キリング・パーティー!
嘉月青史
プロローグ「血の雨」
血飛沫が夜空を飛散する。
バラバラに切り裂かれた人体の断面から、ジェット噴射のように紅の液体が弾け、暗い夜闇を更に色濃く染め上げながら、ビルの屋上の床を濡らしていく。落下した血は床のアスファルトに浸み込むことなく溜まり、床の上に血の池を作りだす。
その血の溜まりの中を、人体が岩礁のように浮沈していた。
一人二人ではない。全部合わせれば十を超える大人数だ。
黒の僧衣姿の彼らは、その誰もが元あった身体を二分ないし三分に切り裂かれており、その断面から勢いよく血を搾り出すとともに、人体の内側から骨や臓器を垂らし溢している。
グロテスクな惨状の中、息を保っている者などいない。皆、既に死んでいた。自らの血の溜まりの中に突っ伏し、目や口を開いた状態で無惨にも息絶え、連なるように寝そべっている。四肢が辛うじて繋がっている者もいれば、憐れにもバラバラになっている者まで、最期は様々で、しかし皆一様に鋭い切り口を身に刻んで倒れ込んでいた。
さて――
そんな、数多の死骸が累々と連なる血の池地獄と化したその景色、血の雨が滴っていたその中心地に、一人の若者が立っていた。
黒髪に切れ長の黒瞳、知的そうで涼やかな容貌を持ち、その身には紺色のレザーコートを羽織っている。暗闇と同化しそうな暗色系の服装で身なりを整えているために、先ほどまで降っていた血の雨に濡れたにもかかわらず、それによる染みはほとんど目立たなかった。
彼は、手ぶらではない。その右手には紅の刃を持つ処刑剣・エグゼキューショナーズ・ソードが握られている。罪人の首を処刑の際に斬り飛ばすことを目的に製造され、切っ先が丸みを帯びているというのが特徴の剣だ。
その剣が、今は大量の血を吸って赤く滲んでいた。
下ろされた切っ先から滴り落ちる血は、今まさに何者かを斬って付着したものだと言うことを証明しており、周りの血塗れの死体の数々と合わせて鑑みるに、一体剣が誰を斬ったのかを容易に想像させる。
――婉曲的な表現になってしまったが、はっきりと言おう。
血の溜まりに沈む僧衣の男たちを斬り殺し、血の雨を降らせたのは、この青年だ。彼はその手に持つエグゼキューショナーズ・ソードで彼らを斬り伏せ、そしてその真っ只中で佇んでいるのである。
大量の殺人を犯した青年は、しかしその顔に何の感慨も見せはしない。平然と、或いは冷然と、無表情で倒れた僧衣の男たちを見下ろしており、罪悪感も高揚感も浮かべていない。ただただ冷たい目で、彼は自らが築いた死骸の山を目視していた。
その冷たい瞳が、持ち上がる。青年の視線は、眼下の死骸からその向こう側、現在地であるビルの屋上の、その端へと向けられた。
そこには、この空間において青年以外で唯一の生存者が佇んでいる。青年の足元にいる者たちと同様の僧衣姿で、しかし彼らより一段高位の僧衣を身に纏った壮年の男性だ。
青年は、そんな彼に視線を定めると、前へ進みだす。血に染まった床、また死骸を踏み越えながら、青年はその男性へと歩み寄っていく。
「き……貴様、何者だ」
処刑剣を引きながら近寄る青年に、男性は両手を合わせて数多の死骸を見据えながら、視線を合わせて問い質した。その顔には少なからずの緊張が含まれており、表情が固い。
「貴様のような顔、【魔法学団】で見た覚えがない。まさか、咎人狩りに所属する者か?」
「違う。先ほども言ったはずだ」
言葉少な、感情薄めに青年は男性の問いに答える。
そして、血を吸った紅の長剣を横に振り、血糊を払う。青年の頬には、返り血が薄らとこびりついていた。
「殺し屋だ」
青年はそう言うと、これ以上の問答は無用というように床を蹴った。疾走に入った青年は、血溜まりを蹴って赤い血柱を立てながら、男性の許へと迫る。
足元の血を屹立させながら迫る彼は、あたかも疾風の如き超スピードだ。
それに対し、屋上の奥隅に立つ男性は、迫ってくる青年を見ると両腕を広げ、「オン!」と気勢を放つ。その瞬間、男性の両手に得物が召喚される。握られたのは、氷の結晶で出来た二振りの剣だ。半透明で鍔がなく、仏像などが手にする破魔の剣を連想させる刃を手に、男性は青年を迎え撃った。
氷剣の二刀流で構える相手に、青年は真正面から斬りかかる。
