episode 2-2 告白二回戦

 ――弘美、おまえのこと好きらしいぞ。

 そう聞かされた僕は先手を打って佳月に告白すると決意した。先に〝絶対〟の彼女とうまくいっておけば、弘美を含む他の女の子との距離が縮んで金色に輝く瞳を見られる、最低の思いをしなくてすむと考えたのだ。ああまさに今弘美とそうなりかねない状況、ここは失敗したけど彼女が好きだと告げるべきだろうか。

「修輔くん、ご、ごめんね急に……」

 空に向かってふざけ合う男たちの声がどこかの窓で響き、僕は弘美の目の前に前回とは逆を向いて立たされていた。最初に恐ろしいほど真剣な顔に見えたのは、彼女がこんな僕相手でも簡単には告白できない性格だから。僕以上に緊張して走った彼女の、服の上からも胸が動いているのがわかった。

 だめだ、そんなこと考えちゃいけない!

 僕は必死に頭の中をかき回す。ここまでの流れにより、弘美が美羽を失った哀しみや心のすきまから僕への告白を決意しているのは間違いなかった。ついさっきその僕がここで佳月に同じ〝告白〟をしたとも知らないで、何てかわいそうな子だろう……。

 かといって応じるわけにはいかない。

「――あの、修輔くん」

 弘美は何度も唇を震わせてはためらっていたが、やっと口を開いた。

「…………」

 何か返さなければと焦って言葉が出ない。

「修輔くん、わた、私、お願いがあるんです」

「え?」

 お願いって、告白じゃない――いや、

「私、修輔くんがその、あれで、通り過ぎた時計が一周回ってまたひろを捕まえてくれたみたいに……、だから好きなんです!」

 時計の針と恋、少々風変わりなたとえでも間違いなく告白だった。さあどうする。感情が表に出やすい弘美の顔は真っ赤で、気づいているのか自分自身を「私」と呼んだ。どうするも何も心は決まってるじゃないか。

 再びの強めの風でわずかだけ熱を冷やせた僕は、彼女に期待させてはいけないと足を左右一歩ずつ引き、彼女の向かって右の目尻がぴくり動いた気がした。僕は――、

「ごめん、ごめんなさい」

「え……」

 自分をふった佳月に差をつけたくてより深く頭を下げる。友達を失ってのことで自信があったとは思えないけれど、僕にふられた弘美がただ茫然ぼうぜんと立ち尽くし続けている気配に、僕はやっと自分が先に去るべきなんだと気がついた。

 しかし僕が顔を上げると、彼女はいつまでも消えてなくならない男の前で静かに涙をこぼし始めていた。足元の白く蒼い花に雫がいくつも落ち、その重さにもだえて花びらが揺れる。女友達の美羽には先に行かれて男友達の僕とももう以前には戻れない、勢いを選んだ彼女はこれで正しかったのだろうか。

 立ち尽くして固まっていた弘美も、とうとう顔に手を当ててあーやうーと涙声をあげる。僕はいよいよこの場にいるのが苦しくなり、「ごめん」ともう一度同じ言葉を使って彼女の前を離れた。まさか同じ場所で、せめて順序が逆だったら――、断った縁起の悪い場所で告白してどうする。

「もう、泣きたいのは僕もなんだけどな」

 僕は足の折れた古い机の山を踏み越え、誰にも届かない小声でつぶやいた。砂に足を取られぬよう慎重に着地して振り返るも、来た道に弘美の姿はない。こんなことを気にする自分が情けなくなる。ただ、あまりの展開のめまぐるしさに近距離からの告白にも瞳は反応しなかったらしく、僕はほっと胸をなで下ろしていた。

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