第1話③「出会い」

「は? 何だ、テメェ……訳の分からないことを――」

「貴様の敵だ。今から、貴様を殺す」


 男の言葉を遮って青年が言うと、彼はいきなり地面を蹴った。そのスピードは、瞠目するほど速い。青年は一瞬で男との間合いを消すと、紅の刃を持つ剣を持ち上げようとする。


 それを見て、男は咄嗟に鎌の柄を掴んで青年に斬りかかる。至近距離から斬りかかる男に、青年はそれを難なく横に躱す。その切り返しの速さに男は舌を打ちつつ、今度は分銅を青年に向けて投擲する。近距離から放たれたそれを、青年は首を傾けるだけの最小限の動きで回避した。分銅が顔の横を通り過ぎる中、青年は剣を持ち上げ、男に対して斬りかかる構えを見せる。

 その瞬間、男は嗤う。青年の背後では、しなった鎖の動きに呼応して、分銅が逆方向に疾走を開始、青年の後頭部に向けて走り始めていた。


「危ない、避け――」


 利理がそれに気づいて警句を発そうとしたその時、すでに青年は動いていた。彼は斬撃の構えから体勢を低くすると、飛んできた分銅を頭上で躱す。そして、それと同時に剣を跳ね上げた斬撃は、通り過ぎた分銅を操る鎖に突き刺さり、その鉄の連結を紐糸のように軽々と引き裂いた。鎖が分断され、操作性を失った分銅はそのまま男の顔面の横を通過し、荒地の敷地の中へ落下する。


 後方から打撃を躱し、かつ鎖を軽々切り裂いた青年に、男の顔色が変わる。神業のような反応に驚愕した男は、至近距離にいる彼を追い払うべく鎌を走らせる。縦横無尽にしなった鎌の斬撃は、しかし青年を捉えることは出来ない。青年は横に足を捌きながら鎌を軽々と躱しつつ、その最中で横薙ぎを振り払う。その刃は、切れ味鋭くまたも鎖を断ち切り、今度は鎌をあらぬ方向へ弾き飛ばす。鎖の拘束を解かれて自由となった鎌も荒地へと飛んでいき、男の手元にはただの鎖のみが残った。

 分銅と鎌を分断され、武器を完全に破壊された男は表情を凍らせる。そして、冷たい視線で自分を見る青年と目を合わせた。


「な、なんだってんだテメェ!」


 武器を壊された男は、しかし鎖を鞭のように扱うことで青年へ対抗しようとする。しかし青年は、その鎖を軽やかなステップで鮮やかに躱すと、男の眼前、懐深くへ跳び込んだ。そして、男が瞠目する中で、剣を持ち上げる。


 一閃。


 ひた走った唐竹割りの斬撃は、男の顔面を捉え、そして一気に腹部までを切り裂く。ズバン、と擬音さえ聞こえてきそうな鮮烈で鋭利な斬撃によって、男はその傷口から血飛沫をあげて前のめりに倒れだす。その身体は、青年がさっと横に躱したことで、顔面から地面に叩きつけられた。

 確認するまでもない、ほぼ即死だ。

 頭蓋を両断されて、喉元や胸部から腹部を裂かれた男は、断末魔もあげることが出来ず、自らの血の溜まりへとうつ伏せに倒れ込む。微かに身体が震えていたが、それもすぐに止み、完全に生命活動を終了させた。


 そんな男を、青年は涼しい顔、否、冷たい視線を送りながら見下ろす。そこには、人一人を斬殺した罪悪というものがまるでなく、またそれを愉しむ残虐性も見受けられない。ただただ冷徹に、自分が殺した人間の死を見つめていた。


 そんな青年に、遠くで戦いを見ていた利理は茫然とする。自分を追い詰めていた敵を、こうもあっさりと仕留めた青年に対する驚きと疑念が、彼女の思考を一時停止させていた。愕然と、ただただ悄然と、彼女は青年と男の死体を見比べる。