残像を生じさせる速度で駆け寄った青年は、男性に斜め切り下げの斬撃を振り下ろした。弧を描いた紅刃は、しかし男性を捉えるかと思えたタイミングで火花を散らす。甲高い金属音と共に、紅のエグゼキューショナーズ・ソードが弾かれる。氷剣を斜めに交差する様に重ねて頭上で刃を押し留めた男性は、二つの剣の刃で相手の剣を挟みこむようにしながら横へと身を捌いた。これにより、青年は叩きつけた剣ごと前のめりに体勢を崩し、横手からの攻撃に無防備となる。
その瞬間、男性は青年に返す刃で双剣を横向きに傾けて青年の脇めがけてひた走らせた。肉迫する二条の斬撃、剣で受け止められるのは不可能と見た青年は、自らの身を宙に投げ出す。前のめりの体勢から空中で回転した青年は、迫った刃を下方に躱し、自らは屋上の縁近くまで空中を前転、相手が刃を振り切ったタイミングで足を伸ばす。伸びた足裏は、その瞬間屋上の縁に設けられた落下防止用の鉄柵を足場にして、床に背を向けた体勢で青年を空中滑空させた。
氷剣を振り切った体勢の男性は、攻撃を躱された直後に再び自分の前へ飛んでくる青年に瞠目、咄嗟に氷剣を前方で交差させながら飛び退く。
その判断は適切だった。
直後、青年は空中で身を捻じりながら剣を横手、軌道的には縦に薙ぎ、男性の頭上から胸元までを引き裂こうとしたからである。一瞬早く後退した男性にその斬撃は不発に終わったものの、青年は斬撃が空振るや両手を床につけて後転、ぐるんと素早く身体を回して両足で床を踏んだ。
体操選手顔負けの身のこなしで体勢を整えた青年は、しかしそこで立ち止まりはしない。
彼は冷たい光を宿した双眸で斬撃を逃れた男性を見ると、すぐさま彼に向かって床を蹴る。迫る青年に、男性は双剣を正面から見て八の字に見える構えで迎え入れた。
彼我の距離は一瞬で消滅、仕掛ける青年に男性が待ち受ける。
まず繰り出されたのは横の一閃。男性の胴部を薙ごうとした斬撃に、男性の左手の剣が対応、左膝を曲げながら立てた剣の刃が青年の剣を受け止める。青年の心を顕現させたかのような冷たく鋭利な斬撃を止めた男性は、それを受け流しながら右の剣を振り上げる。反撃で繰り出される男性の縦の斬撃、唐竹割りの刃は青年の頭蓋へと降り注いだ。落雷の如き勢いの刃に、青年は素早く左足を引いて身を捌き、顔すれすれの位置で刃を躱す。そこに焦りや恐れはなく、ただひたすら冷静だった。
空を切った斬撃に、男性の氷の剣は床を叩き甲高い音と火花を散らす。
その刃の上に、青年は空振って振りきらされていた自身の紅刃を乗せる。そしてそれに相手が気づいた瞬間、その氷剣の刃に沿って剣を振り上げた。紅の稲妻は、燕が地上から宙高くへ上昇する時の如き軌道を描きながら迸り、男性の右手から上腕部辺りを狙う。男はその斬撃に、咄嗟に氷剣を手放して躱そうとした。
だが、遅い。
青年が振り上げた紅の刃は、剣を手放した男の右手へ衝突、そこから手首までを鋭利に両断した。弾けるように彼の右手は宙を舞い、血飛沫と共に空中で錐揉みしながら屋上の床の端まで転がっていった。
手首より先を切断され、男は一瞬瞠目、その後反射的な反攻として青年に左手で持つ氷剣を横に振るう。青年の首筋めがけて走らされたその剣に、右足を踏み出す体勢で長剣を振るっていた青年は、頷くように顎を引きながら体勢をその場に沈める。氷剣はそんな青年の頭上を通過し、僅かに彼の髪を数本引き裂くのみで空を切った。
左手を振り切った男性に対し、長剣の切っ先ごと身体を沈めていた青年は、その反動で全身のバネを使う様に身を上へ跳ね、紅刃を斜めに斬り上げる。床すれすれから跳ね上がった刃は、男の脇腹に突き刺さり、そこから反対の脇下まで突き抜けた。一気に身体を横断した刃に、男性の傷からは血飛沫が弾け飛び、剣撃の圧力で男を後ろへ数歩よろめかせる。
強烈な一撃を喰らった男性は、何とか数歩後退したところで転倒をこらえ、青年に対して眼光を突きつけた。
そんな相手の鋭い気迫に、しかし青年は怖気づくどころか、相手の現状を好機と見ると、間合いを詰めて一気呵成に攻めかかる。
跳び込むようにして放たれたのは首を狙った横薙ぎ、刃は鋭利な閃光となって男に襲い掛かった。その斬撃を、男性は片腕だけになった氷の剣を立てることで受け止める。ぶつかり合う二つの剣だったが、それは拮抗して弾き合うという結果ではなく、片方の刃が敵側の刃を撥ね退けるという結果を生んだ。
撥ね退けたのは青年の長剣だった。
片手で受け止めるしかない相手に対し、青年の斬撃は両手での一撃――そのため剣にかかる膂力の量は異なり、男性の剣では青年の剣撃をこらえきれなかったのだ。スピードを緩めながらも、青年の剣は男性の首筋に向かう中、男性は後ろに退いて斬撃を躱そうとする。エグゼキューショナーズ・ソードの先端は微かに男性の首を抉るも、頸動脈を斬るには浅い位置で振り切られた。
