第3話④「利理VS玉鏡」
街の南にある郊外へ利理は進む。そこは、前日咎人である佐古を仕留めた場所よりも更に南にある山間の道路だ。木々が脇道に生い茂っている自然豊かなその道を、彼女は歩いていた。
辺りは、木々の枝葉に空からの光が遮られているのもあるが、すっかり暗くなっている。夕暮れが過ぎ、すでに時刻はすっかり夜の時間帯だ。人々が家に帰り、食事や眠りにつく準備を始める時刻の中で、それに逆行するように利理は行動をしている。
やがて彼女は、呼び出された工場を発見する。街を出る前に道路脇にあった地図の看板を参考にして山間の道路を進んできた彼女は、山脇にある工場の前へ辿りついた。
「ここか……」
入口は鉄柵で閉められていたが、あまり背丈のないそれを利理は飛び越える。工場の敷地内へ入ると、彼女は気配を探り警戒をしながら、工場の建物、その入り口に向かって歩き出した。
建物の入口にやってきた彼女は、そこで建物の扉が開いているのに気が付く。それを見て、自分を誘っていることに気づいた利理は、それに乗るように入口から中に入った。
工場の中の様子は閑散としている。作業が行われるのだろう建物の室内には工具は置かれていない。ただ、床のアスファルトを見るに何かしら片づけたような跡が残っており、それらを工場の端に置いている様子が窺がえた。
工具は端に置かれ、入り口から中央近辺は空洞になっている。そんな中で、利理は口を開いた。
「……来たわよ。いるんなら早く出てきなさい!」
利理が声を張り上げる。
屋内を反響した声に対し、応じて出てきた気配は複数であった。工具の陰や暗がりの向こう側から姿を現したのはいずれも巨体で、利理をホテルで襲った時のような体つきの者たちばかりだ。彼らはその手に鉄パイプや金属バットなどを持ち、利理へと遠くから歩み寄ってくる。
そんな彼らの姿に自然と気を張り詰めさせる利理だったが、彼女の目の前で、巨漢たちが左右に分かれる。分かれた彼らの間からは、一人の青年が姿を現した。暗闇で分かりづらいが、金髪の青年だった。
「ようこそいらっしゃいました、巽利理さん」
その青年は、利理の登場を見て声を投げかけてくる。その声が、先ほど電話で話した人物と同じであったことから、利理は緊張の面持ちを浮かべた。
「貴方が、美冬を攫った本人?」
「はい。玉鏡道大と申します。お会いできて光栄です。と――」
利理が訊ねると、青年・玉鏡は頷く。彼はその口に好意的な笑みを浮かべると、利理との距離を測って足を止める。
「では早速ですが、話し合いといきましょうか。とはいえ、話し合うことは少ないですが……」
「貴方たちの狙いは私の命でしょう? ならば美冬は関係ないわ。解放しなさい」
玉鏡に対して利理は毅然とした様子で言い放つ。その口調は断固とした物で、相手の如何な干渉にも揺るがないという意思が窺がえた。
その台詞に、玉鏡は苦笑する。
「そうはいきません。彼女を解放したら、貴女はホテルの時のように逃げ出すかもしれないから」
「……美冬は無事なのね?」
「えぇ、勿論。この奥で眠って貰っています」
頷きながら、玉鏡は後ろに目をやる。ここからは見えないが、どうやら美冬はすぐ近くで拘束されているようだ。
「今のところは、必要以上に危害を加えていません。生きていますよ」
「なら、証拠にここまで連れてきなさい。それまでは、私は貴方たちの要求に応じないわ」
厳然と、利理は言い放つ。するとそれに対して、玉鏡は肩を揺らして声もなく笑う。
「なにがおかしいの?」
「いえ。要求には応じないと言いつつ、ここまでよくもまぁのこのこと現れたものだと思いましてね」
不審がる利理に、玉鏡は嘲りのこもった視線で彼女を見る。