 そんな中で、青年は踵を返した。殺した男に対した感慨も浮かべていなかった彼は、真顔と呼ぶにも感情が欠如しすぎている顔つきで、歩いてくる。向かう先は、倒れたままの利理の許だ。

 彼は手にしていた剣を歩きながら宙に散じさせると、空になった手をコートのポケットに入れながら利理へ歩み寄ってくる。

 近付いてきた彼を、利理は悄然とした顔のまま見上げる。


「貴方……何者?」

「……名乗るほどの者じゃない」


 利理の問いかけに、青年は冷たく応じた。

 その言葉に、利理は目を細める。今しがた、手にしていた剣を霧散させ消滅させたところから見ると、彼はおそらくは利理と同業者であろう。


 それも自分よりかなり腕がある強者つわものだ。利理を苦しめた男をあっさり倒して見せたその手腕から、それは容易に伺える。

 だが、どうして彼はここにいきなり現れ、また利理を救ったのかが疑問であった。


「どうして、私を助けてくれたの? 助かったのは事実だけれど……」

「怪我」

「え?」

「怪我、大丈夫か。手足を随分やられたみたいだが」


 疑問を投げかける利理にそう言うと、彼女の側まで歩み寄った青年は、膝を折って利理に顔を近づけた。片膝の状態になりながら、彼は利理の傷の具合を確かめようと手を伸ばしかける。

 そんな彼に、利理は咄嗟に後ずさった。反射的なもの、見知らぬ異性の手が伸びたことに防衛本能が働いたのだろう、尻餅をしながら素早く彼女が退くと、青年は固まる。

 一方で、そのような行動を取った利理自身も固まっていた。

 両者の間に、嫌な沈黙が走る。


「ご、ごめんなさい。思わず、つい……」

「別にいい。いきなり見知らぬ男に近寄られて、逃げない方がおかしい」


 謝罪した利理に、青年は淡々とした様子で語る。その顔は、本当に利理の反応を気にしていないのか平然としている。異性に逃れられたショックは、実際になさそうだった。

 青年は利理の傷を診ることはせず、しかし遠目からその具合を見て目を細める。


「ところで、その様子だと傷は大したことないようだな」

「あ、うん。私、怪我の治りは早いから」


 頷いてから、利理も自分の受けた傷の調子を確認する。すでに足の怪我は、痛みこそあれ行動に支障がないほどに治まっている。また鎖鎌で受けた切り傷もそのほとんどが塞がっていた。

 何気なくそのようなことを言葉に返すと、それに対して、青年は眉根を寄せた。


「怪我の治りが早い?」

「……あ、ううん。こっちの話。ところで、貴方何者なの? どうして私を助けてくれたの?」


 相手の疑問をごまかしてから、利理は再び先ほども投げかけた質問を今一度ぶつける。助けられたのは紛うことなき事実であるが、何故彼が、見知らぬ青年が自分を助けに割って入ってきたのかは疑問であった。

 その問いに、青年は黙り込む。しばらく考えるように沈黙してから、青年は利理の目を見て首を振った。


「言えない。職業柄、名乗る相手は殺す相手に対してのみだから」

「どういう職業なの、それ?」


 青年の言葉に怪訝な気持ちになって、利理は訊ねる。

 魔術師には秘密主義である者が多いとはいえ、名前すら名乗らないというのは疑問が浮かぶ。もしかすれば、青年は公的に、【魔法学団】に認められた魔術師ではないのかもしれなかった。そのために正体を隠しているという線も考えられる。

 青年は言う。


「勝手に助けておいて悪いが、聞きたいことがある。一つだけでいいから答えてくれ」

「私の質問は無視?」

「【魔法学団】の人間も、キリング・パーティーに参加しているのか?」


 利理の問いは完全に流しきって、青年は自分の問いを発する。それが本題であるかのように、青年は利理の目をじっと見据えていた。

 自分の質問は完全に無視されてやや不快な気分になる利理だったが、青年のその言葉には眉根を寄せる。


「なに。その、キリング・パーティーって?」

「……知らないのか?」


 返答を寄越すと、青年は如何なる感情からか目を細める。先ほどから、この青年は感情を表情に浮かべるという傾向が著しく低い。生来のものか、あるいは隠し通すように意識的に注意しているのかは不明だが、感情表現が薄い彼に利理は訝しがる。


