episode 9-2 大人になる決断
佳月がはっとして顔を上げた。
「そうだそれでね、本来パーぷルがいない最終区域では代わりに起こることがあって、あっちで暮らすようになって時期が来ると、先生から大人になる決断を迫られるの。それを受け入れるとどこかへ連行されて最終区域からもいなくなっちゃうらしくて、どこまで断れるかは知らないしどうなるかも謎だけど、そういう制度。最終区域を異世界だと思ってるここの子たちと同じ状況かな。でも、話し合いがあるだけパーぷルに会ったら終わりよりはましだね」
まだ最終区域すら知らぬ自分には〝夢〟の話、次こそ本当に大人になれると信じたいところだ。
僕はふと思ったことをぶつけてみる。
「佳月、僕はちゃんと理解できてないかもしれないけど、これからはしばらくこっちにいてくれるよね?」
訊ねた勢いで腰を上げると、小さく驚いた佳月も立ち上がってドアを見る。彼女を驚かせたのはその向こうの声だった。
「――虎太だ、やっと出てきたぞパー……」
何と、虎太がパーぷルによって消えたようだ。うわさしながら廊下を通り過ぎた二組の男が僕は大嫌い、味方にも敵にもなりうる藤也と違って名前すら見たくなかった。嫌う一番の理由は過去に佳月にけがをさせ、先生に叱られたら逆恨みの教科書泥棒。そんな奴の話でも、虎太が異世界、いや最終区域に連れ去られたのはうそではないだろう。
「パーぷル、もう来ちゃった」
以前奴に傷つけられた佳月が僕を振り返り、眉をたれさせた弱り顔でため息をつく。幸か不幸かパーぷルが戻ってくることを皆に伝える必要はなくなった。
そして彼女は蒼いテーブルの上で僕に顔を近づけ、
「今の最初聞いた? パーぷルの話の前にね、『佳月がのこのこ帰ってきたぜ』だって」
僕が気がつかなかった言葉を教えてくれる。二人は見つめ合ってしまい、いくら特殊な女の子でも僕のどきどきは変わらないし、彼女も照れた僕のせいかぽっと色づいて「ごめっ」とテーブルの向こうに戻った。
虎太が「異世界」に去った情報と佳月が帰ってきた事実は、この箱庭に先を争うように広まっていった。ただ彼女の身体は実際に存在するため証明は簡単だが、どこかにいるかもしれない彼の不在は疑う人も多いように僕は感じた。
それでも虎太が姿を現さない日が続き、もう一人今度は三組の女の子がいなくなったため、もはや信じざるをえない状況に。ちなみに彼はまだ門が開いていた暗い外に出たきりになったことから発覚し、確か百四十七センチと美羽以上に小柄で有名な
この状況で佳月だけが帰ってきたため、彼女と親しい僕まで何があったか頻繁に訊かれて困った。そもそも彼女が「異世界」に行ったこと自体を隠しているので、もう知らぬ存ぜぬを貫くしかない。藤也もしつこかったけど、対決はどうなっているのだろうか。
こういったなか、今度は佳月の部屋で二人きりになったとき、彼女がこれまであまりふれなかった謎を僕に問いかけてきた。
「ねえ、私たちって誰から生まれてきたの? 誰が産ませたの?」
僕は特にその後半にぎょっとして顔をそらす。まあ、性の話題につながりかねないことは奥手な男には近づきがたいのだ――と思っておどおど顔を上げたら、彼女まで赤くなっているではないか。そんなものなんだと少々ほっとする情けない男に彼女は続ける。
「育成区域にも最終区域にも大人は先生しかいないでしょう? だから、自分によく似てる先生もいないし、ああ修輔もいないと思うけど、私たちの親ではないって考えてるわけ」
「そうだねえ……、育成区域に関しては同じ感覚だけど、最終区域は見てないから、うん?」
佳月が突然立ち上がってそばを離れ、一人でドアに向かった。
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