episode 6-2 薬草レイドの効果

 僕は弘美の言うことが理解できなかった。意味はわかるけど、彼女がどうして受け入れてくれたかの理解が難しいのだ。しかし薬草を試したいという欲望があっさり勝って僕は「ありがとう」を口にし、

「おう、何やってんだ?」

 割り込んできたのは藤也。僕は慌てて彼女から離れ、肩にずいぶん雨粒を降らせた彼を振り返る、後ろに石蹴りもしていた虎太がひかえているではないか。といって佳月との抜け駆けではないから、本当は距離をとる必要などなかった。逆に浮気してると叱られるわけもないし。

「いや、最近ね、弘美が悩みが多いって」

 それでも僕がいいかげんな話をすると弘美がうなずき、藤也以上に服をぬらした虎太が前に出て「僕たちは関係ないんだから、立ち入っちゃだめだよ」と間をさえぎる。ここでの「僕たち」は彼自身と藤也のことで、その藤也は不満げにはいはいはいはいとこちらに背を向け、一人生活棟へと走っていった。

「――今の、そんなに怒ること?」

 残された虎太が肩をすくめて追いかける。弘美が「それが藤也くんだからかな」と言い、僕は吹き出しそうになってしまった。

 さあ、人のいない場所を探さなければ。孤独な丘だった佳月のときと違って生活棟には今日も子供たちや管理担当の先生がおり、見られたら恥ずかしいし面倒だ。通常は一人になる教育棟も入れたところでこの暗い雨では気味が悪いだけ、弘美もそういう〝趣味〟がなければ嫌だろう。

 結局彼女と薬草を食べたのは、生活棟三階にある美羽の部屋だった。まだ姿を消して時間が浅いため鍵はかかっておらず、そして一番端だったものの誰にもけげんな顔はされなかった。藤也と会わなくて良かった。

「ごめんね、こんなこと頼んじゃって」

 舌に残る青臭い苦さが歯でこそぎ取れない。僕は正面に座って同じ量を平らげた弘美に今日のことを謝り、疲労を感じてふうと一息ついた。

「これで、佳月さんと同じ何かが起こるのか」

 その「何か」を知らない彼女は考えるようにつぶやく。もし佳月に起きたのが本当に虹彩変化の妨害だったとしても、美羽さえ薬草を大量に食べたという事実しか知らなかった。

「ねえ、佳月さんには何があったの?」

 今度ははっきり訊いてくる。

「ええ……っと、僕はそれが起きたかどうかを確かめたくって」

 実際はさらに目の前にいる人にも佳月と同じく金色の瞳を起こさないようにしたかった。弘美は僕を見つめたまま近づき、その瞳の輝きにどきりとさせられる僕。やばいっ、もし失敗だったら――、

「ひろには、教えてくれないんですか?」

「え……、いや、その」

 だから佳月だって美羽だって僕の秘密なんか知らないじゃないか!

 止まらない弘美は間に置かれた小ぶりなテーブルをよけ、なおも僕に迫る。まさか告白を断ったから強引に関係を? すぐそばにいる女の子にそんな良からぬ想像をしたのがいけなかった。男の首から下はともかく汚い瞳はとうとううずきだし、とっさに下を向き目を細めて顔ごと隠すしかなくなる。薄い褐色や緑色のタイル柄のじゅうたんを見つめる。

 残念だ、薬草レイドに僕の期待した効果はなかった。

 それとも――例えばレイドが丘で食べなければならなかったとかはたまた食べたときの年齢に制限があったとか……、効果そのものが存在しないという答え以外いかなる案も妄想にしか感じられず、あまりのむなしさに考えるのをやめた。

 だが、弘美は弘美で僕が顔を背けたことに思うところあったらしく、「ごめんなさい、急に怒ったりして、ごめん。何かかっとなっちゃって」と不規則に揺れる謝罪の声。彼女は強引に関係を迫ってなどいないという当然の真実には、もう恥ずかしくてならなかった。

 僕は自らの鼓動に息、何より瞳が沈み落ち着いていくのを繊細に感じとり、やがて金色が終息したとわかった。薬草は薬草で十分役に立っているのだけど、どうしてもため息が出る。僕は力を抜いて顔を上げた。

 外ではまだ雨音が続いている。僕はちらと暗い窓をうかがい、無言で視線を戻した。いつの間にか弘美がテーブルの後ろに下がっている。

「今の、佳月と同じなのにだめだったよ」

 美羽の薄いベージュのテーブルで手を組み、僕は失敗を打ち明けた。

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