episode 8-2 ついにパーぷルの話

「えっ、パーぷルもどこか行ってたの? まもなくって何?」

 話がとっぴすぎてぐぐっと緊張が高まった。佳月が異世界に行ったことなら考えてたけどパーぷルまでだというのか。

「そう、パーぷル。私と同じ場所。実は美羽以降誰もパーぷルに会わなくなったのは、私のせいである事故が起きたからなの!」

 必死な顔を上げて声を大きくした彼女、僕は「事故」という言葉からテーブルに半分隠れた彼女の身体が心配になった。

「事故って、けがは……してないよね?」

 小声で確認する僕に、佳月ははっとして両手で口を覆いかける。

「けがとかそういうのないから。私、言っちゃうけどパーぷルに会ったんだそれも至近距離で。近すぎてとっさにパーぷルを捕まえて抵抗したら、抵抗して気がついたときにはパーぷルごと異世界だった、ほんとだよ?」

 手をはずしたら早口でいきなりだった。パーぷルに会って捕まえたらパーぷルごと異世界だっただと? 僕は驚きに驚きを重ねて頭はくらくら、両手の熱い指がズボンの腿をつかんで汗をかいていた。

 しかし佳月も気づいて自重し、「ごめん、唐突すぎたよね。本当に、ごめんなさい」と何度も頭を下げる。再び僕を見てどこかさびしげな笑みを浮かべた。

「でも修輔だって、私が異世界に行ったことは想像ついてたでしょ? 最初はすぐ帰ってきてたけど、今回はそれが――」

「ちょっと待った!」

 話を止める僕、声が大きい。

「あの、僕は今回だけだと考えてたけど確かに異世界に行ったと思ってた。佳月が捕まえたからパーぷルごと異世界に行ったんだよね。それはまあわかった、仕組みはわかんないけどいいよ。でもどうして佳月は、今ここにいるの?」

 一瞬、目の前の大好きな女の子が涙を流しそうに見えた。ひるんだ僕は「いやそうじゃなくて、帰ってきてくれてうれしいよ? ただすごすぎるから……」と慌てて言い訳する。

「ううん大丈夫、泣いてなんかない。修輔が怒るわけないし」

 佳月はゆっくり首を横に振った。

「私が今ここにいるのは、想像だけど、パーぷルを捕まえて一緒に異世界に行ったことで、自力で移動する能力を手に入れたんだと思う。その能力を駆使してる私の勝手な考えだけど。でもそれで、いわゆる異世界とこことの間を行ったり来たりしてるんだ。危ない女だよね」

 危なくなんかないよ。口をついて出た僕の言葉を制し、彼女はまた首を横に振る。

「パーぷルを捕まえてあっちとこっちを行ったり来たり、あまりに自分が異常な女で、もちろん秘密にしてたから、修輔に顔向けできなくなってた」

 何と僕なんかに顔向けできなくなっていた――異常な女だから? ねえそれ、勘違いかもしれないけど僕をふった理由なんじゃないの? あのベランダで苦悩を吐き出した君が薬草のせいにした、僕を恋人と認めてくれなかった本当の理由。君の言葉で「異常」と表される、異世界との間を行き来する自分が僕に顔向けできなかったからなんだよね。

 勝手に決めつけてくり返しうなずく僕に、佳月は何か悟ったみたいに小さく驚いた。

「――私、こないだ自分の苦しみを二人でいっぱい食べた薬草のせいにしたよね。薬草が効かなかったからだって」

 僕の心にベランダの風が吹き、短い髪を結い上げたうなじを思い出させられる。そんな風が閉め切った部屋を泳ぐはずもなく、しかも遠い昔の出来事に感じるから不思議だった。

「自分がさいしゅ、あぁいや、異世界とこの世界とを行ったり来たりする異常から苦しみが生まれてるのに、薬草を食べたときにね、実は薬草に未来を願ったから、今の苦しみを過去の薬草のせいにしてね、ほんと最悪だった」

 佳月が最初に何か言い間違えたようだが、今は余計なことはいらない。この頭のいい彼女が薬草に願った未来にすがっている、これは食べさせた僕の責任ではないか。

「それでね、もうこの際だから全部言っちゃおうかな。ほら、先に謝っとくけど、私あのとき謝ったでしょ。ああ謝ったときのこと謝っとくとかごちゃごちゃになっちゃうけど、ええとあの、ベランダで最後に謝ったのはこのことだったの。自分の苦しみ、あなたを受け入れられなかったことを薬草のせいにしてごめんって。たぶん修輔、わかってないと思うから、ごめんね」


 * * * * *


▽半分まで来ました! 読んでいただき本っ当にありがとうございます!


佳月とパーぷルの話に驚きすぎて頭が痛い皆さんは、

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