剣を振り切った青年は、そこで止まることなく次の攻撃を仕掛ける。彼は刃を振り切ると、その刃を強引に制止しながら、先とは真逆の軌道で男性の胸部を狙う。急な制止と斬撃の逆流に、青年の腕の筋肉は悲鳴を上げるが、青年は構わず斬撃を男の胸元へ振り抜いた。青年の強引な斬撃に、男性は氷剣で受け止めようとするが僅かに間に合わない。紅の刃は男の胸元を右から抉り、左胸手前まで切り裂いたところで後ろへ引かれる。胸部を一文字に切り裂いた鋭利な刃に、男性は傷口から血飛沫をあげながら悶絶し、膝から崩れそうになった。
それを何とかこらえる中で、対する青年は動きを止めない。
彼は剣を引いた勢いのまま身を旋回させる。それを見て、男性は次なる斬撃に備えて氷剣を構えようとした。
だが、次の瞬間男性を襲ったのは、剣の刃ではない。青年の、右足の裏だった。青年は剣を旋回と共に振る様な構えをみせつつも、意表をついて足裏で男の鳩尾を勢いよく強打したのである。
振り抜かれた靴裏は、剣に意識を向けていた男の意表を突いてクリーンヒットし、鋭く重く、男性を後方へと弾き飛ばす。
蹴りの衝撃、そして弾き飛ばされた勢いによって男性は背中から地面に叩きつけられ、その打撃によって傷口から一気に血潮をあげた。同時に傷が灼熱感となって脳へ痛覚を届け、男性の脳に思考を焼くような痛みを認識させる。切断された右手首を始め、両断まではいかないものの身体の半ばまでを切断した胸と腹の痛みが神経を刺激し、男性は苦悶の声を上げさせた。
そんな彼の耳に、こつん、こつんと近寄ってくる足音が届いてくる。
罪人の首を刈る剣を持つ処刑執行人が、ゆっくりと男性へ歩み寄っていた。
その足音に、男性は脅えながら顔を起こし、迫りくる相手を見上げる。
歩み寄って来るのは、夜の闇よりも深い黒い瞳を冷たくも爛々と輝かせた、一人の青年――
「何故、だ?」
息も絶え絶えになりながら、男性は青年を見上げて、問いかける。
「【魔法学団】の魔術師でもない。咎人狩りでもない。殺し屋とやらが、何故私を狙う。私を殺して、誰になんの得が――」
「俺は、聞きたかっただけだ」
男性の言葉を遮り、青年は言う。
「お前がキリング・パーティーについて知っているなら、その情報が聞きたかった。しかしお前は、キリング・パーティーについての話を振った瞬間、俺に攻撃を仕掛けてきた」
そう言うと、青年は男性のすぐ傍らに立つ。
そして、機械的な動きで剣を持ち上げた。
「攻撃を仕掛けられた以上、反撃せざるを得ない。そして情報も吐かない咎人は、邪魔なだけだ」
そのように断じると、青年は何の感情も覗かせぬまま刃を振り下ろす。
振り切られた刃は、男の首筋を捉え、刎ねる。
男は断末魔すらあげることなく、その首を落とされた。
血を噴きだしながら男の死骸が横に倒れるのを傍目にすると、青年はコートのポケットから携帯を取り出す。
「こちらハジメ。三人目の標的と接触。キリング・パーティーに関する情報を求めたが、抵抗の意思を示したため、これを排除した」
感慨もなく淡々と携帯で通話を取ると、それに対して受話器から声が返ってくる。その声を聞き、彼は顎を引く。
「……分かった。引き続き調査を続行する」
応答を返すと、青年は電話を切る。携帯をポケットにしまうと、彼は長剣に付いた血糊を振るい落としてから、剣を横に掲げて宙に霧散させる。
宙に剣を溶かした青年は、男の首を見つめたまま懐に手を突っ込み、そこから数枚の写真を取り出した。それに目を落とすと、青年は暗闇の中でもかかわらずそれを選別し、そのうちの一枚を握り潰す。彼の手には、四枚の写真が残る。
「あと標的は、こいつらか……」
ぼそりと呟き、青年は顔を上げて写真を懐にしまう。
そして、彼は床に転がる死骸を踏み越えて、ビルの屋上の端へと向かう。そこに掛けてある落下防止用の柵の上に乗ると、彼はそこから横に建ち並ぶビルの屋上へと飛び移る。
やや下にあるその屋上へと着地した彼は、そこからまるで兎のように飛び跳ね、次のビル、そのまた次のビルへと飛び移っていった。
殺し屋を名乗る青年は、そうして夜の空を舞っていく。静寂の闇夜の中にその後ろ姿が溶けて消え去るには、それほどの時間を要さなかった。
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