2 こくはく
episode 2-1 教科書だけの存在
「僕がよく一緒にいる
僕はうなだれる弘美に訊ねた。
「うん、と、どういう……?」
唐突な問いかけに顔は上げても首をかしげる彼女、問題の直幸本人より僕が変態扱いされないか心配になる。
「あの、佳月は僕と同じ十五だから、十歳の佳月が良かったんだね。でも直幸のやばい好みを論じる気はなくて、それなら十歳の別の子を好きになればいいけど無理だよね。だから、どうしてこの世界には十歳の人間がいないのかってこと。これ、伝わってる?」
「う、うん。わかる」
今度の「うん」は大丈夫だった。僕は首すじに汗を感じながら続ける。
「先生以外は十五、十六歳だけって十分大きい謎だよね。どうしてみんな同じ年代なんだ」
「教科書には出てくるもんね。ひろたちが小さいころはいたけど、そのときは十五歳がいないし――」
弘美は蒼い頬を両手で挟み、考え込んで遠くを見るような目をした。僕はその先に視線を投げて断言する。
「先生たち、絶対知ってて隠してるよ」
ところでこの話のきっかけ、直幸が五年前の佳月が良かったと口にした直接の原因は、顔が濃いわりに華奢で女の子向けのワンピースを着こなす彼が彼女に身長で負けたからだった。僕も最近藤也に抜かれたけれど、同性の友達より好きな女の子に抜かれるほうが男としてつらいのはいうまでもない。それにしても、いくら一番の美少女だからってライバルが多すぎやしないだろうか。
そして佳月といえば、
――ごめん。だめなの、私。
僕の告白を受けたときの態度が何となく少し変だった気がする。怒ってるかと思ったら「怒ってないよ」って……いや、僕に魅力がない以外に断る理由はないはず。僕のせいなんだ。
悔しさがよみがえってまた下唇をかんだとき、弘美が突然「ちょっと待って」と僕に背を向けた。
「どうした? 弘美……?」
僕が不思議がっていると、
「しゅっ、修輔くん! ちょっとこっち来て」
え? 彼女が振り向き、酒に酔った先生みたいな赤い顔で驚く僕の手を握ってくる。そのまま引っ張って走りだした。
「待った、弘美。何を――」
僕は力を入れれば切れるつながりを断たずについていく。接触した右手と右手、腕にかかるロングヘアを意識すれば身も心も反応して瞳が金色に染まるというのに、最初に彼女の恐ろしいほど真剣な顔を見てはもう逆らえなかった。だから例えば二人とも右手で走りにくいじゃないかなどと考えて意識をそらし、再び教育棟の裏側へ。蒼と白の小さな花々、自分が佳月を呼んだまさにその場所まで連れていかれ、これはもしやと藤也が以前言っていたことを思い出した。
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