episode 5-3 薬草の力

「――でも、この幻覚、夢?」

 もしや薬草の作用なのか? わからない。

 僕は深呼吸してわからないなりに頭を働かせ、薬草の花や葉を踏まないことを第一に風吹く無人の斜面をうろつき回る。三周目である考えが風景の前をよぎり、思わず立ち止まった。しかしそれは薬草と幻の関係を解き明かすものではなく、僕の問題だった。

 もしかして、あのとき佳月と一緒に薬草を大量に食べたから、僕は彼女の影響だけ受けなくなったのではないだろうか。やっかいな虹彩の話である。少々都合良すぎな気もするが、僕は自分だけのおかしな「病気」は例外も不可思議に決まっていると考えたかった。僕をふった彼女の問題は薬草が効かなかったから起きたのが事実だとしても、別のことには効いていたのではないか。

 確認は佳月と同じことを別の女の子にもすればいい。この丘で薬草レイドをつみ、花から葉まで一緒に食べればわかるのだ。

 では誰に食べてもらおうか――、

 他の候補が挙がる前に不安げな弘美の顔が浮かんできた。確かに彼女なら大量の薬草でも一生懸命食べてくれる。ただ告白に至るほどの彼女の想いを利用するのは嫌だし、彼女に申し訳なかった。

 ――あの丘はすごくパーぷルに会いやすいって。

 今度は聞いたばかりの台詞が記憶の倉庫からもれ出てくる。

「そうだ、パーぷル……」

 僕は今さら雨が心配になってきた暗い空を振り仰いだ。パーぷルは現れない、そのような気配もない。いやそれがちりちりかひたひたかすら僕は知らないから、実際は近くまで来ていて、異世界に連れていく僕という存在に舌なめずりしているかもしれない。

「じゃあ、早くしたほうがいいか」

 弘美に言ったように平気だったはずが、よけいな想像のせいか急に怖くなってきた。僕は固まった身体で恐る恐る周囲を見回し、「パーぷルはいない」とわざと声に出して大丈夫だと自分に言い聞かせる。とんだ臆病者だ。おかげで「パーぷル、いないよ」ともう一度つぶやき、背負ってきたリュックサックを肩からはずしてしゃがみ込んだ。瞳の問題の謎を解き明かさなければならない。

 僕は何度も近寄ってきては「きいじゅ、きしゅぎしゅっ」と騒ぐグリン虫と戦い、丘の周囲を心配しつつ集めた薬草レイドをリュックサックにつめた。これもいい思い出である土と草のにおいの両手を風に向けて払うと、額の汗が頬を伝って飛ぶ。僕はレイドが丘のいただきに立った。

 もうおしまい、か。なかなかに疲れた。

 ずっと僕を見下ろしてきた暗い夕空も雲の端には七色の光を帯び、不思議と気分は悪くない。すがすがしささえ覚える。では僕は肝心の佳月を、佳月への想いを断ち切れたのだろうか。今ここでの作業中に一番多く脳裏に浮かんだのは彼女の笑顔だったけど、それが断ち切れていない証拠なのか断ち切るために必要だったのかはよくわからなかった。

「――いや、断ち切れた」

 僕は歯をがちんとかみしめて言う。大丈夫だ、そういうことにするしかないんだ! 彼女を断ち切るために来たのだから。

「よしっ」

 よし、これなんだ。今度は胸を強くたたいてぐっと痛みをこらえ、最後に人もパーぷルも見当たらない三百六十度の景色を確認して小川の森につながる斜面を下り始めた。

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