episode 7-2 直幸の指摘
「ごめん、修輔に逃げられたって言われたから、修輔は藤也に異世界に行く考えを話して逃げたと思って、ばらしちゃった。ごめん」
ばつの悪そうな直幸が二度も頭を下げ、「気にしないで、直幸」と手で彼を制す僕。藤也にやめると言い出すにはかなり度胸がいったはずだから、いっそ自分から話すより良かったと思えた。もう虹彩変化を暴露される覚悟はできている。問題があるとすれば、今すぐ目の前で暴露されかねない点か。
「藤也くん……、やめようよこういうの」
弱りきった顔の虎太がおろおろ止めに入るも、藤也は部屋の壁に寄りかかって「こういうのって何のことかなあ」と余裕の笑み。
「何って、秘密ばらすんでしょう」
そう言った虎太の肩を押しのけ、直幸が前に出た。
「対決やめたらみんなに目のことを話すって、おどしだぞ?」
彼は藤也が僕に告白させたくないから対決に引き入れたと話していた。今さらだけど、僕なら告白すれば佳月と交際できると考えたのは自分だけではなかったわけだ。
「俺だってばらしたいんじゃないんだけどなあ」
藤也は直幸に同じ調子で言い、次は虎太をにらんで僕を見た。
「ほら、うら若きいたいけな女の子たちに修輔の股間を披露するなんてさ」
「…………」
つっこむ言葉すら失った僕の代わりに、「修輔の秘密を暴露する、の間違いだと思うけど」と直幸が真顔で訂正してくれる。
「直幸くーん、そういうの友達なくすよ?」
藤也がおどけたように笑い、その表情のまま再び僕に目をやった。
「修輔、佳月は異世界に行ってない。これまで通りまた現れるから、対決は続く。やめなくていいんだよ」
「その証拠は? そんなのどこにもないんだぞ」
直幸が反論、先ほど「佳月が異世界に行った保証はないんだぞ?」と言った彼が逆のことを口にしている。いや、行った保証も行ってない証拠もないと中立的に述べただけか。
「いいんだよ、そんなことどうでも! 俺は信じてるんだ。それで十分だっ」
良くないってば!
乱暴に言葉をぶつけてくる藤也に頭の中でしか怒れない僕、ぱくぱく動きかけた口を手で覆い隠す。争いの陰で虎太が逃げようとするも、
「どこ行くんだ、虎太」
藤也が後ろを見ずに一声で封じた。そして、
「おい、修輔。おまえはこの対決をやめて本気で自分からパーぷルに会う気か?」
「ゔ……。そ、そうだけど」
うなるような低音に一瞬ためらったが、負けてはいけない。そこに直幸が割り込んだ。
「ちょっと待って。ここ重要なんだけど、藤也は佳月がまだこの世界にいると信じてるなら、修輔が異世界に行ったら対決は負けになるんだから、藤也にとっては勝ちに値する。どうして怒って止めようとしてるの?」
この発言に藤也を含む全員が言葉を失い、部屋の時計の音がこつこつこつと笑い続ける。
「それは、藤也がもう佳月は異世界に行っちゃったと考えてるからじゃないの? そうなると俺や修輔には異世界に行かないことを目標とする対決を続けてほしいよね。自分だけはこっそりパーぷルに会って、先に佳月が向かった異世界へ。違う?」
りりしい横顔。直幸は話を冷えた瞳と質問で終え、にらまれた藤也はなおも黙り込む。混乱していたのかまったく気づかなかった僕は、ただただはっとさせられて座り込んだ。
そして、藤也の舌打ちが沈黙を破る。
「あああもう、けっ、何だよ。直幸は勉強以外の頭はいいんだ。迷惑するぜ」
彼はそう言ってまた数秒固まり、怒りに任せて壁をたたいた。騒音にうるさい隣人にたたき返される。それより彼の「勉強以外の頭はいい」発言、直幸はときどき鋭いことを言うし、僕は三組だからって頭が悪いとは思えなかった。
迷惑にまでされた直幸はふっと短くため息をつき、いらだちは隠して僕を見る。
「修輔、俺はこれまで何度も帰ってきた佳月のことはどっちとも断言しないから、行きたければ行きなよ異世界に。俺はそうすべきだと思う」
「待って、直幸も佳月が好きなんだよね、行かないの? 五年前の佳月ではないけど」
僕が彼までもを対決から〝引き抜こう〟とすると、その彼が答える前に藤也が怒り顔で間に割って入った。
「おまえら俺を無視するつもりだろうが、修輔が対決をやめようってなら俺は約束通りさせてもらうぜ」
「藤也……、うそが、ずるしようとしてるのがばれたんだからあきらめなよ」
直幸は藤也を軽蔑の瞳で見つめている。
「ばかにするな! おまえなんかっ」
うわっちょっと、僕は殴りかからんばかりの男の右腕を後ろから強くつかむ。
「いいよ! ばらしちゃってよ!」
僕の叫び、藤也の動きが止まった。ああ両手が痛い……。一瞬で息が荒くなった僕は自分を見ている三人に、どくどくいう心臓に歯を食いしばらせてはっきりと気持ちを伝える。
「僕は、僕はもういいから、異世界に行くことで対決をやめると決めたから、直幸に、直幸にけがさせるくらいだったら女の子たちにばらしちゃっていいよ、僕の目のこと」
言いきった、言ってやった。こうなっては僕の異世界行きは止められない。本当はもっと穏やかに進めたかった、でも今や自分の秘密を暴露されることに恐怖はなかった。
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