「初めて聞く単語よ。というか、何で私が【魔法学団】の人間って知っているの?」


 素直に答えつつ、利理はそこでようやく立ち上がる。問いを放ちながら、その身体には少し緊張が走っている。どうして目の前の青年は、自分が【魔法学団】に属している人間だと知りえているのか、強い疑念があったからだ。


「疑うわけではないけど、今の男といい、貴方は何なの? どうして私に近づいてきたの?」


 助けてもらったことは事実であるが、相手の正体が分からないのは、襲ってきた男と大して変わらない。その辺りの疑問については、少なくともはっきりと答えてもらいたかった。


「……それは」


 青年は利理の問い答えるためか何やら口を開きかけ、しかしそれを自ら閉じて横手へ目を向ける。そちらには、利理もすぐに目を向けた。そちらの方向から、警察の車両からのものと思われるサイレンが聞こえて来たからだ。

 それはただの偶然かもしれなかったが、もしかしたら利理たちが起こしたここでの戦いを誰かが目撃し、警察に通報した可能性も考えられた。


「……悪いが、時間切れのようだ。アンタも早く逃げた方がいい」


 パトカーがこちらに向かっているという可能性を考えたのか、青年は踵を返す。そして、鉄線に覆われた荒地へと踏み入りながら、そのまま闇の中に消えて行こうと歩き出した。

 それを見て、利理は慌てた。


「待って! まだこちらの質問は――」

 呼び止めようと青年に声を放つ利理であったが、その前で青年の影が霞む。青年は利理に何も答えることなく、闇夜の中へ溶けて行こうとする。

 それに対し、利理は声を張り上げた。


「待ちなさい! こちらの質問に名にも答えずに逃げる気⁈」


 闇に消えていく青年の背を、利理は慌てて追いかける。足の傷はほぼ完治した彼女は、猛スピードで彼に続く。


 だが、利理の足より青年の逃げ足の方が格段に速い。その背はあっという間に見えなくなり、姿を消した相手に利理は気配を追う。が、その気配もあっという間に遠くへ行ってしまい、利理の直感では追えなくなる。

 結局、利理は自分を助けてくれた相手の、青年の正体を知らぬまま、彼を取り逃がすのであった。


   *


 利理の前から逃げきった青年は、人気の少ない街の裏路地を進んでいた。夜のそこは、決して人が通行するような空間ではなく、不気味なほど真っ暗闇に包まれている。


 青年は、そのまま裏路地を進み、やがて営業を終えたビルが連なる一帯へと辿りつく。そこに向かっていった青年は、周りに人がいないのを確認してから、ポケットに手を突っ込む。そしてそこから携帯電話を取り出すと、薄く光る画面を操作して通話を試みる。

 相手へのコールが始まると、彼はそれを耳に寄せた。そして、やがて電話は繋がる。


『……ようハジメ。首尾はどうだ?』


 返ってきたのは、野太い壮年の男性の声だった。

 その声を聞くと、青年は今一度その冷たい目で周りを見回し、人がいないのを確認する。


「上々、とはいえない。少し調査に行き詰っている」

『そうかい。ま、昨日また一人仕留めたところだし、そうとんとん拍子で事が進むはずはないわな』

「一人なら、ついさっき仕留めた」

『何?』


 相手が訝しがるような声を返すと、青年は頷いた。


「標的になっている残り四人のうち、一人ならつい先ほど仕留めた。その際に、いろいろあったが……」

『……何があった?』


 言葉を曖昧に濁す青年に、通話相手の男性は胡乱げな様子で訊ねてくる。その問いかけに、青年は一から説明を開始する。


「まず午前中、標的の一人を発見したが、そいつはこちらが仕留めるよりも早く、咎人狩りをしていると思われる連中に掻っ攫われた。それからしばらく、その連中を監視していたんだが、そいつの片割れがつい先ほど、別の標的の一人に襲撃されている現場に立ち会った。情報を収集するために、その標的を仕留めて、咎人狩りの人間を助けた」