「悪いですが、そちらに請求権はありませんよ。私の狙いはただ一つ、ここで貴女を殺すことですから。ここに来てもらった以上、もう用はありません」
「……最初から、美冬を大人しく返す気はないってことね」
「そうですね。返して欲しいのならば、力づくで来てください」
あっさりと認め、玉鏡は左右を見る。すると、それに従って巨漢たちが進み始める。その手にある凶器を、彼らは肩で担いだ。
どうやら、早くも交渉する気はないらしい。最初から彼女をおびき寄せて叩くことばかり考えていたようだ。
「もっとも、ホテルで数人を相手に苦戦する貴女が、これだけの数を捌けるとは思いませんが」
「……こいつらは、貴方の部下?」
「えぇ。私の忠実なしもべたちです」
一歩引きながら利理が訊ねると、それに対して玉鏡は是と返す。そして、右手を持ち上げて指を鳴らした。
「さぁ。彼女を嬲り殺せ。今度は決して逃がすなよ」
彼がそう言った瞬間、男たちは床を蹴った。巨漢の群れは、利理の前方と斜め前から、一斉に得物を持ち上げて襲い掛かってくる。
「そう。美冬を返して欲しいならば、こいつらを皆倒せという事ね」
早々に攻撃を仕掛けてくる相手に、利理は顎を引く。相手の凶暴な行動に納得しつつ、彼女は右手を横に掲げた。そして、その手に愛刀である日本刀を召喚する。
「いいわ。ここなら自由に暴れられる。全員、返り討ちにしてあげる」
屋内ではあるが辺りは広い。ここでなら刀を振るって戦う事が出来ると判断して、彼女は得物を掴み取った。
利理が武器を手に取る中で、巨漢の先頭集団はすでに彼女の間合いの目前まで迫っていた。彼らは凶器を持ち上げると、それを利理の身体に振り下ろそうとする。
そこへ返ってきたのは、白銀の閃光だ。暗闇を切り裂く白刃は、先頭で斬りかかってきた男の胸元を切り裂き、その男の疾走の体勢を崩させる。鉄パイプを持ったままだったその男は、体勢を崩して前のめりになり、武器を振るう間もなく利理に突っ込んできた。それを利理は横手に躱し、そいつを疾走の勢いそのままに床へ転倒させた。
一人斬って躱したところで、利理は次の男へと応じる。得物を斜めに振り下ろしてくる相手に、利理も同時に斬撃を払う。そのスピードは、利理の方が圧倒的に速い。利理の斬撃は相手の袈裟を深々と切り裂き、その衝撃から相手の手から凶器をするりと滑らせる。斬り込みながら低い体勢となった彼女の頭上を、その金属バットが飛んでいく中で、利理は男の傍らを抜けて前へ出た。
その男の背後から、左右に進み出てくる男の影。利理が傍らを通り抜けた瞬間、男たちは武器を下げて、そこから掬い上げるようにして武器で殴り掛かってくる。低い体勢であった利理は、そこから背を伸ばすと斜めに自ら体勢を変え、その攻撃を最小限の動きで躱す。振り上げられる二つの武器を回避すると、利理は更に前進し、斜め左右の男たちの横へと滑り込んだ。
旋回。
くるりと舞うように身を捩った彼女は、その回転に合わせて刀を薙ぐ。持ちあがった斬撃は、男たちの首筋を捉えてそれを半ばまで切り裂く。首を半ば近くまで斬られたそいつらは、その傷口から血潮を噴きだしながら斜め横にもんどりうって倒れ込んだ。金属の得物を持ったまま叩きつけられた彼らは、激しい音を響かせながら地面に伏した。
手早く四人を仕留めた利理は、しかしすぐに足を止め、斜め後ろへと跳び退いた。その瞬間、彼女が進み出た位置へ、後続の四人ほどが一斉に武器を振るってくる。流石にそれだけの数の攻撃を躱せないと踏んだ彼女は、大きく後ろへ引くことでその攻撃を空振らせた。
斜め後ろへ連続して跳躍して大きく距離を置いた彼女は、その時不審を覚えて横へ目を向ける。そこには、彼女の手によって倒されたはずの男たちが横たわっていた。
