episode 3-3 リードしてる

 その明るい午後、僕はベランダで直幸と二人空を眺めていた。目の前の蒼さに、見えない佳月の顔を何度も描きたくなった。

「俺の中ではやっぱり、修輔が一番リードしてる」

 今日は白いワンピースで背の低い彼が僕を見ずに言う。

「――そ、そのリードって、佳月がどう思ってるかだよねえ。パーぷルと会わないことが勝負なんだから、関係ないよ」

「でも俺、告白して失敗しちゃう人には残ってほしくないから」

「それは……」

 彼らしい主張の強い話をする横顔に、僕は「だからもう告白して失敗したんだよ」と心の中で反論した。代わりにお腹がきゅうと鳴く、これは空腹ではなく消化の音だと思う。

 不思議なことに、僕たちのグループが「最後までパーぷルに会わないのは誰か対決」を始めたら誰もパーぷルに会わなくなった。対決中で会いたくない僕たちに限らない、正確には今日誕生日の美羽がいなくなったのを最後に、この箱庭全体からまったく人が減っていないのだ。

「もしかしたら、このまま全員の寿命が尽きるまで誰もいなくならないかもしれないね」

「え……、死んだらいなくなるじゃん」

 直幸が首をかしげ気味に口にした台詞に、今度はしっかり揚げ足とり。彼は「それは意味が違うから」と笑った。

 本当に、これからこの世界はどうなるのだろう。僕自身の望みは異世界に行かないことだけど、いざとなれば――佳月が先に行ってしまったら、僕もパーぷルに会って追いかける。彼女のいない世界に取り残されたって何もうれしくないから。リベンジは向こうでもできる。

 ただ、ライバルも他の仲間も誰一人幸せを呼ぶものに連れていかれない状況が焦りを呼ぶのか、僕は少しずつその弱々しい自信の翼を失っていた。一度打ち砕かれても残った〝佳月の悩みを聞いてきたのは自分〟という自負が何だ、彼女に断られたのはまぎれもない事実で、たとえ告白権を得るのが自分だったとしても、日に日に力を持つ彼女の「ごめんなさい」のきおくが痛みに似た冷たさで僕に響くのだった。

「――みんな、がんばってるんだね」

 誰を見ているのか、直幸が教室を振り返って言った。

「がんばってるうちに入るかどうか。対決やってない異世界に行きたい奴でさえ会わないんだから、パーぷルが死んじゃったかも」

 パーぷルに何か起きた可能性はあるが、僕は思ってもないことを口にする。

「ええっ、それは逆に怖いって。何か違う天災とか起こりそう」

 彼のおびえに、僕はわざと「望むところだ」と言って手を前に伸ばした。空中を泳ぐ。

 誰も消えなくなったとはいえ、僕たち対決中の男たちはそれぞれに対策をとっていた。よりどころは人同士が密接する、密閉した部屋にいる、大勢が密集するの三つで、教育棟や生活棟にいるときは扉や窓を閉めておけばいい。外出する場合も、単独行動を避けて少人数ならすぐそばにいればいいし、あとは数で勝負となる。

 ほら、今僕はベランダにいて密閉してないけれど、直幸と密接しているから大丈夫だ。

「藤也も他の人を蹴落けおとしたいから、積極的に集団を作ろうとはしないけど、自分だけはパーぷルに会わないように中心にいようとしてるよね。俺もだけど」

 彼は手すりを両手ですうすうこすりながら話す。同じ考察をしていた僕もそれは言わず、「手が汚れるよ」とだけ伝えた。はははと手を開いて確認する彼、結果は予想通り。ちなみに最初から減っていないと思われる先生たちも、いっさい消えることはなかった。

 ふいに僕は透明な風に袖をまくった腕をくすぐられ、穏やかな優しさを浴びようと顔を前に突き出した。

「うん? 何か飛んでる?」

 ワンピースの純白の裾をはためかせて僕のまねをした直幸が下をのぞき込み、それがベランダに広く道を空ける結果に。背後を誰か女の子が軽やかに通り抜け、何の気なしに振り返った僕は佳月に驚いた。向かって左の二組から戻ってきた彼女、今日はまだ姿を見ていなかったのだ。

「…………」

 僕は声をかけられない。しかし直幸が「佳月っ」と呼び、うわあ話すのかよと僕が目を細めたところで彼女が足を止める。短い髪をかわいらしく結い上げた彼女は疲れた表情で振り向き、僕は負担になってはいけないと悟った。

 ところが、僕の知らぬ間に佳月と目くばせでもしたのか、直幸が一人自分の三組へと二組のベランダを歩いていき、何も言わずに消えてしまう。残った彼女は「あーあ」とベランダの手すりと塀に寄りかかった。

 どきどきの距離二メートル、虎太の身長と少し。

「薬草……、効かなかったのかなあ」

 僕の頭の中で発したかのようなか細い声。

 風が強くなってきた。

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