episode 9-3 私たちの親は
僕はとっさに「佳月?」と呼ぶ。虹彩変化をばらされたあとだし、女の子の部屋で一人にされるのはそれが佳月でも落ち着かない。彼女は金属の飾り〝星〟が目立つドアの前で止まり、ひやひやの僕を振り返った。
「修輔、少し前に美奈江先生通ったよね。美奈江先生優しいし、今日は先生たちも授業午前中だけ。でも、もういないかな」
えっ、まさかいきなり先生に質問するつもり? 星のドアに閉ざされた廊下、しゃべりが独特でいかにもおばさんっていう美奈江先生の声は聞こえなかったと思うが、僕はもっと慎重になるべきだとひやひやが止まらない。
佳月はそれを読みとったか、可憐ないじけ顔になった。
「だって物心ついたときからここにいて、ずっと見ないふりしてきたけど、親が誰かだもん、確かめなきゃ。授業とか本読んだりとかで学ぶじゃん、親子ってものすごく大切なことなんだよ?」
「でも……」
確かにその考えは間違っていない。普通ならこんな箱庭に同年代を集められて特殊な集団生活を送らなくていいはずと本当は誰もが授業で学んで知っており、ただただ見ないふりをしてきた。しかしもしどこかに自分と異なる親子関係が存在していたら、それを認めるのは今この箱庭に閉じ込められた自分との格差を思い知ることにつながりかねない。うかつに近づくのは危険だった。
だけどもう僕は、佳月とともに「大人の謎」に足を踏み入れてしまった。彼女は美奈江先生が廊下を戻ってきたら捕まえるに違いない、僕は半分恐怖半分期待を込めて思った。
「修輔、いいよね。美奈江先生がまた来たら入ってもらうから」
ほらほら、その通りになってる。
佳月が顔を出して廊下を見たとき、近くにいたのは一番美しい赤紫ワンピース姿の直幸で、振り返った彼に僕まで見つかった。
「えっ、いや、何もないよ?」
「わかってるって」
彼の視線は僕を疑ってはおらず、それより彼女が飛び出して「先生っ」と美奈江先生を捕まえに走る。先生は四つほど隣の部屋から出てきたところで、軽く突き飛ばされる僕。
「――佳月さ、一時期より元気だよね」
僕はそう言った直幸に「まあね」と笑いかけ、彼はもう対決というか佳月をあきらめているのだろうと申し訳なく思った。
「ほら修輔、戻って戻って!」
ゔわっとと、佳月が美奈江先生を引き連れて僕を押し返し、部屋に戻る。僕は勢いに負けて覚悟するひまさえ与えられず、気づいたときにはタイル柄のじゅうたんに腰を下ろした佳月が答えを求めていた。
「先生、私たちの親って誰? 今どこにいるんですか?」
彼女は必死だった。そして僕の予想以上に驚いたのが目の前に立つ美奈江先生で、僕たち二人をおろおろ交互に見て「あんたたち、親になるん?」と訊き返す。えっ、意味がわからない。
「――違う。どうして真実を教えてくれないんですか?」
座ったまま怒る佳月の声は冷たく震えている。
「佳月、隣の部屋に聞こえるよ」
僕の心配に彼女は黙り込み、向かい側で何か言いかけた先生もはっと口をつぐむ。僕は僕で高まる緊張に「できれば、何か教えてほしいんですけど」とお願いするのが精一杯。廊下から
美奈江先生が呼ばれている。彼女は小さく「言えないんよ」だけ残し、下からのイエル鳥のような視線にかまわず出ていった。
* * * * *
▽episode 9-3まで読んでいただきありがとうございます。
修輔より佳月が好きっていう人はぜひ♥や★評価、フォローなどをお願いします。
紫の世界 金色の瞳を隠して 海来 宙 @umikisora
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。紫の世界 金色の瞳を隠しての最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます