7 こうろん

episode 7-1 佳月がいなくなった

 佳月がいない。

 これまで何度姿を消してもあっさり戻ってきてくれた彼女が今回は違った。いずれまたあのガラス細工のような少女美を見せつけてくれるかもしれないが、三日現れないのは初めてのこと。理由を僕は言葉にして発したくなかったのに、彼女を嫌う奴や、虎太なんかはそのまじめさゆえに口にしていた――彼女もパーぷルに会ったということ。美羽以降は誰一人異世界に行かなかったのが元に戻ったなら、そわそわが広まる残りの皆も今に連れていかれることだろう。

 そこに僕自身の問題も発生した。

 何と僕は、佳月を断ち切れていなかったのだ。

 弘美がまだ好きだと言ってくれた影響か、会えなくなったせいで〝会いたい〟が暴走してるのか、僕は佳月のことばかり考えて過ごすようになっていた。

 そんな僕が授業を終えて入り込んだ佳月の部屋には薬草を食べた美羽の部屋の何倍も物があり、見えない佳月が「また戻ってくるから」と主張しているかのようだった。もっとも美羽とは姿を消してからの日数が違うから、比較する意味はあまりない。それより佳月本人と会えない上に持ち物も消えていくと思うと、何だかよけいさびしかった。

「本当にさびしいよわあぁ……」

 僕はさびしさとは正反対にありそうな大あくびをし、これは緊張のせいだと鏡に映った自分に訴える。緊張の原因は一人で彼女の部屋にいるからであり、僕が「侵入」する前はめずらしくショートパンツの直幸がここに立っていた。

「帰ってこなかったらどうする?」

 僕をおいて逃げる前に薄笑いの彼が言った。

「そりゃあ嫌だけど、僕たちも異世界に行けば状況は変わる」

 僕が決意にも近い気持ちを返すと、直幸は「佳月が異世界に行った保証はないんだぞ?」と反論して隣を離れる。

「それ言ったら啓司とか美羽も一緒だから、信じて行くしかないよ」

 僕が追いかけさせた言葉に彼は足を止め、

「――そっか。神様に仕える天使に恋をしたら、自分が神様になるしかないね」

 そう意味深なことを言って部屋を出ていったのだった。

「佳月が神様に仕える天使……、僕にできるのは『自分も神様に仕える天使になる』かな」

 一人になった僕は自分がいる佳月の鏡から目をそらし、白い壁にかかった蒼いジャケットに目をとめる。彼女は背が高めで僕の緑色とのサイズ差もあまり感じられず、ふと直幸が身長で彼女に負けた話を思い出した。五年前の彼女が良かったのに泣く泣く今を受け入れるという彼、今ここで十歳の彼女を想っていたのではとよけいなことを思う。

 それより僕は、藤也に逆らって「最後までパーぷルに会わないのは誰か対決」を抜け、そのパーぷルの力で異世界に行った佳月を追いかけようと考えている。あいつがどう反応しても知らない。弘美にはせっかく秘密にすると約束してもらったけど、こうなっては自分が消えた世界で虹彩変化を暴露されようが、いずれ異世界にもうわさが広まろうがかまっていられなかった。

「偉そうにね――、ふられたんだけどさ」

 緊張でつかえた胸とのどを押さえ、鼻をすすっていとしい人の部屋を出た、深呼吸。

 佳月の言う通り薬草が効かなかったせいかどうかはともかく、彼女が抱える問題は僕の恋にぎりぎりの命を与えてくれていた。もう勝手な期待なのだが、彼女からその問題を取り除いたら僕を認めてくれるかもしれない。

 本当に、彼女の身にいったい何があったのだろう。周りから良く見られすぎる美少女優等生がゆえの悩みを持つ彼女、それを聞いてきたのはいつも僕だったのに、相談すらできなくなったというのか。女の子の成長だからしかたない? そんなはずないよ。

 そして佳月は、僕の前からいなくなってしまった。

 考え事に心を奪われて歩く僕は意識半分で藤也と虎太の横を通り過ぎ、自分の部屋に戻ってから声をかけられたことに気がついた。

 ――修輔、まだ続くからな。

 笑みを浮かべて僕の胸のうちをけんせいしたのが藤也、隣の虎太は口を開きかけただけで視界の後ろに消えた。

 この胸の意志は変わらないよ。僕は鍵が開いた、表裏に同じ金属の飾り――僕の部屋は〝太陽〟で例えば美羽は〝イエル鳥〟である――が埋め込まれたドアを振り返り、今にもそこから藤也に飛び込まれそうな気がしてぞっとする。まあ、一度のうっかり無視でそんなに怒るほど短気な男ではない。

 しかし二人は、鍵をかける前に直幸を引き連れて僕の部屋に現れた。

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