彼らはどいつも利理に深い傷を負わせていたはずだが、しかしやがてむっくりと起き上がった。それを見て利理は怪訝そうに目を細める。立ち上がった男たちは深々と急所を抉られながらも、そこから血潮を流しながらも、武器を手にして利理に向かい合う。その動き方は、人間離れしていた。
彼らの様子に、利理はある可能性を感じ取る。
「こいつら、人間じゃないのね」
「えぇ。全員泥人形です」
利理が独白を漏らすと、それに対して玉鏡が答えた。彼が答える中で、巨漢たちが受けていた傷が、徐々に塞がってくっつき始める。それは再生能力というべきか、彼らの切り裂かれた傷口は自然と縫合していき、やがて完全に元通りになる。
その現象に、利理は驚かない。相手が人間じゃないと勘繰った時点で、そのような現象は想定済みであった。
男たちの再生を見る利理に、玉鏡は言う。
「遠隔操作では別ですが、私が近くにいる限り、こいつらは斬られようが撃たれようが再生し続けます。全員片づけて、私を孤立させようというなら無駄なことです」
「なるほど。孤立する前に再生しきってしまうからってことね」
納得した様子で顎を引き、利理は据える。この再生速度はかなり驚異的で、初見では対応しづらい。
それを見た利理は昨日聞いた美冬の話を思い出した。彼女を襲った連中も、美冬の話では彼女の霊銃を喰らっても平然としていたということだった。おそらくそれは、目の前のこいつらのことだったのだろう。そう考えれば、昨日相方を襲った連中の正体にも納得がつく。
そこまで思案を巡らせたところで、利理は玉鏡を見る。
「でも、おかげで躊躇いがなくなったわ」
「ほう? どういう意味です?」
「こいつらが人間じゃないなら、良心の呵責なく斬り倒せるってことよ」
そう言って、利理は刀を正眼に構える。
相手が生身の人間だったならば、利理には少々相手を斬り殺すことへの罪悪を胸中に感じて戦わなければならないところだった。だが、相手が人間ではなく、玉鏡によって操られる仮の命だということなら、容赦はしなくてもよい。殺したところで、何の罪にもなるまい。
そのように考えた利理は、構えから気迫を漏らしながら、玉鏡を睨みつける。
「斬るわ、全員。貴方ごと皆斬り伏せて、私は相棒を取り戻す」
「……ふふっ。やれるものならやってみなさい」
彼女の宣言に、玉鏡は自信に満ちた笑みを浮かべて言い返す。
そして、腕を振るう。その瞬間、得物を持った巨漢たちは一斉に利理に向かって走り始めた。直進する者、やや迂回する者と様々だが、利理を包囲しながら断続的に襲い掛かろうという魂胆のようだ。敵の数は合わせて十人以上。筋骨隆々の巨体を揺らして迫ってくる相手に、利理は表情を引き締めて待ち受ける。
そして、前から直進してきた一人が一足飛びの間合いに入った瞬間、利理も床を蹴った。
先頭の男が鉄パイプを振り下ろそうとする中、利理はその脇を駆け抜けながら斬撃。その身体を大きく断ち切って、身体を横向きにくの字に折り曲げさせる。ぱっかりと割れた傷口からは血潮が噴き出す中で、利理はそれを背に前進した。
続いてきたのは金属バットの男だ。相手は横向きにバットをスイングしようとするが、利理はそれに先立って刀を縦に振るいその両手を手首から切断する。結果バットと両手はあらぬ方向へ飛んでいき、断面だけ見せた手首が利理の前で空を切る。それを見てから、彼女は返す刃を跳ね上げて男の身体を逆斜めに切り上げ切断した。