『ほう……それで?』

「おそらく助けた奴は、【魔法学団】の人間だ。こちらが助けたのを利用していろいろ質問した。はっきりとした回答は返ってこなかったが、おおよそ【魔法学団】の人間であることは確認できた」


 先ほどあった利理の反応、こちらの質問に対する彼女の受け答えを思い出しながら、青年はそう分析していた。


『【魔法学団】の人間か。どうしてそいつをわざわざ助けたんだ?』

「助ければ、いろいろ情報を掴めるかもしれなかったからだ。助けなければ、情報の手掛かりを失う危険性もあった。それ以上の意味はない」

『名前や正体は名乗っていないな?』

「勿論。名乗れば足がつく」

『ならばいい』


 少し厳しくなりかけていた相手の男性の声は、青年がはっきりと答えると安心した様子で和む。特に青年の行動に対して、相手は苦情を呈さない。


『ん? ということは、その【魔法学団】の人間は、結局どうして俺たちの標的を仕留めたのか分からないってことか? ただの咎人狩りか、それとも――』

「俺と同じく、キリング・パーティーの参加者かどうか、ということか? 一応訊ねたが、そいつはキリング・パーティーの存在すら知らない様子だった」

『本当か?』

「あぁ」


 青年は相手が目の前にいないなかでもかかわらず顎を引く。

 彼女の受け答えを思い返す限り、彼女はそのこと、キリング・パーティーと呼ばれていることに関して全く無知であるようだった。


『ということは、そいつはただの咎人狩り部門の魔術師であるということか?』

「そう見るのが妥当だと思う。ただそれだと、疑問が残る」


 男性の言葉を肯定しつつ、いかなる感情からか青年は目を細める。


「ただの咎人狩りの魔術師が、どうしてキリング・パーティーの参加者と思しき人間に襲撃されていたのか……辻褄がいまいち合致しない」

『確かにそうだな。ただ、残る標的たちが結託していた場合、違う見方が出来るな』

「どんな?」

『仲間の一人をやられて、その復讐として【魔法学団】の魔術師を狙った可能性もある。もっともその場合、その咎人たちは相当の馬鹿ということになるがな』


 午前中に彼女たちが狩ったというその咎人への報復として、男と青年には「標的」と呼ばれている者たちが利理たちを狙った可能性を男性は示唆する。もっとも、それが事実ならこれは下策であろう。下手に【魔法学団】の咎人狩りを殺せば、【魔法学団】は更に強くて厄介な魔術師を派遣してくるからだ。そのため賢い咎人ならば、咎人狩りは殺さずにひたすら逃げに回り、可能な限り交戦を避けるものなのである。

 自ら仲間の復讐をするというのはなかなか情に厚い話だが、実際やったならばそれは愚かな行動に他ならない。


『そして、お前が助けたその魔術師、そいつも嘘を隠している可能性だってある。お前の見方では何も存ぜぬ様子だったというが、相手がやり手で、お前の質問をごまかした可能性だってある』

千里せんりの見立てでは、そいつはキリング・パーティーの参加者という疑いが強いってことか?」

『そうだな。お前同様にその魔術師の問答を見たわけではないから断言はできないが。もし参加者ならば、襲われたことにも辻褄が合うからな。そうならば、同じ参加者として相手を殺そうとしていたということで納得がいく』

