6 たしかめ

episode 6-1 ミステリアスが好き

 まさか藤也の声にほっとするとは。

「何だ修輔、いないと思ったらブルウ川まで散歩か?」

「違う、いや何でもないよ」

 夕暮れの帰り道、暗くとも二度つまずくだけですんだ僕は、箱庭の塀の外で石を蹴る一団に出くわした。その中に彼も含まれていた。

「怪しいなあ。ま、レイドが丘ほどじゃなくても、途中でパーぷルが出たってのに賢い修輔が行くわけないか」

 僕の心がわからない藤也は、直径五センチはある石をおりゃっと僕目がけて蹴飛ばす。それを足の裏で止めた僕もここまで帰ってきて、佳月への想いを断ち切れたかどうかまだ自分の心がわからなかった。

「今度はどうだ!」

 彼は続けて小さな石を蹴り、浮かんだ今回はよける僕。その勢いで薬草が入ったリュックサックを振り回し、集団の間をすり抜けた。さあ男はいいから、誰か女の子と一緒にこの薬草を食べなければ。

 緊張して高い塀の中に入ると、授業がなく暗い教育棟の陰から弘美が飛び出してきた。

「しゅ、修輔くん、行ったの?」

「――えっ、うん。そりゃあ行ったよ」

 ずっと待っていたのか、いきなりで驚かされてしまう。

「そう、なんだ。でも良かった無事で」

 しきりに長い髪をいじる弘美は、出発時も今も心配そうな、どこか怯えた瞳で僕を見ている。そう瞳といえば僕の虹彩の問題で、彼女が僕のことを好きなままなら今後も僕に近づきがちだろう。そのときの虹彩変化を妨げるためであれば、彼女を選ぶのは理にかなうではないか。

「弘美、あの、さあ……」

 どうしよう、僕は他の人に聞かれないよう弘美に少しだけ近づいた。先ほども考えた通り彼女の恋愛感情を利用するのは悪い気がするし、彼女や佳月の他にも頼みやすい女の子はいる。でも自分にそこまで接近しない上に、今は時間がなかった。佳月と二人で食べた生の薬草は長持ちしないのだ。

 とうとうぽつぽつと雨が降ってきた。

「どうしたの? あ、こっち」

 僕は弘美にうながされてベランダの下に入り、彼女の気配を感じすぎないよう外を見る。ほら、瞳はうずかないで耐えているぞ――いや、今は根性ではない。

 僕は覚悟を決めて振り返った。

「今日さ、あの丘に行って薬草のレイドをつんできててね、実は前に佳月と二人で花から葉っぱまで全部食べたことがあって、それでたくさん食べた、佳月がその、ええと……」

 むだな身振り手振りであたふた話す僕に、弘美は「佳月さんとのことは、前にみはちゃんから聞いたけど」と視線を落とす。うわあ美羽をパーぷルに奪われた哀しみを呼び起こさせてどうする、僕はとっさにしゃがみ込み、風にあおられた雨粒が僕の冷や汗に当たった。

「――そ、それ弘美もね、弘美も佳月と同じことだけど、してみたらって思って。いい?」

 僕が苦しまぎれにお願いをねじ込むと、弘美は一瞬固まって「えっと、薬草を食べるんだよね。健康になるから嫌ではないけど……」と小首をかしげた。嫌ではない? その言葉に力がみなぎり立ち上がると、彼女の不安げな顔に「ふったくせにどうして」と書いてあった。当然の反応である。

 ところが、僕が作戦を練り直さなければと歯を食いしばったとき、弘美が上目づかいで笑みを浮かべ――すぐに声に出して笑った。

「ふふふふ、何だかひろ、修輔くんを好きになった理由を思い出して、ばかみたい」

「え、何……」

 わからない。僕は瞳を金色にしないよう自分自身に落ち着きを求め、彼女のほうは一旦近づこうとしてためらい、またほほ笑む。

「ひろは、修輔くんのそういう、空を蒼く輝かせる星を超えたミステリアスを好きになったの、ふられちゃったけど。だからいいよ、ミステリアスすぎるので食べてあげる」

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