9 いせかい

episode 9-1 育成区域と最終区域

 最終区域と私たちの衝撃の真実、そこに自分と佳月以外の人間が入ることに僕は気づいていなかった。しかし彼女は、僕に「これはみんなが関わる話だからね、内緒だけど」と言って話を始める。

「まず『最終区域』っていうのは、私たちが勝手に呼んでたいわゆる異世界のこと。現世界は『育成区域』といって、修輔は今は育成だけど、いつかパーぷルに会って最終に行くわけ。でも本当はどちらも同じ世界の一部に存在してるんだよね」

 本当はどちらも同じ世界の一部――僕は佳月のいきなりの説明にぽかんとし、数秒経ってから「え? 何で?」と反応するのがやっと。同じ世界に別の世界、いや「区域」が存在するなんて想像もしていなかった。

「うー……ん、要するに、パーぷルに会っても場所が変わるだけってことだね。瞬間移動? それで、ここ育成区域も最終区域も先生以外の大人がいない子供だけが暮らす区域でね、だからみんなが考えてた大人の世界なんかじゃなかった」

 佳月は少し悔しそうな顔をして両手を広げ、僕の部屋の天井を見上げる。そこは僕の嫌いな木目がある場所だった。

「私もね、パーぷルに会って自分たちも大人になれて、もう立派な大人の世界なんだろうなって思ってたけど、結局先生しか、女として想像とか期待とかしてたかっこいい大人の女性なんかどこにもいなくって……」

 彼女は首をひねって手も視線も下ろし、僕は彼女よりこの全体の世界から人生は永遠に同じくり返しだと宣告された気持ちになる。ただそれが自分にとっていいのか悪いのか、がんじがらめの育成区域とやらに閉じ込められて世界を知らない僕には判断できなかった。

 佳月は続けて「そうだ私、一度帰るときに失敗して、原因ははっきりしないけど違うところに行っちゃったんだ」と打ち明ける。

「違う――、別の区域?」

 僕は下唇をかんだ。

「うん。そこはこことは違う育成区域だったみたい。私たちと同年代だけど知らない子たちが暮らしてて、いっせいにお化けを見るような目で見られた。育成区域は複数ある」

 不満顔になる佳月、ああここと同じ少人数なら部外者を見逃しようがないか。待って、あの美羽が言っていた見知らぬ男の子って、そうかこれだったのか。

 何ということ、びっくりだ。

 それにしても「お化けを見るような目」って。お化けといえばパーぷルがどういう姿をしているかそわそわ気になっているのだが、真実を知るのが怖くてなかなか訊けずにいた。

 その代わりに違うことを訊ねる。

「ねえ、美羽とか啓司とか、僕たちの育成区域で消えた人は最終区域にいたんだよね?」

 佳月は表情をやわらげてこくんとうなずき、「全員じゃないけど、いた」と答えた。

「最終区域は幸せになれるところではなかった。一度行っちゃったら、きっと私と同じようにあの瞬間にパーぷルを捕まえた人以外帰ってこられない。それだって想定外だろうし、あと複数の育成区域に分ける理由、パーぷルに会った人から区域を移動する理由はわかんない」

「そうかあ……」

 いくら「幸せを呼ぶもの」と語られようと、パーぷルは僕たちを幸せにしてくれない。僕も佳月も自力で笑わなければならないのだ。

「それから当然のことだけど、最終区域でパーぷルと会っても消えないよ。あっちではパーぷルは元々いないし、ただ私のせいで戻れなくてそこにいるだけ。今は」

「今は? あっ、まもなく戻ってくるからか。どうして戻ってくるとわかったの?」

 話に引っかかりを見つけた僕はすぐに問う。すると佳月は、テーブルの下の腿を見つめながら抑えた声で答えた。

「パーぷル――、あっちの先生が戻さなければならないと言ってたの。時間はかかっても先生たちが力合わせてどうにかなりそうで、パーぷルはまもなく戻ってくる。それを、私が伝えなきゃだめだって先回りしてきたの。ああほんと、まだ私の話聞いてくれる修輔のままで良かった」

 下を向いたまま顔をほのかに赤らめる彼女はどうやら最後の一言が恥ずかしいようだ。僕は彼女に喜ばれてうれしいものの、自分がリベンジを踏み出すにはもう少し時間が必要だった。だって、彼女の問題が消えたかどうかまだわからないから。

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