼女の相棒である美冬がやってきた。そこは、外部との連絡用に公衆電話が置かれたスペースであった。


「美冬。それで、学団からはなんて連絡あった?」


 電話スペースから帰ってきた相手に、利理はまずそう訊ねる。その問いに対して、美冬は頬を指先で掻く。


「んー。いろいろこちらの状況は伝えたけど、ひとまずこの街で待機の一点張りね。詳しいことは学団の支局も調べるから、私たちには勝手な行動を取らないようにって」

「そう……。調査はしてくれるのね」

「そうみたい」


 利理の前の椅子に座りながら、美冬は肯定する。そんな相手から、利理は目を逸らす。彼女は外を見ながら、昨日あったことを思い出していた。


 見知らぬ青年によって助けられ、彼の正体や目的を訊ねようとするも逃げられた後、利理は仕方がなく彼を探すのを諦めて美冬の許へと急いだ。元々は彼女を助けることを目的にホテルを飛び出したのだから、最優先するのはやはり彼女の救助であったからである。暗闇の中、利理は彼女に告げられた場所と辿りついて目を巡らせたところ、すぐに近くの住宅の垣根の陰に隠れていた美冬を発見して、無事彼女と合流した。やや涙目になりながら助け出された美冬に安堵しつつ、利理は彼女を追って来た敵を警戒したが、美冬の話では、途中まで追ってきた彼ら集団は、利理が駆けつける直前に突然いなくなったということだった。急にいなくなった彼らがまだ近くにいる可能性も留意して、利理たちはホテルへ戻って来たが、追手としてその集団が現れることは結局なかったのである。


 それから一夜が明けたつい先ほど、二人は学団に対して昨日のその出来事について報告した。謎の敵や集団に襲われたことは、彼女たち個人の問題ではなく、もしかしたら【魔法学団】に関係あることであるかもしれなかったからだ。彼女らは学団に、自分たちはどう対応するべきか、また誰か応援に駆けつけさせてくれるのかどうか、等を訊ねた。

 その結果は、学団の支局が調査を行なってくれるというもので、二人にはひとまず現地であるホテルで待機しているようにという命令が下されたのである。


 知るかそんなこと、等といった冷たい反応や、あるいは何の問題起こしているんだと怒られるような事態にならなかったのは安堵しつつ、しかし利理たちは内心にもやもやとしたもの感じていた。


「それにしても、昨日私たちを襲ってきた奴らは何だったのかなぁ?」


 胸に浮かんでくる疑念を、美冬がそう言葉にする。


「私は集団に追いかけられるし、リリーはよく分からん不良に襲われたっていうし。目的が見えてこないわよねー」

「うん、そうね。美冬の霊銃も、ほとんど効かなかったんでしょ?」


 昨日ホテルに帰ってから詳しく話を聞いたところ、昨晩美冬は敵集団に襲われた際、相手は一般人ではないと判断して得物たる霊銃を召喚させて交戦したらしい。しかし、相手にはその霊銃はほとんど効かなかったとのことだった。曰く、当たっても風穴を空けられても平然としており、そのまま有無を言わずに襲い掛かって来たのだという。そんな常識ではまずありえない相手だったため逃げ出した、というのが美冬の言葉だった。


「うん。多分人間じゃないと思うけど、妖魔の類でもなかったし。誰かに操られた傀儡ってところかなぁ」

「私を襲ってきたのは人間だったけど……。それでもかなり強かった。不意を突かれたのもあったけど、危うく殺されかけたし……」

「よく分からない男の人が乱入して助けてくれたんだっけ。その人が来なかったら危なかったんだってね?」


 美冬の次は話が利理に起きたことに変わり、美冬が訊ねると利理は頷いた。


「えぇ。あの人、結局なんだったんだろう。そういえば、最初現れた時、殺し屋だとかなんだとか言っていた気がするけど……」

「ふーむ。謎は深まるばかりね。あ、そういや一つ訊き忘れていたんだけど」

「なに?」


 利理が振り向くと、そこで美冬は不意にニヤリと笑う。何やら悪いことを考えている人間の表情である。


「その男の人、美形だった? 格好良い人だった?」

「は? えっと、そうね……」


 訊ねられた内容に、利理は戸惑いながらも思い出す。


「少し冷たそうで怖かったけど、顔はそんなに悪くはなかったと思う。カッコよいかは人によって変わりそう――って何を訊いているのよ貴女は」


 真面目に答えていた利理であるが、相手がニヤニヤ笑っているのと、よくよく自分の言葉を省みて、おかしなことを答えさせられていることに気づいて憮然となる。そんな彼女に、美冬は笑みを深めて言う。


「いやぁ。もし美形だったとしたら、リリーは吊り橋効果でその人に惚れている可能性もあるなぁと思って。命の恩人なわけだし、その補正がかかって格好よく見えた可能性も考えられるし」