「つまり、俺がわざわざ同じ参加者を助けてしまったということになるというわけか」

『そうなるな。あぁ、別にお前を責めている訳ではない』

「分かっている」


 フォローする男性に、青年は頷く。相手が自分を貶しているわけでないことは、長年の付き合いから阿吽の呼吸で分かる。


『ならば……そうだな、お前は引き続きその街に留まって、標的を探すと共に情報を収集しろ。こちらも、情報屋を使って【魔法学団】の動向に探りを入れてみる』

「分かった。その命令通り、しばらくはこの街に留まることにする」

『よし。ところで一つ訊ねるが、お前が助けた魔術師は何者だ?』

「名前は分からない。ただ、齢は俺と同じくらいの、日本刀使いの女だった」

『……そうか。ならばその女の情報も収集しておこう。くれぐれも、無茶だけはするなよ?』

「了解した」


 念押しをする相手に頷くと、用件が終わった青年は電話の終了ボタンを押す。

 そして息をつくと、彼はポケットに携帯をしまいながら、逆の手を横に掲げる。するとそこに、霊具召喚術によって一振りの剣が召喚された。


「人の会話を盗み聞きするとは、良い趣味じゃないな」


 誰にともなく言い放ち、青年は周りを見渡す。

 その声に対して、周囲では何かが蠢く気配が伝わってきた。

 そして、ビルの間の裏路地などから、続々と人影が姿を現した。一人二人ではなく、その数は十にも二十にも及ぶ。その手には鉄パイプや金属バットなどの凶器が握られており、今から何か危険な行動を起こすだろうことを容易に想像させた。

 また、彼らは皆目が正気ではなかった。彼らの中には瞳の焦点が合っていない者も多く、中には白目を剥いた者さえいる有様で、彼らが果たして自分の意思で動いているのかさえ分からぬ様子である。


 そんな周囲の人間に、青年は恐れることも不敵に嗤うこともなく、ただ淡々と剣を担ぐ。


「用があるなら、死にたい奴からかかってこい」


 青年がそう言うと、人影の一人が奇声を発しながら青年めがけて走ってくる。鉄パイプを持ち上げたそいつは、荒々しく青年に殴り掛かってくる。それを青年は斜め横へ躱し、返す刃で剣を横に薙ぐ。斬撃はそいつの胴体をあっさり両断して、その上体と下半身を離れ離れにする。


 一人葬ったところで、相手は怯まない。

 敵集団は華麗な青年の反撃に恐れを抱くことなく、群れとなって襲い掛かっていく。

 それに対し、青年はその瞳と同じ冷徹な斬撃で応じ、彼らを一人ずつ撫で斬りにしていくのだった。


   *


鎌瀬かませがやられたようだな」


 深い暗闇に包まれた空間である。一切光がない、しかし不思議と視界は澄んでいて遠くまで見通すことの出来る奇妙な空間で、同色に溶け入るような床の上に人影が浮かんでいた。

 そのうち一人は座り込んでおり、背後から聞こえた声に対して振り返る。彼は自分の目の前に一つの水晶玉を置いていたのだが、それから目を離すと後ろに立つ男へと視線を移した。


 立っていたのは、黒いインバネスコートを羽織った外国人、である。プラチナブロンドの髪に青い瞳を持つ長身の男性で、コートの下には白のスーツを着込んでいる。鼻筋は外人らしく高く整っており、怜悧そうな瞳の輝きを有していた。


 その男性に対して、振り返ったのは青年で、こちらは日本人だ。金髪に染めた髪に黒い瞳を持つ青年で、茶色のロングコートを羽織っている。美形でも醜悪でもない平凡な顔立ちであるが、それは生来というよりも、生まれてからそのように整えたような印象が感じられた。

 青年は、外人の男性に対して頷く。


「はい。巽利理を良いところまで追い詰めましたが、仕留める直前で闖入者ちんにゅうしゃが入り、その者によって討たれたようです」

「闖入者、か。何者だ?」

「分かりません。今、私のしもべをけしかけて正体を量っているところです」


 そう答え、青年は水晶玉に目を向ける。

 その中には映像が映っており、そこからは何か激しく暴力的な光景が繰り広げられている。具体的に言えば、四肢が飛び散り、人体が血飛沫と共に生体から肉塊へと成り果てる映像、その凄惨な現場だった。

