episode 8-3 佳月の謝罪
「え、あ。そうか、僕と話したくないのかと思ってた。ははは……」
よれよれに笑う僕は唐突な「あなた」に実はどきどきしながら、あの日の胸を傷つけた映像を思い出していた。なるほど確かに佳月から話しかけてきて「話したくない」はないだろう。彼女は僕の弱々しい笑みを見てテーブルの上に両手をそろえ、改まって頭を下げた。
「ごめんね、修輔には小さいころから迷惑かけてばっかりでごめんなさい。いい子ぶってるくせに修輔にはいつもわがままで、本当にごめんなさい」
「…………」
僕は近ごろよく襲われる金縛りに遭ったかのように顔のゆるみまで固まり、頭を上げない佳月に何もできず沈黙してしまう。
廊下を走る裸足の音にまぎれた特徴的な声は美羽――に似ている誰だろうか。美羽まで帰ってきはしないよね。上の三階の部屋が何やら鈍い物音をたて、彼女が過ごしたのも女の子だから三階だったねと思った。
そのとき、佳月がやっと笑顔を上げて「謝ってばかりじゃ、逃げてるだけで良くないね」と自分自身をいましめる。でもいくらわがままだって、自分がまた相談相手に選ばれてうれしかった。彼女の悩みを聞いてきたのはいつも自分という自負、僕にはなくてはならない酸素みたいなものなのだから。
それよりとうとう彼女が抱える問題にたどり着いたわけで、この問題をどうにかすれば彼女とつきあえるかもしれない。やっかいなのは本当はどうでもいい、異世界との間を行き来する自分は僕に顔向けできないと彼女が今も思い込んでいるらしい点か。
いや、今僕に顔向けできてるよ?
言いたくないけど、女の子はわからないってやつか。
「じゃあ打ち明け話に戻って、あっちで何をしてたかだけど……」
佳月が真顔で姿勢を整え、僕の金色にならない瞳を直視する。彼女の神妙な表情に緊張して無言のつばを二度も飲み込んだ。
「最初に言ったよね、私があっちに連れてったパーぷルがまもなく戻ってくるから、それで私も帰ってきたって」
おお、さっき飛ばされた質問。
「いい? まず、パーぷルは現世界から次の段階の異世界に人を飛ばすために存在するから、本来パーぷルは異世界に行かない。それなのに、私なんかに捕まったせいで異世界に飛ばされちゃった。しかも一時的に――ああもうけっこう時間経ってるか、私は行ったり来たりしてるのにパーぷルは異世界に閉じ込められてるの。それが現世界に戻されるらしくって、私はそれを知らせにきたわけ」
「佳月すごいね、異世界で情報つかんできてるんだ」
感心した僕は手汗をポロシャツの背中でふきながら言った。佳月は僕の台詞に意外と顔をほころばせて続ける。
「私、普通に生活してたんだよね。それで情報といえば、帰りたい人がいたから、いろいろ調べて何とか他の人も帰らせられないか挑戦してたんだけど――、うまくいかなくてあきらめた。でも今日までは闘ってたよ」
僕は彼女が落とした視線、その瞼をやや上から眺めていた。たかが瞼なんかでわかることではないだろうに、僕はやっぱり好きだなと今日二度目に思うさびしがりやである。
「そっか……。ねえ佳月、根本的な話、異世界って何なの? みんな『大人の世界』とも呼んでて、先生以外に大人いるの?」
僕のほうから話を広げると佳月は顔を上げ、「そろそろ話してもいいよね。衝撃の真実」と強い瞳で笑った。
衝撃の、真実――?
額で生まれた汗がつうううとかわいくも何ともない僕の頬を伝い、熱くなっているのは両手だけじゃないと気づかされる。
「私、修輔のことだから信用してるけど、パーぷルが戻ってくること以外は誰にも言わない?」
佳月は慎重だ。それだけ真実は深い。
「――大丈夫、わかってるよ」
「じゃあ話すね、最終区域と私たちの衝撃の真実」
彼女は試すように僕の心をのぞき込んだ。
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