「ないない。助けられたのは事実だけど、だからといって惚れるとかはまったくないから」


 適当に手を振って、利理は美冬の嫌疑を否定する。あっさりと否定した利理に、美冬はその返答と反応が少しつまらなかった様子で唇を尖らせた。


「そっかぁ、残念。生真面目で堅物なリリーが、ついに恋に落ちたのかと思ったのだけれど」

「そんな見知らぬ人間にいきなり惚れたりしないわよ。どんだけ私がちょろい人間だと思っているのよ」

「ふーん、そう。つまらないなぁ、リリーをからかうネタがまた一つ増えたかと思ったのに」

「私は貴方の玩具おもちゃじゃないわよ」


 ややむっとして利理が抗議すると、その剣幕に美冬は「分かっているって」と笑いながらその怒気を受け流す。

 そして、こほんと咳払い。


「ま、それは置いておいて。結局リリーを助けてくれた人は何者なんだったんだろうね」

「だから、それが分かれば悩んだりしないって」


 話題がループし、利理は溜息をつく。自分を助けてくれた青年が本当に何者であったというのかの疑問がつきない。考えられる可能性を、利理は頭の中でいろいろと巡らせる。


「かなり強い人だったけど、【魔法学団】の人間ではない様子だったし。フリーの非公認の魔術師か何かなのかなぁ……」

「その場合、リリーは本来捕まえて処罰すべき人間に助けられたってことになるけどねー」


 そう言って、美冬は微苦笑を浮かべる。基本的に、【魔法学団】に属していない魔術師や魔術結社は、咎人まではいかないまでも、【魔法学団】の捕縛対象になっている。学団の監視下に置かれていないはぐれ魔術師などは、いつ危険な事件を起こすか知れたものではないからだ。


「そう言われると、私ってなんかすごく間抜けな気がして来たわ」

「そうかもしれないね。ま、あまり深く考えても仕方ないよねー」


 自らに嘆息する利理に、美冬は肩を揺らして笑う。慰めのつもりか、その言葉は柔らかい。利理はそれに顎を引き、そしてしばらく口を噤む。

 二人の間に、しばし何とも言えない沈黙が降りる。話題を切って一度それぞれの思考に没頭した両者は、しばらくして美冬が立ち上がって我に返る。


「手持無沙汰だし、何か飲み物買って来るわ。リリーは、何が飲みたい?」

「じゃあ、ホットコーヒーで」

「分かったわ。微糖の奴を買って来る」


 気を利かせて自ら雑用に出て行こうとする彼女に、利理はその好意に甘んじることにする。それを受けた美冬は、一度この場を離れて自販機へと向かった。自販機はホテル一階の奥にあり、そこで二人分の飲み物を買ってくるようだ。


 そんな彼女を見送り、利理は溜息をつく。昨日のことについて再び思案を巡らせるが、考えても考えても謎は深まるばかりである。

 何か新しい情報は、見落としている情報はなかったか昨日のことを思い出すと、青年の顔とその言葉がいくつか思い起こされた。


(そういえばあの人、キリング・パーティーがどうとか言っていたけど、何なのよキリング・パーティーって)


 青年が放っていた単語、正確には自分に訊ね事をした際の単語を思いだし、利理は考えた。直訳するとおそらくは「殺し合いの宴」という意味になるだろうそれは、非常に物騒な単語である。青年はその単語に関連して、利理もその参加者なのかと訊ねて来たが、あれもどういう意味なのだろうか。参加、という事は何かの大会なのか、それとも他の意味合いがあるのか、不明なままだった。


 深まる疑問に意識を没頭させる利理だったが、その途中で頭を振る。


(駄目だ、どれだけ考えても謎は深まるばかりだ)


 答えはすぐには見つからず、考え抜いたところで答えは見つからない。どうにか他にヒントでもあればいいのだが、と利理は静かに溜息をついた。


 そんな時、彼女はふと横からの視線に気が付いた。ホテル内からではない。ホテルの外、近くにある窓越しに見える表の通りからだ。

 その窓を通して目を向けると、そこには一人の青年がぽつんと立ってこちらを見つめていた。その姿に、利理は最初既視感を覚えて目を細めて、数秒後、ぎょっと肩を震わせる。


「なっ……!」


 驚きを思わず口に出してしまったのは無理もない。立っていた青年は、昨日会ったばかりのあの青年であったからだ。

 利理が自分に気が付いたのを見ると、青年は軽く目を細めた後、その場で回れ右をして歩き出した。その足取りは、徐々にホテルから遠ざかっていくものだ。

 それを見て、利理は心中で叫ぶ。


(ちょ……待ちなさいよ!)


