紫の世界 金色の瞳を隠して

海来 宙

1 いけない

episode 1-1 告白一回戦

「僕、佳月かづきのことがずっと好きだ、ずっと前もずっと先も。だから、死ぬほどつきあってください!」

 稲妻かという勢いで頭を下げた僕は、その頭の中で実は自分の目の色を気にかけていた。大丈夫、金色になりはしない。でも告白するときに気が散って自分の瞳の色を心配する人はいないから、僕は佳月にふられると思った。

「ああ、修輔しゅうすけがこんな私に……するかあ」

「――えっと、怒ってる?」

 恐る恐る顔を上げ、恥ずかしい汗が鼻の脇を襲う。男の身勝手な〝大勝負〟を受けて蒼ざめたとも赤い顔ともとれる彼女に僕は訊ねていた。

「えっ。いや、怒ってないよ。ただその、ごめん。だめなの、私――」

 しかし佳月は怒ってないと否定して僕の胸をよけいどくどくさせたあげく、短い髪を揺らせて断りの頭を下げる。ほら、やっぱりふられたではないか。目の前が現実に暗くなる僕はどうやらこの告白に本気で期待していたらしい。

「ごめんね。ごめんなさい」

 もうくり返し謝る声しか僕には届かない。ただ物心ついたころからよく知り合っている二人、十五歳の幼い告白が集中を欠いていたかにかかわらず、この恋は最初から実らないものだったのだろう。

 ああ、一緒に育ったこの美少女に、目元と頬のカーブが神秘的にかわいい佳月に初めて心がむずむずしたのはいつだったか。下唇を強くかんだらすうっと暗闇が消え、姿を現した彼女はもう一度「ごめん」と言って僕の前から去っていった。

「…………」

 ここは先生たちから自由になれる教育棟の裏側、声が出ない。僕は膝を折って倒れかかり、白地に蒼い線の入った可憐かれんな花たちを避けて土に手をついた。冷たい。僕の胸は突き落とされた氷の地獄に沈み、いっそ中から切り裂いてしまいたいくらいだった。

 だって佳月は僕の絶対だから。

 そりゃあ告白するくらい好きになったらその子が特別、いや絶対の存在に感じられて当然だが、僕は他の奴らとは事情が違った。彼女に好きだと伝えたときにどうしても気になった自分の瞳の色、中心の黒い瞳孔ではなく周りの濃褐色の虹彩が金色に変化するというおかしな特性を持たされているのだ。

 少なくとも同年代の男なら、ふいにでも女の子に接近したりあれこれ考えたりすると、身も心も情けない反応を示して嫌な気持ちになる。そこに僕だけ瞳の変化が加わり、しかもよりによって金色! まだ何に反応して輝くか知ってるのは男たちの一部で、特に女の子には気づかれてないけれど、目立つ部分が自分だけ主張するなんて死ぬほど恥ずかしいことだった。

 ではなぜ佳月が〝絶対〟になるかというと、彼女は恋をした僕の他の部分や心はどきどきさせるのに、瞳の変化は起こさせないのである。僕はもう眼球の感触から虹彩の状態がわかるようになっており、たった今ふられたときも僕の瞳は変わらなかった。だから彼女は僕の絶対。他の女の子とはつきあったりその先のことを――、もう考えるだけで金色になる。恐怖でしかない、誰ともつきあえない。

「あーあ、どうするんだよ。人生終わったよ」

 僕は二重の意味で〝絶対〟な女の子を手にできなかった。涙をこらえて歯を食いしばると、奥歯に頬の内側をかまれ痛い。今度は痛みをこらえるはめになって白い壁の上へと視線を向けた。

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