ずるりと傷の断面で上体を下方へスライドさせるそいつを尻目に、利理は更に迫る二人に相対す。鉄パイプを持ち上げた二人組は、共に彼女の脳天めがけてそれを振るってくる。叩きつけられる鉄の棒を、利理は上体を仰け反らせながら後ろへ引いて回避。鉄パイプが交錯する様に床スレスレでぶつかり合う中、利理はまず左の男へ肉迫する。上体を起こしながらその男に肉迫した利理は、左から刃を横に薙いでその男を断頭した。首を飛ばして断面から血を弾き出すそいつを斬ると、利理は素早く右手へ滑る。そして右手の男に近づくと、鉄パイプを持ち上げようとするそいつの袈裟を斜めに切り裂く。肩口から脇腹まで断った刃により、そいつはその場に斬って落とされて、膝から倒れ込んだ。
利理はその男を踏み越えると更に前進し、立ち塞がる男たちへ向かう。
振り下ろされてくる打撃に対して、利理はくるりと旋回してそれを躱すと、回転がてら、近づいてくる男たちの集団に飛び込みながら斬撃を叩きこんだ。遠心力の乗った重く鋭い刃は、間合いに入ったばかりの相手の腹をかち割る。腹部を断たれたそいつらは、血潮をばら撒きながら後ろへ転倒、衝撃で得物を離しながら仰向けに倒れ込んだ。
一気に三人ほどを振り払った利理に、残る男たちが前と左右から襲い掛かってくる。一斉に相手するのは不可能と見た利理は後ろへ引き、突進していた男同士の一部の攻撃を空振らせると共に、彼らを勢いよく衝突させた。
体勢を崩したそいつらを見て、利理は後退から一転、攻めに転じて前へ出る。
近付き合った巨漢たちに対し、利理は勢いよく突進しながら刃を横に掲げ、その側を駆け抜けざま斬撃を薙ぐ。疾走がてらの斬撃により、男の連なった身体が三つ分ほど輪切りにされる。凄まじい刃のキレ味と斬撃の鋭さで、斬られた男たちは達磨落としで飛ばされる木輪の如く横へ飛んで行った。
男たちを抜いた利理は、そこで斜め後ろから接近する気配に気が付いた。振り向くと、そこからは利理に胴を輪切りにされた先の男の一体が、上半身だけを跳ねあげるようにして近寄ってくるところだった。
兎のように跳ねながら来たそいつは、利理の前で大きく飛び上がると、彼女に殴り掛かる。その飛んでくる相手を、利理は冷静に横へ躱して、相手が攻撃を空振らせたところで縦に刃を振るう。斬撃は、男の脳天を突き破って血潮を撒き散らす腹の断面まで貫かれ、そいつを二つに裂き割りながら床へ落下させる。倒れた男は床に叩きつけられると、血潮の溜まりの中で、再生を図ろうともごもごと蠢いた。
その動きを見て、利理は自分が切り裂いた男たちの方を見る。そこでは、利理に斬られた巨漢たちが、それぞれその切断された箇所同士をくっつけようと蠢動していた。元は泥製の人形というそいつらは、切断面さえ合わされば再生できるようで、それぞれが切り裂かれた自分の片割れへと動いていった。
その様子を見て、では再生するまで待つかと考えるほど、利理は悠長ではない。一度斬ったところで再生してしまう相手をいつまでも相手していてはキリがないだろう。斬って、再生して、また斬ってという連鎖を続けるほど馬鹿ではない彼女は、すぐに戦い自体を終わらせる方向で動く。それは勿論、この巨漢たちを操っている張本人を倒すことにある。
利理は男たちの一帯を越え、その裏で彼らの再生の源となっている術者・玉鏡へと迫る。玉鏡へと肉迫した彼女は、笑みを浮かべている彼に対し、
辛くも斬撃を避けた玉鏡は笑みを深める。
「やりますねぇ。力押しでどうにかできるようではないようだ」
賞賛するように言葉を漏らすと、玉鏡は背後に手をやりながら指を鳴らした。その音が何を意味するか、引き続き前へ進もうとした利理が不審がる中で、その意味はすぐに露わになる。
玉鏡の背後から人影がやって来たのはその時だ。
一人の巨漢が、誰か一人を後ろ手に拘束しながらこちらへ歩み寄ってくる。男に囚われ、圧されるようにして進むその人物を見て、利理は足を止めて瞠目した。
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