episode 10-3 巨大真珠
「右、じゃない左左、見て」
僕は自分にとっての「右」を手で示し、振り返った弘美は「ええぇっ」と仰天の声をもらす。
「謝ってもらってるところだけどあれ、パーぷルじゃない?」
僕がもう一度謎の球体を指さすと、顔も手足もないのっぺらぼうの美しい巨大真珠は僕にぎょっとしたかのように動きを止めた。距離は五、六メートル。動きを止めたと考えること自体人間の思い込みか、問題は僕たちが密接していたにもかかわらず現れた点。会いやすいとうわさのこの丘は特別扱い? でもあいつがパーぷルならしなければならないことがある。
佳月と同じく捕まえるのだ!
僕は弘美を突き飛ばすぎりぎりで駆け出すも、次の瞬間パーぷルらしき球体は急回転、ものすごい勢いで坂を下っていく。さすがは球体で一気に距離は倍以上に開き、追いつけたら奇蹟だと僕はあきらめるしかなかった。
「あーあ、高速で転がっていくなんて反則」
僕が感じた通りにつぶやくと、弘美も「すごい高速だったね。でもパーぷル、だよねやっぱり」と返す。
「異世界に飛ばされなかったけど、たぶん……」
疲労を覚えた僕は抱きつかれてからやっと落ち着きと元の虹彩の感触を取り戻し、大きなため息を何とかこらえていた。
さて、パーぷルらしき巨大真珠が逃げたのも僕たちが「異世界」に飛ばされなかったのもさすがに薬草の影響ではないだろうけど、では何が原因なのだろうか。そもそも密接した二人の前でありながら現れたのにも理由が必要だった。
僕がずれたリュックサックを直して首をひねると、思いつめた顔の弘美が僕にはまるで想像できないとんでもない話を始めた。
「修輔くん――、あのね、実は何かひろ、できちゃったみたいなんだよね。お腹に」
ふえっ?
え、え、ひええええ!
後頭部から肩にかけてぞわりとし、僕は抱きつかれたとき何も感じなかったお腹を見てすぐさま目をそらす。自分のことでもないのに胸は再び鼓動を速め、これはつまり誰かの子を妊娠したってことだよねえ。ああ信じられない。それが誰かなんて考えちゃいけない。
弘美は恐ろしい話を淡々と続ける。
「ひろ、修輔くんにふられてすごいショックで、でも修輔くん優しいし、佳月さんに告白対決やっててひろはないってわかってるけど、一緒に薬草食べたり、何とか明るいふりしてたの。だけどもう限界でね。やけになって、誰でもいいやって……。修輔くんのことじゃないのにごめんなさい」
謝られる理由がわからない、きっかけは僕だ。
二人の真上できえんえんぎえぇんとイエル鳥がわめきだした。弘美が顔を傾けて鼻をすすり、暗くなりつつある天を仰いだ。
「あはは、ひろがお母さんだって、修輔くん信じられる? まだ子供でいたい年ごろなのに子供ができてるんだって」
「それは……」
未経験の僕に何か言えるわけがない。彼女は深く沈んだ表情で上を向いたまま、いたく申し訳なさそうにしている。
「ひろ、もし大好きな修輔くんに会ったら悪魔並みに最悪なことして悪魔になりかねないから、どうにでもなれって一番異世界に行けるここに来た。あーあ、修輔くんも異世界に行くつもりなんだね、会うと思わなかった」
行っても帰ってきたい僕はその場で動けずに、佳月が今まさに最終区域に調べにいった誰が親なのかという問題を思い浮かべていた。みんなこうやって親になっていくのか、全然わからない。
今まで消えていた風が出てきた。僕は汗をかいた首が冷えるのを感じ、何だかけがれが飛ばされて意識が薄い布一枚分くらい澄んでいく気がする。
僕が静かに「パーぷル、行っちゃったけど」と言うと、弘美は視線を下ろして赤い薬草に目をやりあいまいな顔。僕は一歩二歩、虹彩に影響のない距離彼女に近づいた。
「もう――、帰ろっか」
彼女はそっとうなずいて「帰る」と同意する。僕たち二人は風に揺れながら丘を下り始めた。
パーぷルが密接した僕たちの前であろうと現れてはくれたため、僕は密接が原因で最終区域に行けなかったとは思えなかったが、弘美との密接によりパーぷルが逃げた結果として飛ばされなかったのではないかと考えてみる。これはでもどう違うというのだろう。
闇に包まれる前に箱庭に帰ると、僕を見つけた直幸から藤也がいなくなったと告げられた。
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