episode 6-3 僕は悪くない

「何がだめかもわかんないんだけど……」

 弘美のもっともな主張に被せるように、虎太に似た声の「話してやれよおぉー」が遠くから廊下を響いてきた。

 話してやれよ、か。彼女がくすり笑う。どうする? どうするんだ。本来なら最初に話すべきこと、目的すら隠すなんて最低すぎる。

「じゃ、じゃあ弘美、誰にも言わない?」

 そう言った時点で僕の負けだった。妥協案を出したら僕が秘密を語るのは決定事項、あとは条件の交渉である。

「大丈夫、言うわけないよ」

 本当はしんの強い彼女はゆっくりうなずいて同意をくれ、僕も「わかった、話すよ」と重い声で宣言してしまった。

「まあ、藤也とかあと三組なら直幸も、男は何人も知ってることだし」

 自分への言い訳に聞こえる一言に、弘美は「そっか、男だけの秘密なんだ」とつぶやいた。

「あの――ね、僕は、こうなるのは僕だけみたいで、しかも佳月に対してだけ起こらなくって、うん、佳月以外はみんな起こるからそっちが普通なんだけど」

 僕はおずおずと話し始め、冷や汗が嫌で組んでいた手をはずす。

「具体的に言うとその、佳月以外の女の子のことで、目が、勝手に変わるっていう……」

「目が変わる――、女の子のことって?」

 まず一歩、弘美の頬がわずかに引きつった。

「ええと、虹彩ってわかる? 瞳の外側の、弘美だと茶色い輪っかの部分。僕はその虹彩が金色になっちゃうんだ。でも佳月のときだけ起こらないから薬草のせいかなって、今日つんできた薬草で弘美でも同じようになるか試してみたけど、だめだった」

 ここまではまだ彼女から落ち着きを奪わないだろう。もちろん今日思い出の場所に向かったのは別の理由からだった。佳月への想いを断ち切るため、これは言えない。

 さあ、もう瞳の真実を打ち明けざるをえないところに立たされてしまった。しかたないんだ、僕は強く短く息を吸う。

「実は、僕の目はあの、裸とかで興奮して身体が反応するみたいに、女の子、女っていう性的な刺激にその、反応して金色になっちゃうんだよ」

 うわあ言った、話した。暴露した!

 聞かされた弘美は声ももらさずにぎょっとしている、変態を見る目。

「で、でも、僕は悪気はなくて、自分の意思じゃないし困ってて……」

 だめ、だめだ言い訳は。どれだけ正直でもしょせんは言い訳、相手に嫌悪感しか与えない。でも僕は悪くないんだ信じてよ――、

 あれ、ちょっと弘美?

 先ほどまで僕が手を組んでいたテーブルの向こうで変態を見る瞳が消えた。彼女はとても静かに、まるで薬草の丘での佳月みたいに泣いている。告白されたときに続いて二度目、また泣かせたのか。僕は過去と今、さらに未来になってまで起こしそうな言動をすべて悔い、彼女が顔を上げてくれるのをただ待つだけ。静かだから雨が耳に入ってくる。

 やがて弘美は顔を上げずに泣き声をあげだした。しかも涙をこぼしながら言葉をつむぎ始めるのだ。

「ひっ、違うの……。ああ、ひろ、こんなことで、ひくっ、泣いた自分が情けなくて、哀しくて――、悔しいからまた泣いてるの。修輔、くんは好きだからびっくりしたけど、男の子なんだし、こういうの全然悪くないのに、くっ、ばかみたいでしょう?」

 十五歳にしては幼い泣き虫の弘美が涙を流している。それは長く身近にいる僕にはめずらしくも何ともなかったが、彼女がおえつするほど自分自身を悔しがるのは驚きで、その涙の輝きが神聖な光に見えるくらい。窓の外に太陽はなく、瞳や涙を光らせているのはここ美羽の部屋の人工的な灯りなのに。

「ご、ごめんね、修輔くん……」

 僕なんかに謝る弘美の涙声、最初に泣かせたのは僕の恥ずかしい話ではないか。悔しがるなら僕のほうだ。彼女は僕の金色の瞳を作り話だと思っていないようだけど、それゆえこの情けなすぎる心は人生最悪の恥というくすぐったいしびれに必死に耐えていた。

「――弘美、ごめんなさい。謝るのは僕のほうだから。変なことに巻き込んじゃったね」

 やっとお互いに落ち着きが見えると、僕は立ち上がって頭を下げた。薬草の確認はもう終わったのだから、早くここを出なければ。変なうわさになったら――一番流しそうな藤也が僕は佳月が好きだと考えているし、それはないか。

 僕は「もう出よう、美羽に迷惑かかる」と言って泣きやんだ弘美を外へとうながす。廊下で誰か女の子たちが歌いだしたと思ったら、部屋に入ったのか音色はすぐ消えた。

 虹彩変化の妨害と薬草レイドにおそらく関係はない。この一件はもうすんだことでも、残念ながら僕の悩みは尽きなかった。

 この日から、佳月の姿が見られなくなってしまったのだ。

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