 そのような映像を見る青年に対し、少し離れた位置で、また青年の身体が邪魔でその水晶玉さえ見えない男性は顎を引いた。


「そうか。だが、やるだけ無駄だと思うがな」

「と、いいますと?」

「相手の力量を図ったところで、正体までが分かるわけではあるまい。お前の魔力を無駄に消費するだけだ」

「……そうかもしれません。ですが、最悪正体が分からずとも、力量のみ分かっていれば対処のしようはいくらでもあります」


 男性の正論に対し、青年は反論をする。むっと苛立った様子はなく、それはあくまで理知的に、別側面からの論理を説くようであった。


「私が当たれば事足りる敵か、それともマスター御自らが当たるべき力量の敵か。それが分かるだけでも有益かと」

「なるほど。それも一理あるな。して、今のところ相手の力量はどのような感じだ?」


 問われると、青年は水晶玉に目を戻す。そこに映し出された映像は、依然として紅い。血飛沫が舞いあがり、肉片が勢いよく飛び散る光景は、凄惨な戦場の様子であることを告げている。


「……強いです。偵察用の私のしもべでは手も足も出ないようです」

「そうか。お前の人形が役に立たないとなれば、私自らが相手をせねばならないかもしれんな」


 平坦な声で、しかしどこか愉しそうな空気を漂わせながら、男性は言葉を口にする。そこには、幾多もの戦いを経験した者のみが浮かべる興味と歓喜の感情が込められていた。

 好戦的な男性に、青年は相手には気が付かれぬように配慮しながら微苦笑を浮かべる。男性の言葉は頼もしくあるが、少しその性格は性急な傾向があった。


「ところで、巽利理の方はどうなった? 吉見と合流したか?」

「……はい。どうやら私の追っ手を振り切った彼女と、無事合流したようです。今頃はおそらく、宿泊先のホテルへと退避している頃合いかと」

「そうか。結局、巽利理を仕留める作戦は鎌瀬を死なせただけで失敗したというわけだな」

「そのようです。彼には悪いことをしました」


 言葉面は残念そうに、しかし声は淡々とした様子で言った。言葉ほど、そこには悪びれた様子はない。


「ですが、彼が我らと合流してからこれが初陣でよかった。おかげで、無駄に標的を明け渡さずに済みました。今のところ、マスターが三人で私が一人――仕留めた参加者はこのようになっています」

「そうだな。果たして何人を仕留めることが本選とやらの出場条件かは分からぬが、また新たに参加者と思しき標的が二人現れた。これをどう分けるか、考えなければなるまい」

「巽利理と、この少年ですね」


 男性の言葉に顎を引いて、水晶玉に目を戻す。

 するとその時、青年の前にあった水晶玉に亀裂が入り、音もなく割れる。それを見て、青年は目を細める。


「……どうやらしもべは全滅してしまったようです。この実力、少年はマスターに任せてもよろしいですか?」

「よいだろう。鎌瀬をあっさりと撃退するほどの実力、じっくりと堪能させてもらうとしよう」


 青年の問いに頷き、男性は好戦的に笑う。そこには、本当の強者のみが浮かべるだろう風格のある闘志が宿っていた。

 そして男性は、半身振り返りながら、青年を横目で見る。


玉鏡たまかがみよ。引き続き、標的・巽利理の監視を行なえ。それから、その少年の動向にも探りを入れよ」

「分かりました。おまかせください、マスター・クローズ」


 相手の言葉に青年・玉鏡は恭しく頭を下げる。

 その返答と態度を見て、男性は満足した様子で踵を返す。青年が頭を下げたまま見送る中で、男性は闇の空間の、その深奥の闇の中へと消えていくのだった。

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