 席を立つと、利理はチェスターコートを着直してホテルの外へと飛び出していく。ホテル前の歩道に出ると、微かな人混みの中に、こちらに背を向けて遠ざかっていく青年の後姿が映った。

 その背を、利理は慌てて追う。追いかける中で、利理はそういえば美冬には何も言わずに出てしまったことに気が付く。が、今はそのことは放置した。今更ホテルへ戻るわけにもいかず、また美冬に連絡を取っている余裕もない。

 利理は、今は一心いっしんにその青年の後を追うことに集中した。


 追いかけていく利理に、その青年はこちらを一切振り向かないものの、まるで見えているかのごとく、途中で急に走り出す。決して昨日の如き全速力ではないが、それでも利理から逃れるようである。

 そのため、利理と青年との距離はなかなか縮まらなかった。


 それが縮まったのは、ホテルから一キロ以上も離れたところである。青年は歩道から、道路に隣接するとある公園へと入り、その奥にあるベンチへと向かうと、一息つくように肩を揺らしてから、それへ腰をかけた。青年を追って公園に入った利理は、その姿を確認すると駆け足を緩め、周りを見てから青年へ歩み寄っていく。


 平日の昼間ということで、公園には人がいない。いるのは利理と、その青年だけであり、利理は早足で彼の許へ近寄って行った。

 近寄る利理に、青年は顔を上げる。その表情は無表情で、ただじっと、涼しげな瞳で近づいてくる利理を捉えている。

 彼の眼前に至ったところで、利理は足を止める。


「やっと、追いついたわよ」


 肩揺らしながら言うと、利理はその時ようやくあることに気づく。この場所には、彼ら以外の人は一切いない。脇の道路にも通行人は少なく、車の往来も多いわけではない。文字通り、青年と利理は二人きりになっている。

 おそらく、青年はホテルの前から自分をこの場所まで誘導したのだろう。何か話があったのか、それとも彼女に用があったのか分からないが、現在のこの状況を作るために利理を撒かずにつれて来たのだ。


 そのことに気づき、利理はまんまと彼のペースに巻き込まれていることがなんだか悔しくて下唇を噛む。だが、すぐにそれを望外へ追いやり、自分が彼を追ってきた理由、用件に入る。


「いろいろ訊きたいことがあるんだけど、答えてくれるかしら?」

「……答えられる範囲ならな」


 ぼそりと、青年は言い返す。そして彼は、コートのポケットから水入りのペットボトルを取り出した。そのキャップを開け、中身を飲み始めながら、彼は利理を見上げる。

 それに一瞬硬直する利理だったが、彼女はすぐに我に返ると質問をぶつけた。


「じゃあまず訊ねるけど、貴方は何者なの?」

「それは答えられる範囲外の質問だ。答えられない」


 きっぱりと、青年は答えた。その返答に、利理はすぐさま憮然とする。


「答えられない、じゃないわよ。答えなさいよ!」

「職業柄、答えられるものじゃない。諦めてくれ」

「だから、その職業ごと訊ねていると――」

「なんなら、私が答えましょうか?」


 利理が捲し立てようとする中、第三者の声が割って入ってきた。

 その声に利理はぎょっと背後に振り向く。そこに立っていたのは狐顔の細い双眸を持つ、灰色のスーツ姿の男性であった。にっこりと親しげに笑いかけながら、彼は利理を見ている。


 そんな男性に、利理は身を強張らせる。すぐ間近にいる彼だが、声を掛けられるまで利理はその存在を感知しなかった。不気味で不審なその存在に、利理は警戒を露わに振り向く。


「貴方は、誰?」

「どうも、初めてお目にかかります。私は呂馬仁と申す者です。どうぞよしなに、巽利理様」


 恭しく、男性こと呂馬は自己紹介をする。その丁寧な態度に、しかし利理はより警戒心を増す。慇懃なその態度はどこか裏がありそうで不審である上に、何故名乗っていないにもかかわらず自分の名前を知っているかが謎であった。

 疑心暗鬼に陥る彼女に、呂馬は気づいてか気づかずか、青年の方に手を掲げながら口を開く。


「ちなみに、そちらの方は九頭一様と申す人で、暗殺組織【九頭竜会くずりゅうかい】の戦闘員であります。そして今は、利理様と同じキリング・パーティーの――」

「呂馬。勝手に人の情報をペラペラ喋るな」


 流暢に個人情報を喋り出す呂馬に、青年が冷たい視線で彼を見据える。感情はないが、それゆえに却って震えあがりそうな鋭利な眼光であった。

 しかし、呂馬はそれに脅えることなく、口に手を寄せる。


「これは……失敬。私としたことが、つい口が軽うございました」

「嘘をつくな。わざと喋っただろう」

「ははは。誤解ですよハジメ様」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ」


 二人が繰り広げる会話に、黙ってそれを聞いていた利理が口を開いた。彼女は今、軽い混乱状態にあった。


「暗殺組織って、それにキリング・パーティーがどうって……。話が全然見えてこないのだけど」

「そうですね。では――」


 狼狽える利理に、呂馬は彼女と青年・ハジメの両方をみて笑いかける。そして右手を胸の前に下げながら、一礼する。


「お二人とも、ようこそキリング・パーティーへ。楽しい宴を始めようではありませんか!」


 高らかにそう宣言する呂馬に、利理とハジメの視線が突き刺さる。

 三人しかいない空間で、彼らは本格的に巻き込まれ始める。

 キリング・パーティーという、その狂気の大宴会に。

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